寄り道するプレイヤー
「で、どこ行くんだよ」
「分かんない」
「分かんないのに先頭歩いてんの?」
「行ってない方向だから」
「理由になってねえよ」
呆れた声を背中で聞きながら、エントは森の中を進んでいく。
薬草はもう5個集めた。
あとはリュネールへ戻って納品するだけだ。
それは分かっている。
けれど、せっかく街の外へ出たのだ。
すぐに帰るのは、なんとなくもったいない。
エントはマップを開いた。
自分たちが歩いた場所だけが描かれ、その先はまだ何もない。
「この辺までは来たんだよな」
「そうだな」
「じゃあ、もう少しだけこっち」
「好きだな、お前」
「何が?」
「何もないところ行くの」
「何もないかどうか、まだ分かんないだろ」
「……まあ、それもそうか」
マップを閉じる。
頭上には枝葉が広がり、その隙間から傾き始めた陽光が差し込んでいる。
街道から離れたせいか、人の声はもうほとんど聞こえない。
代わりに聞こえてくるのは、風に揺れる葉の音。
鳥の声。
時折、どこか遠くから聞こえる動物の鳴き声。
「……あ」
「今度は何だよ」
エントがしゃがみ込む。
木の根元。
そこに、小さな赤い実がいくつか生っていた。
「これ取れるかな」
「試せば?」
エントは赤い実へ手を伸ばした。
摘み取る。
《木の実を採取しました》
「取れた」
「よかったな」
「食える?」
「食ってみれば?」
「いや、腹壊したら嫌だな」
「そこまでリアルを警戒する?」
「このゲームならありそうだろ」
「否定はしない」
「あるの?」
「さあ?」
「お前絶対知ってるだろ」
コリーが笑う。
エントは採った木の実をインベントリへ入れた。
薬草とは違い、依頼に必要なわけでもない。
何に使えるのかも分からない。
それでも、自分で見つけて拾えたというだけで少し面白い。
歩き始める。
数歩進んで、また立ち止まった。
「あれは?」
「知らん」
「お前でも?」
「全部知ってると思うなって言っただろ」
今度は薄い緑色の苔。
触ってみる。
何も表示されない。
「取れない」
「何でも拾えるわけじゃねえよ」
「へえ」
指で軽く擦る。
湿っている。
感触は確かにある。
だが、アイテムとして取得はできないらしい。
「こういうのもあるんだな」
「いちいち確かめてたら日が暮れるぞ」
エントは頭上を見る。
木々の向こうに見える空は、少しずつ夕方の色へ変わり始めている。
「もう暮れそうだけど」
「誰のせいだよ」
◇
しばらく歩くと、茂みが揺れた。
エントが反射的に盾へ手をかける。
ガサッ。
姿を現したのは、見覚えのある灰色の身体だった。
《ホーンラビット Lv1》
「またウサギ」
「ちょうどいいじゃん」
エントは長剣を抜いた。
「今度はなるべくスキル使わないでやってみる」
「好きにしろ」
ホーンラビットが低く身構える。
何度か戦ったことで、少しだけ動きが分かってきた。
角をこちらへ向け、一直線に突っ込んでくる。
問題は、その速さだ。
ホーンラビットが地面を蹴る。
「っ」
エントは大きく跳ばない。
半歩。
身体をずらす。
角がすぐ横を抜ける。
剣を振る。
――外れた。
「あ」
「惜しい」
「今の当たったと思ったんだけどな」
「思っただけだな」
「見れば分かる」
ホーンラビットが方向転換する。
2度目。
今度は剣を振ることを急がない。
まず避ける。
そのあと、振り向こうとする相手を追う。
「ここ!」
横薙ぎ。
ザッ。
浅い。
だが当たった。
「お」
「今の方がいいな」
「だろ?」
ホーンラビットが再び距離を取る。
エントも構え直した。
もう一度。
突進。
避ける。
剣を振る。
空振り。
「くそっ」
「まだ早いな」
「分かってる」
さらに数度。
ホーンラビットが地面を蹴る。
エントはその動きを見る。
真正面。
半歩だけずれる。
すれ違う。
すぐには振らない。
ホーンラビットが着地する。
そこへ――。
