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 次の日。

 王都レグリアの西側。

 冒険者ギルドの前で、エントは3人を待っていた。

「お待たせしました」

 最初にやってきたのはコンだった。

「おはようございます、コンさん」

「おはようございます」

 少し遅れて、コリーとセブンも歩いてくる。

「おー、エント。もう来てたか」

「コリーが遅いのよ」

「いや、まだ時間前だって」

「私より後なら遅い」

「その基準おかしくない?」

 いつものやり取りをしながら2人が合流する。

「で?」

 セブンがエントを見る。

「昨日言ってた新しい武器、持ってきたんでしょ?」

「もちろん」

 エントはインベントリを開いた。

 取り出したのは、《ハイドロインパクター》。

「おお」

 コリーがすぐに覗き込む。

「ほんとに戦鎚になったんだな」

「俺も最初は剣になると思ってたんだけどな」

「思ったより細いですね」

 コンも鎚頭を眺める。

「片手で使えるようにしてもらったんです」

「盾も使うから?」

「そうです」

 セブンが少し離れた位置から武器を見る。

「水属性なんだっけ」

「ああ」

「何ができるの?」

「水を溜めて、殴る時に水圧を乗せられる」

 コリーが眉を上げる。

「強そうじゃん」

「俺もそう思ったんだけど、ガルドさんには期待するなって言われた」

「作った本人が?」

「吹っ飛ばしたりするほどじゃないって」

「じゃあ補助寄り?」

「たぶん」

「曖昧ね」

「まだ岩に1回使っただけだからな」

 セブンが小さく息を吐いた。

「じゃあ今日使えば分かるでしょ」

「そのつもり」

 エントは《ハイドロインパクター》をインベントリへ戻した。

「何かいい依頼あった?」

「いくつか見ましたけど」

 コンが依頼の一覧を開く。

 討伐、採集、護衛、近郊の調査。

 その中から、エントが一つを選ぶ。

「これとかどう?」

《旧運搬路の安全確認》

 レグリア近郊の森林地帯を通る旧運搬路で、最近モンスターの目撃が増えている。

 道の状態を確認し、通行に支障となる危険な個体がいれば排除する。

「森か」

 コリーが内容を読む。

「近いし、ちょうどいいんじゃない?」

「私はいいわよ」

「私も大丈夫です」

「じゃあこれにしよう」

 4人は依頼を受け、レグリアを出た。

     ◇

 王都を離れてしばらく進むと、景色は少しずつ変わっていった。

 石造りの建物がなくなり、低い草地が広がる。

 さらにその先、木々が増え、やがて道は森林の中へ入った。

「結構ちゃんと道残ってるな」

 エントが足元を見る。

 古い道ではあるが、幅は広い。

 かつては荷車が何台も通っていたのだろう。

 土の両端には草が伸び、ところどころ木の根が浮き出している。

 倒れた木が脇へ寄せられた跡もあった。

「旧運搬路ってことは、昔はここ使ってたんだろうな」

「今は別の道があるみたいですね」

 コンが言う。

「じゃあ完全に使われてないってわけでもないのか」

「たまに通る人がいるから、安全確認の依頼が出てるんじゃない?」

 セブンが周囲を見る。

「放置されてる道なら、そもそも確認する意味ないでしょ」

「確かに」

 その少し前を歩いていたコリーが足を止めた。

「ちょっと待って」

 3人も止まる。

 コリーが道の脇へ寄り、しゃがみ込んだ。

「何かいる?」

「跡がある」

 落ち葉を少し避ける。

 湿った土の上に、細かな跡がいくつも残っていた。

 コリーがしばらくそれを眺める。

「……3体くらいだな」

「分かるの?」

「《足跡判別》」

 コリーが立ち上がる。

「同じ方向に進んでる。跡もそんな古くない」

「そんなスキル持ってたっけ?」

「最近覚えた」

「いつの間に」

「お前があっちこっち寄り道してる間じゃね?」

「そんなにしてないだろ」

 セブンが前方を見る。

「話してる場合?」

 その声に、エントも視線を戻した。

 道の端に積もった落ち葉が動いている。

「来るぞ」

 エントは左手に《鉄皮の盾》を出した。

 右手には《鉄牙の長剣》。

 昨日手に入れた戦鎚ではない。

 落ち葉の下から、長い身体が這い出してくる。

《グランドミリピード Lv19》

 太い節が連なる、大型のヤスデ型モンスター。

 体長はエントの身長を軽く超えている。

