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河椒魚

 王都へ向かう街道を、4人は歩いていた。

 セレスタを離れてから、景色はすっかり内陸のものに変わっている。

 海はもう見えない。

 代わりに草原や林が増え、街道の先には低い丘が続いていた。

 ふと、セブンが空を見上げる。

「《星見》」

 聞き慣れないスキル名に、エントも空を見上げた。

「それ、占星術師の?」

「ええ」

 セブンは歩きながら、しばらく空を眺めている。

 つられて見上げてみるが、エントに見えるのは青い空だけだった。

「星なんて見えないけど」

「見えないだけで、星は出てるもの」

「……そりゃそうか」

「《星見》なら、こういうときでも観測できるの」

「へえ」

「今はそれくらいだけど。観測を重ねないと始まらないから、試してるの」

「セブンも色々やってるんだな」

「エントに言われたくないわよ」

「なんで?」

「草に回復薬使ってたでしょ」

「あれは《試行》」

「似たようなもんだろ」

 コリーが笑う。

 そんな話をしながら進んでいると、少しずつ水の音が聞こえてきた。

「ん?」

 エントが前を見る。

 最初は木々の向こうから聞こえる程度だった。

 けれど街道を進むにつれて音は大きくなり、やがて右手の視界が開ける。

「川だ」

 街道のすぐ近くを、幅の広い川が流れている。

 深い川ではないらしい。

 水面からいくつもの岩が顔を出し、その間を透明な水が流れている。場所によっては川底の砂利まで見えた。

「アルディス川の支流ね」

 セブンが言う。

「これが?」

「本流じゃないわよ。地図だと、この辺りで街道と近くなるの」

「へえ」

 エントは川へ目を向けたまま頷いた。

「結構きれいですね」

 コンが水面を覗き込む。

「魚いるかな」

「気になるの?」

「ちょっと見てみようかなって」

「それを寄り道って言うんだよ」

 コリーが言った。

「まだ街道から見てるだけだろ」

「そのうち降りる」

「決めつけるなよ」

 そう言いながら、エントも否定しきれなかった。

 川沿いには背の低い草が広がり、その先に大きな浅瀬が見える。

 流れも緩やかだ。

 少しくらい近づいてみても――。

「……ん?」

 先に声を上げたのはコリーだった。

「どうした?」

「あそこ」

 指差した先を見る。

 浅瀬。

 大きな岩のすぐ横。

 そこに、何かがいた。

「……岩じゃないよな?」

「動いたわよ」

 セブンが目を細める。

 水面のすぐ下で、黒っぽい何かがゆっくりと動いていた。

 かなり大きい。

 エントたちは顔を見合わせる。

「行く?」

「聞く必要あるか?」

 コリーが笑う。

「行くんでしょ」

 セブンもすでに諦めたような顔をしていた。

「見に行くだけだって」

「それ、何回目でしょうね」

 コンが小さく笑う。

 4人は街道を外れ、川辺へ向かった。

     ◇

 近づくにつれて、それが岩ではないことがはっきりしてきた。

「でっか……」

 エントが呟く。

 全長は4mを超えている。

 水の中へ伏せるようにしているため高さはないが、胴体は太く、頭も大きい。

 巨大な山椒魚――最初はそう見えた。

 けれど、横へ張り出した四肢は太く、どこか大型のトカゲにも似ている。

 長い尾は水中でゆっくりと揺れ、暗い青灰色の皮膚には細かな鱗が並んでいた。

「山椒魚?」

「っぽいな」

「でも、トカゲっぽくも見えますね」

 コンが言う。

 エントはもう少し近づいた。

 視界に表示が浮かぶ。

《リヴァーヴァラン Lv30》

「Lv30か」

「特殊な表示はないわね」

 セブンが言う。

「この大きさで?」

「レベルと大きさは別でしょ」

「まあ、そうだけど」

 リヴァーヴァランは4人の方を向いていなかった。

 浅瀬に腹をつけ、時折ゆっくりと頭を動かしている。

 こちらへ襲いかかってくる様子もない。

「大人しいな」

 コリーが言った。

「こっちに気づいてないのか?」

「どうだろうな」

 エントはさらに数歩進んだ。

「エントさん」

「大丈夫です。まだ離れてるんで」

 川岸まで来る。

 浅瀬の水は澄んでいた。

 リヴァーヴァランとの距離は、まだかなりある。

「もうちょい近くで見たいな」

