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街道の旅

 リュネールの南東門を出てから、しばらく。

 街の周囲に広がっていた畑の間を、4人は南東へ向かって歩いていた。

「思ったよりちゃんとした道だな」

 エントが言うと、隣を歩いていたコリーが笑った。

「そりゃ街と街を繋ぐ街道だからな」

 馬車がすれ違える程度の道幅があり、地面もしっかりと踏み固められている。

 後ろからやってきた馬車が、4人の横を通り過ぎていった。

 荷台には何人かのプレイヤーが乗っている。

 馬車はそのまま街道の先へ進み、少しずつ小さくなっていった。

 街を出てすぐの辺りには畑も多い。

 作物の世話をしているNPC。

 荷物を積んだ荷車。

 リュネールへ向かって歩いていく冒険者らしい一団。

 反対に、自分たちと同じ方向へ進んでいく旅人もいる。

 すれ違うたびに、エントは何となくそちらを見てしまう。

「そんな珍しいか?」

 コリーが聞いてきた。

「いや」

 エントは少し考える。

「こういうの、ちゃんと見ながら歩いたことなかったなって」

「街道?」

「うん」

 リュネールの外へ出たことなら何度もある。

 リュグナ大森林。

 ローデン。

 ラティス湖。

 けれど、今回は少し違う。

 目的地はダンジョンでも狩場でもない。

 何日もかけて、別の街へ向かう。

「まあ、歩いてると色々見えるしな」

「だろ?」

「でも全部寄ってたら、本当にいつ着くか分かんねえぞ」

「そこはほどほどにするって」

「エントが言っても説得力ねえな」

「何でだよ」

 コリーが笑う。

 その少し前を歩いていたコンが、ふいに足を止めた。

「あ」

「コンさん?」

 視線の先。

 街道脇の草むらを、小さな生き物が走っていく。

 灰色の身体。

 長い尻尾。

 一瞬だけ姿を見せると、そのまま草の中へ消えた。

「今の、何でしょう」

「さあ」

 エントも見たことがない。

 コンは、生き物が消えた辺りをしばらく見つめていた。

「……少しだけ見てきてもいいでしょうか」

「いいですけど、それ追いかけてたらセレスタ着かないですよ」

「それは困りますね」

「すげえ名残惜しそう」

 コリーが笑う。

「少しくらいならいいんじゃない?」

 セブンが言った。

「いいんですか?」

「別に私に聞かなくてもいいでしょ。歩いて行くって決めたんだし、多少寄り道するくらいなら」

「では、気になるものがあったら少しだけ見ていきたいです」

「ただし、見失ったものを探し回るのはなしね」

「はい」

 コンが笑って頷いた。

「なんかセブン、もう徒歩楽しんでない?」

「コリー」

「何も言ってません」

「言ったでしょ」

 4人で歩いていく。

 やがて街の周囲に広がっていた畑が減っていった。

 代わりに増えていくのは草原と、ところどころに広がる林。

 風が吹くたびに草が揺れる。

 遠くには低い丘。

 その間を、街道がずっと先まで伸びている。

 時折、馬車や旅人とすれ違う。

 街道から少し離れたところに、小さな生き物の姿を見つけることもあった。

「あ、あそこにもいますよ」

 コンが街道の先を指差す。

「どこです?」

「あの木の下です。尻尾が見えませんか?」

 エントが目を凝らした。

 少し離れた木の根元。

 草の間から、小さな茶色い尻尾が覗いている。

「……あ、本当だ」

「さっきのとは違うな」

 コリーもそちらを見る。

 小さな生き物が木の陰から顔を出した。

 こちらを警戒するように一度だけ顔を動かし、またすぐに隠れる。

「可愛いですね」

 コンが楽しそうに言う。

「コンさん、こういうの好きですよね」

「はい。見ているだけでも楽しいです」

「確かにちょっと可愛いな」

 エントが言う。

「だろ? ああいうの見ながら歩くのも結構いいな」

 コリーも頷いた。

「セブンは?」

「何が?」

「あれ。可愛くない?」

 セブンも歩きながら木の方を見る。

「……まあ、可愛いんじゃない?」

「お」

「何よ」

「いや、普通に認めるんだなって」

「可愛いものを可愛いって言っただけでしょ」

「それもそうだな」

「何だと思ってるのよ」

 コンが小さく笑った。

「他にもいるといいですね」

「今度は何がいるかな」

 エントも街道の先へ視線を向ける。

「だからって探しながら歩いて転ぶなよ」

「転ばねえよ」

「エントならありそう」

「セブンまで何でだよ」

 そんな話をしながら、4人は街道を歩いていった。

 その時、

「――上」

 コリーの声に、エントが反射的に空を見た。

 青空を横切る影。

 大きな鳥が、2羽。

 かなり高いところを旋回している。

「こっち見てる?」

「多分な」

 コリーが弓へ手を伸ばした。

 エントもすぐに剣と盾を構える。

 意識を向けると、簡易情報が浮かんだ。

《ゲイルホーク Lv22》

 もう1羽にも視線を向ける。

《ゲイルホーク Lv23》