「今!」
剣を振る。
ザシュッ。
刃が身体を捉えた。
ホーンラビットが地面を転がる。
追いかける。
もう一撃。
今度は外さない。
剣が命中し、その身体が光の粒へ変わった。
《ホーンラビット Lv1を討伐しました》
《EXPを獲得しました》
「よし」
「さっきより時間かかったけどな」
「でも今の方が上手く倒せた」
エントは長剣を見る。
スキルによる補助は確かに便利だ。
けれど、自分で相手の動きを見て、自分の身体を動かして剣を当てる。
その感覚も悪くない。
「さっきより動きやすくなってる気がする」
「慣れたんじゃね?」
「それだけ?」
「修練もあるかもな」
「修練?」
「動いた分が、ちょっとずつ能力に残るやつ」
「今も?」
「多分」
「見えないの?」
「見えない」
「適当だな」
「そういう仕様なんだよ」
エントは視界の端を見る。
それらしい通知は何も出ていない。
どれだけ積み重なっているのかは分からない。
それでも、こうして動き回ったことが無駄になるわけではないらしい。
「いいな、それ」
「気に入った?」
「別に何か上げるために動いてたわけじゃないし。やりたいことやって、それで伸びるなら得じゃん」
「効率気にしないならな」
「まだ初日だぞ?」
エントは剣を鞘へ戻した。
「今から効率ばっか気にしてどうすんだよ」
「それもそうか」
◇
さらに森を進む。
マップに描かれる範囲が少しずつ広がっていく。
大きな木。
岩。
小さな起伏。
そして――。
「あ」
「今度は?」
「道ある」
木々の間。
草に半分隠れるように、細い道が続いていた。
「獣道か?」
「多分な」
「行ってみよう」
「即決だな」
「道あるし」
「帰り道と逆だけど」
「……ちょっとだけ」
「それはもう信用しない」
エントは笑いながら獣道へ入った。
木々の間隔が狭くなる。
枝を避けながら進む。
低い枝を手で押し上げ、その下を潜る。
少し進むと、道の脇に倒木が横たわっていた。
高さは腰ほど。
エントが足を止める。
そして数歩下がった。
「何してんの?」
「跳んでみる」
「何で?」
「跳べそうだから」
「好きにしろ」
助走。
地面を蹴る。
現実の身体より軽い。
だが、まだ感覚は完全ではない。
「おっ――」
身体が思ったより高く浮く。
倒木の上を越え――。
「うわっ」
着地で前につんのめった。
なんとか転ばずに踏みとどまる。
後ろでコリーが笑っている。
「惜しかったな」
「跳べたじゃん」
「着地が0点」
「うるせえ」
エントは倒木を振り返った。
もう一度。
今度は助走をつけずに地面を蹴る。
力を入れすぎない。
倒木を越える。
着地。
膝を曲げる。
「お」
今度はよろけない。
「できた」
「よかったな」
「結構楽しいぞ、これ」
「街の外でアスレチック始めるとは思わなかった」
エントは周囲を見回した。
「登れそうな木とか――」
「帰るぞ」
「はい」
今度は素直に従った。
◇
来た道を戻りながらも、エントは気になったものへ目を向けた。
見覚えのない植物。
変わった形の石。
頭上を飛んでいく鳥。
時折マップを開いては、歩いた場所が少しずつ描かれていくのを確認する。
ホーンラビットが出れば戦った。
避ける。
盾で受ける。
通常攻撃を使う。
《スラッシュ》も使う。
同じ相手でも、やり方を少し変えるだけで感覚が違う。
「今の《ガード》、最初より楽だった気がする」
「慣れたんじゃね?」
「ステータスじゃなくて?」
「まだ何も上がった通知出てないだろ」
「じゃあ慣れか」
「多分」
「分からないこと多いな」
「半年やってる俺に言う?」
「それがいいんだろ」
コリーが肩をすくめる。
しばらくして、木々の間から街道が見えた。
「あ」
エントが声を上げる。
「戻ってきた」
「やっとな」
マップを見る。
リュネールの周辺。
最初はほとんど何もなかった場所に、自分たちが歩いた範囲が少しだけ描き加えられている。
