王都を望む
4人は岸へ向かって走った。
浅瀬を蹴り、水飛沫を上げながら川岸へ近づいていく。
その後ろを、リヴァーヴァランが追ってくる。
「来てるぞ!」
コリーが振り返りながら叫んだ。
「そのまま引っ張って!」
セブンの声が飛ぶ。
岸に近づくにつれて水の抵抗が弱くなり、足元の砂利も安定してきた。
大きな岩の横を抜け、水が足首ほどの深さになったところで、エントは振り返る。
「ここなら、こっちも動ける!」
リヴァーヴァランは止まらない。
低い身体のまま浅瀬を走り、真正面から迫ってくる。
「エントさん!」
「受けます!」
エントは盾を構えた。
「《ブレイス》!」
両足を踏ん張る。
今度は川底の石が動くことも、水に踏み込みを邪魔されることもない。
リヴァーヴァランが頭を低くした。
巨体が盾へぶつかる。
「ぐっ……!」
重い。
だが、押し切られない。
エントは盾で頭を受け止めたまま、剣を引いた。
「今だ!」
「《クイックショット》!」
コリーの矢が続けて飛ぶ。
1本目がリヴァーヴァランの前脚へ、2本目が首元へ突き刺さった。
巨体が身を捩る。
エントは盾を押し返した。
「《シールドバッシュ》!」
盾が大きな頭を横から打つ。
リヴァーヴァランの体勢が崩れた。
「《アイスランス》!」
氷の槍が胴体へ突き刺さる。
「ギィッ!」
リヴァーヴァランが大きく鳴いた。
氷が砕け、その周囲に白い霜が広がる。
「やっぱり氷は効いてる!」
コリーが言う。
「そうみたいね」
セブンは相手から目を離さない。
「でも、これだけで終わる相手じゃないわよ」
「分かってる!」
リヴァーヴァランが素早く身体の向きを変える。
だが、今度はエントも遅れずについていけた。
尾が水面を薙ぐ。
エントは後ろへ跳んだ。
長い尾が目の前を通り過ぎる。
「避けられた」
「さっきまでが動きにくすぎたんだよ!」
コリーが矢をつがえる。
リヴァーヴァランはエントから離れ、そのままコリーへ向かった。
「そっち行った!」
「見えてる!」
コリーが横へ走る。
巨体が追う。
浅瀬でのリヴァーヴァランは速い。
水が浅くなっても、その動きはほとんど変わっていなかった。
それでも、コリーの足を邪魔するものはもうない。
突進をぎりぎりまで引きつけ、横へ跳ぶ。
リヴァーヴァランがすぐ横を通り過ぎた。
「今度は滑らないな」
「当たり前でしょ」
セブンが魔導書を開く。
「《アイスボルト》!」
氷の矢がリヴァーヴァランの後脚へ当たった。
続けてコリーの矢も同じ脚へ刺さる。
リヴァーヴァランの動きが一瞬鈍った。
「脚を狙うの?」
コンが聞く。
「動き回られると面倒だからな!」
コリーが答える。
「さっきから前脚にも当ててる。続ければ効くかもしれない」
「では、私も援護します」
コンが杖を向けた。
「《ホーリーライト》!」
光がリヴァーヴァランの前脚へ当たる。
大きな身体がよろめいた。
エントはその隙に距離を詰める。
「《スラッシュ》!」
剣が前脚を斬った。
細かな鱗が散る。
リヴァーヴァランが大きく口を開き、エントへ噛みつこうとした。
エントは盾を挟み込む。
歯が盾の縁へ食い込んだ。
「エントさん!」
「大丈夫です!」
盾を引こうとしても離れない。
リヴァーヴァランが頭を振る。
エントの身体まで持っていかれそうになる。
「だったら――」
エントは剣を握り直した。
盾を引くのではなく、逆に一歩踏み込む。
頭の横へ剣を叩きつけた。
リヴァーヴァランが口を開く。
エントはすぐに盾を引き抜いた。
「離れて!」
セブンの声に、エントが後ろへ跳ぶ。
