2-3②
エリシュカは幾度も繰り返すうちに、ずいぶんと息の合うようになったカーヤとの相乗りに笑みが浮かぶ。一度目のときより心なしか歩調が速い。やはり一度目はかなりゆっくり進んでいたのだろう。
「まずは僕の家を目指そうと思う」
以前より少なくなった休憩の合間に、ルカが切り出した。
「いきなり私みたいなのを連れていって、ご両親は驚かれないかしら?」
「大丈夫だよ、エリ。ルカのご両親はそんなこと気にしないさ。僕らだって何度も急に訪ねてるからね」
マテスが肩を竦めながら軽い調子で返した。
「それに、マテスが言ってたけど。ルカの家には二人乗りの鞍があるからね」
「そういえば、そうだったな。あれを使えばカーヤもエリも、もう少し楽になるだろう」
カーヤの言葉に、オルダが二度頷く。
「そういうわけだから、まずは僕の家に寄ってもらうことになる」
他の三人は一度目と変わらないが、ルカの様子だけが違う。距離を感じてどうにも話しづらい。もしこれが初対面だったなら、特に何も思わなかったはずだ。けれど、一度目のルカを知っていると違和感が拭えない。
「そんな不安そうな顔をしなくても大丈夫だよ。ルカの父上も母上も、エリを歓迎してくれるはずだから」
カーヤが気遣うようにエリシュカを見下ろした。視線が合えば、いつもどおりの柔らかな笑みを湛えている。
「ありがとう」
ぎこちなく口の端を上げ視線を彷徨わせると、一瞬ルカと目があった。しかしすぐに逸らされ、胸の奥がずきりと痛む。
「なるべく途中の町や村で泊まれるように道程を考えてあるから」
ルカの言葉に、三人が頷いた。そっけないのにエリシュカを気遣うことは変わらない。それは単にルカの性分なのだろうか。
「あの、私……野営でも大丈夫よ」
「え?」
目を見開いたルカが、ようやくエリシュカとまともに視線を合わせた。
「先に進めばそのうち野営も増えるのでしょう? 今のうちから慣れておいたほうがいいと思うの」
「えー、待ってくれよ! 僕はうまい飯とそれなりの寝床で休みたいな」
マテスが口を尖らせながら異を唱える。
「お前はいつだって食うか寝るかだな」
「いいだろ、オルダ。飯と睡眠は剣士にとっても重要だぜ?」
「まあ、それはそうだな」
エリシュカは、自分のために野営が少なかったのだと思っていた。けれどそうではなかったのだろうか。それともただのマテスの気遣いなのか。どちらのせよ、休息をしっかり取れるならそのほうがいいのは確かだろう。自分の浅はかな考えに、気まずくなって俯いた。
「そうね、余計なことを言ったわ」
「いや、そんなことないよ。なるべく泊まれる場所を考えるけど、どうしてもってこともある。そんな時に選択肢があるのは助かるよ」
柔らかな笑みを浮かべたルカに、エリシュカの肩が揺れる。一度目の笑顔が重なり、目を細めた。
「よし、そろそろ出発しよう」
切り替えるように立ち上がったルカに、他の三人が続く。いつものようにオルダの手を借り、エリシュカがカーヤの馬に跨った。
「随分様になってるな」
オルダが感心したようにエリシュカを見上げ、カーヤがしっかり頷く。オルダが馬に跨るのを待って、四頭の馬が歩き出した。
「ねえ、カーヤ。お願いがあるの」
「なにかな?」
「私に剣の扱いを教えて欲しいの」
「ええっ?」
突然大声を上げたカーヤに、他の三人が手綱を引いて馬を止める。馬の首を軽く叩いてから、ルカが後ろを振り返った。
「どうしたんだ?」
「ああ、えっと……」
カーヤが口ごもり、エリシュカを見下ろした。三人の訝しげな視線がエリシュカに刺さる。
「私が、カーヤにお願いしたの」
「一体何を?」
興味深げに覗き込んできたのはマテスだ。
「剣の扱いを教えて欲しいって」
「なんだとっ?」
オルダが眉間の皺を深めて低い声を響かせた。ルカとマテスは目を皿のようにしてエリシュカを見つめている。
