動くかもしれない
「マジで?」
コリーが水門装置へ近づいてくる。
「いや、まだ分かんないけど」
エントは錆びついた大きなハンドルへ目を戻した。
「ちょっと調べてみたい」
「いいんじゃない?」
セブンはそう言って、魔導書を閉じる。
「どうせ戻るだけだったし」
「俺らも何かやる?」
「うーん……」
エントは装置の前にしゃがみ込んだ。
「ちょっと待って。先に仕組み見たい」
「了解」
コリーが一歩下がる。
「何かあったら言ってくださいね」
「うん」
正面にあるのは、錆びついた大きなハンドル。
そこから太い軸が壁の中へ伸びている。
その下には、大小いくつかの金属部品が組み合わさっていた。
《調整槽》で見た水門とは形が違い、ずっと古い。
それでも、ハンドルから軸へ動きを伝える造りには似たところがある。
力を加えた場所から、別の場所へ動きを伝える。
そんな仕組みを、前にも見たことがある。
「……あ」
「何か分かった?」
コリーが聞く。
「いや。前に壊れた水車を直したことがあってさ」
「水車?」
「うん。こういう仕組み見るの、その時以来だな」
「なるほどな」
エントはもう一度装置へ向き直った。
水車の時も、最初から直し方が分かったわけではなかった。
どこが動いて、どこで止まっているのか。
1つずつ見ていった。
今回も、まずはそこからだ。
エントはハンドルへ両手をかける。
「ちょっとやってみる」
「おう」
力を込めた。
「っ……!」
重い。
ほとんど動かない。
さらに力を入れる。
――ギ……。
「お」
コリーが声を上げた。
「今、ちょっと動かなかった?」
「……いや」
エントは一度力を抜いた。
「動いたっていうより、どっかで引っかかっただけかも」
「でも音はしたわよね」
セブンが装置を見る。
「うん」
エントはハンドルを少しだけ回してみる。
一度戻し、今度は持ち上げるように力をかけた。
――ギ。
同じ音。
「やっぱ力だけじゃ駄目そうだな」
「固まってるんですかね?」
コンが聞く。
「それもありそうだけど……」
エントはハンドルから手を離し、根元を覗き込んだ。
軸はそのまま壁へ入っているわけではない。
途中で別の金属部品と噛み合っている。
その周囲には細い溝があり、さらに奥には、半分ほど壁に埋まった歯車のような部品が見えた。
エントは指先で触れる。
少し角度を変えながら、ゆっくりと動かしてみる。
「何してるの?」
セブンが聞く。
「噛み合う場所ないかなって」
「見つかりそう?」
「分かんない。探してる」
「なるほどね」
力を込めすぎないように、少しずつ位置を変えていく。
そして――
――カチッ。
「ん?」
指先に小さな感触があった。
「今、何かした?」
コリーが聞く。
「多分、ここだ」
エントはその位置を保ったまま、もう一度ハンドルへ手を伸ばす。
軽く回す。
さっきより動いた。
「お」
「動いてますね」
コンが言う。
「うん。でも――」
エントが手を離した瞬間。
――ガチャン。
ハンドルが元の位置へ戻った。
「あー」
コリーが声を漏らす。
「戻ったな」
「戻ったね」
エントはもう一度しゃがみ込む。
「これ動かして、戻る前にハンドル回さないと駄目なのかも」
「じゃあ俺、押さえる?」
コリーが言う。
「いや、もう少し自分で見てみる」
エントは再び部品を押し込む。
――カチッ。
戻り始めるより先にハンドルを掴み、力を込めた。
――ギギ。
さっきより大きく動く。
「お、いけそうじゃね?」
「うん」
エントはハンドルから軸、その先の歯車へと視線を移す。
どこで動きが止まっているのかを追っていく。
「なんか、普通に修理してない?」
コリーが笑う。
「まあ、やってることはそんな感じかも」
「それでいけそう?」
セブンが聞く。
「まだ分かんないけど、さっきよりは動いてる」
「それは見てれば分かるけど」
セブンも少しだけ笑う。
「でも、最初よりかなり動いてますね」
コンも装置を見ている。
「うん」
エントはハンドルの動きが重くなる位置を探った。
少し戻して、もう一度力をかける。
