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また寄り道

 次に4人が揃ってアクシスへログインしたとき、セレスタは朝だった。

 旧港近くの安全区域で合流し、それぞれ必要な補充と装備の確認を済ませた。

 目的地は、前のプレイで決めた王都レグリアだ。

「じゃ、行くか」

 コリーの声に、エントたちは頷いた。

 4人はセレスタの街を抜け、王都へ続く街道へ出た。

「レグリアまで3日くらいだったよな」

「何もなければな」

 コリーが答える。

「何もなければ?」

「お前が寄り道しなければ」

「俺だけみたいに言うなよ」

「だいたいエントから始まるだろ」

「コリーも普通に乗ってくるだろ」

「面白そうならな」

「ほら」

 隣を歩いていたコンが小さく笑った。

「今回は何日かかるでしょうね」

「コンさんまで」

「別に急ぐ旅でもないでしょ」

 セブンが言う。

「まあな」

 エントは笑って、もう一度前を向いた。

 街道は緩やかに北へ延びていた。

 振り返れば、まだセレスタの街が見えた。

 斜面に広がる白や淡い黄土色の建物。その向こうには、青い海が広がっている。

 昨日は海から街を眺めた。

 今は街の外から、その向こうに広がる海を見ている。

「もう海ともお別れか」

 コリーが言う。

「また来ればいいだろ」

「それもそうだな」

 転移結晶を使えば、ここまで歩いて戻ってくる必要はない。

 次に来るときは、もっと気軽に来られる。

「まだ見てないところも結構あったしな」

「全部見ようとしたら、何日かかるか分からないわよ」

「また来たときでいいか」

「そうですね」

 コンも海の方を振り返る。

「次に来る楽しみが残っているくらいで、ちょうどいいのかもしれません」

「それいいですね」

 そんなことを話しながら歩く。

 しばらくは、街道の途中から何度も海が見えた。

 建物が少なくなっても、潮の匂いは残っている。

 遠くには海鳥らしい影も飛んでいた。

 けれど、歩き続けるにつれて少しずつ景色が変わっていく。

 街道は海から離れ、内陸へ入っていった。

 振り返っても、いつの間にか海は見えなくなっている。

 周囲には草地が広がり、その先には小さな林も見えた。

 ところどころに畑らしい場所もある。

「海、見えなくなったな」

 エントが言った。

「結構歩いたからな」

「なんか急に普通の旅に戻った感じする」

「普通の旅って何だよ」

「森とか草原とか」

「それが普通なの?」

 セブンが聞く。

「アクシス始めてから、そういうところばっか歩いてたから」

「ああ」

「セレスタが違いすぎたんだよ」

 リュネールには木造の建物が多かった。

 その周囲には大森林が広がっている。

 そこから街道を歩き、遺構へ寄り、村へ寄り、ようやく辿り着いたセレスタは、石造りの建物と海の街だった。

 そして今、またその街を離れて歩いている。

「次は王都か」

「楽しみですか?」

 コンが聞く。

「はい。どんなところなのか全然知らないんで」

「昨日コリーさんに聞きましたけど」

「でかい、しか分かりませんでしたね」

「行けば分かるって」

「説明する気ないだろ」

 コリーが笑う。

 そのまま4人は街道を進んだ。

     ◇

 道中では、何度かモンスターとも遭遇した。

 街道から離れた場所を歩いているもの。

 こちらに気づいても近づいてこないもの。

 逆に、4人へ向かってきたものもいた。

 だが、苦戦するような相手ではなかった。

 エントが前へ出る。

 コリーが後ろから矢を放つ。

 セブンが魔法を撃ち、コンが支援する。

 誰が何をするのか、細かく確認する必要もない。

 戦闘が終われば、周囲を確認して、そのまま旅を再開する。

 リュネールを出たばかりの頃とは違う。

 4人で旅をすること自体に、少しずつ慣れてきていた。

「この辺で一回休むか」

 少し先まで様子を見ていたコリーが言った。

「この先、しばらく休めそうな場所なさそうだし」

「そうするか」

 街道から少し外れた、見通しのいい場所へ移動する。

 4人は荷物を下ろし、それぞれ腰を落ち着けた。

「ふう」

 エントは足を伸ばす。

 歩き続けることにも慣れてきたとはいえ、休めばやはり楽だった。

 コンは近くの草地へ視線を向けていた。

 その先には、小さな花がいくつか咲いている。

 しばらく眺めているコンに、エントが声をかけた。

「コンさん、花好きなんですか?」

「ああ」

 コンは少し笑った。

「好きですよ。詳しいわけではないですけど」

「そうなんですね」

「家でも少し育てています」

「庭とか?」

「いえ、プランターです」

「へえ」

「今は何育ててるんですか?」

「ひまわりです」

「ひまわり? 世話、大変じゃないですか?」

「そこまででもないですよ。水をあげて、様子を見るくらいです」

 コンは笑う。

「元気がなさそうなら、栄養剤を使うこともあります」

「栄養剤か……」

 エントは足元の草へ目を落とした。

 どこにでもありそうな野草だった。

 特に変わった形をしているわけでもない。

 採集できそうな表示もない。

「回復薬って、植物に使ったらどうなるんだろ」

「なんでそうなるんだよ」

 コリーが聞く。

「今の話聞いてたら、なんとなく」

「栄養剤と回復薬は別物でしょ」

 セブンが言う。

「分かってるけど、ゲームなら何かあるかもしれないだろ」

