いろいろ試してみる
AXIS MUNDIを始めて、6日目。
エントはリュネールの大通りを歩いていた。
今日はコリーとの待ち合わせもない。
ギルドで受けた依頼も残っていない。
「何すっかな……」
歩きながら考える。
昨日は水路の詰まりを見に行っただけのはずが、気づけば水車まで直していた。
その結果、《機構知識》なんてスキルまで覚えた。
「そういや……」
腰の長剣へ目を落とす。
使い始めてから、もう何度も戦った。
最初は振るだけでもぎこちなかったが、最近は少しずつ慣れてきている。
盾も同じだ。
それはそれで面白い。
ただ――。
「他の武器って、どんな感じなんだろ」
キャラクター作成のときには、いくつもの武器が並んでいた。
あのときは長剣と盾を選んだが、別にそれしか使えないわけではない。
「……試してみるか」
そう決めると、行き先も自然に決まった。
◇
「ここ、結構でかいな」
大通り沿いにある鍛冶屋は、これまで覗いた店より一回り大きかった。
開け放たれた入口から中へ入る。
壁には剣や槍。
棚には短剣や小型の斧。
さらに奥には弓や、エントには使い方の分からない武器まで並んでいる。
「多いな……」
カウンターの近くでは、がっしりした体格のドワーフが鎧姿の客と話していた。
店主だろうか。
エントへ一度目を向ける。
「見るだけなら勝手に見ろ。分からんことがあったら呼べ」
「分かりました」
それだけ言うと、男はまた客との話へ戻った。
エントは近くに並んだ武器から眺め始める。
まず目についたのは大剣。
「あ、これ」
キャラクター作成のとき、少し迷った武器だ。
当時はSTRが足りず、使うなら最初からステータスポイントを振る必要があった。
「今なら持てるのかな」
少し気になる。
だが、今日は今までと違う戦い方を試してみたい。
その隣には斧。
「斧か……」
これも面白そうだ。
少し迷ったものの、今日はもっと間合いや身体の使い方が変わりそうな武器を選ぶことにする。
さらに進む。
「槍」
一本を眺める。
長い。
長剣とは明らかに間合いが違う。
「これは結構変わりそうだな」
候補。
次は短剣。
「短剣……」
手に取ってみる。
長剣よりずっと短い。
使い勝手もかなり違うのだろう。
ただ――。
「せっかくなら、もっと違うのにするか」
戻す。
その先で、2本一組になった武器が目に留まった。
《初心者用の双剣》
「双剣」
右手と左手。
両方に剣を持つ。
今の長剣と盾とは、戦い方がかなり変わりそうだ。
「これも面白そう」
槍と双剣。
ひとまず2つまで絞った。
弓も気になったが、値札を見て少し考える。
「……3つ買うのはもったいないな」
使い続けるかも分からない。
それなら弓は後回しでいい。
エントは《初心者用の槍》と《初心者用の双剣》を手に、店員の手が空くのを待った。
しばらくして鎧姿の客が店を出る。
ドワーフの男がこちらを向いた。
「決まったか」
「はい。この2つを」
男が槍と双剣を見る。
「槍と双剣か。使ったことは?」
「ないです。ちょっと試してみようと思って」
「そうか」
男はそれ以上何も言わず、手際よく会計を済ませた。
「俺はガルドだ。修理もやってる。壊したら持ってこい」
「買ったそばから壊す前提ですか?」
「初めて使うんだろ」
「……気をつけます」
「それがいい」
無愛想な顔のまま、ガルドがわずかに口元を緩めた。
◇
リュネール近郊の森。
エントは買ったばかりの槍を構えていた。
「……長いな」
分かりきっていたことだが、実際に持つと余計にそう感じる。
長剣とは距離感がまるで違う。
試しに前へ突き出す。
シュッ。
「おっ」
思ったより遠くまで届いた。
今度は踏み込みながら。
もう一度。
「これ、結構いいかも」
相手へ近づかなくても攻撃できる。
少なくとも、剣とは違う。
そんなことを考えていると、近くの茂みが揺れた。
《ホーンラビット Lv2》
「ちょうどいいな」
エントは槍を構え直した。
ホーンラビットが身を低くする。
突進。
「そこ!」
いつもより早い段階で槍を突き出す。
だが、ホーンラビットが横へ逸れた。
「外した」
槍を戻そうとする。
その間にホーンラビットが向きを変えた。
「うおっ」
近い。
長い柄をどう動かせばいいのか、一瞬迷う。
その隙にもう一度突っ込んでくる。
「危なっ!」
横へ避ける。
距離を取って、改めて構え直した。
「近づかれると、どう動かせばいいか分かんねえな」
槍が悪いわけではない。
単純にエントが扱い方を知らない。
「とりあえず、今は近づかれる前に当てるしかないか」
再び距離を取る。
