買い替え時
「……また欠けてるな」
森から戻ったエントは、手にした剣の刃を眺めながら呟いた。
刃の中ほどに、小さな欠けがある。
戦っていれば武器は傷む。
それは分かっていたが、実際に使い始めるまでは、こんなに何度も修理することになるとは思っていなかった。
この剣も、これまでに何度か修理して使い続けている。
ゲームを始めた時から使っている、初心者向けの長剣。
軽くて扱いやすいし、特別困っていたわけでもない。
ただ、最近は――
「そろそろ変えてもいいか」
そう思うことが増えていた。
最初はホーンラビットに剣を当てるだけでも苦労していたのに、今では戦う相手も少しずつ変わってきている。
そうなると、今まで気にならなかったところも見えてくる。
剣だけじゃない。
盾も、防具も。
「いっそ全部見るか」
エントはメニューを開くと、フレンド欄からコリーを選んだ。
《装備買い替えようと思うんだけど》
返事はすぐに来た。
《お、ついに初心者装備卒業?》
《初心者装備って言うな》
《初心者装備だろ》
《そうだけど》
《じゃあ合ってんじゃん》
「うるさいな……」
エントは次のメッセージを送る。
《何買えばいいと思う?》
《そこまで俺に決めさせんの?》
《参考までに》
《じゃあ今の装備で何が嫌?》
「嫌なところ?」
言われて、改めて手元の剣を見る。
《剣はもうちょっと威力欲しい》
《盾はなんか壊れそう》
《防具ももう少し硬くしたい》
少しして返ってくる。
《じゃあ話早いじゃん。その辺が良くなるやつ探せば?》
《急に雑》
《いや大事だって》
《強い装備って言っても色々あるし》
《攻撃力高いのとか軽いのとか硬いのとか》
続けてもう一通。
《店行って実際に装備してみた方が早いよ》
「なるほど」
《性能だけ見て決めんなよ》
《なんで?》
《お前、使いにくかったら絶対すぐ文句言うじゃん》
「…………」
否定できなかった。
《分かった》
《あと金残しとけよ》
《分かってるって》
《こういう時のお前、ちょっと危ないんだよな》
《何が?》
《テンション上がって色々買いそう》
《買わない》
《ほんとに?》
《買わないって》
《じゃ、いい買い物を》
「絶対信じてないな、こいつ」
メニューを閉じる。
とりあえず、剣からだ。
◇
向かったのは、ガルドの武器屋だった。
最初に来てから、修理で何度か利用している。
扉を開けると、奥から金属を叩く音が聞こえてきた。
「いらっしゃい」
作業をしていたガルドが顔を上げる。
エントを見ると、その視線が腰の剣へ落ちた。
「修理か」
「いや、今日は買い替えようかなって」
「そいつを?」
「はい」
「見せろ」
エントは鞘ごと剣を渡した。
ガルドは剣を抜き、刃を確かめる。
欠けた箇所を指でなぞり、刀身を傾けて光にかざした。
「……また欠けてるな」
「まあ」
「まだ直せる」
「でも、最近ちょっと威力が足りない気がして」
ガルドはもう一度刃を見てから、剣を鞘へ収めた。
「なら替え時だな」
短く言って、壁際へ向かう。
「長剣は変えないんだな?」
「はい。今のところは」
「なら、こっちだ」
案内された壁には、いくつもの長剣が並んでいた。
「結構あるな……」
「同じ長剣でも、重さも長さも違う。振って選べ」
「分かりました」
以前にも見たはずなのに、その時とは少し見え方が違う。
攻撃力。
耐久値。
重量。
装備要求値。
同じ長剣でも、一本一本違っている。
「これ強いな」
目についた一本へ手を伸ばす。
表示された攻撃力は、今の剣よりかなり高い。
手に取ったところで、視界に警告が浮かんだ。
《必要STRを満たしていません》
《攻撃速度・STM消費・取り回しにペナルティが発生します》
「あ」
「どうした」
「STR足りてないみたいです」
「振ってみろ」
「え、いいんですか?」
「持てるなら持て。合わんのは自分で分かる」
「じゃあ……」
周囲を確認して、軽く振ってみる。
「……重っ」
もう一度。
振ること自体はできる。
だが、明らかに身体が剣に引っ張られる。
振り終わってから次の動きに移るまでにも、妙な間があった。
「これは無理だな……」
エントは素直に剣を戻した。
数値だけ見れば魅力的だが、今の自分が使うものではない。
別の一本を手に取る。
今度は要求値も満たしている。
一度振る。
二度。
「……これも少し重いな」
先ほどとは違い、普通に扱える。
ただ、今までの剣と比べると、剣先が思ったところよりわずかに流れた。
「うーん……」
エントは元の場所へ戻す。
そこから何本か試した。
