《試行》
「……何が足りないんだろ」
誰に聞くでもなく呟く。
答えは返ってこない。
エントはもう一度、目の前の石造装置へ手を置いた。
冷たい石の感触だけが、掌へ返ってきた。
「エント」
後ろからコリーの声がする。
「まだやる?」
「もうちょい」
「だと思った」
呆れたような声だったが、止める気はないらしい。
エントは中央装置から手を離し、少しだけ距離を取った。
見えているものは変わらない。
壁の円盤。
床を走る溝。
石柱。
動かないレバー。
2階にも似た仕掛けがある。
押した。
引いた。
順番も変えた。
同時にも試した。
それでも何も起こらなかった。
「普通に動かすんじゃ駄目なんだよな……」
「じゃあ、他にどう動かすのよ」
セブンが壁にもたれながら言った。
「それが分かんない」
「でしょうね」
エントは苦笑する。
それから、腰の剣へ視線を落とした。
「……これで叩くとか?」
「壊す気?」
「いや、軽くだって」
「軽くでもやめときなさいよ」
「ですよね」
「でもさ」
コリーが横から口を挟む。
「武器でどうにかする仕掛けとか、なくはないんじゃね?」
「あるかもしれないけど」
セブンが中央装置を見る。
「少なくとも、今のところ壊す理由はないでしょ」
「壊すつもりはないって」
エントは剣の柄から手を離した。
何か違う。
そんな気がする。
「今までやったのってさ」
エントが言った。
「全部、動きそうなところを動かしただけなんだよな」
「まあな」
「円盤とかレバーとか」
「石柱もですね」
コンが付け加える。
「うん」
エントは床を見る。
「でも、これ」
足元の細い溝を指差す。
「これ自体は、触るくらいしかしてない」
「溝をどうするの?」
「分かんないけど」
しゃがみ込み、指先を溝へ当てる。
なぞる。
当然、何も起きない。
「またそれ?」
「いや、もうちょい別のことできないかなって」
コリーもしゃがみ込んだ。
「別のことって?」
「例えば……」
エントは一度考えた。
アイテムウィンドウを開く。
「何か使うとか」
「さっき水とか言ってたやつ?」
「そう」
所持品を眺める。
回復薬。
食料。
採取道具。
予備の消耗品。
旅用に持っているものばかりだ。
その中から、小さな水筒を取り出した。
「本当に水入れるの?」
セブンが眉をひそめる。
「ちょっとだけ」
「変なことにならないでしょうね」
「多分」
「そこは言い切りなさいよ」
エントは水筒を持ったまま、床の溝へ意識を向ける。
いつもなら、アイテムを使おうとすれば対象として拾われる。
だが、目の前の溝には何の反応もない。
「……あれ?」
「どうした?」
「これ、対象にできないっぽい」
「まあ、床だしな」
コリーが言う。
「そうなんだけど……」
エントは水筒を見た。
そのまま少量の水を溝へ垂らす。
水は石の上を流れ、細い溝へ入り込んだ。
少し進んで、窪みに溜まる。
「……何も起きないな」
「でしょうね」
セブンが言う。
「まあ、これは違うか」
エントは水筒をしまう。
だが、そこで手が止まった。
「……でも今の、ちょっと気になるな」
「何が?」
「対象にできなかったこと」
「だから?」
「いや……」
エントはもう一度、溝を見る。
そこに何か意味があるのなら。
もし、何らかの反応が隠されているのなら。
ただ触れる以外のことも、試してみる意味はあるんじゃないか。
「対象にできないものに、何か使おうとするのって……」
「普通はしないでしょ」
セブンが言った。
「だよな」
エントは立ち上がった。
今度は壁へ向かう。
「何してる?」
「ちょっと試す」
「何を?」
「まだ分かんない」
「それ、最近多くない?」
「仕方ないだろ」
壁面の円盤、その横。
何の装飾もない石壁へ手を当てる。
ただの壁。
操作できる場所には見えない。
エントはアイテムウィンドウから回復薬を選んだ。
「……エントさん?」
コンが不思議そうに見る。
「回復薬を、ここに使えないかなって」
「壁にですか?」
「はい」
「何のために?」
「分かんないです」
「本当に分かってないのね」
セブンがため息をつく。
エントは回復薬を選んだまま、壁へ使おうとしてみる。
やはり対象として認識されない。
「駄目か」
「そりゃそうだろ」
「じゃあ次」
「まだやるの?」
「ちょっと面白くなってきた」
「完全に目的変わってるじゃない」
エントは今度、腰の剣を抜いた。
「おいおい」
コリーが笑う。
「今度は何すんだ?」
「《スラッシュ》」
「壁に?」
「そう」
「やめなさいって言ったでしょ」
「壊すほど強くやらないから」
「スキル使う時点で軽くないでしょ」
「じゃあ、発動するか試すだけ」
「余計意味分かんないんだけど」
エントは円盤から十分離れた、何もない壁の前へ立つ。
剣を構えた。
そして壁を相手に《スラッシュ》を使おうとする。
だが、発動しない。
「やっぱ対象外か」
「当たり前だろ」
「でも、やっぱこれなんだよな」
「何が?」
コリーが聞く。
「選べないからできない」
「そりゃそうだろ」
「うん。でもさ」
エントは剣を下ろす。
「対象にならないところに仕掛けがあったら、ずっと何もできないままだろ?」
「ゲームとしては普通じゃない?」
セブンが言った。
「そうなんだけど」
エントは壁を見つめた。
「だから、本当に何もできないのかなって」
少し間が空く。
「……それを言い出したら何でもありね」
「だから試す」
「やっぱり雑だわ」
それでも、セブンは止めなかった。
エントは場所を変える。