「思いつきですね」

 コンが言った。

「はい」

「即答かよ」

 コリーが笑う。

 エントはインベントリから回復薬を1個取り出した。

 そして、足元の野草へ使おうとする。

 反応はなかった。

 対象として指定できない。

「やっぱ使えないな」

「普通の草だからじゃない?」

 コリーが言う。

「そうみたいだな」

 エントは回復薬を持ったまま、野草を見る。

 普通なら対象にできない。

 その言葉に、別のことを思い出した。

「あ」

「今度は何?」

 セブンが聞く。

「《試行》」

「……ああ」

「普通じゃ対象にできないなら、あれで試せるんじゃないか?」

 石造りの遺構で手に入れた《試行》。

 普通なら対象にできないものへ、何かを試せるスキルだ。

 遺構で初めて使ったときは、《何も起こらなかった》。

 だが、今回はどうなるか分からない。

「回復薬1個使うことになるかもしれないわよ」

 セブンが言う。

「1個ならいいだろ」

「まあ、止めるほどじゃないけど」

「じゃあやってみる」

 エントは野草へ手を向けた。

「《試行》」

 手にした回復薬と、足元の野草を意識する。

 本来なら対象にできないその草へ、回復薬を使う。

 一瞬。

 何も起きない。

「駄目か?」

 コリーが言った、その直後だった。

「あれ?」

 コンが声を上げる。

 エントも気づいた。

 野草の葉が、ゆっくりと動いている。

 風ではない。

 茎が少し伸びた。

 葉もわずかに大きくなっている。

「……伸びた?」

「伸びましたね」

「伸びたな」

「伸びたわね」

 4人で野草を見る。

 さっきまでより、少しだけ大きくなっている。

 本当に、それだけだった。

「……」

「……」

 しばらくして、セブンが口を開いた。

「で?」

「……終わり?」

 エントは草を見る。

 何か別の変化が起きる気配はない。

「……たぶん」

「回復薬1個使って?」

「うん」

「草が少し伸びた」

「……そうだな」

 コリーが笑った。

「成功は成功だけど、何に使うんだよ」

「それは分からない」

「分からないのかよ」

「でも、初めて何か起きたぞ」

 エントはもう一度、野草を見る。

 回復薬1個を使って、草が少し伸びた。

 今のところ、それ以上でもそれ以下でもない。

「コンさんの話から思いついたけど、本当に何か起きましたね」

「私もこうなるとは思ってませんでした」

 コンは少し困ったように笑った。

「でも、ちゃんと育ったんだよな」

 コリーが言う。

「ちょっとだけな」

「回復薬1個で」

「それは言うな」

 エントは笑いながら立ち上がった。

 役に立つかどうかは分からない。

 それでも、《試行》を使って初めて何かが起きた。

 それだけで、少し面白かった。

     ◇

 休憩を終えた4人は、再び街道を進んだ。

 その後も大きな問題は起きなかった。

 日が傾き始めると、コリーが街道の脇へ視線を走らせ始めた。

 それを見て、エントたちも自然と野営できそうな場所を探す。

「ここでいい?」

 周囲を確認していたコリーが聞く。

「いいんじゃないか」

「近くにモンスターもいなさそうですね」

「じゃあここね」

 場所が決まれば、あとは早かった。

 荷物を下ろし、周囲を確認し、それぞれが自然に野営の準備へ取りかかる。

 誰かが細かく指示することもない。

 何度もやってきたから、それぞれが必要なことを分かっていた。

 エントも準備を進めながら、装備を確認する。

 コリーは周囲を一通り見て戻ってくる。

 コンは食事の準備を進め、セブンも必要な作業を手伝っている。

 しばらくすると、焚き火の周りに4人が集まった。

「慣れたな」

 エントが言う。

「何が?」

「野営」

「ああ」

 コリーが辺りを見る。

「最初はもうちょい時間かかってたな」

「今は自然に動けるようになりましたね」

 コンが言う。

「毎回相談してたら面倒でしょ」

 セブンはそう言いながら腰を下ろした。

「そういやエント」

「ん?」

「さっきの草、結局そのままにしてきたな」

「持ってこられないからな」

「採集できないんでしたね」

「はい。普通の草だったんで」

「回復薬を使っても普通の草なのね」

「ちょっと大きい普通の草」

「余計いらねえ」

「ひどいな」

 コンが小さく笑う。

「でも、面白かったですね」

「ですよね?」

「はい。回復薬で植物が育つとは思いませんでした」

「俺もです」

「やるまで知らなかっただけで、そういう仕組み自体はあったってことか?」

 コリーが聞く。

「たぶん」

 エントは答えた。

 《試行》が何をしたのか、詳しいことまでは分からない。

 ただ、普通なら回復薬を使えなかった草に、使うことはできた。

 そして、草は少しだけ育った。

「また何か思いついたら試してみるか」

「ほどほどにしなさいよ」

 すぐにセブンが返す。

「消耗品を全部変なものに使わないでよね」

「全部は使わないって」

「本当か?」

 コリーが聞く。

「たぶん」

「たぶんって言ったわよ」

「言いましたね」

「コンさんまで」

 笑い声が、焚き火の向こうへ消えていく。

 セレスタの海は、もう見えない。

 焚き火の向こうには、王都へ続く街道が暗がりの中へ延びていた。

 王都までは、まだ道半ばだ。

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