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波迅猫の腱

「行くよ」

 セブンの声と同時に、エントは地面を蹴った。

 正面にはリップルリンクス。

《リップルリンクス Lv12》

 さっきまでセブンの魔法を何度も避けていた相手だ。

 エントは盾を前へ出しながら距離を詰める。

「追いかけなくていいぞ!」

 後ろからコリーの声。

「分かってる!」

 リップルリンクスが横へ駆ける。

 速い。

 エントがそのまま追おうとした瞬間。

「そっちじゃない! 右塞いどけ!」

「右?」

「戻ってくる!」

 言われるまま右へ動く。

 直後、リップルリンクスが木の幹を蹴った。

 身体をひねり、こちらへ切り返してくる。

「本当に来た!」

「だから言っただろ!」

 エントは盾を構える。

 突っ込んできたリップルリンクスが、直前で進路を変えた。

 その先へ――。

 ヒュッ。

 コリーの矢が飛ぶ。

 地面へ突き刺さった矢を嫌うように、リップルリンクスがさらに方向を変える。

「セブン!」

「見えてる!」

 すでに右腕が上がっていた。

「《ライトニング》!」

 バチィッ!

 雷撃が走る。

 今度は――。

 直撃した。

「おっ!」

 リップルリンクスの身体が大きく弾かれる。

 地面へ転がった。

「当たった!」

「まだだよ!」

 セブンの声。

 リップルリンクスがすぐに起き上がった。

 足取りがわずかに鈍っている。

 それでも倒れてはいない。

 再び走り出す。

「エント、追うな!」

「分かってるって!」

 今度は先ほどより早く動いた。

 リップルリンクスが逃げそうな方向へ回り込み、盾を見せる。

 相手が切り返す。

 コリーの矢が、その先を塞いだ。

「もう一回!」

「《ライトニング》!」

 雷光。

 今度も逃げ道はない。

 バチッ!