 身体の左右から無数の脚が伸び、土を細かく掻きながら進んでくる。

「うわ」

 コリーが顔をしかめた。

「見た目きっつ」

「あなた虫苦手だった?」

「脚が多すぎるのはちょっとな」

 さらに落ち葉が動く。

《グランドミリピード Lv18》

 その奥から、もう1体。

《グランドミリピード Lv20》

「ほんとに3体ですね」

 コンが杖を構える。

「だろ?」

 コリーも弓を手にした。

「来るわよ」

 セブンが魔導書を開く。

「俺が前に出る」

 エントが盾を構えた。

「コンさん、お願いします」

「はい。《プロテクト》」

 淡い光がエントの身体を覆う。

 先頭の《グランドミリピード》が身体をくねらせながら近づいてきた。

 正面から噛みつく。

 エントは盾で受けた。

 鈍い衝撃。

「軽い!」

 盾を押し返す。

 右手の《鉄牙の長剣》を振る。

 狙ったのは、硬そうな背ではない。身体の側面、節と節の間。

「《スラッシュ》!」

 刃が深く入る。

 《グランドミリピード》の身体が大きくよじれた。

「通るな」

 すぐに一歩下がる。

 左右から残る2体も迫ってくる。

「まとめて来るぞ!」

「じゃあ――《マルチショット》!」

 コリーがほとんど間を置かずに3本の矢を放つ。

 それぞれ別の《グランドミリピード》へ矢が走った。

 先頭の1体が頭を振り、左右の2体もわずかに進路を乱す。

「それも知らないやつだな!」

「あとでな!」

 空いた中央へエントが踏み込む。

 だが、左からもう1体が回り込んでくる。

「そっちは止める」

 セブンが片手を向けた。

「《アイスウォール》」

 地面から低い氷壁が斜めにせり上がった。

 完全に道を塞ぐほどではない。

 それでも迫っていた《グランドミリピード》は真正面を避けるように進路を変える。

「助かる!」

「そっちに集中して」

「了解!」

 エントは目の前の個体へ向き直った。

 コリーの矢が刺さっている。

 狙うのは、やはり節の隙間。

「《スラスト》!」

 長剣を深く突き込む。

 《グランドミリピード》が激しく身体をよじった。

 エントが剣を引き抜く。

 そこへコリーの矢が腹側へ刺さった。

 続けてエントがもう一度斬り込む。

 節の間へ刃が入った。

 《グランドミリピード》の身体から力が抜ける。

 次の瞬間、巨体が淡い光へ変わった。

 輪郭がほどけ、無数の粒子となって森の中へ散っていく。

 エントの視界の端に取得結果が浮かんだ。

 確認は後だ。

「次!」

 氷壁を迂回した1体が迫る。

「右、来ます!」

 コンの声。

 エントは振り返りながら盾を上げる。

 横から身体ごとぶつかってきた。

「っと!」

 一歩押される。

 そのまま盾を押し返す。

「コリー!」

「任せろ!」

 矢が腹側へ飛び込む。

 エントも続けて長剣を滑り込ませた。

 一閃。

 柔らかい腹部へ刃が通る。

 そこへセブンの《アイスランス》が突き刺さった。

 《グランドミリピード》の動きが止まり、身体が光の粒子へ変わっていく。

「あと1体!」

 最後の《グランドミリピード Lv20》が氷壁の横から這い出してくる。

 エントが盾で噛みつきを止める。

 コリーが側面へ回り、セブンも射線をずらす。

「今!」

 コリーの矢が節の隙間へ刺さった。

 エントがそのまま踏み込み、《スラッシュ》を叩き込む。

 長い身体が止まり、光へ変わる。

 粒子が静かに消えていった。

「終わり?」

 エントは周囲を見る。

 コリーも弓を構えたまま耳を澄ませる。

「今のところはな」

 セブンが魔導書を下げた。

「思ったより普通だったわね」

「普通でいいだろ」

「いやー、見た目は全然普通じゃないけど」

 コリーが自分のUIへ視線を向ける。

「ドロップも入ってるな」

「私も何か来てます」

 コンも自分の取得結果を確認している。

 エントも一瞬だけ表示を見る。

 いくつかの素材名が並んでいた。

 今は依頼の途中だ。

 表示を閉じる。

「新しい武器、使わなかったですね」

 コンが言った。

「ああ」

 エントは《鉄牙の長剣》を見る。

「こいつの方がやりやすかったんで」

「せっかく持ってきたのに?」

 コリーが笑う。

「だからって何でも戦鎚で殴る必要ないだろ」

「お、分かってるじゃん」

「ガルドさんに散々言われたからな」

 その時、コリーが顔を上げた。

