旧排水区
4人は《旧排水区》の奥へと進んでいく。
《調整槽》までとは違い、通路は狭く、壁や天井の一部が崩れていた。
床には泥と濁った水が溜まり、歩くたびに小さな水音が響く。
「一気に古くなった感じするな」
エントが周囲を見回す。
「足元も悪いな。気をつけようぜ」
先頭を歩くコリーが言った。
「この辺りから、情報少ないみたい」
セブンは攻略情報を確認しながら続ける。
「崩れてる通路もあるって」
「じゃあ、通れない道もあるのか?」
「あるみたいね。とりあえず、確認されてる道を進みましょ」
「了解」
コリーを先頭に、4人はさらに奥へ進む。
しばらく歩いたところで、コリーが足を止めた。
「待った」
「何かいます?」
コンが声を落とす。
「多分な」
コリーが視線を向けた先には、泥の溜まった浅い水場があった。
一見すると、何もいない。
だが、水面がわずかに揺れている。
「……来るぞ」
直後、
泥水を跳ね上げ、細長い影が飛び出した。
《マッドサーペント Lv31》
エントが前へ出る。
大きく開かれた口を盾で受け流し、そのまま剣を振るう。
マッドサーペントが身体をくねらせて距離を取った。
「コリー!」
「おう!」
エントが横へずれ、射線を空ける。
コリーが弓を引いた。
「《ピンポイント》!」
放たれた矢がマッドサーペントの胴を捉える。
身体を大きくくねらせたところへ、後方でセブンが魔導書を開き、右腕を向けた。
「《アイスランス》!」
氷の槍が直撃する。
「エントさん、今です!」
「了解!」
エントが再び距離を詰めた。
「《スラッシュ》!」
振り抜いた剣が頭部を捉える。
マッドサーペントの身体が光の粒子となって消えていった。
「泥の中にいるの、ちょっと面倒だな」
「だから足元気をつけろって」
「分かってるって」
その後も、4人は何度かモンスターと戦いながら《旧排水区》を進んだ。
何度か戦ううちに、泥の揺れ方や《マッドサーペント》が潜みやすい場所も少しずつ分かってきた。
崩落で塞がれた通路を避け、分岐ではセブンが攻略情報を確認する。
何度か道を戻ることはあったものの、大きく足止めされることはなかった。
◇
しばらく進んだところで、通路が少し広くなった。
壁際には、これまでにも何度か見た古い設備が並んでいる。
その中で、エントは1つだけ形の違うものに目を留めた。
「ん?」
壁に大きな金属製のハンドルが取りつけられている。
そこから太い軸が壁の中へと伸びていた。
周囲の金属は錆びつき、長い間動かされた形跡もない。
「どうした?」
少し先を歩いていたコリーが振り返る。
「いや……あれ、なんだろうと思って」
エントが水門装置を指す。
セブンもそちらを見ると、攻略情報を確認した。
「ああ、それなら載ってる」
「何て?」
「動かないって。もう何人か試してるみたい」
「そっか」
エントはもう一度だけ水門装置を見る。
気にはなったが、今は奥の方が先だ。
その時、
――グォォォ……。
低い鳴き声が、通路の奥から響いた。
エントがそちらを見る。
「……なんかいるな」
「ボスでしょ」
セブンが言った。
「この先が最奥。そこにいるみたい」
「じゃあ、そっちが先だな」
コリーが歩き出す。
「だな」
エントも水門装置から視線を外した。
4人は通路の奥へ向かった。
◇
やがて、狭かった通路が途切れた。
その先には、円形に近い大きな空間が広がっている。
中央には濁った水が溜まり、ところどころに崩れた石柱が立っていた。
エントたちが足を踏み入れる。
水面が揺れた。
「……どこ?」
セブンが周囲を見る。
「中央」
コリーが短く答える。
次の瞬間、
――バシャッ!