 リップルリンクスの身体を雷が貫いた。

《リップルリンクス Lv12を討伐しました》

《EXPを獲得しました》

「よし」

 エントが剣を下ろす。

 光の粒へ変わっていくリップルリンクスを見ながら、後ろを振り返った。

「全然違いましたね」

 セブンは表示されたドロップ欄を確認する。

「…………」

「どう?」

 コリーが聞く。

「出ました?」

「……ない」

 セブンが小さく息を吐いた。

「確定じゃないから、仕方ないんだけどね」

「腱が?」

「うん」

「倒せば毎回出るわけじゃないんだ」

「そう。それに欲しいのは高品質だから」

「面倒だな」

「だから苦労してるの」

 セブンが表示を閉じた。

「でも、助かった。ありがと」

「いえ」

「じゃあ、約束どおり1体でいいよ」

 そう言って、セブンが魔導書を閉じる。

 エントは少し考えた。

 今の戦闘。

 初めての相手だったが、そこまで危なかったわけではない。

 経験値も入った。

「もう1体やりません?」

「……え?」

 セブンがエントを見る。

「思ったより普通に倒せたし、俺も経験値入るんで」

「でも、これ私の素材集めだよ?」

「嫌ならやめますけど」

「嫌っていうか……」

 セブンが少しだけ眉を寄せる。

「俺も別にいいぞ」

 コリーが言った。

「この辺まだいるし」

「……2人に得ある?」

「俺は経験値」

 エントが答える。

「俺は?」

 コリーが自分を指差す。

「暇つぶし?」

「雑だな」

「だってお前、経験値そんなにいらないだろ」

「まあな」

 コリーは軽く肩をすくめた。

 セブンは2人を見比べ、少し考えた。

「……じゃあ、もう1体だけね」

「了解です」

「今度は最初からちゃんとやってね」

「さっきもちゃんとやってただろ」

「最初、追いかけようとしてたじゃん」

「見てたんですか?」

「見てるに決まってるでしょ。一緒に戦ってるんだから」

「確かに」

「……本当に大丈夫?」

「大丈夫大丈夫」

 コリーは気楽に返しながら、周囲へ視線を向けた。

◇

 次のリップルリンクスは、そう時間を置かずに見つかった。

《リップルリンクス Lv11》

「行くぞ」

 コリーが弓を構える。

 エントも盾を前へ出した。

 今度は最初から追わない。

 リップルリンクスが駆ける。

 エントはその動きを見ながら、逃げてほしくない方向へ先に立った。

「右行くぞ!」

「分かった!」

 盾を見たリップルリンクスが切り返す。

 その先へコリーの矢が飛び、さらに方向が変わった。

「セブン!」

「見えてるって!」

「《ライトニング》!」

 雷撃が直撃する。

「おお」

「ちゃんと前見て!」

「見てます!」

 リップルリンクスが走る。

 今度はエントも慌てない。

 追うのではなく、先へ。

 相手が向かおうとした場所へ身体を入れる。

 盾。

 切り返し。

 矢。

 雷。

 先ほどよりも明らかに早かった。

《リップルリンクス Lv11を討伐しました》

《EXPを獲得しました》

「早っ」

 エントが呟く。

「さっきより楽だったな」

 コリーも弓を下ろす。

 セブンはすぐにドロップ表示を確認した。

「…………」

「どうです?」

「またない」

「あら」

「そんな簡単に出たら苦労してないって」

 少し不満そうに表示を閉じる。

 エントは周囲を見る。

「じゃあ、もう1体?」

「……さっき、もう1体だけって言ったよね?」

「でも出てないですよね」

「それはそうだけど」

「今の、かなり早かったし」

「そうだけど……」

 セブンが渋い顔をする。

 コリーが口元を緩めた。

「ここまで来たら、あと1体くらいいいんじゃない?」

「コリーまで言うの?」

「俺はどっちでもいいけど」

「それが一番ずるくない?」

「じゃあ帰る?」

「…………」

 セブンはしばらく黙った。

「……分かった。次で本当に最後だからね」

「了解」

「出なくても終わりだよ?」

「分かりました」

「……ちゃんと分かってる?」

「多分」

「そこは『はい』でしょ」

 エントは口元を緩めた。

「はい」

「最初からそう言って」

◇

 3体目。

《リップルリンクス Lv13》

 今度は、始まる前に長く話すことはなかった。

 コリーが位置を変える。

 エントもそれに合わせて前へ出る。

 リップルリンクスが地面を蹴った。

 速い。

 それでも、さっきまでとは見え方が違う。

 相手そのものを追わない。

 どこへ行こうとしているのかを見る。

 コリーの矢が左へ飛んだ。

 エントは何も言われる前に反対側へ回る。

 盾を前へ。

 リップルリンクスが切り返した。

 その先。

 セブンはもう右腕を上げている。

「《ライトニング》!」

 雷が走った。

 直撃。

 リップルリンクスの身体が大きく跳ねる。

 立ち上がり、逃げようとする。

 コリーの矢がその前へ刺さる。

 エントが反対側へ入る。

 もう指示はなかった。

 進める方向は1つ。

 セブンがそこへ照準を合わせる。

「《ライトニング》!」

 雷光が森を照らした。

《リップルリンクス Lv13を討伐しました》

《EXPを獲得しました》

「終わり」

 セブンが右腕を下ろした。

「今の、かなり早かったな」

「最初と全然違うじゃん」

 エントが言う。

「誰かさんが最初から言うこと聞いてれば、1体目ももう少し早かったかもね」

「俺?」

「他に誰がいるの?」

「それコリーにも言われたな」

「お前、今日それ多いな」

 コリーが呆れたように返す。

 そのとき、ドロップ結果が表示された。

 セブンの視線が止まる。

「…………」

