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壊れた水車

『今日はちょっと別の用事ある』

「別の用事?」

ログインしてすぐ届いたメッセージを見て、エントは首を傾げた。

送り主はコリー。

『何すんの?』

『ちょっと狩り』

『俺も行く?』

『今日はやめとけ』

『何で?』

『お前だと多分死ぬ』

「……」

エントは数秒、画面を見つめた。

『じゃあ行かない』

『素直でよろしい』

『死にたくないからな』

『適当に遊んどけ』

『そうする』

メッセージを閉じる。

『AXIS MUNDI』を始めて、今日で5日目。

最初こそコリーと一緒に動いていたが、ここ数日は一人で遊ぶ時間も増えていた。

「さて」

中央広場を見渡す。

今日、何をするか。

特に決めていない。

「……ギルド行くか」

とりあえず依頼でも見ることにした。

◇

冒険者ギルドの掲示板には、今日も大量の依頼書が貼られていた。

《薬草の採取》

《街道周辺の魔物討伐》

《荷物の運搬》

《木材の収集》

《護衛募集》

最初に来たときよりは、内容を見る余裕がある。

エントは一枚ずつ眺めていく。

「討伐……は、この前やったし」

別の依頼を見る。

「採取もやった」

もちろん同じ依頼を繰り返してもいい。

経験値も金も手に入る。

だが、せっかくなら違うことをしてみたい。

「何かないかな……」

掲示板の端まで視線を動かす。

そこで、一枚の依頼書が目に留まった。

《水路の詰まり調査》

《推奨Lv:1》

《依頼場所:リュネール北西部・ハルベン製粉所》

「水路?」

討伐でも採取でもない。

説明を開く。

《製粉所へ引く水路の流れが悪くなっています》

《水路を確認し、流れを妨げているものがあれば除去してください》

《報酬:200G》

「これにするか」

《依頼《水路の詰まり調査》を受注しますか?》

「はい」

《依頼を受注しました》

表示された場所をマップで確認する。

リュネールから北西。

街の外ではあるが、それほど遠くはない。

「よし」

エントはギルドを出た。

◇

「ここか」

リュネールを出てしばらく歩いたところで、エントは足を止めた。

森の中を流れる小さな川。

そこから分かれる細い水路。

水路の先に、納屋を大きくしたような木造の建物があった。

石造りの土台の上に建ち、横にはエントの身長を何倍にもしたような巨大な木製の輪がある。

「でか……」

水車だ。

現実でも見たことがないわけではない。

だが、ここまで近くで見るのは初めてだった。

何枚もの板が円を描くように取り付けられ、その中心から太い軸が建物の中へ伸びている。

ただ――。

「動いてないな」

水車は完全に止まっていた。

そもそも水路を流れてくる水そのものが少ない。

「おーい! 兄ちゃん!」

声がした。

建物の入口から、一人の男が出てくる。

年齢は50歳前後だろうか。

日に焼けた顔。

腕まくりしたシャツ。

腰には厚手の前掛けを巻いている。

「ギルドから来てくれたんだろ? いやあ、助かった助かった!」

「水路の依頼ですよね?」

「おう。それそれ。俺はハルベンだ。ここの製粉所をやってる」

「エントです」

「よろしくな、エント!」

ハルベンは大きな手でエントの肩を一度叩くと、水車を見上げた。

「昨日から急に水が減っちまってな。見ての通り、こいつもすっかり休憩中だ」

「水車、これで粉作ってるんですか?」

「おう。こいつが回ってくれりゃ、中の石臼も働いてくれる。止まっちまうと、俺まで開店休業だ」

「なるほど」

エントは水車の中心から建物へ伸びる軸を見る。

「水路は?」

「こっちだ」

ハルベンが建物の脇を指差す。

「こいつを上へたどって見てきてくれ。たぶん枝か何か引っかかってるんだろうが、俺はこっちの片づけで手いっぱいでな」

「見つけたら取っちゃっていいんですよね?」

