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寄り道した村

《何も起こらなかった》

「……何も起きないな」

 エントは表示を見つめたまま呟いた。

「見れば分かるわよ」

 セブンが言う。

「いや、もしかしたらちょっとくらい何かあるかなって」

「何も起こらなかったって出てるじゃない」

「そうなんだけどさ」

 エントは中央装置から離れ、改めて床の溝を見下ろした。

 《試行》を使えば、今まで対象として認識されなかった場所にも行動を試せる。

 それは分かった。

 けれど、使えば何かが起こるわけではないらしい。

「これ、結局どういうスキルなんだ?」

 コリーが聞く。

「まだ分かんない」

「取った本人が?」

「だって今取ったばっかだし」

「まあ、それもそうか」

 コリーは壁の円盤へ目を向けた。

「で、まだやる?」

「んー……」

 エントも円盤を見る。

 床の溝。

 石柱。

 中央装置。

 2階にも似た仕掛けが残っている。

 《試行》を覚えた今なら、さっきまでとは違うこともできる。

 できるのだが。

「……やめとく」

「お」

「珍しい」

 セブンに言われ、エントは振り返った。

「俺だって諦める時は諦めるって」

「さっきまで全然諦めなかったじゃない」

「だから、今は諦める」

「どういう理屈よ」

「満足したんじゃね?」

 コリーが笑う。

「スキルまで取ったし」

「それはちょっとある」

「あるんだ」

 セブンが呆れた顔をした。

「それに」

 エントはもう一度、石造りの室内を見回した。

「今やっても分かんない気がする」

「そうですね」

 コンが頷く。

「《試行》についても、まだ分からないことがありますし。別の場所で使ってみれば、何か分かるかもしれません」

「ですよね」

「じゃ、行くか」

 コリーが入口へ向かう。

「海が待ってるぞ」

「まだ遠いでしょ」

「気分の問題」

「便利ね、それ」

 4人は石造建築を出た。

 外へ出ると、木々の間から差し込む光に目が慣れるまで少し時間がかかった。

 振り返れば、崩れかけた石造建築は相変わらず森の中に佇んでいる。

「これ、場所は残ってるよな?」

 エントはマップを開いた。

「残ってる」

「なら、また来れるな」

「また来る気なの?」

 セブンが聞く。

「いつかは」

「好きねえ」

「気になるだろ」

「気にはなるけど」

 セブンも建物を振り返る。

「今はセレスタの方が気になるわ」

「それは俺も」

「じゃあ決まりだな」

 コリーが先へ進み始める。

 エントもマップを閉じ、その後を追った。

◇

 森を抜け、4人は再び街道へ戻った。

 そこからは、しばらく何事もなく歩き続けた。

 時折、街道沿いの草むらが揺れる。

 モンスターかと思って警戒しても、小動物が飛び出してくるだけのこともある。

 荷車とすれ違えば道の端へ寄り、旅人とすれ違えば軽く挨拶を交わす。

 石造建築で長く足を止めていたせいか、ただ歩いているだけなのに妙に旅が再開した感じがした。

「なあ」

 しばらく歩いたところで、コリーが前方を指差した。

「あそこ、道分かれてない?」

「どこ?」

「あれ」

 街道の先。

 大きく曲がる手前から、細い道が横へ伸びている。

 近づいてみると、主要街道とは明らかに違った。

 舗装はされていない。

 土が踏み固められ、荷車の車輪らしい跡が2本続いている。

「脇道ですね」

 コンが言う。

「どこに繋がってるんだろ」

 エントがマップを開く。

 主要街道はそのまま先へ続いている。

 だが、脇道の先はまだ表示されていなかった。

「また寄り道する気?」

 セブンが聞く。

「まだ何も言ってないだろ」

「顔に書いてある」

「そんなに?」

「めちゃくちゃ」

 コリーが即答した。

「エントさん、少し楽しそうです」

「コンさんまで」

