次は海へ
通知音が鳴る。
《コリー:海》
《コリー:港町》
「やっぱそれか」
エントはベッドに腰掛けたまま笑った。
少し前、ローデンへ戻る途中で話していたことを、そのまま持ち出してきたらしい。
すぐに別のメッセージが届く。
《セブン:さっきからそれしか言ってないじゃない》
《コリー:行きたいんだからいいだろ》
《コン:海は私も見てみたいです》
エントも文字を打つ。
《エント:俺も海でいいと思う》
送信。
海へ行く。
そこまではいいとして。
《エント:港町ってどこがある?》
返事はすぐに来た。
《コリー:それならセレスタじゃね?》
「セレスタ?」
聞いたことのない名前だった。
《コリー:南にあるでかい港町》
《コリー:有名だぞ。俺も行ったことはないけど》
《セブン:港町ならそこが一番分かりやすいんじゃない?》
《コン:セレスタ……》
エントは少し考えた。
行き先を決めるなら、自分でも街のことくらいは調べてみよう。
メニューから簡易ブラウザを開き、検索欄へ《セレスタ》と入力する。
表示された情報の中から、街そのものについて書かれたものを選ぶ。
《港湾都市セレスタ》
アルディオン王国南部。
ミズガルディア大陸南岸に位置する、大規模な港湾都市。
大きな港を持ち、各地から多くの船や商人が集まる――。
そこまで読んで、エントは画面を閉じた。
「でかい港町か」
十分だった。
再びグループチャットを開く。
《エント:俺もそこ行ってみたい》
《コン:私もです》
少し間が空いて、
《セブン:まあ、私も行ったことないし》
《エント:セブンも?》
《セブン:何よ》
《エント:色んなとこ行ってるイメージあったから》
《セブン:行ってない場所の方が多いに決まってるでしょ》
《コリー:俺も行ったことないぞ》
《コン:私もありません》
4人とも行ったことがない。
エントは少しだけ口元を緩めた。
それなら、ちょうどいい。
《コリー:じゃあセレスタで決まり?》
《エント:いいんじゃない?》
《コン:はい。行ってみたいです》
《セブン:私はいいわよ》
決まった。
次に行く場所は、港湾都市セレスタ。
そこでエントは、もう1つ確認しておくことを思い出した。
《エント:そういや明日みんな入れる?》
《コリー:俺はいける》
《セブン:私も大丈夫》
エントも問題ない。
少し間が空いて、
《コン:私は19時半くらいならログインできます》
《エント:じゃあコンさんが準備終わったら集合する?》
《コリー:俺は大丈夫》
《セブン:私も》
《コン:ありがとうございます》
これで明日の予定も決まった。
《コリー:じゃあ明日の準備は――》
《セブン:それは明日でいいでしょ》
《コリー:え》
《セブン:集合の目安まで決めたんだから、今日はもう終わり》
《セブン:さっさと休んで、続きは明日にしましょ》
エントは思わず笑った。
確かに、その通りだった。
今日は旧水路を探索して。
タイドロブスターと戦って。
そのあと湖からローデンまで歩いて戻ってきた。
宿へ着いた時には、もう夜だ。
明日の準備まで今から相談する必要はない。
《エント:賛成》
《コン:私も賛成です》
《コリー:俺だけまだ元気なんだけど》
《セブン:知らないわよ》
《エント:じゃあまた明日》
《コン:お疲れさまでした》
《セブン:お疲れ》
《コリー:はいはい、おつかれ》
エントはグループチャットを閉じた。
ベッドへ身体を倒す。
「セレスタか」
行ったことのない街。
その先にある海。
明日から、また別の場所へ行く。
次の行き先を決めて。
エントはその日のログインを終えた。
◇
翌日。
エントは少し早めに《AXIS MUNDI》へログインした。
コンが来られるのは19時半頃。
それまでに準備を済ませておけばいい。
エントは宿を出ると、《転移結晶》へ向かった。
ローデン集落の《転移結晶》には、前に来た時に登録してある。
結晶へ手を触れ、移動先から《森林都市リュネール》を選択する。
視界が白く染まり、
次の瞬間には、見慣れた街並みが目の前に広がっていた。
前は馬車に揺られてやってきたローデンも、一度《転移結晶》を登録してしまえばすぐに行き来できる。
「便利だな」
改めて思う。
ただし、まだ訪れたことのないセレスタへ直接飛ぶことはできない。
まずは自分たちで辿り着く必要がある。
その前に、
「準備するか」