「おう。ただし、でかいのが詰まってても無茶すんなよ。水路直しても、兄ちゃんが流されちまったら寝覚めが悪い」

「気をつけます」

「頼んだ!」

ハルベンに見送られ、エントは水路沿いへ歩き始めた。

◇

水路を上流へたどっていく。

最初は足首ほどの深さだった水が、進むにつれて少しずつ増えてきた。

「……ん?」

エントは足を止めた。

上流を見る。

こちらより水量が多い。

少し戻る。

「ってことは、この辺か?」

水路の脇へ目を向けながら歩く。

ほどなくして、木々の陰に隠れるようにして水が溜まっている場所を見つけた。

「あった」

水路を横切るように、太い枝が引っかかっている。

そこへさらに細い枝や落ち葉、泥が溜まり、小さな堰のようになっていた。

隙間から水は流れている。

だが、明らかに量が少ない。

「分かりやすいな」

エントはしゃがみ込んだ。

まず細い枝を取り除く。

次に落ち葉。

溜まった泥も手で掻き出していく。

少しずつ水の流れが強くなった。

「あとこれか」

最後に残った太い枝を掴む。

引っ張る。

「……重っ」

動かない。

両手で掴み直す。

「ふっ……!」

力を込める。

枝が泥の中から少しだけ浮いた。

だが、水に押されて思うように動かせない。

「これ、剣で切った方が早いか?」

腰の長剣を見る。

数秒考える。

「……やめとこ。こんなんで剣駄目にしたら馬鹿すぎる」

代わりに、どこが引っかかっているのかを確認する。

「ああ、ここか」

枝分かれした先端が、水路脇の石へ噛み込んでいた。

そこを先に外す。

もう一度、枝を持ち上げる。

「よっ――と!」

ズルッ。

枝が泥から抜けた。

「うおっ」

急に軽くなり、後ろへ尻餅をつく。

その目の前を、水が一気に流れていった。

「冷たっ!」

跳ねた水が顔にかかる。

エントは袖で顔を拭いながら立ち上がった。

水路を見る。

先ほどまでとは明らかに違う。

溜まっていた水が勢いよく下流へ流れていく。

《依頼条件を達成しました》

《製粉所へ戻り、報告してください》

「終わりか」

思ったより簡単だった。

エントは手についた泥を水で洗い流す。

「じゃあ戻るか」

◇

「おお、来た来た!」

製粉所へ戻ると、ハルベンが水路を見て声を上げた。

「やっぱり何か詰まってたか?」

「枝と落ち葉と泥が結構」

「やっぱりか! いやあ、助かった。これだけ流れりゃ十分だ」

「これで終わりですか?」

「おう。依頼の方はこれで終わりだ。あとはこっちで――」

ザアア、と水の流れる音がする。

エントは何となくそちらを見た。

水は来ている。

水車の板にも、しっかり当たっている。

なのに。

「……あれ?」

「どうした?」

「これ、回ってなくないですか?」

「ん?」

ハルベンも振り返る。

水車は動いていない。

「……おいおい。水は来てるぞ」

「ですよね」

「これなら回るはずなんだがなあ」

ハルベンが頭を掻く。

エントは視界の端に残る依頼表示を見る。

《製粉所へ戻り、報告してください》

依頼されたことは、もう終わっている。

「まあ、水路だけでも十分だ。こっちは俺の方で――」

「ハルベンさん」

「ん?」

「これ、手で動かしてもいいですか?」

「水車を?」

「はい。なんで回らないのか気になって」

ハルベンは水車とエントを交互に見た。

それから、にっと笑う。

「いいぞ。やってみろ。ただし無茶はなしだ」

「分かりました」

「何かあったらすぐ手ぇ離せよ」

エントは水車へ近づいた。

木製の板へ両手を当てる。

「よっ……」

押す。

動かない。

「もう一回」

足を踏ん張る。

「ふっ!」

力を込める。

ギ……。

「あ」

ほんの少しだけ動いた。

だが。

ガッ。

何かに引っかかるように止まった。

「……ん?」

手を離す。

「今、動きましたよね」

「おう。ちょっとだけな」

もう一度押す。

ギ……。

ガッ。

同じように止まった。

「水が足りないんじゃなくて、どっか引っかかってる?」

