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冒険者

 指先が文字に触れる。

 白い光が弾けた。

《初期ジョブ《冒険者》を取得しました》

「これでジョブは決まり、と」

 エントが手を引くと、《冒険者》の文字が光の粒となって消えていった。

 代わりに現れたのは、1枚の半透明なウィンドウだった。

《STATUS》

 名前:エント

 種族:人間

 ジョブ:冒険者

 Lv:1

 HP(体力):100

 MP(魔力):100

 STM(スタミナ):100

 STR(筋力):10

 DEX(器用):10

 AGI(敏捷):10

 TEC(技量):10

 VIT(耐久力):10

《未使用ステータスポイント:8》

「全部10か」

 HP、MP、STMの表示値だけは桁が違うが、基礎となる能力はどれも10。

 人間は種族として平均的。

 《冒険者》も、特定の能力に大きな補正を持たない。

 どうやら、その組み合わせがそのまま数字にも表れているらしい。

《初期ステータスは種族・ジョブによって変化します》

《レベルアップ時の成長傾向も種族・ジョブによって異なります》

「なるほど」

 同じレベルでも、種族とジョブが違えばステータスも変わってくるらしい。

 エントは8つの項目を眺める。

「……どうするかな」

 まだ武器すら決めていない。

 最初から何か1つに寄せるより、何をするか決めてから伸ばした方がいい。

 今は選択肢を残しておきたい。

 だが、ポイントを振ろうとしたところで、新たな表示が目に入った。

《初期装備を選択してください》

「装備が先か」

 それなら、武器を決めてから考えればいい。

 エントの目の前に、いくつもの装備が並んだ。

 剣。

 槍。

 斧。

 弓。

 短剣。

 杖。

 盾。

 それ以外にも、名前だけでは使い方すらよく分からないものがある。

「多いな……」

 ジョブ選択のときも思ったが、このゲームは最初から選択肢が多すぎる。

 エントは1つずつ眺めていった。

 まず目に留まったのは、大剣。

「おお」

 でかい。

 純粋に格好いい。

 手を伸ばすと、その横に説明が表示された。

《初心者用の大剣》

《装備条件》

 STR:13以上

 VIT:10以上

「STR13か」

 今のSTRは10。

 最初から使いたければ、8ポイントのうち3ポイントをSTRへ振ればいい。

「大剣にするならSTR寄せか……」

 少し迷う。

 だが、大剣を使うと決めていたわけではない。

 次に槍を見る。

 これも悪くない。

 斧も面白そうだ。

 弓――。

「これは宏太と被るな」

 別に同じ武器でも構わないが、せっかく一緒に遊ぶなら違うものを使ってみたい。

 さらに見ていく。

 やがて、1本の長剣が目に留まった。

《初心者用の長剣》

《装備条件》

 STR:10以上

 DEX:8以上

「これなら今でも使えるな」

 手に取る。

 特別な装飾はない。

 真っ直ぐな刀身。

 簡素な柄。

 いかにも初期装備という見た目だ。

 右手で何度か振ってみる。

「うん」

 悪くない。

 剣という武器自体、1度は使ってみたかった。

 ゲームならなおさらだ。

 その隣に並んでいた盾にも目を向ける。

《初心者用の盾》

《装備条件》

 STR:8以上

 VIT:10以上

 左手に取る。

 右手に長剣。

 左手に盾。

 目の前に浮かぶ自分のアバターを眺める。

「……冒険者っぽいな」

 攻撃できて、防御もできる。

 最初に使うなら、このくらいがちょうどいい。

「よし。これにするか」

《初期装備――初心者用の長剣/初心者用の盾》

《決定しますか?》

「決定」

 長剣と盾が光に包まれ、装備欄へ登録される。

 再びステータス画面が表示された。

《未使用ステータスポイント:8》

「さて」

 長剣と盾なら、STRやVITに多めに振ってもいい。

 ただ、別の武器を使いたくなるかもしれない。

 魔法だって試してみたい。

 《冒険者》を選んだのも、いろいろできそうだったからだ。

「最初から決めすぎる必要もないか」

 何をするかは、実際に遊んでから決めればいい。

 今はできるだけ選択肢を残しておきたい。

「とりあえず、1個ずつだな」

 まずHPへ1ポイント。

