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人間相手

「……あ」

 村を出ようとしたところで、コンが足を止めた。

「どうしました?」

 エントが振り返る。

「少し時間を確認してもいいですか?」

「時間?」

 コンがシステム表示を開く。

 エントもつられて現実時刻を確認した。

「あー……」

 思っていたより遅い。

 石造建築で仕掛けを調べ、街道へ戻り、そこからまた寄り道して村まで来た。

 そう考えれば、時間が経っているのも当然だった。

「今から探しに行くの、微妙じゃね?」

 コリーも時間を確認して言った。

「そうね」

 セブンが頷く。

「アジトの場所も分かってないんでしょ? 見つかって、そのまま戦闘になったら途中で抜けられないわよ」

「それは困るな」

 エントは森を見る。

 相手は10人前後いるかもしれない。

 場所を探すだけでどれくらいかかるのかも分からない。

「もう少しなら大丈夫なんですけど、長くなると……」

 コンは森の方を見てから、3人へ視線を戻した。

「私だけ先にログアウトするので、3人で進めても大丈夫ですよ」

「いや、そこまでして進めなくてもいいですよ」

 エントが答える。

「でも、私の時間に合わせてもらうのも……」

「せっかく4人で来てるんだし、みんな揃ってやりましょうよ」

「俺もそれでいいぞ」

 コリーが言う。

「私も。そもそも人相手なんだから、わざわざ1人減らして行く必要ないでしょ」

 セブンも続く。

「……ありがとうございます」

 コンが少しだけ笑った。

「じゃあ、一回切る?」

 コリーが聞く。

「次、全員揃ってからの方がよくない?」

「それがいいと思う」

 エントは頷いた。

「じゃあ、次は4人揃ってからにしよう」

「じゃ、決まりね」

 セブンが言う。

 エントはロアンを見る。

 ロアンは4人の話を黙って聞いていた。

「ごめん。今からだと途中で時間がなくなるかもしれない」

「ああ」

「だから、一度仕切り直して、また4人揃ってから来てもいい?」

「もちろんだ」

 ロアンは頷いた。

「急いでもらえるのはありがたい。でも、無理をしてもらう必要はない」

「助かる」

「俺もその間に準備しておく」

 ロアンが槍へ目をやる。

「最近見かけた場所も、もう一度整理しておくよ」

「じゃあ、次はそこからだな」

 コリーが言う。

 4人で次に集まる時間を決める。

「じゃあ、またここで」

 エントが言った。

「ああ。待ってる」

 ロアンが答える。

 エントはメニューを開いた。

 ログアウトを選択すると、確認表示が現れた。

 迷わず決定する。

 視界がゆっくりと暗くなった。

◇

 次にエントがログインすると、すでにコリーがいた。

「お、来た」

「早いな」

「ちょっと早かっただけ」

 村の入口近くで待っていたコリーの横へ並ぶ。

「何してた?」

「別に。村の中をうろうろしてただけ」

「暇じゃん」

「すぐ来ると思ったから遠く行けないだろ」

「それもそうか」

 しばらくしてセブンが現れ、その少し後にコンも姿を見せた。

「お待たせしました」

「これで全員ね」

 セブンが4人を見回す。

「装備、大丈夫?」

「俺は大丈夫」

「俺も」

「私も問題ありません」

「じゃ、行くか」

 村の奥からロアンが歩いてくる。

 前と同じ槍と小盾。

 だが、腰には小さな袋がいくつか増えていた。

「準備できてる?」

 エントが聞く。

「ああ」

 ロアンは頷いた。

「まずは、盗賊を最近見かけた場所まで案内する」

「頼む」

 5人は村を出た。

◇

 ロアンが選んだのは、エントたちが村へ来た道とは違う道だった。

 畑の脇を抜け、そのまま森へ入っていく。

 最初のうちは、まだ人が通る道だと分かった。

 だが、進むにつれて少しずつ細くなる。

「これが狩りに使う道?」

「ああ」

 ロアンが答える。

「村の連中が森に入る時に使う。もう少し先で何本かに分かれる」

「分かれたら迷いそうだな」

「慣れてないと迷うかもな」

 ロアンは足を止めずに進んでいく。

 道らしいものがほとんど見えなくなっても、迷う様子はない。

「俺たちだけで来なくて正解だったな」

 コリーが言う。

「ですね」

 コンも周囲を見回す。

「同じような景色が続いています」

「マップは?」

 セブンに聞かれ、エントは確認する。

「通ったところは残ってる。でも、先はまだ」

「なら、帰れなくはないわね」

「迷って歩き回ることにはなるかもしれないけど」

「それを迷ってるって言うのよ」

「確かに」

 しばらく進んだところで、ロアンが足を止めた。

「この辺りだ」

 声が少し低くなる。

 エントたちも自然と足を止めた。

「ここ?」

「ああ」

 ロアンが木々の間を指す。

「最後に見たのは向こうだ。2人いた」

「何してた?」

「歩いてた。俺に気づく前に離れたから、向こうは多分こっちを見てない」

「どっちに行った?」

「あっちだ」

 ロアンが指した方向を、コリーが見る。