「ありそうだな」

ハルベンも水車へ近づいてくる。

エントは中心部分を見る。

太い軸。

それが壁を貫いて、建物の中へ続いている。

「これ、中までつながってるんですよね?」

「おう。見てみるか?」

「いいんですか?」

「構わん構わん。こいつがどうやって働いてるのか、見た方が早い」

ハルベンが扉を開けた。

◇

「おお……」

製粉所の中へ入ったエントは、思わず声を漏らした。

中央に大きな石臼がある。

その周囲には木製の軸や歯車。

外の水車から伸びた太い軸が、いくつかの部品を介して石臼へつながっていた。

「こうなってんのか」

「面白いだろ?」

「はい。ちゃんと見たの初めてです」

「俺には見慣れたもんだけどな」

ハルベンが石臼を軽く叩く。

「外の水車が回る。そいつが軸を回して、最後にこいつを回す。こいつが働いてくれなきゃ粉が挽けねえってわけだ」

「じゃあ……」

エントは目でつながりを追う。

水車。

軸。

歯車。

石臼。

「石臼が重くて動かないとか?」

「いや。今は粉も入ってないからな。普段ならもっと軽く回る」

「じゃあ、ここじゃない?」

「たぶんな」

「途中か……」

エントは軸を見る。

どこがおかしいのかまでは分からない。

「外からもう一回押してみてもいいですか?」

「いいぞ。俺がこっちで見ててやる」

「お願いします」

エントは外へ戻った。

水車へ両手を当てる。

「押します!」

「おう!」

「せーの……!」

押す。

ギ……。

中から木材が軋む音がする。

そして。

ガッ。

「止まりました!」

「こっちもだ!」

少しして、ハルベンが外へ出てくる。

「石臼の方は?」

「そこまで力が届く前に止まってるみたいだな」

「じゃあ、やっぱり途中?」

「そうなるな」

二人で水車の中心を見る。

エントには、何が正常で何がおかしいのか分からない。

「普段はここ、どうなってるんですか?」

「この軸がそのまま回る。あんな引っかかり方はしねえ」

「じゃあ、この辺か」

「見てみるか」

二人で軸の根元へ屈み込む。

木製の軸が、建物側の支えへ入っている。

「暗いな……」

「待ってろ。灯り持ってくる」

ハルベンが建物の中へ戻り、ランタンを持ってくる。

「ほら。これなら見えるだろ」

「ありがとうございます」

照らす。

軸。

支え。

その隙間。

「……ん?」

エントは顔を近づけた。

「ハルベンさん。これ」

「どれだ?」

「ここに何かありません?」

「んー?」

ハルベンも覗き込む。

「ああ、何か噛んでやがるな」

「これ、元からじゃないですよね?」

「こんなもん入ってるわけねえよ。木っ端か?」

ハルベンがさらに照らす。

「いや、小石もあるな。こいつらが引っかかってんのかもしれん」

「取れます?」

「やってみよう」

ハルベンが細い工具を持ってくる。

「エント、悪いが少しだけ水車を動かしてくれ」

「はい」

「俺が止めろって言ったら、そのまま押さえてろ」

「分かりました」

エントが水車へ手をかける。

「動かします」

ギ……。

「よし、そこで止めろ!」

「はい!」

ハルベンが隙間へ工具を差し込む。

「もうちょい……」

カラッ。

小さな石が地面へ落ちた。

「一個!」

「まだ木が残ってます」

「おう。もう一回頼む」

少し動かす。

止める。

工具を差し込む。

何度か繰り返す。

やがて。

「よっしゃ、抜けた!」

細長い木片が地面へ落ちた。

「これか」

エントが拾い上げる。

指ほどの大きさしかない。

「こんなので止まるんですね」

「場所が悪けりゃこんなもんだ。小せえくせに仕事の邪魔しやがって」

ハルベンが木片を摘まみ上げ、笑った。

「じゃあ、動かしてみるか!」

「はい」

二人で水車へ手をかける。

「せーのでいくぞ」

「はい」

「せーの!」

押す。

ギ……。

さっきまで引っかかっていた場所を越える。

「動いた!」

「もう一丁!」

さらに押す。

