王都へ
遊覧船が2つの灯台の間を抜け、再び湾の中へ入る。
遠くに見えていたセレスタの街は、船が進むにつれて少しずつ大きくなっていった。
白や淡い黄土色の建物。
斜面に重なる赤茶色の屋根。
港に並ぶ無数の船。
ついさっきまで1つの景色に見えていた街が、近づくにつれて建物や船の1つ1つまで見えるようになっていく。
「もう着くのか」
コリーが船の端から旧港を見ながら言った。
「思ったより早かったな」
「あっという間でしたね」
コンが答える。
「でも、結構沖まで行ったよな」
「湾の外に出ただけで、そんなに遠くまでは行ってないでしょ」
セブンが言う。
「そうなのか?」
「街があれだけ大きく見えてたんだから、そうでしょ」
「ああ、確かに」
コリーが納得する。
船は速度を落とし、そのまま岸壁へ近づいていく。
夕暮れの旧港には、まだ多くの人がいた。
行き交うNPCやプレイヤー。
港へ戻ってきた船。
これから出るらしい船もある。
昼間より少し落ち着いた港のざわめきに、波の音が混じっていた。
やがて船が岸壁へ着く。
渡された板を通り、4人は船を降りた。
「楽しかったな」
エントは振り返った。
乗っていた船が、波に合わせて小さく揺れている。
「ですね」
「乗って正解だっただろ?」
コリーが言う。
「はいはい」
セブンが適当に返す。
「なんだよ、その反応」
「さっき聞いた」
「褒めてもいいんだぞ」
「何を?」
「見つけた俺を」
「嫌よ」
「なんでだよ」
エントは笑いながら、旧港へ視線を戻した。
街はまだ明るい。
けれど、空の色は少しずつ変わり、建物の影も長くなっている。
昨日から見てきたセレスタが、昼間とは少し違って見えた。
「このあとどうする?」
エントが聞く。
「せっかくだし、もうちょっと歩かね?」
コリーが言う。
「俺はいいけど」
「私も大丈夫です」
「私もいいわよ」
セブンも頷く。
「じゃあ行くか」
4人は旧港を離れた。
◇
特に目的地は決めなかった。
昨日から、気になった場所はいくつも見て回った。
だから今度は、行ったことのない道を選んで歩く。
港から少し離れた通り。
斜面へ続く坂道。
細い路地の向こうに見える海。
店先に並ぶ品を眺め、気になる店があれば足を止める。
それだけだった。
けれど、エントはこういう歩き方も嫌いではなかった。
「あ」
前を歩いていたコリーが止まる。
「今度は何だよ」
「いや、いい匂いする」
「また食べ物か」
「腹減らない?」
「言われるとちょっと」
「私も少しお腹空きました」
コンが言う。
「じゃ、何か食おうぜ」
匂いを辿っていくと、小さな店があった。
通りに面したところで、串に刺した肉と野菜を焼いている。
肉から落ちた脂が火へ落ちるたび、小さく炎が上がった。
「これでいい?」
「いいんじゃないか」
「私はそれでいいです」
「私も」
4人分を買い、近くの空いている席へ座る。
「いただきます」
エントは串を手に取った。
一口食べる。
「うま」
「当たりだな」
コリーも満足そうに食べている。
「お前、昨日から食ってばっかだな」
「旅行ってそういうもんだろ」
「そうなのか?」
「知らん」
「適当だな」
コンが小さく笑う。
「でも、セレスタはいろいろ食べられましたね」
「魚ばっかかと思ってたけど、普通に肉もあるしな」
「港町だからって魚しか食べないわけないでしょ」
セブンが言う。
「それはそうなんだけど」
エントはもう一口食べた。
昨日は3人で市場を歩いた。
今日は造船区へ行って、街を歩いて、最後は4人で船にも乗った。
まだ見ていない場所はたくさんある。
それでも、十分にセレスタを楽しんだと思えた。
「そういや」
コリーが串を持ったまま言った。
「次、どうする?」
「次?」
「セレスタの次」
「ああ」
エントは食べる手を止めた。
リュネールを出るときは、とりあえずセレスタへ行こうと決めた。
その目的はもう果たした。
けれど、その先のことまでは決めていなかった。
「どっか行きたいところある?」
