調整槽
エントは細い石橋の先へ目を向けた。
「で、どう進むんだ?」
エントが聞く。
「ちょっと待って」
セブンがメニューを開く。
表示された攻略情報へ目を走らせてから、《調整槽》全体を見渡した。
「ここは水位を変えながら進むみたい。レバーを操作すると、一方の水位が下がって、別のところが上がる」
「それで通れる場所が変わるのか」
「そういうこと」
セブンが少し先にあるレバーを指す。
「最初はあれね」
「順番も分かってる?」
「一応。攻略情報だとね」
コリーが石橋の先を見る。
「じゃ、とりあえずその通り行ってみるか」
「ですね」
コンも頷いた。
「よし」
エントが一歩踏み出す。
4人は石橋を渡り始めた。
◇
石橋は、近くで見ると想像していたより狭かった。
横に2人並ぶことはできるが、戦いながら動き回るには余裕がない。
下を覗けば、水を湛えた貯水槽が見える。
「結構高いな」
「前見て歩きなさいよ」
「見ただけだって」
「落ちても知らないからね」
「その時は助けてくれよ」
「自分で上がってきなさい」
「厳しいな」
そんなことを話しながら進み、最初のレバーへたどり着く。
古びた金属製のレバーだった。
根元からは太い棒が壁の中へ伸びている。
「これか」
「みたいね」
セブンが攻略情報を確認する。
「下げればいいって」
「じゃ、やるぞ」
コリーがレバーを握った。
力を込める。
重い音とともにレバーが倒れた。
少し遅れて、どこかで大きな音が響く。
「お」
エントが貯水槽を見る。
壁の一部にあった水門がゆっくりと開いていた。
大量の水が流れ出す。
目の前の貯水槽から水が減っていく一方、その先にある別の貯水槽へ水が流れ込んでいく。
「あっちを下げた分、こっちに流してるのか」
「そうみたいですね」
コンも水の流れを目で追っている。
水位が下がる。
やがて、それまで水に沈んでいた足場が姿を現した。
「なるほど」
エントは水路の先を見る。
「こうやって道を作るのか」
「そういうことね」
セブンがメニューを閉じる。
「次はあそこ」
水位の下がった先に、別の石橋が続いている。
「行くか」
コリーを先頭に、4人は再び歩き始めた。
◇
その後も、レバーを操作して水位を切り替えながら先へ進んだ。
沈んでいた足場が現れることもあれば、それまで歩けていた場所が水に沈むこともある。
単純に奥へ進めばいいわけではない。
「次、右だっけ?」
「右のレバーを操作してから、一回戻る」
セブンが答える。
「戻るのか」
「そのまま進むと、次の通路が水没したままだから」
「なるほどな」
攻略情報と実際の構造を見比べながら進む。
途中、何度かモンスターにも遭遇した。
狭い石橋ではウォーターリザードに足場を崩されかけ、貯水槽の脇ではシェルクラブに進路を塞がれた。
それでも、《導水路》で何度も戦った相手だ。
最初ほど時間はかからない。
さらに奥へ進み、次のレバーへたどり着く。
「これで3つ目か」
エントがレバーを見る。
「そうね。これを動かしたら、向こうの通路が使えるようになるはず」
セブンが指した先には、今は半分ほど水に沈んだ通路がある。
コリーがレバーを倒した。
水門が動く。
水が流れ始める。
エントはその様子を眺めた。
どこから水が入り、どこへ抜けていくのか。
その流れをなんとなく目で追った。
「面白いな、これ」
「何が?」
コリーが聞く。
「いや、水の流れ」
「お前、こういうの好きだったっけ?」
「俺も今知った」
「なんだそれ」
コリーが笑う。
「でも、分かる気はします」
コンが言った。
「動かしたところが、ちゃんと別の場所に繋がってるんですよね」
「そうそう。それ」
エントが頷く。
「ゲームだから動くっていうより、ここを動かしたから、あっちがこうなるっていうか」
「……それ、同じじゃない?」
セブンが言う。
「違うって」
「何が?」
「なんとなく」
「分かってないじゃない」
「感覚では分かってる」
「はいはい」
セブンはそう言いながら、先に歩き始めた。
「ほら、行くわよ」
「分かってるって」
エントも後を追った。
◇
さらに奥へ進むにつれ、周囲の設備は大きくなっていった。
壁を走る管も太くなり、ところどころで低い振動音が響いている。
その先で、セブンが足を止めた。
「ここ、一回待って」
「何かある?」
コンが聞く。
「この先、水が噴き出す場所があるみたい」
セブンが壁際を指した。
太い管が何本も通っている。
その一部には亀裂が入り、周囲の石壁が濡れていた。
「一定間隔で水が噴き出すみたい」
「当たると?」
「吹き飛ばされるって」
エントは少し先を見る。
通路はそれほど広くない。
右側には壁。
左側には貯水槽。
「落ちたら面倒そうだな」
「だからタイミング合わせて渡るの」
セブンが攻略情報を見る。
「噴き出した直後なら、次まで少し余裕があるみたい」
「じゃあ、それ待ちか」
4人はその場で足を止める。
しばらくして――
――バシュッ!