床の溝。
石柱の刻み。
中央装置の台座。
レバーではなく、その根元。
円盤ではなく、円盤の縁と壁の間。
どれも操作できる場所には見えない。
アイテムを使おうとする。
スキルを使おうとする。
手持ちの道具を使おうとする。
押す。
引く。
横へずらそうとする。
場所を変え、行動を変え、やり方を変える。
何も起こらない。
「……何やってるの、ほんとに」
セブンが呆れた声を出す。
「分かんないけど」
エントは石柱の前でしゃがんだ。
「今までのやり方で駄目だったんだから、違うこと試すしかなくない?」
「理屈は分かるけど、方向が雑なのよ」
「何か起きたら当たり」
「起きなかったら?」
「次」
「雑すぎるでしょ」
コリーが吹き出した。
「でもエントっぽいな」
「褒めてないだろ」
「褒めてない」
「ですよね」
コンも小さく笑っている。
「でも」
コンは中央装置へ視線を向けた。
「試していないことを試す、という意味では間違ってはいないと思います」
「ほら、コンさんもこう言ってる」
「ただし壊さない範囲で、です」
「はい」
「結局そこは言われるんだな」
コリーが笑った。
エントは中央装置へ戻る。
台座。
溝。
継ぎ目。
レバー。
その奥。
石材と石材の間に、小さな隙間がある。
「……ここ」
エントは腰の道具袋から、細い金属製の棒を取り出した。
「今度は何?」
セブンが聞く。
「この隙間に使えないかなって」
「差し込むの?」
「それもやってみる」
先端を隙間へ入れようとする。
途中で止まった。
「駄目か」
「幅が足りないんじゃない?」
「じゃあ……」
エントは一度手を止める。
差し込むのではなく、この道具をこの隙間に対して使う。
そう意識してみる。
だが、やはり対象として認識されない。
「……やっぱ、これなんだよな」
「まだ気になるのか?」
「うん」
エントは隙間を見つめる。
「選べないからできない。でも、それだけで何もできないって決めるのも違う気がする」
「かなり無茶言ってるわよ」
「分かってる」
それでもやめなかった。
道具を変える。
場所を変える。
スキルを変える。
押してみる。
引いてみる。
動かせそうにないところまで、ずらせないか試してみる。
本来なら対象として扱われない場所へ、違う種類の行動を何度も試そうとする。
当然のように、何も起こらない。
いつの間にか、仕掛けの正しい動かし方を探すよりも、
できないとされていることが、本当にできないのか、
そちらの方が気になっていた。
「……エント」
コリーが声をかける。
「ん?」
「そろそろ飽きてこない?」
「全然」
「マジかよ」
「むしろ気になる」
「だろうな」
コリーは笑いながら壁にもたれた。
「俺ならもう諦めてるわ」
「さっき一旦諦める?って言ってたしな」
「言った」
「私はもう十分試したと思うけど」
セブンも言う。
「でも、気になるんでしょ?」
「うん」
「なら少し付き合うわ」
「ありがと」
「その代わり、何か壊したら知らないから」
「壊さないって」
エントは再び中央装置を見る。
今度は台座の隙間へ、道具を変えて使おうとしてみる。
やはり対象にはならない。
「駄目」
次は床の溝へ、別のアイテムを使おうとする。
これも駄目だった。
「……まだ?」
「もうちょい」
「さっきも聞いたな、それ」
「今度こそもうちょい」
「信用ならねえ」
コリーの声を聞き流しながら、エントは中央装置の側面へ視線を移した。
そこから床へ伸びている細い溝。
1階にある仕掛けの中でも、明らかに中央装置へ繋がっている部分だ。
だが、そこも使用対象にはならない。
また無理かもしれない。
それでも、今までとは違うやり方を試してみる。
その瞬間、
視界の端へ、半透明のウィンドウが現れた。
「……ん?」
「どうした?」
エントが動きを止める。
コリーたちもこちらを見る。
《条件達成》
《スキル《試行》を習得しました》
「……は?」
「何?」
セブンが近づいてくる。
「なんかスキル取った」
「今ので?」
「多分」
「何のスキル?」
エントは表示を確認する。
「《試行》」
「試行?」
コリーが首を傾げる。
「そのまんまだな」
「説明は?」
セブンに言われ、エントはスキル詳細を開いた。
《試行》
《通常は使用対象として認識されない対象に対し、スキル・アイテム・特定行動などの使用を試みることができる》
「……え」
「何?」
「これ」
エントが読み上げる。
3人の表情が変わった。
「さっきまでやってたことじゃん」
コリーが言う。
「だよな」
「それで取れたってこと?」
「多分」
セブンが中央装置へ視線を移す。
「じゃあ、今まで対象にできなかった場所にも試せるってこと?」
「やってみれば分かる」
「絶対そう言うと思った」
エントはもう中央装置へ向かっていた。
「どこで試す?」
コリーが聞く。
「ここ」
エントが指差したのは、中央装置の側面から床へ続く細い溝だった。
石柱や壁の円盤から伸びるものと同じように、仕掛けの一部に見える。
それでも、先ほどまでは使用対象として認識されなかった場所だ。
エントは細い金属棒を手に取る。
溝へ意識を向けた。
「《試行》」
さっきまでのように、対象外として弾かれない。
「……いける」
「本当に?」
「うん」
エントは金属棒を、その溝へ使ってみる。
コリーたちも中央装置を見る。
一瞬。
何かが起こるのを待つ。
装置は動かない。
音もしない。
光も出ない。
ただ、エントの視界に短い表示だけが現れた。
《何も起こらなかった》




