森林都市リュネール
中央広場を離れ、2人はリュネールの大通りを歩いていた。
行き交う人々を眺めていたエントが、ふと足を止める。
「……あれ、人歩いてない?」
「どれ?」
「上」
指差した先。
巨大な樹木の枝と枝の間に、木造の通路が架けられていた。
しかも1本ではない。
高さの違う通路がいくつも伸び、その上を人々が行き交っている。
「上にも道あんの?」
「あるぞ。店とか家もある」
「マジか」
よく見れば、巨木の幹に沿うように階段が造られている。
さらに上には建物らしきものまで見えた。
「行ってみたいな」
「後でな」
「案内してくれないの?」
「今行ったら絶対寄り道するだろ」
「観光もゲームのうちだろ」
「初日から街だけで終わるぞ」
「それはそれで」
「よくねえよ」
コリーが歩き出す。
エントはもう一度頭上を見上げてから、その後を追った。
「落ちんなよ」
「落ちるの?」
「落ちればな」
「そうじゃなくて」
「普通に落ちる」
「怖っ」
「落下ダメージもあるからな」
思わず頭上の通路を見る。
柵はある。
それでも、現実なら進んで歩きたい高さではない。
「ゲームだなあ……」
「今さら?」
「いや、こういうところで実感する」
風や匂いは現実そのもの。
それでも、高い場所から落ちればダメージを受ける。
どこまで現実に近くて、どこからがゲームなのか。
その境目を探すだけでも面白そうだった。
◇
「あれ、テイムしたやつ?」
エントの視線の先を、小さな生き物を肩に乗せた男が歩いている。
狐に似ている。
ただし、尻尾は2本。
毛の色も淡い青だった。
「たぶんな」
「肩に乗せられるんだ」
「気になるのそこ?」
「いや、ちょっといいなと思って」
男が角を曲がるまで目で追う。
キャラクター作成のとき、《モンスターテイマー》というジョブがあったのを思い出した。
「冒険者でもテイムできんの?」
「さあ」
「知らないの?」
「俺テイマーじゃねえし」
「半年やってんだろ?」
「半年やったら全部知ってると思うな」
「そういうもん?」
「そういうゲーム」
「……いいな、それ」
「何が?」
「半年やっても知らないことあるの」
コリーが少しだけ振り返る。
「あるぞ。普通に」
「じゃあ、まだ見つかってないものとかも?」
「そりゃあるんじゃね?」
「マジか」
エントは少しだけ笑った。
「楽しそうじゃん」
「だから誘ったんだよ」
「半年遅いけどな」
「誘ったのは半年前だろ」
「受験中にな」
「それはお前の都合」
「受験生に言うな」
◇
カン。
カン。
カン。
金属を叩く音が聞こえてきた。
エントは足を止め、開け放たれた工房を覗き込む。
中では1人の男が、真っ赤に熱された金属へ槌を振り下ろしていた。
壁には剣や斧。
作業台には見たことのない道具が並んでいる。
「鍛冶屋か」
「そこ、結構評判いいぞ」
「NPC?」
「プレイヤー」
「分かるの?」
「前に武器直してもらった」
「なるほど」
また槌が振り下ろされる。
火花が散った。
エントは入口から中を覗き込む。
「これ、自分でできるんだよな?」
「鍛冶?」
「うん」
「できるぞ」
「ちょっと面白そう」
「やりたくなった?」
「ちょっとな」
エントは並んだ武器を見る。
同じ剣でも、今腰に差している初心者用の長剣とは明らかに違う。
刃の形。
柄。
装飾。
長さまで様々だ。
「自分で作った武器使えたりする?」
「できる」
「いいな」
「ただ、簡単じゃないぞ」
「その方が面白いだろ」
「……まあ、お前ならそう言うと思った」
「何だよ、その反応」
「別に」
コリーが先へ行ってしまう。
「おい、もうちょい見ようぜ」
「だから寄り道始まってんじゃねえか」
「案内してんのお前だろ」
「外から見るだけの予定だったんだよ」
エントは工房をもう一度振り返ってから、コリーを追いかけた。
その途中、通りの端に座り込んでいるプレイヤーが目に入る。
地面に広げた布の上には、薬草らしき植物や鉱石、牙、瓶に入った液体。
その前で別のプレイヤーが品物を手に取っている。
「プレイヤー同士でも売買できるんだ」
「できる」
「店まで出せんの?」
「露店ならな」
「本当に何でもあるな」
「まだ全然見てないぞ」
「これで?」
「これで」
エントは周囲を見渡す。
武器を作る者。
物を売る者。
その横を、鎧姿の冒険者たちが歩いていく。
同じゲームをしているのに、やっていることがまるで違う。
「戦う以外にも結構あるんだな」
「むしろ、ほとんど戦わない奴もいるぞ」
「そこまで?」
「人それぞれ」
「……面白そう」
何をするかはまだ決めていない。
今は剣と盾を持っている。
だから、とりあえず戦ってみたい。
けれど、それだけで終わる必要もなさそうだ。
◇
「ここ」
コリーが足を止めた。