「でも、私も少し気になります」

「ほら」

「何が、ほら、よ」

 セブンは細い道の先を見る。

 道の両側には木々が続いている。

 だが、完全な獣道ではない。

 轍もある。

 人が使っている道なのは間違いなさそうだった。

「まあ、少しくらいならいいんじゃない?」

 セブンが言った。

「セブンも行く気じゃん」

「何があるか確認するだけよ」

「それを寄り道って言うんじゃね?」

「うるさい」

 結局、4人は脇道へ入った。

 街道を外れてしばらくすると、少しずつ景色が変わり始めた。

 木々の間隔が広くなる。

 切り株が増える。

 道の脇には低い石積みが現れ、その向こうに畑らしきものが見え始めた。

「村?」

 エントが言う。

「っぽいな」

 コリーが答える。

 さらに進む。

 やがて森が途切れた。

 視界が一気に開ける。

 緩やかな土地に畑が広がり、その中央に家々が集まっていた。

 木造の家が十数軒。

 その周囲には柵が巡らされている。

 大きな街とは比べるまでもない。

 これまで立ち寄った町や都市より、ずっと小さい。

「こういう村もあるんだな」

 エントは足を止めた。

「そりゃあるだろ」

「いや、分かってるけど。実際見るの初めてかも」

「エントは寄り道してなかったもんな」

「まだ始めてそんな経ってないし」

「こういう小さい集落は、街道から外れたところにもあるよ」

 コリーが周囲を見る。

「俺もそんな詳しくないけど」

「入ってみる?」

 コンが聞いた。

「せっかく来たし」

 エントが答える。

「そう言うと思った」

 セブンが歩き出した。

 村へ近づくにつれて、人の姿も見えるようになった。

 畑で作業をしている者。

 家の前で籠を運んでいる者。

 柵を直している者。

 村人たちは、それぞれの仕事をしている。

 だが、

「……なんか変じゃない?」

 セブンが足を止めた。

「何が?」

「雰囲気」

 言われて、エントも村を見る。

 人はいる。

 作業もしている。

 けれど、どこか落ち着かない。

 村の入口近くでは、男が壊れた柵を直している。

 少し離れた場所では、2人の村人が話していたが、こちらに気づくと会話を止めた。

「警戒されてる?」

「かもしれないですね」

 コンが小さく答える。

「俺たちに?」

「それはまだ分かりません」

 村の入口まで進んだところで、人影がこちらへ向かってきた。

 若い男だった。

 エントたちとそれほど年齢は変わらないように見える。

 革を中心にした軽装。

 手には槍。

 反対の腕には小さな盾を装備している。

 兵士というより、村の装備をかき集めて身につけたような格好だった。

「止まってくれ」

 男が声をかけてくる。

 4人は足を止めた。

 男は槍を構えてはいない。

 だが、手放してもいなかった。

「旅の人か?」

「そうだけど」

 エントが答える。

「街道から道が見えたから、ちょっと寄ってみた」

「……そうか」

 男の視線が4人の装備を順番に確認する。

 剣。

 弓。

 魔導書。

 杖。

「冒険者か?」

「一応」

「なら……」

 男は何か言いかけて止まった。

 後ろの村を振り返る。

「どうした?」

 コリーが聞く。

「いや」

 少し迷ってから、男は槍の石突きを地面につけた。

「俺はロアン。この村の守りをやってる」

「守り?」

「見回りとか、魔物が近くに出た時の対処とか。兵士じゃないけどな」

「なるほど」

 エントは村の方を見る。

「何かあったの?」

 ロアンの表情がわずかに固くなった。

「……分かるか?」

「いや、なんとなく。村の人たちも警戒してるっぽいし」

 ロアンは少し黙った。

 それから4人を見回す。

「もし急いでないなら、少し話を聞いてくれないか」

 4人は顔を見合わせた。

「俺はいいけど」

 エントが言う。

「俺も」

 コリーも頷く。