「出た」

「何が?」

「寄り道の次」

 コリーが笑う。

「見るだけだって」

「さっきも言ってたわね」

 エントは浅瀬へ足を踏み入れた。

 水が靴の周りを流れていく。

 浅い。

 この辺りなら、足首より少し上までしかない。

 コリーも続く。

「お前も来るんじゃん」

「面白そうだからな」

「ほら」

「何がほらだ」

 コンとセブンも、少し遅れて川辺まで来た。

 そのとき、

 リヴァーヴァランの頭が動いた。

「……気づいた」

 大きな頭が、こちらを向く。

 低い姿勢のまま、じっと4人を見ていた。

 すぐには動かない。

 ただ、さっきまでとは明らかに違う。

「これ以上行かない方がいいんじゃない?」

 セブンが言う。

「そうだな」

 エントも足を止める。

 リヴァーヴァランが、ゆっくりと身体を持ち上げた。

 太い四肢が川底を踏む。

 水面が揺れた。

「怒ってる?」

「少なくとも歓迎はされてないな」

 コリーが弓へ手を伸ばす。

 低い音が聞こえた。

 唸り声だった。

 リヴァーヴァランが頭を低くし、身体をこちらへ向ける。

「下がれば、たぶん戦わずに済むな」

 エントが言う。

「どうする?」

 コリーが聞いた。

 エントはリヴァーヴァランを見る。

 向こうから追いかけてきたわけではない。

 自分たちが近づいたから警戒しているだけだ。

「……せっかくだし、戦ってみない?」

「俺は賛成」

 コリーがすぐに答えた。

「結局そうなるのね」

 セブンが魔導書を開く。

「無理そうなら離れましょう」

 コンも杖と盾を構えた。

「はい」

 エントは長剣を抜き、盾を前へ出した。

 4人が武器を構えた瞬間、リヴァーヴァランが大きく口を開いた。

「来るぞ!」

     ◇

 水が弾けた。

 リヴァーヴァランが浅瀬を走る。

「速っ!」

 見た目から想像していた速度ではなかった。

 低い身体のまま、4本の脚で川底を蹴る。

 真正面から来る。

 エントが受け止めようと盾を構えた瞬間、巨体がわずかに横へずれた。

「っ!」

 大きな口が横から迫る。

 咄嗟に身体を引く。

 歯が目の前で閉じた直後、エントは剣を振った。

 刃が頭の横を掠める。

「エント、離れろ!」

 コリーの矢が飛ぶ。

 リヴァーヴァランの肩へ突き刺さった。

 巨体が身を捩る。

 エントは距離を取ろうと後ろへ下がった。

「うわっ」

 川底の石が動き、足が滑る。

 体勢が崩れたところへ、長い尾が迫った。

「《プロテクト》!」

 光がエントを包む。

 直後、尾が盾ごと身体を打った。

「ぐっ!」

 吹き飛ばされる。

 水飛沫を上げながら、エントは浅瀬へ転がった。

「エントさん!」

「大丈夫です!」

 すぐに起き上がる。

 ダメージはある。

 だが、《プロテクト》のおかげで致命的ではない。

「やりにくいな、ここ!」

「見れば分かる!」

 セブンの前で魔導書が開かれている。

「《アイスランス》!」

 氷の槍が飛んだ。

 リヴァーヴァランの胴体へ突き刺さる。

「ギィッ!」

 初めて、明確に大きな反応を見せた。

「今の、効いてない?」

 コリーが言う。

「……かもしれないわね」

 セブンも相手の動きを見ている。

 刺さった氷の周囲で、リヴァーヴァランの身体がわずかに強張った。

「じゃあ、氷は覚えとくか」

「ええ。でも、まだ決めつけないで」

「了解」

 エントはもう一度前へ出る。

 今度は足元を見る。

 砂利。

 その先は少し深くなっている。

 右側には大きな岩。

 動ける場所を選んで――。

 リヴァーヴァランが再び走った。

「こっち!」

 エントは盾を構える。

 今度は避ける。

 そう思って横へ踏み出した瞬間、足に水の抵抗がかかった。

「っ!」

 遅い。

 普段なら避けられる。

 だが、ここでは一歩が遅れる。

 リヴァーヴァランの前脚が振られた。

 盾で受ける。

 衝撃で身体が横へ流される。

「《クイックショット》!」

 矢が続けて飛ぶ。

 1本が首元へ、もう1本が前脚へ刺さった。

 リヴァーヴァランがコリーへ顔を向ける。

「おっと」

 コリーが距離を取る。

 だが、こちらも動きにくい。

 川底を確かめながら下がるため、いつもの速度が出ない。

「コリー!」