 100だった数字が110へ変わる。

「10上がるのか」

 続いてMPとSTM。

 こちらも100から110へ変化した。

 STR、DEX、AGI、TEC、VITにも1ポイントずつ振っていく。

《STATUS》

 HP(体力):110

 MP(魔力):110

 STM(スタミナ):110

 STR(筋力):11

 DEX(器用):11

 AGI(敏捷):11

 TEC(技量):11

 VIT(耐久力):11

《未使用ステータスポイント:0》

「よし」

 エントは満足そうに頷いた。

《ステータスポイントの割り振りを確定しますか?》

「確定」

《ステータスポイントの効果は、現在の能力値によって変化する場合があります》

「ん?」

 詳細を開く。

 HP、MP、STMは、能力値が高くなるほど1ポイントあたりの上昇量が段階的に減少するらしい。

 今は1ポイントで10。

 だが、この先もずっと同じではない。

「上げれば上げるほど伸びにくくなるのか」

 極端に1つだけ伸ばし続けるのは難しい、ということだろう。

「まあ、その辺は後でいいか」

 まだレベル1。

 気にするような話でもない。

 表示を閉じると、新しい画面が開いた。

《開始地点を選択してください》

 目の前いっぱいに地図が広がった。

「おお……」

 山。

 森。

 平原。

 川。

 海岸線。

 かなり広い。

 表示を動かせば、各地にいくつもの都市を示す印が見える。

 気になる場所はいくつもある。

 だが、今回は迷う必要はない。

 宏太に言われている。

 ――開始都市はリュネール選べよ。

「リュネール……」

 地図を操作する。

 やがて、広大な森林の中にある都市へ視線が止まった。

《森林都市リュネール》

「あった」

 選択。

《森林都市《リュネール》を開始地点に設定しますか?》

「はい」

《開始地点を設定しました》

 地図が消える。

 真っ白だった空間にも変化が起きた。

《キャラクター作成が完了しました》

《AXIS MUNDIを開始します》

「いよいよか」

 少しだけ緊張する。

 半年前から宏太が遊んでいる世界。

 動画や画像では何度も見た。

 それでも、自分で入るのは初めてだ。

 エントは正面を見る。

《AXIS MUNDIへようこそ》

 光が広がった。

     ◇

 ――チチッ。

 何かが聞こえた。

 鳥。

 そう認識するより先に、別の音が耳へ入ってくる。

 ざわざわと擦れ合う葉。

 遠くから聞こえる人の声。

 何かを叩くような音。

 車輪が石畳を転がっていく音。

「……」

 エントは目を開けた。

「――おお」

 最初に目に入ったのは、緑だった。

 巨大な樹木が、いくつも空へ向かって伸びている。

 その間を縫うように建物が並んでいた。

 石造りの建物。

 木造の建物。

 その両方を組み合わせたような家。

 壁には蔦が這い、窓辺には色とりどりの花が咲いている。

 頭上では枝葉の隙間から陽光が差し込み、石畳へまだらな光を落としていた。

「……すげえ」

 動画で見たことはある。

 それなのに、まるで違った。

 エントの横を誰かが通り過ぎる。

 人間の男。

 その隣には、頭から獣の耳を生やした女。

 さらに向こうには、現実なら映画の撮影現場でもなければ見かけないような格好をした者たちがいる。

 鎧。

 ローブ。

 巨大な斧。

 杖。

 見たことのない生き物を連れている者までいた。

 プレイヤーなのか。

 NPCなのか。

 一目見ただけでは分からない。

「……」

 エントは黙って周囲を見渡した。

 そのとき。

 ふわりと前髪が揺れた。

「ん?」

 また。

 頬を何かが撫でる。

 風だ。

 エントは無意識に片手を上げた。

「……風、あるんだ」

 もちろん知識としては知っていた。

 フルダイブなのだから、そういう感覚まで再現されている。

 だが、知っていることと実際に感じることは違う。

 息を吸う。

 木の匂い。

 土の匂い。

 それに混じって――。

「……なんか、いい匂いする」

「焼き串だよ! 焼きたてだ!」

 ちょうど近くの露店から声が飛んできた。

 見ると、恰幅のいい男が肉の刺さった串を炭火の上で焼いている。

 じゅう、と脂が落ちる。

 煙が上がる。

 香ばしい匂いが漂ってきた。