「カーヤみたいになれるとは思ってない。だけど、これから目的地まではまだ長くかかるわ。その間、身を守るくらいはできるようになりたいの」
「何をバカげたことを。たったひと月程度の付け焼き刃で、一体何ができるんだ」
「そんなことは分かってる! だけどっ」
ひと月後に殺されるかも知れないから――そう続けることはできない。一度目のように、何もできぬままに殺されるなんて嫌だ。それ以上に、二度目のように黙って殺されるなんてもっと嫌だ。
「僕らが信用できない?」
どこか傷ついたような表情でルカがエリシュカを見つめた。エリシュカは一瞬言葉に詰まる。彼らを信じたい。けれど、一度目も二度目も、エリシュカは彼らの目の前で命を落とした。何かを知っているようでいて、全てをエリシュカには話していない。そもそもこの出会いが偶然であるのかすら疑わしいのだから。
「そうじゃないけど、でも」
「まあ、待てよ。そう頭ごなしに駄目だと言わなくてもいいんじゃない?」
マテスのどこか軽い、それでいて芯の通った声が場の空気を壊した。
「だが、淑女というものは」
「うんうん、オルダの言いたいことは分かってる。だけど、なにもエリはオルダみたいな筋肉バカの剣士になりたいってわけじゃないだろう?」
「もちろんよ」
「だよね。さっき身を守りたいって言ってたから。護身くらいなら高貴な淑女でもある程度は身につけてる人もいるよな?」
肩を竦めたマテスに、オルダが唸り声を上げた。
「エリがやりたいのって、そういうことだろう?」
マテスの言葉にエリシュカは何度も頷く。
「ほら、オルダ。君の姉さんなんか、もっと強かったんじゃない?」
「姉上の話は関係ないっ」
大きな声を出したオルダは、一度も見たことのないくらいに険しい表情だ。いつも不機嫌そうではあったが、比べ物にならい。エリシュカはぶるりと身体を震わせ、カーヤの腕を握る指先に無意識に力を込めた。
「オルダ、落ちついて。マテスも言いすぎだ」
ルカが二人の間に割って入り、エリシュカに視線を向けた。マテスは「ごめん」と言いながら、軽く肩を竦めた。オルダは気まずそうに視線を逸らし、一人だけ馬を進めて距離を取る。
「驚かせてごめんね、エリ。僕も君が護身のために剣を習いたいというのなら止めないよ。だけど、怪我には十分気をつけて」
「ええ」
再び先頭を歩き始めたルカの背を見送り、馬を並べたマテスを見上げる。
「ん? なに?」
首を傾げたマテスを見つめながら、エリシュカは口を開いた。
「どうしてマテスは反対しなかったの?」
「淑女の護身術があるのは本当だからさ」
「本当にそれだけ?」
顎に手を当てて唸り声を上げたマテスは、少しの間考えてから答えた。
「うーん……なんとなく? エリは身を守れたほうがいいような気がしたから」
ドクンと心臓が脈打つ。
「どうしてそう思うの?」
一瞬はっとしたように目を見開いたマテスは、すぐにいつものような軽い笑みを浮かべた。
「エリみたいな子が剣を振り回すなんてさ、面白そうだろう? ただそれだけだよ」
肩を竦めたマテスは、馬の脚を速めてルカの横に並んだ。きまり悪そうに先で待っていたオルダが、追い抜きざまに「大きな声を出して悪かった」と小さく呟いた。
その後も旅は順調に進み、前は十日ほど掛かった道程が、少しだけ早くなった。パヴェルのズボンのお陰もあり、カーヤの負担が少しは減ったためだろう。幾日かは野営する日もあり、その度カーヤに剣を習った。カーヤの細い剣でもエリシュカには重く、扱うのは難しい。それでもきっと、ひと月後にはマシになっているはずだ。
必ず今度こそ生き延びて、この人生を先に進めたい。エリシュカはそう心に決めて、四人との旅路を一度目とは全く違う心持ちで過ごした。剣の稽古の度に赤らみ傷付いていく掌に、ただ守られるだけの自分はもういないのだと思えた。




