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街道の外

 視界が開く。

 最初に見えたのは、見覚えのある焚き火だった。

 火は消えている。

 その向こうには簡易テントがあり、さらに先には林が広がっていた。

「お」

 声のした方を見る。

 コリーが焚き火の近くに座っていた。

「早いな」

「お前もな」

「いつからいた?」

「ちょっと前。近くぶらついてた」

「なんかあった?」

「特には。小さいのが何匹かいたくらい」

「倒した?」

「いや。襲ってこなかったし」

 エントは野営地を見回した。

 少し離れたところには街道が見える。

「セブンとコンさんは?」

「まだ」

「じゃあ待つか」

「だな」

 2人で話していると、やがてセブンがログインしてきた。

「お、来た」

「2人とも早いわね」

「俺も今来たとこ」

「コリーは?」

「ちょっと前」

「やっぱり早いじゃない」

 少し遅れてコンも姿を現す。

「お待たせしました」

「いや、全然待ってないです」

「じゃ、揃ったな」

 簡単に装備と持ち物を確認する。

 出発の準備を済ませ、4人は街道へ戻った。

 再び、セレスタへ向かって歩き始める。

 周囲の景色は、リュネールを出た頃とはだいぶ違っていた。

 畑はもうほとんど見えない。

 左右に広がるのは草原と林。

 遠くに見える低い丘。

 その間を、街道が緩やかに曲がりながら続いている。

「まだセレスタ遠いんだよな」

 コリーが街道の先を見る。

「まあ、すぐ着く距離じゃないしな」

 エントも先を見る。

「でも、こういう景色見ながら歩くのも結構いいよな」

「まあね」

 セブンが辺りを見渡す。

「思ってたよりは悪くないわ」

「だってよ、エント」

「何で俺に言うんだよ」

「歩こうって言い出したのお前だろ」

「まあな」

 エントが笑う。

 コンもその隣で小さく笑っていた。

 4人はそのまま街道を進んでいく。

 しばらく歩いたところで、コリーが思い出したように言った。

「そういやエント、休み明けの予定見た?」

「まだちゃんとは」

「マジで?」

「始まるまでには見るって」

「お前、そう言って忘れるやつじゃん」

「忘れねえよ」

「本当か?」

「何でそんな信用ないんだよ」

「大学始まったら、今みたいには入れねえだろ」

「まあ、講義ある日はな」

 その時、

「……大学?」

 後ろから声がした。

 振り返る。

 セブンが、少し驚いた顔で2人を見ていた。

「ん?」

「2人とも大学生なの?」

「うん。俺もコリーも大学1年」

「……え」

 セブンがエントを見る。

 次にコリー。

 もう一度、2人を見比べる。

「2人とも年上だったの!?」

「そこ?」

 コリーが笑う。

「そこよ!」

「何歳くらいだと思ってたんだよ」

「同い年くらい」

「大学1年なんだから、そんな変わんねえだろ」

「でも年上は年上でしょ」

「じゃあ敬語にする?」

「しないわよ」

「即答じゃん」

「今さらするわけないでしょ」

 確かに。

 ここまで散々一緒に遊んできて、突然セブンが敬語になったら、その方がおかしい。

「セブンはいくつなんだよ」

 コリーが聞いた。

「17。高校3年」

「高3なんだ」

 エントが言う。

「そうよ」

「じゃあ俺らより下だったんだな」

「だから今そう言ってるでしょ」

「いや、全然分かんなかった」

「それは私もよ」

 セブンが少し呆れたように言う。

「でも」

 コンが口を開いた。

「お2人は、以前からお知り合いなんですか?」

「そうですよ」

 エントが答える。

「中学からずっと一緒です」

「高校も一緒?」

 セブンが聞く。

「一緒」

「大学もな」

 コリーが付け足した。

「全部一緒なの?」

「そうなるな」

「長いわね」

「まあ、腐れ縁だな」

「お前が言うな」

 コリーが笑った。

「でも、アクシスを始めたのはコリーさんの方が先なんですよね?」

 コンが尋ねる。

「はい。こいつは進路決まるの早かったんで」

「エントは受験あったからな」

「そういうことです」

「それで、始めた時にレベル差があったんですね」

「そうですね。最初はもっと離れてました」

「今でも俺の方が高いけどな」

「ちょっとだろ」

「高いことには変わりない」

「そのうち抜く」

