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見るだけの募集

エントは、募集文をもう一度読み返した。

《同行者募集》

《ルミナフェネックを見に行きたいです》

《探索と道中の護衛をお願いします》

《討伐目的ではありません》

「……見るだけ?」

募集掲示板には、素材集めやレベル上げ、討伐依頼がいくつも並んでいる。

その中で、これだけ目的が違っていた。

倒さない。

素材もいらない。

ただ、見に行く。

エントは募集の詳細を開いた。

《目的:ルミナフェネックの観察》

《場所:リュグナ大森林》

《募集人数:若干名》

《探索と道中の護衛をお願いします》

《討伐目的ではありません》

《発見できなくても大丈夫な方》

「発見できなくても大丈夫……」

そこまで書いてある。

効率だけを考えれば、あまり旨みのある募集には見えない。

時間を使って森へ行き、目的のモンスターが見つからなければ、それで終わりだ。それでも――

「……まあ、それも面白そうか」

せっかく装備も新しくしたところだ。

護衛なら、長剣と盾を使う機会もあるだろう。

エントは参加申請を押した。

《同行者募集へ参加申請を送信しました》

数秒。

《申請が承認されました》

「早っ」

続けてメッセージが届く。

《はじめまして。募集主のコンです》

《今、リュネールにいますか?》

エントはその場で返信する。

《います》

《募集掲示板の前です》

《私も近くにいます》

《すぐ行きますね》

「近いな」

掲示板を閉じて、周囲を見る。

誰がコンなのかは分からない。

プレイヤーの名前は、知り合いでもない限り頭上に表示されない。

待つしかない。

そう思っていたところへ、声が飛んできた。

「あの……」

振り向く。

そこに立っていたのは、エントより少し背の低い女性プレイヤーだった。

肩の辺りでまとめた髪から、狐の耳が覗いている。

動きやすそうな服装で、手には杖。小ぶりな盾も身につけていた。

背後で揺れる尾も相まって、どこか柔らかな印象を受ける。

「エントさん、ですか?」

「はい」

「よかった」

女性がほっとしたように微笑む。

「コンです。参加してくださって、ありがとうございます」

「エントです。よろしくお願いします」

「はい。よろしくお願いします」

一度、会話が途切れる。

話し方も穏やかで、どことなく落ち着いている。

「あの、募集見たんですけど」

「はい」

「あれ、本当に見るだけなんですか?」

コンが静かに頷いた。

「はい。そのつもりです。向こうから襲ってこない限りは」

「じゃあ、本当に討伐目的じゃないんですね」

「はい」

「なんでルミナフェネックを見たいんです?」

「見てみたいんです」

「それだけですか?」

「はい。それだけです」

「…………」

エントは少し黙った。

珍しい素材を落とすとか。

特殊なクエストに必要だとか。

何か別の目的があるのかと思っていた。

だが、本当に見たいだけらしい。

「記録したいとか?」

「それもありますけど……」

コンの声が、それまでより少しだけ弾んだ。

「どういう動きをするのかとか、人が近づいたらどうするのかとか。普段、何を食べているのかも見てみたくて」

「へえ」

「ルミナフェネックって、大きな耳があるんですよ。尻尾もすごくふさふさしていて」

「見たことあるんですか?」

「画像だけです」

「実物は?」

「まだ一度も」

「それで探してるんですね」

「はい」

コンの声が柔らかくなる。

「可愛いので」

「……なるほど」

分かりやすかった。

強くなりたい。

金が欲しい。

素材が欲しい。

そういう目的ではなく、見たいから、見に行く。

「いいですね、それ」

「え?」

「いや。そういうの」

コンが少し意外そうな顔をする。

「……変じゃないですか?」

「別に」

「倒さないなら意味がないって、言われることはあるんですけど」

「まあ、そう思う人もいるでしょうね」

「そうですね」

「でも、見たいなら見に行けばいいんじゃないですか」

「…………」

コンがエントを見る。

「エントさんも、寄り道する方ですか?」

「寄り道?」

「効率より、気になったものを見に行ったりとか」

「ああ」

少し考える。

「結構しますね」

「そうなんですね」

「面白そうなら、とりあえず行ってみる方です」

「それなら、よかったです」

コンの表情が少し和らいだ。

「探索、好きなんですか?」

「好きですね。地図埋めるのとか」

「分かります」

返事が早かった。

「知らない場所に行くの、楽しいですよね」

「ですよね」

そこで初めて、会話が少し噛み合った気がした。

◇

「それで、どの辺にいるんです?」

エントが聞くと、コンはメニューを開いた。

簡易地図が表示される。

「リュグナ大森林の中層寄りです」