「ここまで来たんだし、聞くだけならいいでしょ」

 セブンが続く。

「私も大丈夫です」

 最後にコンが答えた。

「助かる」

 ロアンは短く息を吐いた。

「こっちだ」

 案内されたのは、村の中央近くにある小さな建物だった。

 中へ入るほどではなく、その軒先に置かれた木箱を囲むように立つ。

「それで?」

 セブンが聞く。

「何があったの?」

「盗賊だ」

 ロアンが答えた。

「盗賊?」

 エントは思わず聞き返した。

「ああ」

 ロアンは村の外へ視線を向ける。

「数週間前から、この辺りに出るようになった」

「そいつらって、冒険者?」

「いや。あいつらは冒険者じゃない。この辺りに居ついてる盗賊だ」

「そっか」

「最初は街道を通る商人や旅人が襲われてた。俺たちも気をつけるようにはしてたんだ。でも、そのうち村にまで来るようになった」

「何しに?」

「食料と金だ。渡せば何もしないって言ってな」

 ロアンの手が槍を握る。

「何度か渡した。村の人間に怪我させるよりはいいって」

「……それで終わらなかったのね」

 セブンが言う。

「ああ」

 ロアンは頷いた。

「要求が増えた。こっちが抵抗しないって分かったんだろうな」

 声に悔しさが混じる。

「最近は勝手に村へ入ってくる。倉庫も荒らされた」

「それで、あの柵か」

 コリーが入口の方を見る。

「多分な」

 エントも先ほど見た壊れた柵を思い出す。

「戦わなかったの?」

「戦った」

 ロアンは即答した。

「最初に村まで来た時、何人かで追い返そうとした」

「どうなった?」

「2人怪我した」

 短い返答だった。

「俺たちは普段、畑を荒らす獣とか、近くに出る弱い魔物を追い払うくらいしかしてない。人間相手の戦いなんて慣れてない」

 ロアンは自分の槍を見る。

「だから、それからは無茶に戦わないようにしてる」

「ちゃんと助けは呼んでるの?」

 セブンが聞いた。

「ああ。もう報告は出してる」

「なら、兵士とか来るんじゃない?」

「来るとは思う。でも、すぐには無理らしい」

「その間にも盗賊は来る、と」

 コンの言葉に、ロアンが頷く。

「次にいつ来るか分からない」

 少しの沈黙。

 村のどこかから、木を打つ音が聞こえてくる。

「人数は?」

 コリーが聞いた。

「正確には分からない。村に来る時は何人かに分かれてる。でも、全部で10人くらい……多分、それより少し多い」

「結構いるな」

「どこにいるかは?」

「森の方だと思う」

 ロアンは村の外を指した。

「狩りに使う道の近くで、何度か見かけた。あの辺りは俺も分かる。でも、村の人間だけで探しに行くのは危険すぎる」

 ロアンは少し黙った。

 それから4人を見回す。

「……だから、もし引き受けてもらえるなら、力を貸してほしい」

 エントはコリーを見る。

 コリーもこちらを見た。

 次にセブン。

 コン。

「……どうする?」

 エントが聞いた。

「俺はいいぞ」

 コリーの返事は早かった。

「前に護衛依頼で野盗とはやってるし」

「あるの?」

「言ってなかったっけ?」

「聞いてない」

「そっか。じゃあ言ってなかったわ」

 コリーは軽く肩をすくめる。

「今回の方が人数は多そうだけど」

「私もあるわよ。護衛依頼で野盗とやったことあるから」

 セブンが続く。

「セブンも?」

「あるわよ」

「2人とも経験あるんだ……」

「エントはないの?」

「ない。人相手に戦うのは初めて」

「私もです」

 コンが静かに言う。

「人を相手にするのは初めてです」

「そっか。じゃあ気をつけた方がいいな」

 コリーが言う。

「モンスターと同じつもりでやらない方がいいぞ」

「そんなに違う?」

「違うな」

 コリーは少しだけ表情を引き締めた。

「逃げるし、騙すし、こっちの動きを見て狙いも変えてくるし」

「詠唱を見た途端、こっちを狙ってきたのもいたわよ」

 セブンが補足する。

