当たらない魔法
AXIS MUNDIを始めて、1週間ほど。
エントはコリーと並んで、リュグナ大森林を歩いていた。
「今日はこっち?」
「ああ。昨日ほど奥には行かない」
「昨日基準で言うのやめろよ」
「分かりやすいだろ?」
「昨日、Lv18に吹っ飛ばされたんだけど」
「ははっ。ちゃんと覚えてるじゃん」
「忘れるか」
エントは左腕の盾を見る。
昨日、グレーファングの一撃を受けた盾だ。
攻撃は見えた。
盾も間に合った。
それでも、身体ごと弾き飛ばされた。
受け方が合っていても、能力差までは埋まらない。
あの衝撃は、嫌でも頭に残っている。
「今日はあそこまで行かないから安心しろ」
「別にビビってないけど」
「じゃあ行く?」
「行かない」
「即答じゃん」
「今行ってもまた飛ぶだけだろ」
「学習したなあ」
「昨日の今日だからな」
コリーが楽しそうに笑う。
それでも、ゲームを始めたばかりの頃に薬草を集めていた辺りよりは、かなり森の奥だ。
木々の間隔は狭くなり、足元には背の低い草が広がっている。
見かけるモンスターも少しずつ変わってきた。
エントは時折マップを確認しながら歩く。
「この辺、まだ埋まってないな」
「全部埋めるつもり?」
「できるなら」
「この森、広いぞ」
「だからいいんだろ」
「出たよ」
「何が?」
「エントのそういうとこ」
「どういうとこだよ」
そのときだった。
――バチィッ!
「ん?」
少し離れた場所から、鋭い音が響いた。
続いて、何かが地面へぶつかるような音。
2人が同時に足を止める。
「今の何?」
「戦闘じゃない? 魔法っぽかったけど」
エントは音のした方を見る。
「見に行く?」
「もう行く気だろ」
「一応聞いた」
「顔が行くって言ってる」
「じゃあ行こう」
「ほらな」
コリーが笑いながら後をついてきた。
◇
木々の間を抜けていくと、少し先に開けた場所が見えてきた。
その手前でコリーが片手を上げる。
「待った」
「何?」
「戦ってる」
エントも足を止めた。
木の陰から向こうを覗く。
最初に目に入ったのは、灰青色の影だった。
「速っ」
細身の獣が地面を駆け抜ける。
姿は大きな猫に近い。
灰青色の短い毛。
すらりと長い脚。
四肢には、水面へ石を落としたときのような波紋模様が浮かんでいる。
《リップルリンクス Lv12》
「初めて見る」
「この辺から出るやつだな」
リップルリンクスが木の幹へ向かったかと思えば、直前で横へ跳ぶ。
倒木を蹴り、また方向を変えた。
「ホーンラビットより全然速いな」
「AGI高いからな」
「戦ってるのは……」
エントは視線を動かした。
少し離れた場所に、1人の女性が立っている。
淡い色の髪。
小柄な体格。
そして、髪の間から伸びた長い耳。
「エルフ?」
「だな」
左手には魔導書。
右腕には、手首から肘近くまでを覆うガントレット。
身につけている装備も、エントのものとは明らかに違った。
女性が右腕を持ち上げる。
「《ライトニング》!」
バチッ!
光が走った。
速い。
エントが目で追うより早く、雷が地面へ突き刺さる。
だが――。
「外れた」
「だな」
直前までそこにいたリップルリンクスは、すでに横へ跳んでいた。
そのまま地面を蹴り、一気に女性との距離を詰める。
女性が素早く横へ動いた。
振るわれた爪が、ローブのすぐ横を抜ける。
すれ違ったリップルリンクスは、そのまま止まらず距離を取った。
「普通に避けたな」
「動き慣れてる」
「装備も良さそうだし、結構やってる人?」
「だろうな」
女性が再び右腕を上げる。
「《ライトニング》!」
雷撃が走る。
今度は倒木の横。
しかし、リップルリンクスはその直前に進路を変えていた。
「……また外れた」
「相性悪そうだな」
エントは戦いを眺める。
外れた雷撃が、地面を黒く焦がしていた。
威力がないわけではなさそうだ。
問題は――当たらない。
「魔法って、自分で狙うんだよな?」
「基本はな」
「じゃあ、速すぎる相手だと……」
「当てられなきゃ、どんだけ火力あっても同じだな」
「なるほど」
昨日は、受けても押し切られた。
今日は、強そうな攻撃なのに当たらない。
「レベル上げれば何でも楽になるってわけじゃないんだな」
「そりゃそうだろ」
「昨日も似たようなこと言ってなかった?」
「昨日の今日でまた確認してる奴がいるからな」
「俺か」
「他に誰がいるんだよ」
その間にも戦闘は続いている。
リップルリンクスが駆ける。
女性が狙う。
「《ライトニング》!」
また、わずかに外れた。
「…………」
女性の表情が少し険しくなる。
エントはしばらくその様子を見てから、コリーへ顔を向けた。
「声かけてみる?」
「手伝うって?」
「うん」
「まあ、邪魔にならないならいいんじゃない?」
「じゃあ行こう」
「おう」
2人は戦闘範囲へ入らない程度まで近づいた。
「すみません」
女性がこちらを見る。
「……何?」
少し警戒した目を向けられる。
当然といえば当然だ。
戦闘中に、知らないプレイヤーから声をかけられたのだから。
「手伝いましょうか?」
「…………」
女性の視線がエントへ向く。
長剣。
盾。
防具。
それから隣のコリーへ移った。
一通り見たあと、女性はリップルリンクスへ視線を戻した。
「いや、大丈夫」
「……そうですか、分かりました」
エントはそれ以上言わなかった。
「邪魔してすみません。行こう、コリー」
「おう」
2人はその場を離れる。
しばらく歩いたところで、後ろから声が響いた。
「《ライトニング》!」
――バチィッ!