ホーンラビットがこちらを向く。
動き出す瞬間を待つ。
「今!」
踏み込み。
突く。
ザシュッ。
今度は穂先が身体を捉えた。
《ホーンラビット Lv2を討伐しました》
「おお」
槍を見る。
「悪くないな」
長剣とは全然違う。
もっと使えば、近距離での扱い方も分かってくるのかもしれない。
「次」
◇
槍をインベントリへ戻す。
代わりに取り出したのは2本の剣。
《初心者用の双剣》
右手に1本。
左手にも1本。
「……違和感あるな」
ここ数日、左手には盾があった。
その場所に今は剣がある。
試しに右を振る。
続けて左。
「お」
もう一度。
右。
左。
左腕まで攻撃に使う感覚は、思った以上に新鮮だった。
「これ楽しいな」
少しすると、またホーンラビットが現れた。
《ホーンラビット Lv2》
「よし」
今度はこちらから近づく。
右手の剣。
避けられる。
だが、まだ左手がある。
「こっち!」
ザッ。
刃が掠める。
「おお、当たった」
そのままもう一度右。
今度は外れた。
ホーンラビットが距離を取り、身を低くする。
「来るな」
突進。
エントは反射的に左腕を前へ出しかけた。
「あ」
止める。
そこにあるのは盾ではない。
もう1本の剣だ。
「やばっ」
慌てて横へ避ける。
角がすぐ脇を通り過ぎた。
「……盾ないの、やっぱ怖いな」
思わず笑う。
だが、双剣そのものは面白い。
攻撃を避ける。
距離を詰める。
右を振る。
避けられたところへ左。
今度は当たる。
《ホーンラビット Lv2を討伐しました》
「これもいいな」
槍とはまた違う。
もう少し使ってみたいと思えるくらいには気に入った。
「弓も試したいな……」
買わなかったことを少しだけ後悔する。
そこで、ふと思い出した。
「持ってそうな奴いるじゃん」
◇
『弓も使ってみたい』
コリーへメッセージを送る。
しばらくして返信が来た。
『お、ついに弓の良さに気づいた?』
『まだ気づいてないから試す』
『そこは気づいたって言えよ』
『予備ある?』
『ある』
『貸して』
『いいよ。今どこ?』
場所を送る。
『近いな。ちょい待ってろ』
◇
「お待たせ」
少しして、木々の向こうからコリーが現れた。
「早かったな」
「近くにいたからな。ほら」
弓を差し出してくる。
《初心者用の弓》
「本当に初心者用じゃん」
「昔使ってたやつ。壊すなよ?」
「壊れる?」
「雑に扱えばな」
「先に言えよ」
「今言っただろ」
コリーが笑う。
「で、何で急に武器変えてんの?」
「他のも使ってみようと思って」
「何使った?」
「槍と双剣」
「どうだった?」
「どっちも結構面白い」
「へえ。じゃあ次は弓の素晴らしさを知ってもらおうか」
「ハードル上げんなよ」
「俺は外さないから大丈夫」
「俺が困るんだよ」
「ははっ、それもそうか」
エントは借りた弓を構えた。
「で、どうすんの?」
「まず矢つがえて」
「それくらいは分かる」
「じゃあ聞くなよ」
「その後だよ」
「狙って撃つ」
「雑だな!」
「やれば分かるって」
「それ初日にも聞いたぞ」
「実際分かっただろ?」
「まあな」
コリーが楽しそうに笑う。
エントは近くの木へ狙いを定めた。
弦を引く。
「思ったより力いるな」
「その辺もステータスで変わるぞ」
「なるほど」
狙う。
離す。
矢が飛んだ。
トッ。
「あ、当たった」
「おめでとう。木に勝ったな」
「馬鹿にしてる?」
「褒めてる褒めてる」
「絶対嘘だろ」
次は動いている相手。
ちょうどホーンラビットが木々の間を走っていた。
《ホーンラビット Lv2》
「やってみる」
「どうぞ」
狙う。
放つ。
外れる。
「……」
もう一度。
外れる。
「……動くと全然違うな」
「そりゃ動くからな」
「知ってるよ」
3本目。
また外れた。
「これ本当に当たる?」
「当たる当たる。貸してみ」
コリーが笑いながら手を出した。
「弓のせいだったら謝れよ」
「いいよ。当てたらお前が謝れ」
「何を?」
「弓に」
「何で弓に謝るんだよ」
「ほら」
コリーが弓を構える。
矢をつがえる。
ほとんど迷わず放った。
矢が飛ぶ。
ザッ。
木々の間を走っていたホーンラビットへ突き刺さった。
「……」
「弓さんに何か言うことは?」
「ありません」
「あるだろ」
「もう一回」
「往生際悪いな」
コリーが笑いながらもう一本つがえる。
放つ。
今度も当たった。
「……上手いな」
「だろ?」
「ちょっと見直した」
「ちょっとかよ」
「調子乗るから」
「もうちょい素直に褒めろよ」
エントも笑った。
◇
一通り試し終え、エントはいつもの装備へ戻した。
右手に長剣。