壁の亀裂から、大量の水が横向きに噴き出した。
「うわ」
エントが思わず身体を引く。
水は通路を横切り、そのまま貯水槽へ落ちていった。
「結構すごいな」
「まともに食らったら落ちるわね」
セブンが様子を見る。
「今なら行けそう。行くわよ」
コリーが先頭へ出る。
「了解」
続いてエント。
その後ろにコン、最後尾にセブン。
4人は通路を進み始めた。
1つ目の亀裂を越える。
2つ目。
まだ水は出ない。
「このまま行けそうだな」
「あと少し」
セブンが言う。
コリーが先へ進む。
エントも続いた。
その時だった。
壁の奥から、低い音が響いた。
「ん?」
エントが横を見る。
亀裂から水が滲み出す。
「コリー!」
「っ!」
コリーが前へ跳ぶ。
直後――
――バシュッ!
水が噴き出した。
「早っ――」
「コンさん、止まって!」
エントは咄嗟に腕を伸ばし、後ろから来ていたコンの進行を制した。
そのまま自分も一歩下がる。
目の前を大量の水が横切る。
飛沫が顔へかかった。
「大丈夫ですか!?」
「大丈夫!」
エントが答える。
前を見る。
コリーは水の届かない位置まで抜けていた。
「コリー!」
「平気!」
声が返ってくる。
最後尾のセブンも、噴出範囲の手前で止まっていた。
「……ちょっと待って」
セブンが攻略情報を開く。
その表情が少し険しくなる。
「今の、早くなかった?」
エントが聞く。
「早い」
セブンが答える。
「書いてある周期と合ってない」
「情報が間違ってた?」
「間違ってるっていうより、まだ更新前なんじゃない?」
セブンは画面へ目を戻す。
「ここ、見つかってまだそんなに経ってないし。周期にもズレがあるのかも」
「なるほど」
コリーが向こう側から声をかける。
「次は、ちゃんと様子見ながら行こうぜ」
「そうね」
セブンも頷いた。
「噴き出す前に音がしてたし、それも見た方がよさそう」
「ですね」
コンが壁を見る。
「水も少し漏れていました」
「じゃあ、次はそこも見るか」
エントが言う。
噴き出していた水が止まる。
4人はもう一度周囲を確認した。
「行ける?」
コリーが聞く。
「待って」
セブンが答える。
誰もすぐには動かない。
壁の音。
亀裂から漏れる水。
それを確認してから、セブンが顔を上げた。
「……今」
エントたち3人が一気に通路を抜ける。
「よし」
エントが振り返る。
「こういうのもあるんだな」
「新しいダンジョンだしね」
セブンはもう一度攻略情報へ目を落とした。
「もう少し新しい情報が出てないか、後で見てみる」
◇
それからは、攻略情報を参考にしつつ、水が漏れていないか、管から音がしていないかにも注意して進んだ。
何度か足を止めることにはなったが、それでも順調に奥へ進んでいく。
やがて、最後のレバーへたどり着いた。
「これで終わり?」
エントが聞く。
「この区画はね」
セブンが答える。
「これを動かせば、先に進めるはず」
「じゃ、やるか」
コリーがレバーへ手をかける。
力を込める。
重い音。
どこかで水門が開いた。
すぐ近くの貯水槽から、大量の水が流れ出していく。
水位がゆっくりと下がっていった。
「お」
エントが覗き込む。
水の下から石造りの通路が現れる。
さらに水位が下がると、その奥に暗い入口が見えた。
「ここか」
「みたいですね」
コンが言う。
4人は水の引いた通路へ下りる。
先ほどまでの《調整槽》とは空気が違った。
通路は狭い。
壁もところどころ崩れ、床には泥が溜まっている。
流れている水も少ない。
エントが奥を見る。
「ここから先は?」
セブンが攻略情報を確認する。
「《旧排水区》」
「情報は?」
「あるにはあるけど――」
セブンが画面を少し動かす。
「ここまでより少ないわね。まだ情報が揃ってないところもあるみたい」
「じゃあ、ここからは分からないことが増えるってことか」
「そうなるわね」
エントは、水の引いた先へ続く暗い通路を見る。
さっきまでより狭く、先までは見通せない。
それでも、分からない場所へ進むことに、不安より先に興味が湧いた。
「じゃ、行ってみようぜ」