「だから、10人以上いるならいきなり乗り込むのはなし。人数も場所もちゃんと確認してから」

「それは俺もそう思う」

 エントは頷いた。

「コンさんは?」

「私も大丈夫です」

 コンは頷いた。

「初めてなので少し不安はありますけど……困っているのでしたら、できる範囲でお手伝いしたいです」

「じゃあ」

 エントはロアンへ向き直った。

「俺たちでよければ手伝うよ」

「……本当か?」

「うん」

「助かる」

 ロアンの表情が、初めて少しだけ緩んだ。

「本当に助かる」

「でも、セブンが言った通り」

 エントは続ける。

「いきなり戦いに行くんじゃなくて、まず調べよう」

「ああ。それでいい」

 ロアンは頷いた。

 それから一度、村の外へ目を向けた。

「……それなら」

 少し間を置いて、ロアンが言った。

「俺も一緒に行かせてくれ」

「ロアンも?」

 エントが聞き返す。

「ああ」

「でも……」

 エントはすぐには頷けなかった。

 コリーたちも同じだったらしい。

 一瞬、誰も返事をしない。

 自分たちは、死んでも戻ってこられる。

 けれど、ロアンは違う。

「……危なくない?」

 エントが言う。

「危ないのは分かってる」

 ロアンは答えた。

「だったら村にいた方がいいんじゃない?」

「でも、俺がいた方が見つけやすい」

「案内できるってこと?」

「ああ」

 ロアンは村の外を指す。

「狩りに使う細い道もあるし、盗賊を見た場所も案内できる。森の中を何も知らずに探すよりはいいはずだ」

「案内役ってことか」

 コリーが言った。

「ああ。それが一番だ」

 ロアンは槍へ目を落とす。

「強くないのは自分でも分かってる。前に村の連中だけで戦って駄目だったのも分かってる」

 それから、4人を見る。

「俺はあんたたちみたいに、死んでも戻ってこられるわけじゃない。それは分かってる」

 ロアンの声は落ち着いていた。

「だから無茶はしない。でも、村のことを全部任せて待ってるだけにはしたくない」

 勢いだけで言っているようには聞こえなかった。

 危険を分かった上で、自分にできることをしようとしている。

「……どうする?」

 エントは小声で3人へ聞いた。

「案内はいた方がいい」

 コリーが答える。

「俺たちだけで森ん中探すよりは確実だと思う」

「でも、戦わせない方がいいわね」

 セブンが言う。

「少なくとも前に出てもらうのはなしね」

「そうですね」

 コンも頷いた。

「危なくなったら、すぐに下がってもらいましょう」

「だな」

 エントはもう一度ロアンを見る。

「……じゃあ、案内お願いしていい?」

「ああ」

「ただし、無理はしないで」

「分かってる」

「なら、頼む」

 ロアンが頷いた。

「任せてくれ」

「じゃあ5人か」

 コリーが言う。

「まずは、盗賊が出た場所を見に行く感じ?」

「ああ」

 ロアンが頷く。

「最近見かけた場所からなら案内できる」

「それで痕跡が見つかれば追えるかもな」

 コリーが言った。

「そういうの得意だったよな」

「狩人だからな」

「痕跡が残ってれば、人でも追えそう?」

「追えると思う。ただ、人なら隠そうとするだろうし、その分は面倒かもな」

「なるほど」

 セブンがコリーを見る。

「深追いしないでよ」

「分かってるって」

「前にやったことあるから言ってるの」

「はいはい」

「返事が軽い」

 そのやり取りを聞きながら、エントは村の外へ続く道を見る。

 その先には、森が広がっている。

 人を相手に戦うのは初めてだ。

 少し怖い。

 それでも、1人じゃない。

「……エント?」

 コリーが呼ぶ。

「ん?」

「行くぞ」

「ああ」

 エントは顔を上げた。

 今度の寄り道は、さっきまでとは違う。

 相手は仕掛けでも、古い建物でもない。

 人間だった。

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