「中層か」

「はい。この辺りで何度か目撃されているみたいです」

コンが地図の一点を指す。

「ただ、あまり出会えるモンスターではないみたいで」

「じゃあ、普通に探し回る感じですか?」

「そうなると思います」

「なるほど」

エントは地図を見る。

「コンさんは僧侶なんですよね?」

「はい」

コンが杖を少し持ち上げる。

「回復や支援はできるんですけど、攻撃はあまり得意じゃなくて」

「ああ。それで護衛募集なんですね」

「はい」

コンは少し困ったように眉を下げる。

「一人で中層まで行くのは、ちょっと心細くて。それに、着いてから一人で探し回るのも大変そうなので」

「なるほど」

エントは納得した。

戦えないわけではない。

だが、攻撃が不得手な僧侶が一人で森の中層まで行くとなれば、不安があるのも当然だろう。

「他にも誰か来るんですか?」

「いえ」

コンが小さく首を振る。

「今のところ、エントさんだけです」

「俺だけ?」

「はい。募集を出したのも、少し前なので」

「じゃあ、知り合いにも声かけてみます?」

「え?」

「人数いた方が探しやすいでしょ。道中も楽になりますし」

「いいんですか?」

「聞くだけ聞いてみます」

「……ありがとうございます。助かります」

エントはフレンド欄を開いた。

まずコリー。

《明日暇?》

すぐ返ってきた。

《暇》

《何する?》

《狐見に行く》

《は?》

「……説明足りなかったな」

「ふふっ」

小さな笑い声が聞こえた。

顔を上げると、コンが口元を押さえている。

「いや、これじゃ分からないですよね」

「そうですね。私でも分からないと思います」

エントは続けて送る。

《ルミナフェネック》

《討伐じゃなくて見るだけ》

少し間が空いた。

《何その募集》

《面白そうだった》

《お前らしいな》

そのまま、もう一通送る。

《来る?》

返事は早かった。

《行く》

「一人確保」

「早いですね」

「暇らしいです」

「仲がいいんですね」

「長いんで」

次にセブンを開く。

《明日、ルミナフェネック見に行かない?》

しばらく返事はない。

「もう一人ですか?」

「この前一緒に戦った人です」

「そうなんですね」

「最近フレンドになったばっかりですけど」

少しして、返信が届いた。

《何の素材が必要なの?》

「そうなるよな」

「どうしました?」

エントは画面をコンにも見えるようにする。

「ああ……」

コンがわずかに眉を下げた。

「まあ、そうなりますよね」

《素材じゃない》

《見るだけ》

今度は少し長めに間が空いた。

《……見るだけ?》

「同じ反応だ」

「仕方ないですよ」

《うん》

《募集主が見たいらしい》

《エントは?》

《面白そうだから》

《…………》

「絶対呆れてる」

コンの口元がわずかに緩む。

少しして、もう一通届いた。

《ルミナフェネックって、あんまり出ないやつだよね》

《らしい》

《……まあ、一度くらいなら》

《何時?》

「来るっぽい」

「本当ですか? それは助かります」

時間を伝える。

少しして、返事が届いた。

《分かった》

エントはメニューを閉じる。

「これで4人ですね」

「そんなに来てくださるんですね」

コンの表情が明るくなった。

「これなら、安心して探せそうです」

「じゃあ、明日この辺で集合にします?」

「そうしましょうか」

時間と場所を決める。

コンが募集画面を操作した。

《同行者募集を終了しました》

「これで大丈夫です」

「了解です」

エントは立ち上がる。

「じゃあ、明日」

「はい。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

そのまま別れようとしたところで、コンが少し申し訳なさそうに呼び止めた。

「あ、エントさん」

「はい?」

「一つだけ、お願いしてもいいですか?」

「何です?」

「ルミナフェネックを見つけても、向こうから襲ってこない限り、こちらからは攻撃しないでほしいんです」

「ああ」

「護衛をお願いしておいて、すみません」

「いや、それが目的なんですよね?」

「はい」

「なら大丈夫ですよ」

「ありがとうございます」

コンの表情が柔らかく和らいだ。

「では、また明日」

「はい。また明日」

今度こそ別れる。

エントは歩きながら、新しく買った長剣の柄に手を置いた。

「…………」

せっかく装備を新しくしたのに、明日の目的は――

「見るだけか」

とはいえ、護衛なら剣を使うこともあるだろう。

それに、ただ珍しいモンスターを探して、森を歩き回る。

そういう遊び方も悪くない。

「まあ、面白そうだな」

エントは新しい長剣の柄を軽く握り直した。

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