すると、奥の歯車がわずかに動いた。
「……ここか」
エントは片手でハンドルを支えたまま、歯車の脇にある金属部品へ反対の手を伸ばす。
少し位置をずらした。
――カチッ。
手応えが変わる。
「よし」
今度こそ両手でハンドルを握る。
「これなら……!」
力を込めた。
――ギギギギギ……。
ハンドルがゆっくりと回り始める。
「動いてる!」
コリーが声を上げた。
「ほんとに動いてる……」
セブンも装置を見る。
エントはさらに力を込めた。
重い。
腕だけでは足りない。
身体ごと押し込む。
少しずつ。
それでも確実にハンドルが回っていく。
そして――
――ガコン。
大きな音が響いた。
「……止まった?」
コリーが聞く。
「いや」
エントはハンドルから手を離した。
今度は戻らない。
壁の奥から、低い振動が伝わってくる。
――ゴウン……。
4人が同時に顔を上げた。
「今の何?」
セブンが周囲を見る。
「分かんない」
エントも立ち上がる。
次の瞬間、
どこか遠くから、大量の水が流れ落ちる音が響いた。
――ゴォォォォ……。
「……動いた?」
コリーが言う。
「うん。何か動いた」
「何が動いたかは?」
「それは見ないと分かんないな」
「まあ、そりゃそうか」
4人は周囲を見回す。
しばらくは、目に見える変化がない。
「……何も起きないわね」
セブンが言った、その時。
「あれ?」
コンが足元を見る。
「どうしました?」
エントも視線を落とした。
通路脇に溜まっていた水。
その水面が、少しずつ下がっている。
「水……減ってない?」
コリーも気づく。
「減ってる」
セブンがしゃがみ込んだ。
水位はゆっくりと下がり続けている。
4人はその流れを目で追った。
水は壁際の排水口へ、吸い込まれるように流れていく。
「こっち」
エントが歩き出す。
3人も続く。
行きに通った時は、ただ水が溜まっているだけに見えた場所。
その水がどんどん引いていく。
やがて、
「……なんかあるぞ」
コリーが身を乗り出した。
水の下から、石が現れる。
1段。
さらに下から、もう1段。
「階段?」
コンが言った。
水位が下がるにつれ、石造りの階段が少しずつ姿を現していく。
下へ。
さらに下へ。
暗い場所へ向かって続いていた。
「……マジか」
エントが呟く。
セブンはすぐにメニューを開き、攻略情報を確認する。
しばらく画面を追った後、顔を上げた。
「……ない」
「何が?」
コリーが聞く。
「この階段」
セブンが言う。
「攻略情報に載ってない」
「マップは?」
「そっちもない」
エントは階段を覗き込んだ。
水はまだ少し残っている。
だが、確実に下がっている。
「じゃあ……」
コンが階段を見る。
「まだ知られてない場所、なんでしょうか?」
「多分ね」
セブンはもう一度攻略情報へ目を落とす。
「少なくとも、今載ってる情報にはない」
「すげえな。これ、隠し通路じゃね?」
コリーが笑った。
「っぽいな」
エントも階段を見る。
それから、後ろの水門装置を振り返った。
他のプレイヤーが試しても、動かなかったはずの装置。
それが今は動いている。
「ほんとに動いたな」
「自分で言ったんでしょ。動くかもしれないって」
セブンが言う。
「そうだけど、ほんとに動いたらびっくりするだろ」
「それは分かるけど」
セブンが少し笑った。
エントはもう一度、現れた階段へ目を向ける。
「……これ、結構すごくない?」
「今さら?」
セブンが返す。
「いや、なんか実感湧いてきた」
「遅くね?」
コリーが笑う。
「しょうがないだろ」
やがて、水の流れる音が弱くなる。
階段のほとんどが露出した。
その先は暗い。
照明もない。
どこまで続いているのか、ここからでは分からなかった。
エントは階段の先を見つめる。
「……行く?」
「行くだろ」
コリーは即答した。
「まあ、ここまで来たらね」
セブンも攻略情報を閉じる。
コンも階段の先を見て、小さく頷いた。
「じゃあ、行ってみるか」
エントが言う。
攻略情報にも。
マップにもない。
水の下から現れた階段は、暗い地下へと続いていた。