「お、言ったな?」

「抜かれる気しねえけど」

「覚えとけよ」

 コリーが楽しそうに笑う。

 話が途切れ、そのまま少し歩く。

「そういや」

 今度はコリーがコンを見た。

「コンさんって、いくつなんですか?」

「私ですか?」

「はい」

「24歳ですよ」

「24か」

 エントは少し意外に思った。

 3人より年上だとは思っていたが、具体的な年齢までは考えたことがなかった。

「じゃあコンさんは社会人?」

 セブンが聞く。

「はい、そうですよ」

「ああ、だからいつも19時半くらいなんですね」

 エントが言った。

「仕事がある日は、そのくらいになりますね」

「なるほどなあ」

 コリーが頷く。

「今まで全然聞かなかったな、こういうの」

「聞く必要なかったからじゃない?」

 セブンが言う。

「確かに」

 エントも頷いた。

 普段は高校生と大学生と社会人。

 アクシスを離れれば、きっと全然違う生活をしている。

 それなのに、ここでは4人で同じ街道を歩いている。

 少し不思議だった。

「じゃあ精神年齢だとエントが一番下か」

「何でそうなるんだよ」

 コリーの一言で、考えていたことが全部飛んだ。

「お前と同じだろ」

「俺は大人だから」

「中学の頃から何も変わってねえだろ」

「それはお互い様だろ」

「2人とも同じくらいじゃない?」

 セブンが言った。

「ほら」

「なんでコリーが勝った顔してんだよ」

「コンさん、どう思います?」

「私ですか?」

 突然振られたコンが困ったように笑う。

「……仲がいいなと思います」

「逃げた」

「逃げましたね」

「いい回答じゃない」

「セブンさんまで」

 結局、年齢が分かったところで何かが変わるわけでもなかった。

 4人はそのまま、いつもと同じように街道を歩いていく。

 しばらく進んだところで、

「ん?」

 エントが足を止めた。

「どうした?」

「いや」

 街道の脇を見る。

 草が生い茂っている。

 その中に、灰色のものが見えた。

「なんかない?」

「どれ?」

「あそこ」

 エントが指差す。

 コリーが街道の端まで寄った。

「石?」

「だよな」

 草の間から、平たい石が少しだけ顔を出している。

 それだけなら珍しくもない。

 けれど。

「……あっちにもありませんか?」

 コンが言った。

 少し先、

 同じような石がある。

 さらにその先にも。

「並んでる?」

 エントが街道を外れ、近くまで寄ってみる。

 石は自然に転がっているというより、地面へ埋め込まれているように見えた。

 長い間放置されたせいか、半分以上が土と草に埋もれている。

「こっちにもあるぞ」

 コリーが少し離れた場所から呼ぶ。

 見ると、そこにも同じような石があった。

 石は街道から斜めに外れるように続いていた。

「昔の道とか?」

 エントが言う。

「かもしれないわね」

 セブンがしゃがみ込んで石を見る。

「少なくとも自然にこう並んだ感じじゃないでしょ」

「この先にも続いてるかな」

 エントは石の続く先へ目を向けた。

「俺も気になる」

 コリーはもう同じ方向を見ている。

「私も見てみたいです」

 コンが言った。

「……まあ、ここまで見つけたら気になるわね」

 セブンも立ち上がる。

「じゃ、行ってみるか」

 コリーが弓の位置を直した。

「こういうのに気づけるのも、歩いてるからだよな」

「確かに」

 エントが頷く。

「馬車だったら通り過ぎてたかもな」

「そうかもしれないわね」

 セブンも石の先を見る。

 4人は、草に埋もれた石を辿って歩き始めた。

 最初のうちは簡単だった。

 数メートルおきに、平たい石が見つかる。

 だが、街道から離れるほど草は深くなっていった。

「あれ?」

 エントが立ち止まる。

「次どこだ?」

「右じゃね?」

 コリーが言う。

「これ?」

「それ普通の石」

「分かるの?」

「形違うだろ」

「同じに見えるけど」

「よく見ろって」

「あ」

 少し先からコンの声がした。

「こちらにありますよ」

 3人がそちらを見る。

 コンの足元。

 草を分けた先に、平たい石があった。

「本当だ」

「じゃあこっちか」

 石の痕跡は、少しずつ林の方へ向かっている。

 その先には、低い木々が密集していた。

「これ、本当に道だったのかな」

「道だったとしても、相当前でしょうね」