目の前には、それまでの建物より一回り大きな建物がある。
石と木を組み合わせた3階建て。
入口の上には、剣と羽根を組み合わせたような紋章が掲げられていた。
「冒険者ギルド?」
「正解」
「分かりやすいな」
「だろ?」
コリーが扉を開ける。
中へ入った瞬間、ざわめきが耳へ飛び込んできた。
「おお……」
正面にはいくつもの受付。
壁には巨大な掲示板。
その前に人が集まっている。
奥には飲食できるらしい一角まである。
「思ってたまんまだ」
「何が?」
「冒険者ギルド」
「だから冒険者ギルドだって」
「そうなんだけどさ」
エントは笑いながら掲示板へ向かった。
大量の依頼書が貼られている。
《薬草の採取》
《街道周辺の魔物討伐》
《木材の運搬》
《護衛募集》
ざっと見ただけでも内容は様々だ。
「好きなの受けていいの?」
「条件満たしてれば」
「じゃあ……」
エントが掲示板を眺める。
その中で、1枚の依頼書に目が止まった。
《薬草の採取》
《推奨Lv:1》
《必要数:薬草×5》
《報酬:150G》
「これにする」
「即決だな」
「Lv1って書いてあるし」
「まあ、最初ならいいんじゃね」
「攻略情報?」
「依頼書に書いてあるだろ」
「それもそうか」
エントが依頼書へ触れる。
目の前に半透明のウィンドウが現れた。
《依頼《薬草の採取》を選択しました》
《受付で受注手続きを行ってください》
「受付?」
「あっち」
コリーが受付の一角を指差した。
空いていた窓口へ向かうと、20代半ばほどに見える女性が顔を上げる。
「いらっしゃいませ。受注する依頼はお決まりですか?」
「これです」
エントが選択中の依頼を表示する。
「《薬草の採取》ですね」
女性は内容を確認してから、エントの装備へ一度だけ視線を向けた。
「初めての依頼ですか?」
「今日始めたばっかです」
「でしたら、ちょうどいいと思います。薬草を5個集めたら、こちらへ持ってきてください」
「分かりました」
「受付担当のリーネです。戻られたら、この窓口でなくても手続きできますからね」
《依頼《薬草の採取》を受注しますか?》
「はい」
《依頼を受注しました》
《薬草の採取》
《薬草を5個納品してください》
「よし」
これで最初の依頼。
なんとなくゲームを始めたという実感が湧いてくる。
「で、薬草どこ?」
「外」
「広くない?」
「森」
「もっと広くなったんだけど」
「探せ」
「案内役」
「攻略情報いらないんだろ?」
「場所くらい教えろよ」
「森にある」
「情報増えてねえよ」
コリーが笑う。
「見れば分かるから安心しろ」
「最初からそう言え」
エントは依頼画面を閉じた。
「そういや、戦闘は?」
「外で教える」
「チュートリアル?」
「俺がな」
「頼んでないけど」
「じゃあ1人で行く?」
「お願いします」
「素直でよろしい」
コリーが満足そうに頷いた。
◇
冒険者ギルドを出る。
再び大通りを歩き始めたところで、コリーが思い出したように口を開いた。
「そういや、お前ジョブ何にした?」
「冒険者」
「……冒険者?」
「そうだけど」
コリーが少し意外そうな顔をする。
「今から始めるにしちゃ、あんま選ばれないのにしたな」
「そうなの?」
「攻略見て始める奴だと、あんま選ばねえかも」
「何で?」
「知りたい?」
「何その聞き方」
「攻略情報」
「…………」
エントは黙った。
コリーがニヤニヤしている。
「性格悪いな、お前」
「聞く?」
「……いや、いい」
「だと思った」
「でも気になる」
「面倒くせえ奴」
「何か問題あるの?」
「問題ってほどじゃねえよ」
「じゃあ何?」
「だから、それが攻略情報」
「くそ……」
エントは少しだけ考えた。
冒険者。
人気がないのか。
弱いのか。
何か使いにくい部分があるのか。
気にはなる。
かなり気になる。
だが――。
「まあ、いいか」
「いいの?」
「使ってりゃ分かるだろ」
「そういう奴だったな」
「せっかく選んだんだし」
今さら後悔したところで仕方がない。
何より、自分で選んだジョブだ。
まずは実際に遊んでみればいい。
「で」
エントがコリーを見る。
「薬草」
「はいはい」
「どっち?」
「あっち」
コリーが前方を指差した。
大通りの先。
巨大な門が見える。
人や荷車が絶え間なく行き来し、その向こうには深い緑が広がっていた。
「街の外か」
「そう」
エントは腰の長剣へ手を置く。
まだ一度も鞘から抜いていない。
「ついでに戦い方も教えてやるよ」
「やっとか」
「死ぬなよ?」
「初心者相手に不安になること言うな」
コリーが笑いながら門へ向かう。
エントもその後を追った。
初めての依頼。
初めての街の外。
そして、おそらく初めての戦闘。
エントは門の向こうに広がる森を見た。
自然と足が速くなった。