 リヴァーヴァランが突進する。

 コリーが横へ跳んだ。

 着地した足が滑る。

「うおっ!」

 身体が傾き、その横を巨体が通り過ぎた。

「危なっ」

「人のこと言えないじゃん」

「うるせえ!」

 エントは笑いながらも、すぐにリヴァーヴァランへ向き直る。

 相手は止まっていない。

 浅瀬を大きく回り、こちらを見ている。

 水の中なのに、動きが速い。

 むしろ水があることを前提に動いているように見えた。

「面倒ね」

 セブンが呟く。

 そのとき、リヴァーヴァランが頭を下げた。

「何してる?」

 大きな口元が水面へ沈む。

 ごぼっ、と音を立てて、口の中へ水を吸い込み始めた。

「水飲んでる?」

「戦闘中に?」

 リヴァーヴァランが頭を上げた。

 喉から胸元にかけてが、さっきより膨らんでいる。

「なんか来る!」

 エントが叫ぶ。

 リヴァーヴァランの頭が動いた。

 狙っている。

 その先は――。

「セブン!」

「分かってる!」

 セブンが横へ走る。

 直後、

 リヴァーヴァランの口から、細い水流が放たれた。

「っ!」

 凄まじい勢いで水が空気を切る。

 セブンのすぐ横を通り過ぎ、その先の地面へぶつかった。

 土と砂利が弾け飛ぶ。

「水鉄砲!?」

「そんな可愛い威力じゃないでしょ!」

 セブンが叫ぶ。

「当たったらやばそうだな」

「見れば分かる!」

 リヴァーヴァランは再び頭を下げる。

「また吸ってる!」

「連続では撃てないのか?」

 エントは相手を見る。

 水を吸う。

 頭を上げる。

 狙う。

 そして、撃つ。

 少なくとも今の2発は同じだった。

「コリー!」

「分かってる!」

 矢が飛ぶ。

 水を吸い終えたリヴァーヴァランの頭へ当たった。

 だが止まらない。

 今度はコリーへ頭を向ける。

「避けろ!」

 水流が走った。

 コリーが大きく横へ跳ぶ。

 直撃は避けた。

 だが着地した場所が悪かった。

「うわっ!」

 足を取られ、その場へ膝をつく。

「《バリア》!」

 コンの防御魔法が展開される。

 リヴァーヴァランがそこへ突進した。

 巨体が光の壁へぶつかる。

 壁が大きく揺れた。

「長くは持ちません!」

「十分です!」

 止まっている間に、エントが走る。

 剣を振り上げる。

 だが、踏み込んだ場所が少し深い。

 水が脛まで来る。

 勢いが鈍った。

「くそっ」

 それでも剣を振り下ろす。

 刃がリヴァーヴァランの背へ当たった。

 鱗が散る。

 ダメージは入った。

 だが浅い。

 リヴァーヴァランが身体を捻る。

「エント、尾!」

 長い尾が水面を薙いだ。

 エントは盾を構える。

 衝撃。

 水と一緒に身体を押される。

 数歩下がったところで、また足元が滑った。

「っ……!」

 どうにか倒れずに踏みとどまる。

 エントは息を整えながら、周囲を見る。

 浅瀬を流れる水。滑る砂利。ところどころ深くなる川底。

 自分だけじゃない。

 コリーも、セブンも、コンも、動くたびに足元を気にしている。

 その一方で、リヴァーヴァランは違った。

 低い身体と横へ張り出した四肢で、流れも川底の石もものともせず動き回っている。

 走るのも、曲がるのも、止まるのも、自分たちより速い。

「……俺たち、なんでここで戦ってるんだ?」

「は?」

 コリーが聞き返す。

 エントは川岸を見る。

「あいつは水の中なら速い。俺たちは逆だろ」

 セブンも岸へ視線を向ける。

「……場所を変えるってこと?」

「そう」

 コンも川岸を見る。

 岸寄りには、水の浅い砂利場がある。

 大きな岩も点在し、今いる場所よりずっと足場が安定していそうだった。

「岸まで引っ張ろう」

「それなら今よりは動けそうですね」

 コンが言う。

「確かにな」

 コリーが笑った。

「気づくの遅くない?」

「戦ってみないと分からなかったんだよ」

「まあ、それはそうだけど」

 リヴァーヴァランが低く唸る。

 再び、浅瀬を蹴った。

「行くぞ!」

 4人が動き始める。

 今度は、倒すためではない。

 戦う場所を変えるために。

 リヴァーヴァランが水飛沫を上げながら、その後を追った。

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