初めての遠出
ゲーム内へログインすると、エントはいつものリュネール中央広場に降り立った。
頭上では巨大樹の枝葉が風に揺れ、その間を縫うように伸びた木造通路をプレイヤーやNPCが行き交っている。
何度も見てきた景色だ。
エントが歩き出そうとしたところで、メッセージが届いた。
《コリー:ログインした?》
《エント:した》
すぐに返事が来る。
《コリー:今コンさんとセブンといる》
続けて、もう一通届く。
《コリー:中央広場の近くに《翠鹿亭》って店あるから来て》
「翠鹿亭?」
聞いたことのない名前だった。
《エント:どこ?》
《コリー:中央広場から南の通り入ってすぐ》
《コリー:鹿の看板ある》
《エント:了解》
エントはメニューを閉じる。
中央広場を抜け、教えられた通りへ入った。
少し歩くと、軒先に緑色の鹿を描いた看板を掲げた店が見えてくる。
《翠鹿亭》。
「ここか」
エントは扉を開けた。
◇
店内には料理の匂いと、プレイヤーたちの話し声が広がっていた。
冒険へ出る前らしい一団もいれば、食事をしながらのんびり話している者もいる。
奥へ目を向ける。
「お、来た」
コリーが手を上げた。
同じテーブルにコンとセブンもいる。
3人の前には飲み物が置かれていた。
「ここ初めて来た」
エントは空いている椅子へ座る。
「そうなの?」
コリーが聞く。
「知らなかった」
「中央広場から近いし、結構使いやすいぞ」
「へえ」
「こんにちは、エントさん」
コンが小さく頭を下げる。
「こんにちは、コンさん」
「遅かったわね」
セブンが言った。
「ログインしたばっかだけど」
「知ってる。コリーから聞いた」
「じゃあ仕方ないだろ」
「別に怒ってないわよ」
セブンはそう言って、飲み物を一口飲む。
エントは3人を見る。
「何してたの?」
「普通に喋ってた」
コリーが答えた。
「俺が先にコンさん見つけて、ここ入って。そのあとセブンも来て」
「そういうことか」
エントもメニューを開き、飲み物を1つ注文する。
「何かする予定だった?」
「いや。まだ何も」
コンとセブンも、今日は特に決めていなかったらしい。
「じゃあ、今から決める?」
「そうするか」
最近は、ログインした時に誰かがいれば、一緒に行動することが少しずつ増えていた。
「何かしたいことある?」
エントが聞く。
「俺は別に何でもいいぞ」
コリーが答えた。
「狩りでも、適当な依頼でも」
「私は……」
コンが少し考える。
「まだ行ったことのない場所なら、行ってみたいですね。見たことのないモンスターもいそうですし」
「コンさんは、やっぱり珍しいモンスターが気になるんですね」
「はい。せっかくなら、まだ見たことがないものを見たいですから」
「それは分かります」
エントも頷く。
「セブンは?」
「特にないなら、私はレベル上げしたいかな」
「いつも通りだな」
「悪い?」
「悪いとは言ってない」
セブンはレベル上げや攻略を好む。
何度か一緒に行動して、それくらいはエントにも分かってきていた。
運ばれてきた飲み物を、エントが一口飲む。
狩り。
依頼。
探索。
特に決めていなかったが、何か面白そうなものがあるならそれでいい。
「そういや」
コリーが思い出したように言った。
「ちょっと遠出しね?」
エントが顔を上げる。
「遠出?」
「うん」
「どこ?」
「ラティス湖」
聞いたことのない名前だった。
「ラティス湖?」
「知らない?」
「知らないな」
セブンが少し意外そうにエントを見る。
「ラティス湖も知らないの?」
「今初めて聞いた」
「ほんと、行くことにならないと調べないのね」
「先に全部知る必要もないだろ」
「私は調べてから行きたいけど」
「そこは遊び方の違いだな」
コンが少し考える。
「ラティス湖って、大きな湖ですよね?」
「そうです」
コリーが頷いた。
「リュネールからだと結構離れてますけど」
「どの辺?」
コリーがマップを開き、共有する。
リュネール。
そこから南東へ街道が伸びている。
その先。
エントが普段行動している範囲よりもずっと離れた場所に、《ラティス湖》と表示されていた。
「結構遠いな」
「だろ?」
リュグナ大森林周辺なら、もうかなり歩き慣れてきた。
だが、そこから先は未探索の場所ばかりだ。
「湖まで行って何するの?」
「最近、新しいダンジョンが見つかったらしい」
「新しい?」
エントの視線がマップからコリーへ移る。
「《ラティス旧水路》」
コリーが湖の北西側を指した。
「水路?」
「湖の水位が下がった時に、今まで水に隠れてた入口が見つかったらしい」
「へえ」
「推奨Lvは30前後」
セブンが補足する。
「発見されたのは数日前。途中までは攻略情報も出てるけど、まだ全部は分かってないみたい」
「まだ攻略終わってないんだ」
「そうみたいね」
エントはもう一度マップを見る。
知らない場所。
最近見つかったばかりのダンジョン。
しかも、まだ全容が分かっていない。
「行きたい」
コリーが笑う。
「やっぱそう言うと思った」
「だって面白そうじゃん」
「だから話出したんだよ」