 セブンが周囲を見る。

 木の根が石を押し上げている場所もある。

 土に完全に埋もれて、輪郭だけしか見えないものもあった。

「なんかこういうのいいな」

 エントが言う。

「何が?」

「使われなくなった道辿ってくの」

「分かる」

 コリーがすぐに同意する。

「なんかありそうだよな」

「その言い方すると急に怪しくなるわね」

「宝箱とか」

「ないでしょ」

「分かんねえじゃん」

「そういうゲームじゃないでしょ」

「ゲームなんだからあるかもしれないだろ」

「どっちなのよ」

 林へ入る。

 街道から聞こえていた馬車の車輪の音も、いつの間にか遠くなっていた。

 木漏れ日の下を歩く。

 石を見つけては進み、見失っては周囲を探す。

 何度かそれを繰り返した。

 そして――

「……あれ」

 今度はコンが足を止めた。

「どうしました?」

「あそこ」

 コンが前を指差す。

 木々の隙間。

 その向こうに、灰色の壁が見えた。

「……壁?」

 エントが目を凝らす。

 自然の岩ではない。

 明らかに直線になっている。

「なんかあるな」

 コリーが先を見る。

「行ってみよ」

「ちょっと、先に周り確認しなさいよ」

「分かってるって」

 周囲を警戒しながら近づいていく。

 木々が途切れた。

 その先――

「……おお」

 エントは思わず声を漏らした。

 建物があった。

 石造り。

 2階建て。

 ただし、まともな状態ではない。

 壁の一部は崩れ落ち、屋根もところどころ失われている。

 残った石壁には蔦が這い、地面には崩れた石材が散らばっていた。

 それでも、建物としての形はまだはっきり残っている。

「マジで何かあったな」

 コリーが言う。

「こんなの街道からじゃ見えないわね」

 セブンが振り返る。

 ここからでは、もう街道そのものが見えない。

「何の建物でしょう」

 コンが壁を見上げた。

「分かんないです」

 エントは近づきながら建物を見る。

 家。

 倉庫。

 何かの施設。

 見た目だけでは判断できない。

 入口らしい場所は残っていた。

 扉はない。

 中は暗いが、完全に塞がれているわけでもなさそうだ。

「入れそうだな」

「エント」

「まだ入ってないって」

「顔がもう入ってるのよ」

「どんな顔だよ」

「そういう顔」

 コリーが笑う。

「でも、ここまで来て外だけ見て帰るのもな」

「コリーまで」

「私も中は気になります」

「コンさんも?」

「はい」

 セブンが3人を見る。

「……分かったわよ」

「まだ何も言ってないけど」

「どうせ入るんでしょ」

「まあ」

「だったら先に周囲を確認する。中も安全とは限らないから」

「了解」

 4人で建物の周囲を確認する。

 裏へ回る。

 崩れた壁。

 雑草に覆われた石材。

 モンスターらしい大きな痕跡は見当たらない。

 反対側も同じだった。

 再び入口へ戻る。

「とりあえず、外は大丈夫そうだな」

 コリーが言う。

「中は分からないけどね」

 セブンが暗い入口を見る。

 エントもその先へ目を向けた。

 外から見える範囲には、崩れた石と古い床。

 その奥にも空間が続いている。

「……入ってみる?」

 エントが言った。

「ここまで来て帰るの?」

 セブンが返す。

 エントは笑った。

「だよな」

「ただし、勝手に先行しない」

「分かってるって」

「その返事が一番信用できないんだけど」

「俺そんな信用ない?」

「こういう時はね」

「ひどくない?」

「では、4人で行きましょう」

 コンが言う。

「そうだな」

 コリーが弓へ手を添えた。

 エントも盾を構え直す。

 目の前には、街道からは見えなかった古い石造建築。

 何のために建てられたのかも、なぜ使われなくなったのかも分からない。

 ただ、馬車に乗っていたら、おそらくここには来ていなかった。

 4人は入口を越え、薄暗い建物の中へ足を踏み入れた。

 中へ入ってみると、外から見えていたよりも奥行きがある。

 崩れた石材の向こう。

 薄暗い壁沿いに、何かがいくつも並んでいるのが見えた。

 けれど、ここからではまだ、それが何なのかまでは分からない。

「……何だ、ここ」

 エントの声が、古い石造りの室内に響いた。

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