左手に盾。
構えてみる。
「……やっぱこれだな」
「結局戻るんだ?」
「今のところ一番使いやすい」
「双剣は?」
「結構好き」
「じゃあ使えばいいじゃん」
「盾持てないじゃん」
「そこ大事なんだ?」
「大事だろ」
「ははっ。そんな盾好きだったっけ?」
「使ってみると便利なんだよ」
槍も面白かった。
双剣もまた使いたい。
弓だって、当たるようになれば面白そうだ。
だから、どれか1つを捨てるつもりはない。
ただ今の自分には、長剣と盾が一番しっくりくる。
「まあ、他のもまた使うと思う」
「いいんじゃない? 好きなの使えば」
「そうする」
エントはメニューを開いた。
《STATUS》
名前:エント
種族:人間
ジョブ:冒険者
Lv:10
《未使用ステータスポイント:6》
「さて……」
STRは欲しい。
VITも落としたくない。
さっき双剣を使ったらAGIも欲しくなったし、槍や弓まで考えるとDEXも気になる。
「……結局どれも欲しいな」
「何が?」
「ステータス」
「見せて」
「やだよ。絶対なんか言うだろ」
「言わない言わない」
「その言い方が一番信用できない」
「ははっ、バレた?」
エントは画面を見せないまま、自分なりにポイントを振っていく。
HPやSTMも欲しい。
魔法もまだ諦めてはいない。
結局、どこか1つへ大きく寄せることはしなかった。
《未使用ステータスポイント:0》
振り終えたステータスを眺める。
「……また大体同じくらいになったな」
「気になるなあ」
「見せないって」
「はいはい」
エントは画面を閉じた。
「せっかく外出たし、もうちょい行こうぜ」
「いいよ。どこ行く?」
エントは森の奥を見る。
「あっち」
「どこまで?」
「行けるとこまで」
「ははっ、出たよ」
「何が?」
「お前の『とりあえず行ってみる』」
「いいだろ」
「まあな。危なそうなら止めるぞ」
「分かってる」
「本当に?」
「多分」
「そこは『はい』って言えよ」
2人は森の奥へ歩き出した。
◇
リュグナ大森林を進む。
最初のうちは見慣れた場所だった。
ホーンラビットが現れても、もう初日のようには慌てない。
相手の動きを見る。
避ける。
必要なら盾で受ける。
隙へ剣を振る。
数日前には必死だったことが、少しずつ普通になってきていた。
《ホーンラビット Lv3を討伐しました》
「よし」
「もうウサギくらいじゃ苦戦しなくなったな」
「初日から見てた奴に言われると成長した感じするな」
「最初すごかったもんな」
「何が?」
「避けようとして自分で転びそうになってた」
「忘れろ」
「無理。面白かったから」
「そのうちお前も転ばせる」
「何でだよ」
コリーが笑う。
エントはマップを開いた。
自分が歩いた場所が少しずつ広がっている。
「こっち行ってないな」
「そっちはちょい奥だぞ」
「行ったことある?」
「あるよ」
「じゃあ行こう」
「何で俺が行ったことあると行くんだよ」
「危なかったら止めるだろ」
「俺を安全装置にすんなよ」
「頼りにしてるってこと」
「そう言われると悪い気しないな」
「単純だな」
「お前が言うな」
そんなことを話しながら、さらに奥へ進む。
◇
「……なんか静かじゃない?」
しばらくして、エントは足を緩めた。
木々が密になっている。
頭上を覆う葉も増え、地面まで届く陽光が少ない。
何より、先ほどまで見かけていた低Lvのモンスターがほとんどいない。
「そうだな」
コリーも周囲を見る。
さっきまでより、少しだけ声が低い。
「この辺から気をつけろよ」
「何か出る?」
「色々。見たことないのが出たら、まずレベル見ろ」
「了解」
そのとき。
ガサッ。
「待て」
声が変わった。
エントも足を止める。
低い唸り声が聞こえた。
木々の間。
暗がりの中から、何かがゆっくりと姿を現す。
「……でか」
狼。
そう呼ぶのが一番近い。
灰色の毛。
太い前脚。
鋭い牙。
肩の高さだけでもエントの腰近くまである。
頭上に文字が浮かんだ。
《グレーファング Lv18》
「18?」
「エント、下がれ」
コリーが弓へ手を伸ばす。
エントも一歩下がった。
グレーファングが低く唸る。
そして、その身体が沈んだ。
「――来る」
狙われている。
グレーファングの後ろ脚へ力が入る。
見覚えのある動きだった。
ホーンラビットの突進と似ている。
次の瞬間。
地面を蹴った。
「速っ――」
一気に距離が縮まる。
避ける。
そう思ったときには、もう目の前だった。
それでも動きは見える。
盾も間に合う。
エントは反射的に左腕を前へ出した。
《ガード》
盾が正面へ入る。
ガァン!