エントは反射的に振り返った。
雷撃が地面へ落ちる。
リップルリンクスは、その少し先を走っていた。
「やっぱ速いな、あいつ」
「あれ1人だと、狙うの大変そうだな」
コリーも後ろを見る。
「まあな。前に誰かいれば、動く方向くらいは絞れそうだけど」
「前に?」
「全部追っかける必要ないだろ。こっちに行かせたくないって場所に立てばいい」
「ああ」
エントはリップルリンクスを見る。
「じゃあ俺が前に出れば、もうちょい当てやすくなる?」
「俺も弓で片側くらいは潰せるしな」
「それなら――」
「待って」
後ろから声がした。
「ん?」
2人が振り返る。
先ほどの女性が、こちらを見ていた。
「今、前に誰かいればって言ってたよね?」
「言いましたけど」
エントが答える。
女性はエントの左腕を見る。
「……その盾、ちゃんと使える?」
「使えますけど」
「どのくらい?」
「どのくらいって言われても……」
エントは少し考えた。
「昨日、Lv18の攻撃は受けられました。吹っ飛ばされましたけど」
「……それ、受けられたって言う?」
「盾は間に合いました」
「そういう問題?」
女性が少し呆れたような顔をする。
横でコリーが笑った。
「でも、避けたり受けたりは普通にできるぞ。こいつ」
「普通に?」
「昨日のは相手が悪かった」
「お前が言うと余計不安なんだけど」
「何でだよ」
女性は2人を見比べ、それからリップルリンクスへ目を向けた。
少し考える。
「……1体だけ、手伝ってくれる?」
「いいんですか?」
「うん。その方が早そうだから」
さっきは必要ないと判断した。
今は使った方が早いと判断した。
どうやら切り替えは早いらしい。
「分かりました」
「ただ、条件がある」
「条件?」
「脚は傷つけないで」
「脚?」
「後脚の素材が欲しいの。傷がつくと品質が落ちるから」
「なるほど」
「あと火もなし。焦がしたくない」
「火は使えないんで大丈夫です」
「そう」
女性がコリーを見る。
「弓も脚は狙わないで」
「了解」
「倒すのは?」
エントが聞く。
「私がやる」
短い返事だった。
だが、嫌な言い方ではない。
自分が何をするのかを、はっきり決めているだけに聞こえた。
「じゃあ、どうする?」
エントがコリーを見る。
「さっき言った通りでいいだろ。エントが前で、あいつが逃げたくない場所を作る」
「追いかけなくていい?」
「追って勝てる速さじゃないしな。盾見せて進路変えさせればいい」
「なるほど」
「俺は反対側から矢を入れる。脚は避ける」
女性が2人の会話を聞きながら頷く。
「それでやってみよう。動く方向が減れば、こっちで合わせる」
「了解」
「分かった」
そこで女性が、ふと思い出したように2人を見る。
「そういえば、名前は?」
「あ」
まだ名乗っていなかった。
「エントです」
「俺はコリー」
「私はセブン」
「セブン」
エントは一度口にして覚える。
「よろしくお願いします」
「うん。よろしく」
セブンはそう返すと、すぐにリップルリンクスへ視線を戻した。
「準備いい?」
「いつでも」
「俺も」
エントは長剣を抜き、盾を前へ出す。
コリーも背中から弓を取った。
リップルリンクスがこちらを警戒し、低く身体を沈める。
さっきまで、あの速さに魔法は届かなかった。
そこへ前衛と弓が加われば、どう変わるのか。
「行くよ」
セブンの声と同時に、エントは地面を蹴った。