「……待った」

「今度は何?」

「何か来る」

 森の奥――低い音が響いた。

 落ち葉を踏む軽い音ではない。

 地面そのものを押すような、重い音。

 木々の隙間から、大きな影が現れる。

《ブロンズシェルビートル Lv24》

「でか」

 エントが思わず声を漏らす。

 大型の甲虫。

 背中を覆う甲殻は、鈍い青銅色をしている。

 先ほどのヤスデより身体は短い。

 だが、厚みがまるで違った。

 低い姿勢のまま、道の中央へ出てくる。

「硬そうだな」

「見たまんまね」

 セブンが魔導書を開く。

「1体だけ?」

 コリーが周囲を見る。

「今見えてるのはな」

「じゃあまずこいつ」

 エントが前へ出た。

 まだ右手には《鉄牙の長剣》。

 《ブロンズシェルビートル》が頭を下げる。

「来る!」

 突進。

 エントは真正面から受けず、少し横へ動く。

 盾を斜めに当てた。

 甲殻と盾がぶつかる。

「重っ!」

 勢いを完全には殺せない。

 足が滑る。

 だが、突進の軌道はずれた。

 巨大な甲虫がエントの横を抜ける。

「今!」

 振り返りざまに《鉄牙の長剣》を振る。

 背中の甲殻。

 硬い音が鳴った。

 刃が弾かれる。

「うわっ」

「硬そうね」

「硬っ。甲殻は別だな」

 もう一度狙う。

 今度は側面。

 脚の付け根に近い部分。

 そこなら刃は入る。

 だが、《グランドミリピード》ほど狙いやすくはない。

「なるほど」

 エントが後ろへ下がる。

 《鉄牙の長剣》をインベントリへ戻した。

「やっと出番?」

 セブンが言う。

「ああ」

 右手に取り出す。

《ハイドロインパクター》

 鈍い金属光沢を持つ、細身の片手戦鎚。

「昨日の岩より分かりやすそうだ」

「岩と比べるなよ」

 コリーが笑う。

 エントは蓄水量を一瞬だけ確認した。

 まだ十分残っている。

 《ブロンズシェルビートル》が向きを変えた。

 再び突進の姿勢。

「来るぞ!」

 地面を蹴る。

 エントへ一直線に迫ってきた。

 今度は最初から少し斜めに構える。

 正面で止めるつもりはない。

 衝突。

 盾へ重さが乗る。

「っ!」

 一歩。

 さらに一歩。

 押されながら身体を横へずらす。

 《ブロンズシェルビートル》がエントの脇を抜けた。

「今度は――」

 踏み込む。

 戦鎚を振る。

 青銅色の甲殻へ命中した。

 ゴン、と低い音。

「おっ」

 剣の時のように弾かれない。

 鎚頭が甲殻を叩き、その衝撃が手の中まで返ってくる。

 《ブロンズシェルビートル》の脚が一瞬沈んだ。

「こっちだな!」

「まだ来るわよ!」

 セブンの声。

 甲虫が身体を旋回させる。

「意外と速い!」

 エントが距離を取る。

 真っ直ぐ走る速度は速い。

 だが、急に方向を変えようとすると大きな身体が流れる。

「コリー、脚狙える?」

「任せろ!」

 矢が飛ぶ。

 甲殻そのものではない。

 脚の付け根。

 矢が突き刺さり、《ブロンズシェルビートル》がわずかに身体を傾ける。

「いいぞ!」

「次来る!」

 セブンが声を上げた。

 《ブロンズシェルビートル》が再びエントへ向きを合わせる。

「エントさん、《リジェネレイト》を!」

「お願いします!」

 淡い光が身体を包む。

 エントは盾を構えた。

 正面から突っ込んでくる甲虫。

 ぎりぎりまで引きつける。

「……ここ!」

 盾を斜めに当てる。

 衝撃。

 腕へ重さが伝わる。

 衝撃に合わせて身体をずらす。

 完全には止めきれない。

 それでも、突進の向きがわずかに逸れた。

 勢いのまま前脚の位置がずれる。

 その瞬間、エントは右手の《ハイドロインパクター》を振り下ろした。

 《水圧放出》を発動する。

 鎚頭が甲殻へ叩きつけられた。

 鈍い打撃。

 直後、圧縮されていた水が弾ける。

 甲虫が吹き飛ぶほどではない。

 甲殻が砕けるわけでもない。

 だが――

「崩れた!」

 前脚がずれた。

 巨体が一瞬だけ傾く。

 そこへコリーの矢。

 傾いたことで露出した脚の付け根へ突き刺さる。

「セブン!」

「分かってる!」

 魔力が収束する。

「《ライトニング》!」

 雷撃が甲虫へ走った。

 巨体が震える。

「今です!」

 コンの声。

「よし!」

 エントが踏み込む。

 今度は《水圧放出》を使わない。

 戦鎚を側面から振る。