軽いが、今の剣と性能があまり変わらないもの。
攻撃力は高いが、振ったときに違和感のあるもの。
値段を見て、そっと戻したもの。
ガルドは横から口を挟まない。
エントが剣を手に取るたび、その扱い方だけを見ていた。
何本か試した末に、
「……これ、いいかも」
手にしたのは、今までの剣より刀身が少し長い長剣だった。
重量も増えている。
それでも、先ほどの剣ほど重くは感じない。
一度振る。
二度。
今度は剣先が素直についてくる。
構え直して、もう一度。
「うん」
「決まったか」
「これにします」
装備名を確認する。
《鋼の長剣》。
「なら、それを使え」
新しい《鋼の長剣》を受け取り、腰に差す。
まだ少しだけ違和感がある。
だが、それも悪くなかった。
「今までのはどうする」
「あ」
エントは古い剣を見る。
売ることもできる。
それほど高くはならないだろうが、多少は新しい剣の代金の足しになる。
少し考えた末、
「持って帰ります」
「そうか」
「予備にできるかもしれないし。あ、それなら修理もお願いします」
ガルドは古い剣へ視線を落とした。
一度だけ頷くと、刃の状態を改めて確かめ、そのまま修理する品として手元へ置いた。
◇
次に向かったのは、防具を扱う店だった。
店員に声をかけ、まずは盾を見せてもらう。
今まで使っていたのは、小さな木盾だ。
軽くて使いやすい反面、表面には戦闘でついた傷がいくつも残っている。
「もうちょっと硬いやつがいいんですけど」
「でしたら、この辺りですね」
勧められた中から、全面を金属で覆われた大きめの盾を持ってみる。
防御性能はかなり高い。
そのまま腕に装備してみる。
「…………重っ」
思わず声が出た。
持てないわけではない。
要求値も満たしている。
だが、これを構えたまま動き回るのはきつそうだ。
何度か構えてみたところで、エントは店員へ返した。
「もう少し軽いのってあります?」
「それなら、こちらはどうでしょう」
次に出されたのは、縦にやや長い中型の盾だった。
木を基礎に、縁と中央部を金属で補強したカイトシールドだ。
表示された名前は、《鋼縁のカイトシールド》。
持ってみる。
「あ、これなら」
今までの木盾よりは重い。
それでも十分に動かせる。
小さな盾より身体を隠せる範囲も広い。
構える。
下ろす。
身体の向きを変えて、もう一度構える。
「うん。これにします」
防御力だけなら、最初の大きな盾の方が高い。
それでも、戦っている自分を想像すると、こちらの方がしっくりきた。
続いて防具も見せてもらう。
金属を多く使った鎧は、防御性能こそ高かった。
だが、数歩歩いたところで、エントは首を振った。
「これで森走り回るのは嫌だな」
代わりに選んだのは、革を中心に、胸や肩、腕など必要な部分だけを金属で補強した防具だった。
《鋼補強の革装備》。
防御性能は少し落ちる。
その分、ずっと動きやすい。
腕や脚の防具、靴も同じように選んでいく。
気づけば、装備はほとんど入れ替わっていた。
店に置かれていた姿見の前に立つ。
「…………」
少し長くなった《鋼の長剣》。
金属で補強された《鋼縁のカイトシールド》。
革を主体に、ところどころ金属を使った《鋼補強の革装備》。
派手な装備ではない。
珍しい効果もない。
どれも普通に店で買えるものだ。
それでも、ゲームを始めた頃とは明らかに違う。
「……おお」
思っていたより、いい。
少し横を向く。
反対も見る。
「…………」
悪くない。
いや、結構いい。
そこで、ふと所持金が気になった。
メニューを開いて確認する。
「…………」
思っていたより減っている。
コリーから届いた言葉が蘇った。
《あと金残しとけよ》
「残ってる」
誰にともなく呟く。
残っているのだから問題ない。
たぶん。
◇
店を出たエントは、新しい《鋼の長剣》の柄に触れた。
「せっかくだし、なんかやるか」
新しい装備を買ったら、当然使ってみたくなる。
森へ行くか。
何か依頼を受けるか。
適当に歩き回ってみるのもいい。
そんなことを考えながら広場へ向かう。
そこで募集掲示板が目に入った。
「なんかあるかな」
足を止める。
討伐。
素材集め。
レベル上げ。
護衛。
採取。
いくつもの募集を流し見していく。
その中で、一つの募集が気になった。
「……ん?」
《同行者募集》
《ルミナフェネックを見に行きたいです》
その下に、もう一文あった。
《討伐目的ではありません》
「…………」
内容を確かめるように読み直す。
「……見るだけ?」
エントは募集文を見つめた。
なぜか、少し気になった。