広い世界から見れば、ほんのわずか。
それでも、エントはしばらくマップを眺めていた。
「結構歩いたな」
「初日にしてはな」
満足してマップを閉じる。
コリーが隣から覗き込む。
「結局、何か見つけた?」
「特には」
「じゃあ何しに行ったんだよ」
「何しにって……」
エントは少し考えた。
木の実を採った。
知らない植物を触った。
ホーンラビットと戦った。
剣を振った。
走った。
倒木を跳んだ。
マップを少し広げた。
特別なものは何も見つけていない。
だから――。
「遊んでた」
「……」
「何?」
「いや」
コリーが小さく笑う。
「楽しそうで何より」
「楽しいぞ」
エントは迷わず答えた。
◇
リュネールへ戻る頃には、街灯や建物の明かりが目立ち始めていた。
巨木の枝の間。
建物の窓。
道沿いの街灯。
昼とは違う姿になりつつある森林都市を見て、エントが足を止める。
「夜の街も見たいな」
「今日はやめとけ」
「まだ帰るって言ってないけど」
「現実の時間見ろ」
「……あ」
言われて確認する。
「結構遅いな」
「初日から飛ばしすぎ」
エントはもう一度、街を見上げた。
上層の通路にも明かりが灯り始めている。
あそこも歩いてみたい。
だが――。
明日も来ればいい。
そう思うと、少しだけ名残惜しさが薄れた。
「じゃあ依頼報告して終わるか」
「やっとまともなこと言った」
「俺ずっとまともだろ」
「それはない」
「何でだよ」
冒険者ギルドへ入る。
昼間と変わらず、多くの人が行き来している。
受付を見る。
「あ」
昼間に対応してくれた女性――リーネがいた。
ちょうど彼女の窓口が空く。
「そこ行く」
「別の窓口でもいいって言われてただろ」
「最初の人の方が分かりやすいじゃん」
「好きにしろ」
エントは受付へ向かった。
リーネがこちらに気づく。
「あら。お帰りなさい」
「戻りました」
「《薬草の採取》でしたね」
「はい」
エントはインベントリから薬草を取り出す。
5個。
受付の上へ並べる。
リーネが確認していく。
「確かに5個あります」
《依頼《薬草の採取》を達成しました》
《150Gを獲得しました》
《EXPを獲得しました》
「おお」
初めての依頼達成。
ただ薬草を採ってきただけ。
報酬も大きくはない。
それでも、少し達成感があった。
「初めての依頼でしたよね。無事でよかったです」
「ありがとうございます」
「どうでした?」
エントは少し考える。
「楽しかったです」
「それなら何よりです」
「薬草集めたあとも、森の中を歩いてたんですけど」
リーネが少しだけ目を丸くする。
「初日からですか?」
「はい」
「随分気に入ったんですね」
「多分」
「多分って何だよ」
後ろからコリーの声。
エントは振り返る。
「何だよ」
「そこは普通に『はい』でいいだろ」
「気づいたら歩いてたんだから仕方ないだろ」
リーネが小さく笑った。
「でも、あまり遅くならないうちに戻ってきてくださいね」
「分かりました」
エントは報酬画面を閉じる。
視界の端に残るマップ。
まだ、ほとんど何も描かれていない。
今日歩いた場所なんて、本当に小さい。
知らない場所。
知らないモンスター。
知らないアイテム。
知らない遊び方。
半年もサービスが続いているのに、知らないことがいくらでもある。
「……明日は何しようかな」
「もう考えてんの?」
「だって、まだ戦って、薬草取ったくらいだろ」
「十分だと思うけどな」
「鍛冶も魔法も試してないし」
エントは少し考えてから付け加える。
「あと、テイムも気になる」
「増えてんじゃねえか」
「他にもある?」
「教えない」
「何で?」
「攻略情報」
「それ便利に使いすぎだろ」
コリーが笑った。
エントも笑う。
暇になったから始めたゲーム。
まだ初日。
それなのに――。
明日やりたいことは、もういくつもあった。