 そのまま少し進み、しゃがみ込んだ。

「何かある?」

 エントが近づこうとする。

「ちょい待ち」

 コリーが手を上げた。

 エントは止まる。

 コリーは地面を見たまま、少し横へ動いた。

 落ち葉。

 土。

 細い枝。

 エントにはどこを見ているのか分からない。

「……分かるの?」

「んー」

 コリーが地面へ手を伸ばす。

「ここ」

「……これ?」

「そう」

 指差された場所を見る。

 土がわずかにへこんでいた。

「足跡?」

「多分」

「よく分かるな」

「くっきり残ってるやつならもっと簡単なんだけどな」

 コリーは立ち上がらず、その先を見る。

「こっちにもある」

「同じ人の足跡?」

「そこまでは分かんね」

「狩人でもそこまでは分かんない?」

「狩人を何だと思ってんだよ」

「何でも追えると思ってた」

「無茶言うな」

 コリーは笑いながら、少し先へ進んだ。

 ロアンもその後を追う。

「この方向で合ってる」

「分かるの?」

「ああ。この先にも狩り道がある」

 ロアンが答える。

「ただ、あいつらがそこを使ったかは分からない」

「じゃあ、足跡優先だな」

 コリーが再び地面を見る。

 5人は速度を落として進んだ。

 最初はいくつか見つかっていた痕跡が、途中から急に少なくなった。

「……なくなった?」

 エントが聞く。

「いや」

 コリーは立ち止まる。

 少し戻り、別の方向を見る。

「こっちか?」

「そっちは道じゃないぞ」

 ロアンが言った。

「うん。だから多分こっち」

「どういうこと?」

 セブンが聞く。

「さっきまで道沿いだったのに、途中から外れてる」

 コリーは低い草の間へ入った。

「ほら」

 草の一部が倒れている。

 近くの枝も、不自然な方向へ曲がっていた。

「わざと道を外れたってこと?」

 エントが聞く。

「多分な」

「何で?」

「追われにくくするためじゃない?」

 セブンが答えた。

「アジトまで分かりやすく跡を残すわけないでしょ」

「ああ……」

 エントは倒れた草を見る。

 相手は、自分たちが追われるかもしれないと考えている。

「こっからちょっと面倒かも」

 コリーが言う。

「見失った?」

「まだ」

 短く答え、さらに先を見る。

 数歩進む。

 止まる。

 戻る。

 また違う方向へ進む。

 さっきまでより、明らかに進む速度が落ちている。

「……あった」

 やがて、木の根元でしゃがみ込む。

「何が?」

「足跡。こっち」

 エントが覗き込む。

 今度はさっきより分かりやすかった。

 柔らかい土の上に、靴跡が残っている。

 1つ。

 その少し先に、もう1つ。

「2人?」

「っぽいな」

「ロアンが見た人数と同じですね」

 コンが言う。

「ああ」

 ロアンが頷く。

「方向も合ってる」

 コリーはそのまま痕跡を追う。

 そこから先は、もう道と呼べるものではなかった。

 木の間を抜ける。

 斜面を避ける。

 時には倒木を越える。

 それでもロアンは周辺の地形を把握しているらしく、コリーが進む方向を見て時折口を挟んだ。

「そっちは先が崖になってる」

「じゃあ右か」

「右なら下へ降りられる」

「了解」

 しばらくして、コリーがまた止まった。

「増えてる」

「何が?」

「足跡」

 エントも地面を見る。

 今度は自分でも分かった。

 土の上にいくつもの跡が重なっている。

「ここ、何人か通ってるな」

「何人?」

「正確には無理。でも2人じゃない」

 コリーが周囲を見回す。

「何度か通ってるな」

「近いのかも」

 セブンの声が小さくなる。

「そうですね」

 コンも杖を握り直した。

 そこから、自然と会話が減った。

 ロアンも先ほどまでより慎重に進んでいる。

 エントは剣へ手を添えた。

 まだ抜かない。

 けれど、いつでも動けるようにする。

 さらに進んだところで、コリーが突然片手を上げた。

 全員が止まる。

「……何?」

 エントが小声で聞く。

 コリーは答えず、前を指差した。

 木々の向こう。

 かなり離れた場所に、何かが見える。

 最初は岩かと思った。

 だが違う。

 屋根だ。

「建物?」

 エントが声を落とす。

「多分」

 コリーが答える。

 ロアンが目を細めた。

「……あの小屋か」

「知ってる?」

「ああ。昔、猟師が使ってた小屋だ」

 ロアンは木々の向こうに見える屋根を見つめる。

「もう長いこと使われてないはずだ」

「じゃあ、今使ってるのは……」

 エントが言う。

「盗賊だろうな」

 ロアンの声が低くなる。

「それっぽいわね」

 セブンが言う。

「近づく?」

 エントが聞く。

「そのままはなし」

 セブンが即答した。

「ここからもう相手の場所だと思った方がいいわ」

「だな」

 コリーも頷く。

 5人は木々を使って姿を隠しながら、少しずつ位置を変えた。

 真正面からは近づかない。

 少し回り込む。

 枝を踏まないように。

 草を大きく揺らさないように。