 灰褐色の羽毛に覆われた、大型の猛禽型モンスター。

 翼を広げれば、エントの身長よりもずっと大きい。

 2羽は上空を旋回しながら、少しずつ高度を下げていた。

「来るぞ」

 コリーが言った直後。

 1羽が翼を畳んだ。

「速っ」

 ほとんど落下するような勢いで、ゲイルホークが突っ込んでくる。

「エント!」

「分かってる!」

 盾を上げる。

 直後、

 硬い鉤爪が盾の表面を叩いた。

「っ!」

 衝撃が腕に伝わる。

 だが、押し切られるほどではない。

 エントは盾を傾け、その勢いを横へ逃がした。

 ゲイルホークの身体が流れる。

「コリー!」

「任せろ!」

 矢が飛ぶ。

 翼の付け根へ突き刺さり、ゲイルホークが地面へ落ちた。

 エントがすぐに踏み込む。

 飛び上がろうとしたところへ剣を振るい、続けて盾で嘴を弾く。

 もう一撃。

 ゲイルホークの身体が光の粒子へ変わった。

「もう1体!」

 セブンの声に顔を上げる。

 2羽目が、すでにこちらへ向かって降下していた。

 けれど、今度は誰も慌てなかった。

 セブンの魔法が正面から飛ぶ。

 ゲイルホークは大きく翼を広げ、急降下の軌道を変えた。

 そこへコリーの矢が飛ぶ。

 翼を射抜かれ、体勢が崩れる。

 コンの支援を受けながらエントが距離を詰める。

 地面へ落ちたゲイルホークが飛び立つより先に、剣を振り下ろした。

 最後の1羽も光の粒子となって消えていく。

「終わりね」

 セブンが空を見る。

 コリーも周囲を確認した。

「ああ。もういないな」

 エントは剣を収めた。

 気づけば、戦闘中に出した言葉は数えるほどしかない。

 ラティス湖へ向かった頃より、声を掛け合う回数も減った。

 それでも、誰かの動きが遅れることはない。

 4人で動くことに、少しずつ慣れてきている。

「エントさん、盾は大丈夫ですか?」

「大丈夫です。出る前に見てもらったばっかなんで」

「ならよかったです」

 周囲に他のモンスターがいないことを確認し、4人は再び街道へ戻った。

 それからも歩き続ける。

 途中で何台かの馬車とすれ違った。

 荷物を満載した商人の荷車。

 護衛らしいNPCを連れた一団。

 街道脇で車輪を確認している御者。

 同じように街道を歩いているプレイヤー。

 街から離れても、人の往来がなくなるわけではない。

 それでも、進むほどにその数は少なくなっていった。

 時々、コリーが遠くに何かを見つける。

 コンが生き物を見つければ、今度は4人でそちらを見る。

 エントも気になる景色があれば足を緩めた。

 セブンはそんな3人を急かすこともあったが、本気で先を急いではいなかった。

 そうして歩いているうちに、

 少しずつ、空の色が変わり始めた。

「そろそろだな」

 コリーが空を見る。

「野営?」

「ああ。暗くなってから探すより、今のうちに決めた方がいい」

「そうね」

 セブンも周囲を見る。

「街道の真横は避けましょ」

「少し先に林がありましたよね」

 コンが振り返る。

「あの辺り、見てみますか?」

「行ってみようぜ」

 街道を外れる。

 少し進んだ先、

 林の手前に、開けた場所があった。

 地面も比較的平らだ。

「ここならいけそうだな」

「先に周り見よう」

 エントとコリーが周囲を確認する。

 モンスターの姿はない。

 目立った痕跡も見当たらない。

 セブンとコンも別方向を確認して戻ってくる。

「大丈夫そう」

「こちらも特に何もありませんでした」

「じゃあ、ここにするか」

 準備を始める。

 簡易テント。

 焚き火。

 必要な道具をインベントリから取り出し、4人で設営していく。

 ラティス湖でも一度やっているだけに、設営は前よりずっと早かった。

 最後にコリーがメニューを確認する。

「よし。野営地点、設定できたな」

「これで落ちる時も大丈夫ね」

 セブンも表示を確認した。

 コリーがその場に腰を下ろす。

「そういや腹減ったな」

「設営終わって最初にそれ?」

 セブンが呆れたように見る。

「いいだろ。日暮れまで歩いたんだから」

「まあ、私も何か食べたいけど」

「じゃあ、なんか作る?」

 エントも焚き火の前に座った。

「いいですね」

 コンが隣に座る。

「簡単なものなら作れるでしょ」

 4人で手持ちの食材を確認する。

 肉。

 野菜。

 簡単な調味料。

 それに、持ってきた調理器具。

「スープくらいなら作れそうだな」

「いいんじゃね?」

「では、それにしましょうか」

 誰か1人が料理を担当するわけでもない。

 手の空いている者が材料を出し、切り、火を見る。

 その横でコリーが鍋へ肉を追加しようとした。

「それ全部入れるの?」

「いいだろ」

「多くない?」

「多い方がうまい」

「どういう理屈よ」

「コリー理論」

「信用できない」

「ひどくない?」

「では、少しずつ入れましょうか」

「コンが一番まともだな」

「最初からそうでしょ」

 しばらくして、

 鍋から湯気が上がり始めた。