「急に言われてもな」
エントは少し考える。
「コンさんはあります?」
「私ですか?」
「はい」
「そうですね……」
コンも少し考えてから、首を傾げた。
「まだ行ったことのない場所ばかりなので、どこでも楽しそうです」
「ああ、それ俺もです」
「参考にならねえ2人だな」
「お前はあるのかよ」
「ある」
「どこ?」
「王都」
コリーがあっさりと言った。
「王都?」
「レグリア」
「ああ」
名前は知っている。
ミズガルディアの王都。
「ここまで来たなら、次は王都行ってみてもいいんじゃね?」
「近いのか?」
「歩いて3日くらいらしいぞ」
「結構あるな」
「まあ、ここまで来たなら王都も行ってみたいだろ?」
「それはある」
エントはセブンを見る。
「セブンも行ったことあるんだっけ?」
「あるわよ」
「コリーも?」
「ある」
「じゃあ、2人とも王都のことは知ってるのか」
「まあ、多少はな」
「王都ってどんな感じなんですか?」
コンが聞いた。
「でかい」
コリーが即答する。
「それだけ?」
セブンが呆れたように言う。
「いや、説明するより行った方が早いって」
「コリーが説明できないだけでしょ」
「それもある」
「あるんですね」
コンが笑う。
「コンさんは王都、行ったことないんですよね?」
エントが聞く。
「はい。まだありません」
「じゃあ俺と一緒ですね」
「そうですね」
「なら、行ってみる?」
コリーが言う。
エントは少し考える。
セレスタへ来たのだって、海を見てみたかったからだ。
なら、今回もそれくらいでいい。
「行ってみたいな」
「私も行ってみたいです」
コンも頷く。
「じゃあ決まり?」
コリーがセブンを見る。
「私はいいわよ」
「セブンはもう行ったことあるんだろ?」
エントが聞く。
「そうだけど。ここまで来たんだから、王都まで付き合うわよ」
「ありがと」
「別にお礼を言われることじゃないでしょ」
「よし」
コリーが残っていた肉を口に入れる。
「次は王都だな」
「軽いな」
「別にいいだろ。ゲームなんだし」
「ああ」
エントは笑った。
「そうだな」
行きたいから行く。
今のところ、それで困ったことはない。
◇
食事を終えて外へ出る頃には、街はさらに暗くなっていた。
完全な夜ではない。
空にはまだわずかに明るさが残っている。
けれど、通りでは少しずつ明かりが灯り始めていた。
「出るの明日でいいよな?」
コリーが聞く。
「いいんじゃないか?」
「朝から?」
「その方がいいでしょ」
セブンが言う。
「レグリアまで今日中に着くわけじゃないんだから」
「また野営か」
「もう慣れたでしょ」
「まあな」
「最初よりはな」
エントも頷く。
リュネールを出たばかりの頃なら、野営するだけでももう少し構えていた気がする。
街道を歩き、暗くなる前に場所を探して野営する。
そんな旅にも、少しずつ慣れてきた。
「食料とかは?」
エントが聞く。
「出る前に補充すればいいんじゃない?」
「装備も一応確認しとくか」
「そうですね」
「じゃあ明日の朝、準備してから出発でいいか?」
「いいよ」
「はい」
「いいわよ」
これで、次の目的地も決まった。
王都レグリアだ。
エントは少しだけ足を止め、通りの先を見た。
建物の隙間から、海が見える。
夕暮れの色はほとんど消え、海は昼間よりずっと暗い。
まだ見ていない場所も、歩いていない道もある。
それは、また来たときに見ればいい。
「行くか」
「どこに?」
コリーが聞く。
「いや、そろそろ今日は終わりにしようかなって」
「なんだよ。王都に今から行くのかと思った」
「行かねえよ」
「エントなら言い出しかねない」
「俺を何だと思ってるんだ」
「寄り道するやつ」
「お前もだろ」
「それはそう」
コリーが笑う。
コンも笑う。
セブンは呆れたような顔をしていたが、その口元は少しだけ緩んでいた。
4人は再び歩き出す。
セレスタでの観光も、これで一区切りだ。
明日、4人はセレスタを出る。
次の目的地は、王都レグリアだ。