「どう?」

「出ました?」

 少しして、セブンの表情が変わった。

「……あった」

「おっ」

「マジ?」

「うん」

《波迅猫の腱 ×2》

《品質:高》

「2個?」

「うん」

「足りる?」

「これで揃った」

 セブンの表情が、少しだけ緩んだ。

「ちゃんと高品質だし。これ、欲しかったやつ」

「良かったじゃん」

「うん」

「結局3体やって正解だったな」

 コリーが言う。

「……結果的にはね」

 セブンが2人を見る。

「ありがと。本当に助かった」

「どういたしまして」

「俺も?」

「もちろんコリーも」

「よし」

「何でそんな嬉しそうなの?」

「ちゃんと名前で礼言われたから」

「そこ?」

「大事だろ」

 セブンの声が少しだけ柔らかくなった。

◇

「その腱、何に使うんです?」

 リュネールへ戻る道。

 エントが聞いた。

「ガントレット」

「今つけてるやつ?」

「これは違うよ。作りたいのがあるの」

「自分で作るんですか?」

「私は作れないから、素材を揃えて作れる人に頼む」

「どんなやつ?」

「《疾導のガントレット》っていう装備」

 セブンが自分の右腕を見る。

「今使ってるのより、照準が腕の動きについてきやすくなるんだって」

「照準?」

「さっきみたいな相手に魔法を合わせるとき、少し楽になるの」

「ああ」

 エントは納得する。

「だからリップルリンクスの素材だったんだ」

「そういうこと」

「でも、その装備を作るための素材が、その装備欲しくなる相手から出るんですね」

「……言われてみればそうだね」

「先に欲しいな」

「それは私も思った」

 セブンが困ったように息を漏らす。

「買えば早かったんだけど、高品質は高いし、あんまり出回ってないから」

「自分で取りに来た方がいいと」

「そのつもりだったんだけどね」

 セブンは少しだけ言葉を切った。

「思ってたより時間かかってた」

「当たらなかったですもんね」

「…………」

「エント」

「何?」

「そこ、また言う?」

「事実だろ」

 セブンがエントを見る。

「もう一回言ったら、《ライトニング》の練習台にするからね」

「すみません」

「素直だな」

 コリーが面白そうに反応した。

 そのまま少し歩いたところで、

「そういえば」

 セブンが話題を変える。

「エントって、前衛なの?」

「多分」

「多分?」

「今は長剣と盾ですけど」

「今は?」

「昨日、槍と双剣も使いました」

「何で?」

「試してみたくて」

「弓も使ってたぞ」

 コリーが横から付け足す。

「弓も?」

「借りました」

「……魔法は?」

「使ってみたいです」

 セブンは返事をせず、少しだけ間を置いた。

「冒険者なんだよね?」

「そうです」

「…………」

「何です?」

「ううん」

 どこか不思議そうな様子だった。

「本当に色々やってるんだなって思って」

「できるなら色々やってみたいんで」

「ふーん」

 それ以上は聞いてこなかった。

 ただ、少し気になったらしい。

 エントも特に気にせず歩き続けた。

◇

 リュネールの門が見えてきたところで、セブンが足を止めた。

「じゃあ、私はこっちだから」

「おう」

「またな」

「はい」

 ここで別れるらしい。

 エントもそのまま歩き出そうとする。

「……あ、待って」

「何です?」

 セブンがメニューを開いた。

「2人とも、フレンド空いてる?」

「空いてますけど」

「俺も」

「じゃあ、登録しない?」

 エントとコリーが顔を見合わせる。

「いいですけど」

「急だな」

「今日みたいなの、またあるかもしれないでしょ?」

 セブンが言う。

「前衛とか弓が必要なとき、連絡取れた方が楽だし」

「なるほど」

「実利的だなあ」

「嫌なら、別にいいけど」

「嫌とは言ってない」

 コリーは気にした様子もなく返す。

 エントの前にウィンドウが表示された。

《セブンからフレンド申請が届きました》

《承認しますか?》

「はい」

《セブンとフレンドになりました》

 続いてコリーも承認する。

「これでいい?」

「うん」

 セブンがメニューを閉じた。

「じゃあ、また何かあったら連絡するね」

「分かりました」

「こっちからしてもいい?」

 エントが聞く。

「もちろん。内容によるけどね」

「そこは来てくれるんじゃないんだ」

「当たり前でしょ」

「ははっ、そりゃそうだ」

 コリーは納得したように声を弾ませた。

「じゃあ、またね」

「また」

「おう、またな」

 セブンが大通りの向こうへ歩いていく。

 エントはその背中を少しだけ見送った。

「フレンド増えた」

「ゲーム始めて1週間で感想それ?」

「他に何て言えばいいんだよ」

「知らん」

「じゃあいいだろ」

 2人も歩き出す。

「でも、3人で戦うの結構楽しかったな」

「だろ?」

「リップルリンクスも、最初はあんな速かったのに」

「お前が慣れただけで、速さは変わってないぞ」

「分かってるよ」

 1人なら難しいことでも、できることの違う誰かと一緒なら、やり方が変わる。

 エントは今日の戦闘を思い返す。

 盾。

 弓。

 魔法。

 どれか1つだけでは、ああはならなかった。

「また何かやりたいな」

「まだ今日終わってないけど?」

「じゃあ何する?」

「元気だな、お前」

「ゲームしに来てるからな」

「はいはい」

 リュネールの大通りを、2人は並んで歩いていく。

 エントのフレンド欄には、新しく1つ。

《セブン》

 という名前が増えていた。

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