大量の泥水を跳ね上げ、巨大な影が水の中から姿を現した。
「でかっ」
エントが思わず声を上げる。
現れたのは、巨大なカエルだった。
濁った暗緑色の皮膚。
大きく膨らんだ腹。
太い後脚。
そして、4人を見下ろすような黄色い目。
《タイラントトード Lv34》
「舌と跳びかかり。あと、見た目より速いみたい」
セブンが魔導書を構える。
「了解」
エントが盾を前へ出す。
「俺が前行く」
「じゃ、俺は射線取る」
コリーが弓を構えながら右へ動いた。
「《プロテクト》!」
コンの杖から淡い光が広がり、エントの身体を包む。
「助かります」
「無理はしないでくださいね」
「うん」
タイラントトードが大きく口を開いた。
エントが盾を構える。
直後、
何かが視界を横切った。
「っ!」
エントの横を抜けて、長い舌が後方へ伸びる。
「セブン!」
「分かってる!」
セブンが横へ跳んだ。
舌が直前まで立っていた床を叩く。
「速っ!」
セブンがすぐに立て直す。
「そっち狙うのかよ!」
エントは一気に距離を詰めた。
「《スラッシュ》!」
剣を振り抜く。
刃がタイラントトードの頭部を捉え、巨体がわずかに揺れた。
黄色い目がエントへ向く。
タイラントトードが口を開いた。
今度は正面。
エントへ噛みつく。
「《ブレイス》!」
盾を正面へ構え、噛みつきを受け止める。
腕に重い衝撃が走った。
「重っ……!」
「今!」
少し離れた場所からコリーが弓を引く。
「《パワーショット》!」
矢がタイラントトードの側面へ突き刺さった。
巨体が大きく揺れる。
「効いてる!」
エントがもう一度踏み込もうとする。
だが、タイラントトードは身体を低く沈めた。
「エントさん!」
コンの声。
エントは反射的に横へ跳ぶ。
直後、
タイラントトードの巨体が、さっきまでエントのいた場所を突っ切った。
「速いな……!」
床を滑りながら止まったタイラントトードが、こちらを振り向く。
「まだ来る!」
セブンが叫ぶ。
エントはすぐに盾を構え直した。
◇
エントが正面から注意を引き、コリーが射線を探しながら矢を放つ。
セブンは距離を保って魔法を使い、コンが3人の状態を見ながら支援する。
少しずつタイラントトードへ傷を重ねていく。
だが、相手も簡単には攻撃を許さない。
タイラントトードが大きく後ろへ跳んだ。
そのまま濁水へ飛び込む。
――バシャン!
泥水が跳ね上がった。
「潜った!」
エントが水面を見る。
濁っていて、姿が見えない。
「どこ?」
セブンが魔導書を構えたまま周囲を見る。
「まだ分からない」
コリーも弓を引いたまま動かない。
水面に小さな波紋が広がる。
波紋が右へ走り、すぐに左へ逸れた。
位置が掴めない。
エントは盾を構えながら周囲を見る。
その時、
コンのすぐ近くで、水面が大きく膨らんだ。
「コンさん、右!」
「っ!」
コンが横へ飛ぶ。
直後、
タイラントトードが水中から飛び出した。
巨大な口が、コンのいた場所を通り抜ける。
コンはすぐに体勢を立て直した。
「そこ!」
セブンがガントレットを嵌めた右手を向ける。
「《アイスランス》!」
氷の槍がタイラントトードへ直撃する。
着地した巨体がよろめいた。
「コリー!」
「見えてる!」
弓弦が鳴る。
「《クイックショット》!」
矢が続けて突き刺さる。
「今だ!」
エントも距離を詰め、剣を振り抜いた。
タイラントトードが大きく鳴く。
――グォォッ!
「このまま押すぞ!」
「おう!」
エントが再び踏み込もうとした、その瞬間。
タイラントトードの口が開いた。
舌が伸びる。
「コリー!」
「うおっ!?」
コリーが避けようとする。
だが、一歩遅い。
長い舌が胴へ巻きついた。
弓を持ったまま、一気に引き寄せられる。
「くっ……!」
コリーが足を踏ん張る。
だが、力では止められない。
タイラントトードの大きな口が迫る。
エントが駆け出した。
間に合わない。
「コリー!」
「今やる!」
コリーは弓から片手を離し、腰の短剣を抜いた。
巻きついた舌へ刃を突き立てる。
タイラントトードの身体が跳ねた。
舌の力が一瞬緩む。
そこへセブンの魔法が舌の根元へ直撃した。
拘束が外れ、コリーが床を転がる。
「コリーさん!」
コンがすぐに杖を向けた。
「平気!」
コリーは立ち上がると、短剣を収めて弓を構え直す。
「食われるかと思った!」
「笑ってる場合かよ!」
エントがタイラントトードの正面へ入った。
タイラントトードがエントを睨む。
その腹が大きく膨らんだ。
――グォォォォッ!
空間全体に低い鳴き声が響く。
そして、
巨体が深く沈んだ。
「……来るぞ!」
エントが叫ぶ。
次の瞬間、
タイラントトードが跳んだ。
「うわっ!」
巨体が一気に頭上まで上がる。
「散って!」
セブンの声。
4人がそれぞれ別方向へ走る。
直後、
――ズンッ!
タイラントトードが床へ落下した。
――ズンッ!