「――っ!?」
衝撃。
左腕が弾かれた。
いや。
腕だけではない。
盾ごと身体が浮いた。
「うおっ――!」
背中から地面へ叩きつけられる。
そのまま何度か転がった。
視界の端でHPが一気に減る。
「は?」
《ガード》は間に合った。
なのに、止まったのは相手ではなく自分だった。
グレーファングが向きを変える。
もう一度こちらへ――。
「エント!」
矢が飛んだ。
グレーファングの横腹へ突き刺さる。
獣が唸り、コリーへ顔を向けた。
「立て!」
「いける!」
「じゃあ走れ!」
「え?」
「撤退!」
「分かった!」
エントは起き上がった。
コリーがもう一射。
グレーファングを牽制する。
「こっち!」
2人は走り出した。
◇
「……ここまで来れば大丈夫だろ」
しばらく走ったところで、コリーが足を止めた。
「追ってきてない?」
「大丈夫」
エントは後ろを確認してから、その場へ腰を下ろした。
「びっくりした……」
「こっちの台詞だよ。初見であんな綺麗に吹っ飛ぶ?」
「俺のせいじゃないだろ」
「それはそう」
コリーが笑う。
エントは回復アイテムを使った。
減っていたHPが戻っていく。
その間に、左腕の盾を見る。
壊れてはいない。
「……今の、受け方間違ってた?」
「いや」
「じゃあ何であんな飛んだんだよ」
「相手が強かったから」
「それだけ?」
「それだけ。残念でした」
「何でちょっと楽しそうなんだよ」
「初日に言ったじゃん。ステータスあるゲームだぞって」
「……言ってたな」
「ほらな」
「嬉しそうにすんな」
コリーが笑う。
エントはもう一度盾を見る。
「ちゃんと受けても無理なときあるのか」
「あるある。ステータス差ありすぎたらな」
「なるほどな……」
今までは、上手く動けば何とかなった。
避ける。
盾で受ける。
隙を見て攻撃する。
少なくとも、この辺りの敵ならそれで戦えた。
でも、今のは違った。
受け方が分かっても、受けきれない。
「Lv8差か……」
「レベルだけで全部決まるわけじゃないけどな」
「でも強かった」
「そりゃ強いよ。あの辺まで行けばな」
エントはグレーファングがいた方向を見る。
「お前なら倒せる?」
「んー」
コリーが少し考える。
「まあ、やれなくはないと思う」
「じゃあ――」
「戻らないぞ」
「まだ何も言ってない」
「倒しに行こうって顔してる」
「どんな顔だよ」
「そういう顔」
「適当だな」
「でも当たってるだろ?」
「……ちょっと思った」
「ほら」
コリーが笑った。
「別にあいつの素材が欲しいわけでもないし、経験値ならもっと安全に稼げる。で、お前、次も盾で飛ぶ?」
「……嫌だな」
「だろ? 帰ろうぜ」
「そこまで言われると納得するな」
「最初から納得しろよ」
「それは無理」
「何でだよ」
エントも笑いながら立ち上がった。
◇
リュネールへ戻る道。
エントは何度か後ろを振り返った。
もちろん、グレーファングの姿はもう見えない。
「……Lv18か」
「何?」
「いや」
「絶対なんか考えてるだろ」
「そのうちもう一回行こうぜ」
「ははっ、やっぱそうなるか」
「何が?」
「お前なら言うと思った」
「じゃあ付き合えよ」
「いいよ。ちゃんと強くなったらな」
「よし」
「まずLv18に吹っ飛ばされないところからな」
「分かってるって」
悔しくないわけではない。
でも、それ以上に。
次に会ったとき、あの突進を止められるようになっていたら面白い。
エントはそんなことを考えながら、コリーと並んでリュネールへ戻っていった。