「《アイスランス》!」
氷の槍がリヴァーヴァランの肩へ直撃した。
巨体が大きく傾く。
「今のは効いたな」
「さっきより反応が大きいわね」
セブンが言う。
リヴァーヴァランの肩から前脚にかけて、薄く霜が広がっている。
傷ついた脚を庇うように、身体の重心もわずかに後ろへずれていた。
「もう一回、同じ脚を狙おう」
エントが言う。
「了解」
コリーが弓を引く。
だが、その前にリヴァーヴァランが頭を下げた。
大きな口が水面へ沈む。
「水鉄砲!」
口の中へ水が吸い込まれていく。
喉から胸元が膨らみ始めた。
「吸ってる間なら止められるかもしれない!」
エントが走る。
「試すの?」
「試す!」
「そう言うと思ったわよ!」
コリーの矢が飛んだ。
狙いは膨らんだ喉元。
矢が突き刺さる。
リヴァーヴァランの頭がわずかに上がった。
「《アイスボルト》!」
続けて氷の矢が当たる。
それでも吸水は止まらない。
エントは正面から踏み込んだ。
「《シールドバッシュ》!」
盾を下から突き上げる。
大きな頭が跳ね上がった。
口に含んでいた水が、まとまらないまま周囲へ溢れる。
「止まった!」
コリーが叫ぶ。
リヴァーヴァランは苦しそうに頭を振った。
喉元の膨らみも消えている。
「撃つ前なら中断できるみたいね」
「毎回できるかは分からないけどな」
エントは盾を構え直す。
「でも、狙う価値はある」
リヴァーヴァランが低く唸った。
水面を蹴り、エントへ突進する。
「《プロテクト》!」
コンの魔法がエントを包む。
エントは盾を前へ出した。
ぶつかる直前、横へ踏み出す。
巨体が盾の表面を滑るように通り過ぎた。
エントは身体を回し、そのまま傷ついた前脚へ剣を振る。
刃が深く入った。
「ギィィッ!」
リヴァーヴァランの前脚が崩れる。
巨体が大きく傾き、腹が水面から浮いた。
「腹!」
コリーが叫ぶ。
背中や胴体より、鱗が薄い。
「《クイックショット》!」
2本の矢が腹部へ突き刺さる。
「《アイスランス》!」
氷の槍が続く。
リヴァーヴァランの身体が大きく震えた。
エントも踏み込む。
「《スラッシュ》!」
剣が腹部を斬り裂く。
リヴァーヴァランが身体を捩る。
長い尾が振られた。
「エントさん、下がって!」
コンの声に、エントはすぐ後ろへ跳ぶ。
尾が足元を通り過ぎた。
水と砂利が弾ける。
リヴァーヴァランは傷ついた前脚を引きずりながらも、もう一度身体を起こした。
「まだ来るぞ」
「しぶといな」
コリーが新しい矢をつがえる。
リヴァーヴァランが4人を見回す。
再び頭を水面へ下げた。
「また水鉄砲!」
「止めるわよ!」
セブンの前で魔導書が開く。
コリーも弓を引く。
エントは盾を構え、正面から走った。
「《アイスランス》!」
氷の槍が喉元へ突き刺さる。
「《クイックショット》!」
矢が続けて同じ場所へ集まる。
リヴァーヴァランの吸水が止まった。
頭が持ち上がる。
口元から水が零れた。
「今だ!」
エントは大きく踏み込んだ。
川底の砂利は動かない。
水も足を止めない。
盾で頭を横へ押し、空いた喉元へ剣を振る。
刃が深く入った。
リヴァーヴァランの身体が止まる。
太い四肢から力が抜け、その巨体が浅瀬へ倒れた。
水面が大きく揺れる。
しばらくして、リヴァーヴァランの身体が光の粒へ変わり始めた。
「……倒した?」
コリーが弓を下ろす。
「倒したな」
エントも剣を下げた。
「思ったより大変だった」
「自分たちから近づいたんだけどね」
セブンが言う。
「それはそうだけど」
「最初から岸で戦っていれば、もう少し楽だったかもしれませんね」
