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新しい武器

 翌日。

 エントはレグリアの転移結晶の前に立っていた。

 昨日登録したばかりの結晶に手を触れる。

 転移先の一覧から、見慣れた名前を選んだ。

《森林都市リュネール》

 視界が光に包まれる。

     ◇

 光が消えた時、目の前には見慣れた街並みが広がっていた。

「戻ってきた」

 昨日レグリアに着いたばかりなのに、リュネールの景色を見ると妙に落ち着いた。

 初めてログインしてから、一番長く使っている街だ。

 エントは転移結晶の広場を離れ、そのままガルドの店へ向かった。

 店へ入ると、金属を打つ音が響いていた。

「こんにちは」

 奥から顔を出したガルドが、エントを見る。

「おう」

「ちょっと素材を見てもらいたいんですけど、いいですか?」

「出せ」

 短い。いつも通りだった。

 エントはカウンターの前へ行き、インベントリを開いた。

 まず取り出したのは、《河椒魚の水嚢》。半透明の袋状の素材をカウンターへ置く。続いて《河椒魚の鱗皮》、さらに《河椒魚の強腱》。

 ガルドは一つずつ手に取って確認していった。

「リヴァーヴァランか」

「分かるんですか?」

「素材ならな」

「見ただけで分かるんですね」

「何が作りたい」

「それがまだ分からなくて」

「……」

「だから、一回見てもらおうかなと思って」

 ガルドがエントを見る。

「丸投げか」

「相談です」

「同じだ」

「違いますって」

 ガルドは何も答えず、もう一度《河椒魚の水嚢》を持ち上げた。

 指で表面を押す。

 素材が少し形を変え、すぐに元へ戻った。

「水を溜める器官だな」

「戦ってる時も、こいつが水を吸って撃ってきました」

「なら使える」

「何に使えるんですか?」

 ガルドは水嚢を置いた。考えを巡らせてから、他の素材へ視線を移す。

「他に硬い素材はないか」

「硬いやつ……」

 エントはインベントリを眺める。そして、ふと思い出した。

「あ」

「何だ」

「そういえば、タイドロブスターから出た素材もまだ持ってます」

 エントは別の欄を開いた。

「これなんですけど」

 取り出したのは、《湖甲蝦の鋏鎚》。

 大きく硬い鋏の一部から得られた素材。

 ガルドの目がそこで止まる。

「それも持ってたのか」

「前に戦った時に出たんです。武器素材みたいだったんで、一応取っておいたんです」

 ガルドは《湖甲蝦の鋏鎚》を手に取った。

 角度を変えながら眺め、それから《河椒魚の水嚢》へ視線を移す。

「これなら合わせられる」

「これと水嚢を合わせるんですか?」

「ああ」

 ガルドは《湖甲蝦の鋏鎚》を持ち上げる。

「こいつは硬い。刃にするより打撃に向いてる」

「剣じゃないんですね」

「剣にする意味が薄い」

「なるほど」

「水嚢は内部に組み込む」

「内部ですか?」

「水を溜める機構に使う」

 エントは一瞬黙った。

「……水を溜める武器?」

「そうだ」

「それ、どう使うんです?」

「作ってから説明する」

「そこ今教えてくれないんですか?」

「長くなる」

「気になるんですけど」

「どうする?」

 エントは《湖甲蝦の鋏鎚》を見る。それから《河椒魚の水嚢》。

 別々の場所で手に入れた素材だ。ラティス旧水路。そして、レグリアへ向かう途中のアルディス川。

 自分では、これを組み合わせようとは思わなかった。

「どんな武器になります?」

「片手の戦鎚だな」

「戦鎚ですか」

「今の剣と同じくらいの間合いにはする」

 ガルドはエントの腰にある《鉄牙の長剣》を見る。

「盾もそのまま使える」

「それなら今の戦い方でも使えそうですね」

「刃が通りにくい相手に使え」

「硬いやつとかですか?」

「そうだ」

 エントは少し考えた。これまで《鉄牙の長剣》で困った場面を思い返す。

 硬い甲殻。石のような皮膚。剣を弾く部位。

 そういう相手は確かにいた。

 その直後、エントの視界に表示が現れた。

《新たな製作候補が判明しました》

《ハイドロインパクター》

「ハイドロインパクター……」

「どうした」

「今ので、作れる武器の名前が出ました」