 エントもできるだけ音を立てずについていく。

 やがて、小屋の周辺が見える位置まで来た。

 古い木造の小屋。

 壁の一部は黒ずみ、屋根もところどころ傷んでいる。

 その周囲には、後から作ったらしい簡単な柵。

 少し離れたところでは、焚き火が小さく燃えている。

 木箱や袋も積まれている。

「……いる」

 コンが小さく言った。

 小屋の前に男が1人。

 少し離れた場所にも、もう1人いる。

 どちらも手には武器を持っている。

「見張り?」

 エントが囁く。

「多分な」

 コリーが答える。

「あれだけじゃないでしょ」

 セブンが小屋を見る。

「中にもいるはずよ」

 しばらく待つ。

 小屋の扉が開いた。

 男が1人出てくる。

 外にいた男へ何か声をかけ、そのまま焚き火の近くへ向かった。

「3人」

 エントが数える。

「見えてるのはね」

 セブンが返す。

 さらに待つ。

 小屋の横を別の男が通った。

 その後、柵の向こうからもう1人現れる。

「5人」

「まだ数えない方がいい」

 コリーが言った。

「同じやつが動いてるかもしれない」

「あ、そっか」

「それに、中が分かんない」

 エントは小屋を見る。

 窓はある。

 だが、ここからでは中までは見えない。

「どうする?」

 ロアンが小声で聞いた。

「もう少し見る」

 セブンが答える。

「人数が分からないまま行くのは駄目」

「俺も賛成」

 コリーが周囲へ目を向ける。

「見張りがどこまで動くかも見たい」

 5人はそのまま、木々の陰から様子をうかがった。

 小屋の前にいた男は、ほとんどその場を離れない。

 もう1人は柵の外側をゆっくりと歩き、一定のところまで行くと引き返してくる。

「やっぱ見張りだな」

 コリーが囁く。

「1人は前。もう1人は外を回ってる」

「裏は?」

 エントが聞く。

「ここからじゃ見えない」

 セブンが答える。

「なら、いない前提では動かない方がいいわね」

「回って見る?」

「今はやめた方がいい」

 コリーが首を振った。

「近づきすぎる。見つかったら、そのまま戦闘になるぞ」

「じゃあ、ここから分かる範囲で見るしかないか」

「そういうこと」

 また少し待つ。

 外にいた男の1人が小屋へ入り、代わりに別の男が出てきた。

 さらに、柵の奥からもう1人。

 顔までは分からない。

 けれど、さっきまでいた男とは装備が違う。

「……別の人ですよね?」

 コンが小声で聞く。

「多分な」

 コリーが答える。

「少なくとも、見えてるだけで結構いる」

「ロアン」

 セブンが隣を見る。

「人数の見立て、変わらなさそう?」

「ああ。10人くらい……多分、もう少しいる」

「なら、そのくらいで考えた方がよさそうね」

 エントはもう一度、小屋を見る。

 今見えている者だけですべてではない。

 小屋の中。

 反対側。

 まだ見えていない場所にもいるかもしれない。

「正面から突っ込むのはなしだな」

 コリーが言った。

「見張りに気づかれたら、中から一気に出てくるかもしれない」

「そうね」

 セブンが頷く。

「囲まれたら厄介だし、逃げられる場所も見ておいた方がいいわね」

「逃げられる場所?」

「盗賊でしょ? こっちが来た時に、全員が正面から戦うとは限らないってこと」

「ああ」

 エントは小屋の左右へ目を向ける。

 木々の間には、いくらでも抜けられそうな場所がある。

「……やっぱ違うな」

 エントが呟いた。

「何が?」

 コリーが聞く。

「いや」

 エントは小屋から目を離さない。

「モンスター相手とは」

「だから言ったでしょ」

 セブンが小さく言う。

「まだ戦ってもないわよ」

「分かってる」

 エントは剣の柄から手を離した。

 今はまだ抜く時じゃない。

 まずは見る。

 人数。見張りの位置。小屋の様子。それから、逃げ道。

 相手も考えて動く。

 なら、こっちも考えて動かなければならない。

「で」

 コリーが小さく声を落とした。

「どうする?」

 誰もすぐには答えなかった。

 正面は見張りがいる。

 裏手の様子はまだ分からない。

 人数も正確には読めない。

「少なくとも、何も考えず突っ込むのはなしね」

 セブンが言う。

「同意」

 コリーが頷く。

 ロアンも小屋を見たまま槍を握る。

「俺は道なら分かる。あの小屋の裏へ回るなら、少し離れたところから迂回できる」

「裏に回るなら使えそうだな」

 コリーが言う。

「どう使う?」

 エントが聞く。

「それも含めて考える」

 セブンが答えた。

「相手の人数が多いんだから、最初の動きはちゃんと決めた方がいいわ」

「ですね」

 コンも小さく頷いた。

 5人は身を伏せたまま、もう一度アジトへ視線を戻す。

 どこから近づくか。見張りをどうするか。

 戦う前から、考えることが多い。

 エントは小屋の前を歩く盗賊から目を離さなかった。

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