濁水と泥が周囲へ吹き飛ぶ。
「今だ!」
着地直後の隙へ、エントが《シールドバッシュ》を叩き込む。
続けてコリーの《ピンポイント》が後脚の付け根を捉え、さらにエントの剣が入った。
巨体が大きくよろめく。
だが、まだ倒れない。
その時、背後からセブンの詠唱が聞こえた。
いつもより長い。
「エント、少し持たせて!」
「了解!」
タイラントトードが身体を起こす。
セブンへ黄色い目を向けた。
「行かせるか!」
エントが前へ出る。
「《ブレイス》!」
盾を構えた。
タイラントトードが跳びかかってくる。
正面から受ける。
「ぐっ……!」
押される。
足が泥の上を滑った。
それでも踏みとどまる。
「エント!」
「まだいける!」
タイラントトードがさらに身体を押し込んでくる。
エントのHPが削られていく。
後方でコンが杖を向けた。
「《ヒール》!」
柔らかな光がエントの身体を包み、減っていたHPが戻っていく。
「助かる!」
「あと少しです!」
「うん!」
エントが盾を押し返す。
その横を、コリーの矢が飛んだ。
タイラントトードの頭部へ刺さり、注意が一瞬逸れる。
「エント、離れて!」
セブンの声。
「了解!」
エントが横へ飛ぶ。
セブンが詠唱を終え、ガントレットを嵌めた右手を突き出した。
「《フレイムピラー》!」
タイラントトードの足元から炎柱が噴き上がった。
轟音とともに巨体が大きく仰け反る。
「今!」
エントが地面を蹴った。
コリーも弓を引き絞る。
タイラントトードが体勢を戻そうとする。
その前に、
「《スラッシュ》!」
エントの剣が正面から入る。
「《パワーショット》!」
ほぼ同時に放たれたコリーの矢が側面へ突き刺さった。
タイラントトードの巨体が大きく崩れる。
巨体がその場へ崩れ落ちた。
しばらくして、身体が光の粒子へ変わっていく。
「……倒した」
エントが息を吐く。
「よっしゃ!」
コリーが笑った。
「結構強かったな」
「ボスなんだから、簡単にはいかないでしょ」
そう言いながら、セブンも少しだけ笑っている。
「皆さん、お疲れさまでした」
コンが言った。
「コンさんも。さっき危なかったけど」
「エントさんが教えてくれたので、避けられました」
「間に合ってよかった」
「俺も助けてくれていいんだけど?」
コリーが言う。
「自分でなんとかしてただろ」
「まあな」
「ならいいじゃん」
「扱い雑じゃね?」
「元気そうだから大丈夫」
「ひどい」
コリーが笑う。
◇
ドロップを確認した後、4人は部屋の奥まで見て回った。
だが、その先へ続く道はない。
「ここで終わりみたいね」
セブンが攻略情報を確認しながら言った。
「この先は?」
エントが聞く。
「ないわよ。今確認されてるのはここまで」
「そっか」
エントは周囲を見回す。
崩れた壁。
濁った水。
それ以外に、先へ進めそうな場所は見当たらない。
「じゃ、戻るか」
コリーが言った。
「ですね」
コンも頷く。
4人は来た道を引き返した。
◇
帰り道では、ほとんど戦闘はなかった。
泥の溜まった通路を戻り、崩れた壁を抜ける。
そして、
「あ」
エントが足を止めた。
3人が振り返る。
「どうした?」
コリーが聞く。
「ちょっといい?」
エントは壁際へ目を向けた。
そこには、行きにも見た古い水門装置がある。
「これ、やっぱちょっと見ていい?」
「いいんじゃない?」
セブンが水門を見る。
「それ、動かないみたいだけど」
「うん。それは分かってる」
エントは装置へ近づいた。
「でも、ちょっと気になるんだよね」
錆びついた大きなハンドル。
そこから壁の中へ伸びる太い軸。
下には、いくつかの金属部品が組み合わさっている。
エントはしゃがみ込んだ。
「……これ、どっかで見たような」
《調整槽》で見てきた水門とは形が違う。
それでも、壁の中へ伸びる軸や、いくつもの部品が組み合わさった構造には、どこか似たところがあった。
エントはハンドルへ手をかけた。
軽く力を入れる。
動かない。
「やっぱ固いな」
「だから動かないって書いてあるんでしょ」
セブンが後ろから言う。
「まあ、そうなんだけど」
エントは手を離さなかった。
ハンドルの根元から軸、その先へと視線を移す。
どこへ、どう力が伝わるようになっているのか。
今度は、ただ眺めるのではなく、1つの機構として意識して観察する。
その時、《機構知識》が反応した。
「……ん?」
「どうしました?」
コンが聞く。
「いや」
エントは水門装置を見つめる。
答えが分かったわけではない。
どうすれば動くのかも分からない。
ただ、ハンドルから伸びる軸や、その先に組み合わされた部品が何のためにあるのか。
さっきまでより、少しだけ見当がつく。
「エント?」
コリーが呼ぶ。
エントはハンドルから手を離し、もう一度装置全体を見た。
「……これ」
「何?」
セブンが聞く。
エントは少し考えてから答えた。
「動くかもしれない」