水車がゆっくりと回る。

水が板を押す。

ギィ……。

ゴトン。

次の板へ水が当たる。

ゴトン。

さらに次。

ゴトン。

回転が少しずつ速くなっていく。

やがて、二人が手を離しても水車は止まらなくなった。

「おおっ、回った回った!」

ハルベンが大きな声を上げる。

建物の中から、ゴロゴロと重い石が回る音が聞こえてきた。

「石臼も動いてるぞ!」

「直った?」

「おう! これだよこれ! やっぱり働いてるこいつが一番だ!」

ハルベンが嬉しそうに水車を叩く。

「よし!」

エントも思わず笑った。

水路の詰まりを取っただけのときより、妙に嬉しい。

動かなかったものが、自分たちで原因を探した結果、目の前で動いている。

しばらく眺めていたくなる。

そのとき。

《一定の条件を満たしました》

「ん?」

新しい表示が現れる。

《スキル《機構知識》を習得しました》

「……機構知識?」

詳細を開く。

《機構知識》

《機械・仕掛け・装置などを観察した際、構造や異常に気づきやすくなる》

「こんなんでもスキル覚えるんだ」

「どうした?」

「今、スキル覚えました」

「おお、そりゃ景気がいいな! 何てスキルだ?」

「《機構知識》ってやつです」

「機構知識?」

「機械とか仕掛けを見たときに、構造とか異常に気づきやすくなるみたいです」

「なるほどな。じゃあ今日の水車いじりが無駄じゃなかったってことだ」

「多分」

「ははっ、そりゃ結構!」

ハルベンが豪快に笑う。

エントはもう一度、《機構知識》の説明を見る。

剣を振ったわけでもない。

魔物を倒したわけでもない。

水車を見て。

分からないことを聞いて。

動かして。

原因を探した。

それで、新しいスキルを覚えた。

「……本当に何でもあるな、このゲーム」

「ん?」

「こっちの話です」

「そうか?」

ハルベンはよく分からないという顔をしながらも、気にした様子はない。

《依頼《水路の詰まり調査》を達成しました》

《200Gを獲得しました》

《EXPを獲得しました》

「よし、これで依頼も終わりだな」

「ありがとうございました」

「いやいや、礼を言うのはこっちだ」

ハルベンが腕を組む。

「……でもなあ」

「どうしました?」

「水路だけのつもりだったのに、水車まで直してもらって200Gだけってのは、どうにも気に入らんな」

「でも、依頼は水路だけですよね?」

「そうなんだが、それとこれとは別だ」

ハルベンはそう言うと、建物の中へ入っていった。

「ちょっと待ってろ!」

「え?」

しばらくして戻ってきたハルベンの手には、小さな布袋が握られていた。

「ほら」

「何ですか、これ」

「うちで挽いた粉で焼いた堅焼きパンだ。日持ちするし、腹も膨れる。持ってけ」

「いいんですか?」

「いいも悪いも、俺がやるって言ってんだ。遠慮すんな!」

《堅焼きパン×3を入手しました》

「じゃあ、もらいます」

「おう。それでいい」

ハルベンが満足そうに頷く。

「また何かあったら頼むぞ。依頼がなくても近くまで来たら寄ってけ」

「分かりました」

「今度はちゃんと動いてる水車を見せてやる」

「それ、今見てますけど」

「ははっ! そうだったな!」

エントも笑った。

◇

製粉所を離れる。

少し歩いたところで、エントは振り返った。

大きな水車が、今もゆっくりと回り続けている。

ゴトン。

ゴトン。

森の中に、一定の音が響いていた。

エントは歩きながらメニューを開く。

《機構知識》

《機械・仕掛け・装置などを観察した際、構造や異常に気づきやすくなる》

「機構知識か……」

水車を直しに来たわけではなかった。

そもそも、こんなスキルがあることすら知らなかった。

エントは表示を閉じる。

そして、まだ時間があることを確認した。

「……次、何しようかな」

そのままリュネールへ向かって歩き出した。

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