コンが小さく笑う。
「戦ってみないと分からなかったんですよ」
「さっきも言ってたな、それ」
コリーが笑った。
光の粒が消える。
同時に、エントの視界へ取得結果が表示された。
《河椒魚の水嚢》
《河椒魚の鱗皮》
「水嚢?」
エントは表示を開く。
リヴァーヴァランが川の水を蓄えていた、袋状の器官から得られる素材らしい。
説明には、加工に使用できる素材とあるだけで、具体的な用途までは書かれていない。
「何か出たの?」
コリーが聞く。
「《河椒魚の水嚢》と《河椒魚の鱗皮》」
「水嚢って、あの水鉄砲に使ってたやつか?」
「たぶん」
「変わった素材ね」
セブンが言う。
「何に使えるんでしょう?」
「今のところは分かりません」
エントは表示を閉じた。
「とりあえず取っておきます。いつか何かに使えるかもしれないんで」
「また倉庫の素材が増えるな」
「素材は持ってて困らないだろ」
「整理するときは困るけどな」
「それは後で考える」
エントは剣を鞘へ戻した。
浅瀬には再び川の流れる音だけが残っている。
「戻ろうか」
「今度こそ王都へ?」
セブンが聞く。
「今度こそ」
「本当でしょうね」
「街道に戻るまでに何か見つけなければ」
「見つけても寄らないで」
「まだ何も見つけてないだろ」
そんな話をしながら、4人は川を離れた。
◇
街道へ戻った4人は、王都へ向けて再び歩き始めた。
川の音は少しずつ遠ざかっていく。
しばらく進むと、周囲を行き交う人の数が増えてきた。
荷物を積んだ馬車。
王都方面へ向かう旅人。
反対方向から来る商人や冒険者。
街道の幅も、これまでより広くなっている。
「だいぶ人が増えたな」
エントが前方を見ながら言う。
「王都が近いんじゃない?」
コリーが答えた。
「この道、来たことあるの?」
「いや。俺もこっちは初めてだな」
「コンさんは?」
「私も初めてです」
エントはセブンを見る。
「セブンは?」
「違うわ。私は別の街道から来たから」
「じゃあ、この辺りはみんな知らないのか」
「王都に入れば、ある程度は案内できるわよ」
「来たことはあるんだ」
「当たり前でしょ。転移結晶も登録してるし」
「それなら安心だな」
「何を期待してるのよ」
「店とか、冒険者ギルドとか」
「まず転移結晶でしょ」
「あ、それもあった」
「忘れないでよ」
街道は緩やかな上り坂へ変わっていく。
その先に、低い丘が見えた。
馬車や旅人たちも、同じ方向へ進んでいる。
4人は流れに沿って坂を上った。
やがて視界が開ける。
「おお……」
最初に声を漏らしたのはエントだった。
遠くに、巨大な城壁が見える。
左右の果てがすぐには分からないほど長く、街道の先まで続いていた。
その向こうには、いくつもの建物の屋根が重なっている。
城門へ続く街道には、多くの馬車や人が列を作っていた。
「あれがレグリア?」
「ええ」
セブンが答える。
「アルディオン王国の王都、《レグリア》」
「でっかいな」
コリーも足を止め、城壁を見上げている。
「セレスタも大きな街でしたけど、また雰囲気が違いますね」
コンが言う。
エントはしばらく何も言わず、その景色を眺めていた。
リュネールを出て、街道を進んだ。
崩れかけた建物へ寄り道し、村で盗賊と戦い、海を見た。
そして今、その旅の先に王都がある。
「行こうぜ」
コリーの声に、エントは頷いた。
4人は丘を下り、城門へ続く街道へ入る。
近づくにつれて城壁はさらに高くなっていく。
行き交う人の声や馬車の音も大きくなった。
エントは目の前に広がる王都を見上げる。
「ここが、王都か」