「腹減るな、これ……」

 ついさっき夕食を食べたばかりなのに。

 エントは自分の手を見る。

 握る。

 開く。

 指が思った通りに動く。

 軽く地面を蹴ってみる。

 身体が浮く。

 着地。

 靴越しに石畳の硬さまで伝わってきた。

「……すげえな」

 結局、また同じ言葉しか出てこなかった。

 だが、それで十分だった。

 画面の向こう側にあった世界へ入った。

 そんな感覚が、ようやく実感へ変わっていく。

 エントはもう一度、森林都市を見渡した。

 巨大な木々。

 建物。

 行き交う人々。

 その向こうにも道が続いている。

 これが――。

『AXIS MUNDI』。

「…………」

 自然と口元が緩む。

 面白そうだ。

ふと、広場の端にある古びた石壁が目に留まった。

蔦の隙間に、妙な彫り込みがある。

文字ではない。紋章にも見えない。いくつもの線が交差し、途中で途切れ、また別の線へつながっている。

「……なんだ、あれ」

少し気になったが、古い街の装飾か何かだろう。

エントはそれ以上気にせず、視線を戻した。

 そのとき。

 視界の端に通知が表示された。

《メッセージを受信しました》

「ん?」

 開く。

 送り主はコリー。

『着いた?』

『今着いた』

 即座に返信が来る。

『中央広場いる』

「中央広場……」

 エントは周囲を見る。

 そして気づいた。

「ここじゃね?」

 大きな噴水。

 開けた空間。

 待ち合わせらしきプレイヤーたち。

 どう考えても中央広場だった。

『俺もいる』

『どこ?』

『それを今探してる』

 顔を上げる。

 人が多い。

「ヒゲのイケオジって言ってたよな……」

 宏太から事前に聞いている。

 ゲーム内では現実と全く違うアバターにしている、と。

 日に焼けた肌。

 ヒゲ。

 イケオジ。

「情報少なすぎだろ」

 それっぽい男を探す。

 1人いた。

 違う。

 もう1人。

 露店の店番をしている。

「違うな」

 再びメッセージを送ろうとした、そのとき。

「おせえぞ」

 後ろから声がした。

「ん?」

 振り返る。

 男が立っていた。

 背が高い。

 日に焼けた肌。

 無精髭。

 年齢は30代後半――下手をすれば40代にも見える。

 背中には弓。

 腰には短剣。

 革を中心にした軽装。

 いかにも歴戦の狩人といった風貌だ。

「……」

 男がこちらを見ている。

 エントも男を見る。

「……」

「……」

 数秒。

「……誰?」

「俺だよ」

「誰だよ」

「コリー」

「…………」

 エントはもう一度、男の顔を見る。

 ヒゲ。

 精悍な顔。

 日に焼けた肌。

 現実の宏太を思い出す。

 スポーツ系の大学1年生。

 目の前を見る。

 イケオジ。

 もう一度、現実の宏太。

 大学1年生。

 目の前。

 イケオジ。

「お前、宏太?」

「そうだけど」

「盛りすぎだろ」

「何が?」

「年齢」

「格好いいだろ?」

「お前、18だろ」

「ゲームなんだからいいだろ」

 コリーが得意げに腕を組む。

「ヒゲまで生やして」

「似合ってんじゃん」

「自分で言うなよ」

「お前は――」

 コリーがエントを上から下まで見る。

「逆に変えなさすぎだろ」

「面倒だった」

「ゲームだぞ? もっと遊べよ」

「遊ぶのはこれからだろ」

「…………」

 コリーが小さく笑った。

「何?」

「いや。お前らしいなと思って」

「何だそれ」

「昔からそうじゃん」

「そうか?」

「そうだよ」

 コリーは笑いながら踵を返した。

「じゃ、行くか」

「どこに?」

「まずは街案内」

 そう言って歩き始める。

 エントはその背中を見る。

 弓。

 短剣。

 ヒゲ。

「……やっぱ違和感すげえ」

「聞こえてるぞ」

「宏太の声でその見た目なのが悪い」

「コリーって呼べ」

「ああ、そうだった」

 ゲームの中では、エントとコリー。

 それもまだ妙な感じがする。

 エントは肩をすくめ、親友の後を追った。

「で、まず何すんの?」

「だから街案内だって」

「いや、その後」

「気が早えよ」

 そんな話をしながら、2人はリュネールの雑踏へ歩き出した。

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