 肉と野菜の匂いが広がる。

「おお」

 コリーが覗き込む。

「うまそう」

「まだだから」

「分かってるって」

 完成したスープを4人で分ける。

 エントが一口飲んだ。

「うま」

 温かい。

 街の食堂で食べるような手の込んだ料理ではない。

 けれど、日が暮れるまで歩いたあと、焚き火の前で食べるだけで妙にうまく感じる。

「なんか、こういうところで食うと余計うまいな」

「場所込みってやつ?」

 コリーが聞く。

「多分」

「雰囲気で味が変わるわけないでしょ」

 セブンが言う。

「気分の問題だって」

「それなら分からなくはないけど」

 コンもスープを一口飲む。

「でも、おいしいですよ」

「だよな」

 食事を進めていると、視界の端に小さな表示が浮かんだ。

《食事効果:STM回復速度上昇》

 その横には効果の残り時間も表示されている。

 アクシスでは、食事を取らなかったからといって、空腹で動けなくなるわけではない。

 食べること自体が必須ではなく、その食事内容に応じて、こうした一定時間の補助効果が付く。

 ただし、好きなだけ重ねられるわけでもない。

 満腹度があるため、効果目当てに延々と食べ続けることはできなかった。

「今回はSTMか」

 エントが表示を見る。

「今日みたいな時にはちょうどいいんじゃない?」

 セブンも表示を確認する。

「でもさ」

 コリーがスープを飲む。

「効果なくても食うよな、普通」

「コリーはね」

「お前も食ってんじゃん」

「食べないなんて言ってないでしょ」

「せっかく味もあるんですしね」

 コンが言った。

「ほら!」

「なんでコリーが勝ち誇るのよ」

 エントは笑いながら、もう一口スープを飲んだ。

 味も、匂いも、温かさもある。

 腹を満たさなければ生きていけないわけではない。

 それでも、食べたいと思う。

 ゲームの中なのに、そういうところまで妙に現実らしかった。

 焚き火を囲みながら食事を続ける。

 空はすっかり暗くなっていた。

 街の明かりはない。

 少し離れたところに街道があるだけ。

 その向こうは暗い草原。

 昼間とはまるで違って見える。

 薪が弾けた。

 小さな火の粉が舞う。

「……まあ」

 セブンがスープを飲みながら呟いた。

「歩きも悪くないわね」

 コリーが顔を上げる。

「お」

「何よ」

「昨日は馬車って言ってたのに」

「うるさい」

「やっぱ楽しかった?」

「馬車より色々見えるってだけ」

「それ楽しいって言うんじゃね?」

「コリー」

「はい」

 コンが小さく笑う。

 エントも笑った。

「歩きにしてよかっただろ?」

 セブンがこちらを見る。

「まだ初日よ」

「じゃあ、何日か歩いてから判断?」

「そういうこと」

「そのうち歩き最高って言ってたりしてな」

「言わないわよ」

 また薪が弾ける。

 エントは空を見上げた。

 星が見える。

 リュネールの中から見るよりも、ずっと多い。

「すげえな」

「星?」

 コンも上を見る。

「はい。綺麗ですね」

 知らない街へ向かって歩いて。

 途中でモンスターと戦って。

 日が暮れたら、街道を外れて野営する。

 狩りでも、攻略でもない。

 ただ知らない街へ向かって歩いている。

 それだけなのに、妙に楽しかった。

「エント」

「ん?」

「何ニヤニヤしてんだ?」

「してないけど」

「してたぞ」

「してない」

「してましたよ」

「コンさんまで?」

「少しだけ」

「ほら」

「うるさいな」

 4人の笑い声が、夜の野営地に響く。

 それからもしばらく、焚き火を囲んで話していた。

 やがて、コリーが思い出したように口を開く。

「そういや、次いつからにする?」

「今日と同じくらいでいいんじゃない?」

 セブンが答える。

「俺はいける」

 エントも頷く。

「私も19時半くらいなら大丈夫です」

 コンが言った。

「じゃあ、19時半くらいにここ集合でいいか」

「そうね」

「はい」

「了解」

 4人で次に集まる時間を決める。

 誰がその前にログインするかまでは決めない。

 先に入れる者は、それぞれ好きに過ごせばいい。

 ただ、4人で始めた旅を先へ進めるのは、また全員が揃ってからだ。

「じゃ、俺そろそろ落ちるわ」

 コリーが立ち上がる。

「お疲れ」

「お疲れさまです」

「またね」

「おう。また次な」

 コリーの姿が消える。

 少しして、コンもログアウトした。

 セブンも続く。

「じゃ、またね」

「うん。また」

 最後に残ったエントは、もう一度だけ周囲を見る。

 焚き火。

 テント。

 暗い草原。

 そして、この先も続いていく街道。

「……結構楽しいな、これ」

 誰に言うでもなく呟く。

 エントもメニューを開いた。

 そのままログアウトを選択する。

 セレスタまでは、まだ遠い。

 4人の街道の旅は、まだ始まったばかりだった。

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