数日かけて移動するなら、装備は整えておきたい。
エントが最初に向かったのは、ガルドの店だった。
扉を開ける。
「こんにちは」
店の奥にいたガルドが顔を上げた。
「おう」
エントを見る。
それから、腰の長剣と盾へ視線を移した。
「今日はどうした」
「しばらく街の外に出るんで、その前に装備を見てもらおうと思って」
「出せ」
相変わらず話が早い。
エントは長剣と盾を外し、カウンターへ置いた。
ガルドはまず長剣を手に取る。
刃。
鍔。
柄。
順番に状態を確認していく。
次に盾。
表面を見たところで、眉がわずかに動いた。
「随分受けたな」
「分かります?」
「分かる」
即答だった。
「でかいのとでもやったか」
「でかいハサミ持ったやつと」
「何だそりゃ」
「タイドロブスターっていう、でかいロブスターです」
ガルドが一度、盾からエントへ視線を上げる。
「食ったのか?」
「そっちですか?」
「ロブスターなんだろ」
「食べてないです」
「そうか」
少し残念そうに見えたのは気のせいだろうか。
ガルドはもう一度盾へ目を落とす。
「まだ使える。剣も大した傷みじゃねえ」
「じゃあ直せます?」
「そのために持ってきたんだろ」
「お願いします」
「少し待ってろ」
ガルドが装備を持って奥へ引っ込む。
エントは店内を眺めながら待った。
壁に並ぶ剣。
盾。
槍。
斧。
前に来た時よりも、見れば何となく違いが分かるようになっている。
少し前なら。
攻撃力。
防御力。
装備条件。
まず見るのは数字だった。
今はそれだけではない。
長さ。
重さ。
形。
自分がどう使うか。
戦ってきた分だけ、見るところが増えた気がする。
しばらくして、ガルドが戻ってきた。
「ほら」
長剣と盾がカウンターへ置かれる。
エントは受け取り、状態を確認した。
「ありがとうございます」
「何日くらい出る」
「まだ分かんないですけど、セレスタまで行こうと思ってます」
「セレスタ?」
ガルドが少しだけ眉を上げる。
「遠出だな」
「4人で行くんで、まあ大丈夫かなって」
「そうか」
ガルドは短く答えた。
「装備はこれで問題ねえ。行ってこい」
「はい。ありがとうございます」
店を出たあと、
エントは回復薬を補充した。
食料や必要な消耗品も確認する。
数日街へ戻らなくても困らないよう、一通り揃えていく。
状態異常に備える道具も、忘れないうちに確認しておいた。
一通り終わったところでグループチャットを開く。
《エント:俺は準備終わった》
まだコンがログインするまでは余裕がある。
エントは近くのベンチに座って待つ。
しばらくして、
《コリー:俺も終わった》
続いて、
《セブン:私も終わったわ》
それから少し時間が経ち、
19時半が近づいた頃、
《コン:ログインしました》
《コン:準備してきます》
《エント:了解》
《コリー:おっけー》
《セブン:終わったら連絡して》
しばらくして、もう一度通知が鳴った。
《コン:私も準備終わりました》
《コリー:じゃあどこ集合する?》
エントは少し考える。
出発するなら、街の南東側がいい。
《エント:南東門の前でよくない?》
《セブン:いいんじゃない》
《コン:分かりました》
《コリー:じゃあそこで》
決まりだ。
エントは立ち上がった。
◇
南東門の近くへ着くと、すでにコリーがいた。
「お、来た」
「早いな」
「俺が一番近かったからな」
少し遅れてコンがやってくる。
「お待たせしました」
「俺らも今来たとこ」
コリーが言う。
「その言い方、待ち合わせっぽいな」
「待ち合わせだろ」
「確かに」
最後にセブンが歩いてきた。
「揃ってるわね」
「セブンが最後」
エントが言う。
「時間決めてないでしょ」
「それもそうか」
「じゃあ確認してから行くか」
コリーが言った。
4人でそれぞれの準備を簡単に確認する。
「回復薬と食料は大丈夫そうだな」
エントが言う。
「状態異常対策もある?」
セブンが続けた。
「ある」
「あります」
コンも頷く。
「俺もあるぞ」
コリーが答える。
セブンがそちらを見る。
「……何よ、その間」
「いや、どこに入れたか一瞬考えただけ」
「それ大丈夫なの?」
「大丈夫だって。ちゃんと持ってる」
コリーがメニューを操作する。
「ほら」
「ならいいけど」
装備の状態も問題ない。
インベントリの空きにも余裕はある。
一通り確認したところで、エントが聞いた。