 1発。

 続けてもう1発。

 硬い甲殻へ鈍い音が続く。

 そこへコリーの矢がさらに脚の付け根へ入り、セブンの魔法が続く。

 《ブロンズシェルビートル》が大きく身体を揺らした。

「エント、右!」

 コリーの声。

 振り向く。

 脚の付け根。

 甲殻の継ぎ目が大きく開いている。

「そこか!」

 エントが踏み込む。

 左には盾。

 右の戦鎚を大きく引く。

「はっ!」

 振り抜いた。

 鎚頭が甲殻の継ぎ目へ入る。

 《ブロンズシェルビートル》の身体が大きく震えた。

 脚が止まる。

 そして、青銅色の巨体が淡い光へ変わった。

 甲殻の輪郭がほどけていく。

 無数の光の粒子となり、森の中へ散っていった。

 静かになった旧運搬路に、葉の揺れる音だけが戻る。

 少し遅れて、エントの視界に取得結果が表示された。

「……終わったか」

 周囲を確認してから、エントはUIを見る。

 見慣れない甲虫系素材がいくつか並んでいる。

「何か入った?」

 コリーが聞く。

「甲殻の素材が一つ」

「俺も似たようなの来たな」

「私は別の素材ね」

 セブンも自分のUIを閉じる。

 コンが4人を順に見る。

「皆さん、少しずつ減ってますね」

 杖を軽く掲げた。

「《エリアヒール》」

 淡い光が広がり、4人をまとめて包み込む。

「お、それも知らないやつだ」

「最近覚えました」

「みんな増えてるなあ」

 コンが小さく笑う。

「エントさんも増えてますよ」

「まあ、そうですけど」

 エントは《ハイドロインパクター》へ視線を落とした。

「……これ、全然違うな」

「剣と?」

 コリーが聞く。

「ああ。ヤスデは《鉄牙》の方が楽だった。でも、あいつはこっちだな」

 戦鎚を軽く持ち上げる。

「じゃあ、新しい方が強いわけじゃないんですね」

「ですね。相手次第みたいです」

「そういうことでしょ」

 セブンが言う。

「何でもそれで殴ればいいわけじゃないってこと」

「みたいだな」

「《水圧放出》も、思ったより地味だったな」

 コリーが笑う。

「お前、もっと派手なの期待してただろ」

「そりゃ水圧って聞いたら、ドーンって飛ぶかと思うじゃん」

「ガルドさんにも同じこと言った」

「で?」

「期待するなって」

「正しかったな」

「でも」

 コンが口を挟んだ。

「あの一瞬、かなり大きかったですよね」

「ですね」

 エントも頷く。

 ほんの少し姿勢が崩れただけ。

 それでも、そこからコリーの矢が入り、セブンの魔法も続いた。

 自分だけで倒すための一撃ではない。

 相手を崩して、次へ繋げる一撃。

「こういう使い方もあるのか」

「今さら?」

 セブンが見る。

「いや、武器の話」

「分かってるわよ」

「なら言うなよ」

 エントはそこで、3人を見る。

「そういや、みんな知らないスキル使ってたよな」

「気づくの遅くね?」

「戦ってる途中で聞けるかよ」

 コリーが笑う。

「俺は《マルチショット》とか何個か増えてる」

「私も」

 セブンが短く答える。

「私も少し増えました」

 コンも続いた。

「やっぱりみんな普通に増えてるんだな」

「自分だけ成長してると思ってた?」

 セブンが言う。

「思ってないって」

「顔に出てたけど」

「出てない」

「出てたな」

 コリーまで乗ってくる。

「お前まで言うなよ」

 コンが小さく笑った。

 エントが知らない間にも、3人は3人で遊んで、ちゃんと先へ進んでいる。

 それが少しだけ面白かった。

「とりあえず、依頼はまだ終わってないぞ」

 コリーが弓を下げる。

「あ」

「安全確認だからな。道の先まで行かないと」

「そうだった」

「じゃあ進みましょうか」

 コンの言葉に、3人も頷いた。

 エントは《ハイドロインパクター》をインベントリへ戻す。

 代わりに、《鉄牙の長剣》を取り出した。

「戻すんだ」

 セブンが言う。

「次に何が出るか分からないからな」

「ちゃんと使い分けるのね」

「最初からそのつもりだって」

「はいはい」

 4人は再び旧運搬路を歩き始める。

 木々の間から差し込む光。

 草に埋もれかけた古い道。

 その先には、まだ何がいるか分からない。けれど、右手に何を持つか。

 その選択肢は、昨日より一つ増えていた。

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