「そうか」

「じゃあ、お願いします」

「分かった」

 ガルドは素材をまとめる。

「数時間かかる」

「今日できます?」

「ああ」

「じゃあ待ってます」

「ここで?」

「……邪魔です?」

「邪魔だ」

「即答ですね」

 ガルドが素材を持って奥へ戻ろうとする。

 その時、エントはカウンターに残った《河椒魚の鱗皮》と《河椒魚の強腱》へ目を向けた。

「そういえば、ガルドさん」

「何だ」

「防具もそろそろ変えたいんですけど、この素材って使えます?」

 ガルドが足を止める。

 鱗皮を持ち上げ、次に強腱を確認した。

「使える」

「盾はそのままで、それ以外を一式新しくしようかなと思ってて」

「分かった」

 ガルドはしばらく考えた。

「作れはする」

「じゃあお願いできます?」

「いや」

「できるのに?」

「防具なら、他に向いてるやつがいる」

「誰です?」

「レグリアのグレッグ」

「レグリア?」

「ああ。西側の職人街だ」

「防具職人ですか?」

「実戦向けの防具を作る」

「へえ」

「話は長い」

「そこは欠点なんですか?」

「俺にはな」

 エントは少し笑った。

「店の場所、分かります?」

 ガルドは紙を一枚取り出した。

 簡単な場所を書き、それをエントへ渡す。

「《グレッグ防具工房》」

「分かりました」

「それ持ってけ」

 ガルドが《河椒魚の鱗皮》と《河椒魚の強腱》を指す。

「武器には使わないんですね」

「使わん」

「じゃあ、行ってきます」

「数時間は戻るな」

「そんなに邪魔です?」

「仕事する」

「はいはい」

 エントは素材を戻し、店を出た。

     ◇

 再び転移結晶に触れる。

 今度の転移先は、昨日登録したばかりの王都レグリア。

 光が消える。

 数時間前までいたリュネールとは違う、石造りの巨大都市が目の前に現れた。

「便利だな、これ」

 セレスタを経てたどり着いた王都へ、今は一瞬で戻れる。

 エントはガルドにもらった簡単な場所を確認し、西岸の職人街へ向かった。

 昨日4人で歩いた通りから少し外れる。

 鍛冶屋。革細工の店。木工店。金属加工の工房。

 通りを進むほど、店ごとの専門が細かく分かれていく。

 しばらくして、目当ての看板を見つける。

《グレッグ防具工房》

「ここか」

 扉を開けた。

「いらっしゃい!」

 すぐに声が飛んできた。

 店内には胸甲や籠手、脚甲、兜、革鎧などが所狭しと並んでいる。

 奥から出てきたのは、がっしりした体格の中年男性だった。

「何探してる? 軽装? 重装? 盾? それとも修理か?」

「えっと」

「ん?」

「ガルドさんに紹介されて来たんですけど」

「ガルド?」

 男の眉が上がった。

「リュネールの?」

「はい」

「珍しいな、あいつが客寄越すなんて」

 男は笑った。

「俺がグレッグだ」

「エントです」

「で、ガルドは今何作ってる?」

「武器をお願いしてます」

「なるほど。待ち時間にこっち来いって?」

「そんな感じです」

「あいつらしいな」

 グレッグはエントの装備を見る。

「盾は?」

「これはそのまま使う予定です」

「その盾もガルドに作ってもらったのか?」

「はい。《鉄皮の盾》です」

「なるほど」

 グレッグは一度盾を見てから、エントへ視線を戻す。

「今回は盾以外を新しくしたいのか?」

「はい。頭も含めて、一式そろそろ新しくしたくて」

「素材は?」

「これです」

 エントは《河椒魚の鱗皮》と《河椒魚の強腱》を取り出した。

 グレッグの表情が少し変わる。

「ほう」

「使えます?」

「使える使える」

 鱗皮を持ち上げ、光に透かす。

 次に強腱を指で引っ張る。

「硬さだけじゃないな。しなりもある」

「リヴァーヴァランの素材です」

「だろうな」

「これで一式作れます?」

「作れる。ただ――」

 グレッグがエントを見る。

「何が欲しい?」

「何がって?」

「硬さを優先するか、動きやすさを優先するか」

「できれば両方です」

「欲張るなあ」

「難しいですか?」

「硬くして、軽くして、動きやすくして。全部は無理だな」

「ですよね」

 グレッグが笑う。