「セレスタまで4日くらいだったよな?」
「ああ。普通に行けば、そのくらい」
コリーが答える。
「余分に持ってきました」
コンが言う。
「俺も」
エントも頷く。
「インベントリの空きもあるなら、多めでいいでしょ」
セブンが言った。
「途中で何があるか分からないし」
「セブンが寄り道する気になってる」
コリーが言う。
「してないわよ」
「今、途中で何かあるって」
「あるかもしれないって話でしょ」
「楽しみにしてる?」
「してない」
「本当に?」
「うるさい」
いつもの調子だ。
準備はできた。
あとは出発するだけ。
そこでコリーが街道の方を見た。
「そういや、馬車どうする?」
「馬車?」
エントが聞き返す。
「セレスタ方面なら馬車も出てるぞ。途中まででも乗ってけば楽だと思うけど」
「ああ、そっか」
ローデンへ向かった時にも馬車を使った。
今回も同じように利用できる。
目的地が遠い分、使えば移動は楽になるだろう。
エントは街道を行き交う馬車を見る。
それから、
門の向こうへ続いている道を見た。
「……歩いていかない?」
「歩き?」
コリーが聞く。
「うん」
「結構あるぞ?」
「分かってる」
エントは少しだけ考えてから続ける。
「せっかくなら、途中も見てみたいんだよな」
「途中?」
「馬車だと気になるもの見つけても、そのまま通り過ぎるだろ」
街道の先には、まだ行ったことのない場所が続いている。
セレスタへ行きたい。
海も見たい。
でも、
そこまでの道を全部飛ばしてしまうのは、少しもったいない気がした。
「ああ、なるほどな」
コリーが笑う。
「お前そういうの好きだもんな」
「コリーもだろ」
「まあな」
「私は馬車でいいと思うけど」
セブンが言った。
「やっぱり?」
エントがそちらを見る。
「だって、使えるもの使わない理由ないでしょ。歩くなら結構時間かかるわよ」
「それはそうなんだけど」
「セレスタが目的なら、早く着いた方が遊ぶ時間も増えるじゃない」
もっともだった。
移動だけを考えるなら、その方がいい。
それでも、
「セブン」
「何?」
「今回は歩いてみない?」
「だから、なんで?」
エントは門の向こうへ続く街道を見る。
「俺、セレスタに行くのも楽しみだけど、そこまでの道も見てみたいんだよ」
「道?」
「うん。初めて行く場所だしさ。馬車で一気に進むより、歩きながら行く方が楽しそうじゃない?」
セブンは少し黙った。
「……結構歩くことになるのよ?」
「急いでるわけじゃないだろ?」
「まあ、それはそうだけど」
「だから今回は付き合ってよ」
セブンがエントを見る。
それから、小さく息を吐いた。
「……分かったわよ」
「ほんと?」
「そこまで言うなら付き合う」
「よし」
「ただ、途中で疲れたとか言わないでよね」
「言わないって」
「何日か歩いたあとにも同じこと言えてればいいけど」
「信用ないな」
そこでコリーが笑った。
「まあ、俺は徒歩でもいいぞ。歩くのも面白そうだしな」
「私も楽しみです」
コンも頷く。
「じゃあ決まりだな」
コリーが言った。
4人は門へ向かった。
◇
リュネールの南東門を抜ける。
街の外へ出ても、街道には多くの人が行き交っていた。
荷物を積んだ馬車。
旅装のNPC。
武器を持ったプレイヤー。
反対側からは、リュネールへ向かう商人らしい一団が歩いてくる。
エントは前を見る。
街道が遠くまで続いている。
しばらく歩いたところで、後ろから車輪の音が聞こえてきた。
4人で道の端へ寄る。
馬車が横を通り過ぎていった。
荷物と何人かの乗客を乗せ、そのまま街道の先へ進んでいく。
コリーが馬車を見送る。
「今ならまだ馬車に変えられるぞ」
「乗らない」
エントが答えた。
「即答かよ」
「さっき決めただろ」
「一応聞いただけ」
セブンも遠ざかっていく馬車を見る。
「歩くって言ったんだから、もう行くわよ」
「さっきまで馬車派だったのに」
コリーが言う。
「決まったあとまで文句言わないわよ」
「切り替え早いな」
「その方が効率いいでしょ」
「そこは効率なんだ」
エントが笑う。
コンも小さく笑った。
馬車はもう、街道の先へ小さくなっている。
その先には、4人ともまだ行ったことのない港湾都市セレスタ。
そして、その先には海がある。
「じゃあ行くか」
エントが言う。
「おう」
「はい」
「今さら止まらないわよ」
4人は、そのまま街道を歩いていった。