「まあ、どっち寄りにするかって話だ」

「盾で受けながら動くことが多いんで……重すぎない方がいいです」

「なるほど」

 グレッグはそう言いながら、エントの左肩を見る。次に右肩。そして盾を持つ左腕へ視線を移した。

「盾は左」

「はい」

「武器は右」

「そうです」

「普段、盾を前に出してる?」

「かなり多いですね」

「で、攻撃する時は右が開く」

 エントは考え込む。

「……たぶん」

「たぶんじゃなくて、開いてるな」

「分かるんですか?」

「見ればな」

 グレッグはエントの装備の右側を指した。

「こっちの方が傷が多い」

 言われて、エントも見る。

 確かに左右で擦れ方が違う。

「ほんとだ」

「左は盾がある。その分、肩と腕は動かしたい」

 グレッグが自分の左腕を動かす。

「右は攻撃する時に前へ出る。だったら右は少し守る」

「左右で変えるんですか?」

「同じにする必要あるか?」

「……ないですね」

「そういうこと」

 グレッグは素材へ目を戻した。

「鱗皮を外側。強腱を動くところに使う」

「重くなりません?」

「重くしすぎない」

「防御も欲しいです」

「欲張るなって」

「できる範囲でお願いします」

「それならできる」

 グレッグは笑った。

「頭、胴、腕、脚、足。5部位でまとめる」

 その直後、エントの視界に表示が現れた。

《新たな製作候補が判明しました》

《流鱗の兜》

《流鱗の胸甲》

《流鱗の籠手》

《流鱗の脚甲》

《流鱗の長靴》

「《流鱗》……」

「どうした?」

「今ので、作れる防具の名前が出ました」

「流鱗か」

「はい。いい名前ですね。お願いします」

「おう。兜は顔を全部覆わない方がいいな」

「どうしてです?」

「お前、盾を使いながら周り見て動くだろ」

「そうですね」

「なら視界を潰さない方がいい。頭頂部と後頭部は守る。首も動かせるようにする」

「それがいいです」

「よし」

 グレッグはエントの頭まわりを見ながら、寸法を測るように視線を動かした。

「全身重く固めるより、守る場所を絞った方が合ってるな」

「じゃあ、それでお願いします」

「任せろ」

「今日できます?」

「できるわけないだろ」

「ガルドさんは武器、今日できるって言ってましたけど」

「あいつと一緒にするな」

「仲悪いんですか?」

「普通だ」

「ほんとです?」

「うるさい」

 今度はグレッグが笑いながら言った。

「数日くれ」

「分かりました」

「数日後にまた来い」

「はい」

 グレッグは素材を受け取った。

 エントは工房を出る。

 武器はリュネール。防具はレグリア。

 昨日まで、レグリアはただの新しい街だった。それがもう、装備を作る場所の一つになり始めている。

「戻るか」

 エントは転移結晶へ向かった。

     ◇

 リュネールへ戻る頃には、最初にガルドの店を訪れてからかなり時間が経っていた。

 店の扉を開ける。

「戻りました」

「遅い」

「数時間戻るなって言ったの、ガルドさんじゃないですか」

 ガルドはカウンターの奥にいた。

「出来てます?」

「ああ」

 ガルドが奥へ手を伸ばした。そして一本の武器を持ってくる。

「おお……」

 エントは思わず身を乗り出した。

 長さは《鉄牙の長剣》と大きく変わらない。だが、剣ではない。

 細身の柄。先端には、片側へやや張り出した金属質の鎚頭が付いている。

 湖甲蝦の鋏を思わせる硬い素材が加工され、鎚頭の根元には通常の戦鎚にはない継ぎ目が見えた。

 大型の戦鎚ほど大げさではない。

 片手で扱える細身の武器だった。

「持ってみろ」

 エントは受け取った。

「思ったより軽いですね」

「剣と同じ振り方はするな」

「分かってます」

「本当か」

「たぶん」

「そこは分かれ」

 エントは武器を軽く構えた。

 左手に《鉄皮の盾》を持つことを想像する。

 確かに片手で問題なく扱えそうだ。

 視線を武器へ向ける。

 装備情報が表示された。

《ハイドロインパクター》

ランク:B

レアリティ:R

品質:高品質

属性:水

攻撃力:96

要求STR:36

要求DEX:26

要求TEC:30

特殊効果:

《自動給水》

《魔力給水》

《水圧放出》

「これが《ハイドロインパクター》か」

 製作候補で見た名前を、完成した武器と見比べる。

 続けて情報を確認する。

 要求値は、今の能力なら問題なく満たしている。

 そして、見慣れない項目が3つ並んでいた。

「これですね」

「ああ」

「説明お願いします」

 ガルドが武器を指した。

「中に水を溜める」

「中にあの水嚢が入ってるんですか?」

「そうだ」

「《自動給水》は?」

「水に触れさせろ」

「それだけですか?」

「それだけだ」

「MPは?」

「使わん」

「じゃあ川とかがあれば、そこから補給できるんですね」

「ああ。触れてる間に溜まる」

「なるほど」

「《魔力給水》はMPを使う」

 エントは表示を見る。

「水がなくても使えるんですか?」

「魔力を水に変えて溜める」

「そんなことできるんですね」

「その武器ならな」

「じゃあ、基本は水から補給して、足りなければMPですか?」

「そうだ。勝手には使わん。必要な時だけ使え」

「分かりました」

 ガルドが鎚頭を指す。

「《水圧放出》は打つ時に使え」

「どうなります?」

「水圧を乗せる」

「吹っ飛ばせます?」

「期待するな」

「そこまでは無理ですか」

「少し崩しやすくなる程度だ」

「じゃあ、殴る瞬間に使う感じですか?」

「そうだ」

 エントはもう一度武器を見る。

 新しい機構が3つ。今まで使ってきた武器とは、明らかに違う。

「これ、強いです?」

「相手による」

「そこ即答なんですね」

「剣が効くなら剣を使え」

「硬い相手ならこっちだ」

「なるほど」

「水属性が弱点の相手にもな」

 エントは《ハイドロインパクター》を握り直した。

 新しい武器。しかも今まで使ってきた長剣の代わりではない。使う相手を考えて持ち替えるための、もう一つの選択肢。

「試してみたいですね」

「街中で振るなよ」

「しませんって」

「そのまま試しに行きそうだからな」

「それは行くかもしれないですけど」

「なら街の外でやれ」

「分かってます」

 エントは新しい武器をしまった。

「ありがとうございます」

「壊れる前に持ってこい」

「はい」

 ガルドはもう答えず、作業場へ戻っていった。

     ◇

 エントはリュネールを出て、街からそう遠くない水辺まで来ていた。

 大きな川ではない。森から流れてきた水が、浅い流れを作っている。

「まず、これか」

 エントは《ハイドロインパクター》の鎚頭を水へ入れた。少し待つ。

 武器の中へ水が吸い込まれていくような、かすかな感覚が手へ伝わってきた。

 装備情報を開く。

 蓄水量が少しずつ増えている。

「ほんとに入ってる」

 そのまま水へ触れさせていると、やがて表示が上限で止まった。

「よし」

 エントは武器を水から上げる。

 少し離れたところにある大きな岩へ向かった。

 足を止め、右手で戦鎚を構える。

 《水圧放出》を発動する。

 踏み込みながら、鎚頭を岩へ叩きつけた。

 打撃の瞬間、鈍い衝撃と一緒に、鎚頭から水が弾ける。

「おっ」

 腕へ返ってきた感触が、普通に殴った時とは少し違った。

 派手に岩が砕けたり、吹き飛んだりはしない。

 ただ、打撃にもう一押し何かが重なったような感覚がある。

「確かに、吹っ飛ばす感じじゃないな」

 ガルドの言葉を思い出す。

 少し崩しやすくなる程度。

 相手が動いていれば、その一瞬が使えるのかもしれない。

 エントは装備情報を確認した。

 今の一撃で蓄水量が減っている。

「次は……」

《魔力給水》を有効にする。

 右手から、ゆっくりと魔力が武器へ流れていく。

 同時にMPが少しずつ減り、失った分の水が徐々に戻り始めた。

「これが《魔力給水》か」

 しばらく確認してから、《魔力給水》を止める。

 MPの減少も止まった。

「なるほど」

 水があるなら、直接補給する。なければMPで補う。そして、必要な時だけ《水圧放出》を使う。

 何も考えずに振ればいい武器ではなさそうだった。

 エントは《ハイドロインパクター》を肩に担ぎ、少し笑った。

「こういうの、面白いな」

 《鉄牙の長剣》もある。そして今、右手には新しい片手戦鎚がある。

 次に戦う時、どちらを使うかは、相手を見て決めればいい。

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