コリー自身も行く気らしい。
エントはコンを見る。
「コンさんはどうですか?」
「私も行ってみたいです」
コンは頷いた。
「湖なら、リュグナ大森林とは違うモンスターもいそうですし」
「湖にいるモンスターも気になります?」
「はい。ダンジョンも気になりますけど、大きな湖はまだ行ったことがないので」
「俺もです」
2人の視線が自然とセブンへ向いた。
セブンが気づく。
「何?」
「セブンは?」
「私は行くけど」
「即答なんだ」
「新しく見つかったダンジョンなんでしょ?」
セブンはマップへ目を向ける。
「まだ攻略情報が揃ってないなら、行ってみたいわ」
「なるほど」
「それに推奨Lv30前後なら、エントとコンさんもいけるんじゃない?」
「俺は今29だから、ちょうどいいな」
エントが答える。
「コンさんは?」
「私はLv25です」
「それなら問題なさそうね」
「私も大丈夫だと思います」
コリーが3人を見る。
「じゃあ決まりだな」
ラティス湖。
《ラティス旧水路》。
行き先が決まった。
エントは改めてマップ上の距離を確かめる。
「これ、途中で1泊くらい?」
「そのつもり」
コリーが頷く。
「まずローデンまでは馬車で行く。そこからラティス湖までは徒歩だな」
「馬車か」
「歩いて全部行くよりは早いぞ」
「そりゃそうだ」
それでも、ローデンから先は自分たちの足で進むことになる。
今までの冒険は、基本的にリュネールから出て、その日のうちに戻ってきていた。
今回は違う。
リュネールから離れ、さらにその先へ向かう。
「そういう遠出は初めてだな」
「エントはそうだったな」
コリーが言う。
「コンさんは?」
「私も初めてです」
「じゃあ野営したことあるの、俺とセブンだけか」
「そうみたいね」
セブンが答える。
エントはもう一度マップを見る。
遠くに表示されたラティス湖。
「なんか冒険っぽいな」
「今までも冒険してたでしょ」
セブンが言う。
「してたけど、街から離れて泊まりでどっか行くのはちょっと違わない?」
「まあ、それは分からなくもないけど」
コリーが笑った。
「じゃあ、今日出るなら一回準備だな」
「そうだな」
エントは自分のインベントリを確認する。
回復薬は8本。
普段の狩りなら十分だが、遠征した先でそのままダンジョンへ入ることを考えれば、もう少し余裕を持たせたい。
装備耐久も確認する。
《鉄牙の長剣》。
《鉄皮の盾》。
どちらもまだ余裕はある。
それでも、出発前に整備しておいた方がいいだろう。
「俺、回復薬と状態異常用を足してくる。装備も一回見てもらってくるわ」
「俺は矢だな」
コリーも自分の装備を確認する。
「野営道具は?」
エントが聞く。
「俺が持ってる」
「じゃあ食料は各自?」
「それでいいだろ」
「了解」
「私はMP回復用を少し増やしておきます」
コンも自分のインベントリを開いている。
「長くなるなら、その方が安心ですし」
「状態異常回復は少し多めでもいいかも」
セブンが言った。
「旧水路、まだ出てくる敵が全部分かってないから」
「じゃあ俺も多めに持っていく」
「その方がいいわ」
セブンは頷く。
「私は触媒とMP回復。それから出る前に攻略情報をもう一度確認しておく」
「新しい情報あったら教えて」
「分かった」
4人がそれぞれ必要なものを確認していく。
普段の近場での狩りとは少し違う。
何か足りなくなったからといって、すぐにリュネールへ戻ってこられるわけではない。
「じゃあ、一回解散するか」
コリーが立ち上がる。
「準備終わったら南門の馬車乗り場集合で」
「了解」
「分かりました」
「私もそれでいいわ」
エントは残っていた飲み物を飲み切り、立ち上がった。
店を出る前に、入口の看板をもう一度見る。
《翠鹿亭》。
「ここ、今度また来ようかな」
「気に入った?」
コリーが聞く。
「中央広場から近いし」
「使いやすいぞ」
「今度飯も食ってみるわ」
「そうしろ」
4人は《翠鹿亭》を出た。
◇
エントはまず、遠征に必要のないアイテムを整理した。
空いたところへ回復薬と状態異常回復用のアイテムを追加する。
食料も用意する。
予備として、以前使っていた長剣と盾も持っていくことにした。
その後、ガルドの店へ向かう。
店に入ると、ガルドが作業台の向こうから顔を上げた。
「何だ」
「ちょっと遠出するんで、出る前に見てもらおうかと思って」
「どこだ」
「ラティス湖です」
ガルドの視線が、エントの腰にある《鉄牙》と背中の《鉄皮》へ向く。
「出せ」
「はい」
長剣と盾を外して渡す。
ガルドは刃を確認し、続いて盾の縁や留め具も確かめる。
「まだ使える」
「ですよね」
「だが、行くなら直しておけ」
「お願いします」
ガルドは必要な部分だけ手早く整備していく。
エントはその様子を眺めながら待った。
しばらくして、《鉄牙》と《鉄皮》が戻ってくる。
「予備も持っていきます」
「そうしろ」
エントは長剣を腰へ戻し、盾を背負った。
「ありがとうございます」
「ああ」
店を出る。
これで準備は終わりだ。
エントはメニューを開く。
《エント:準備終わった》
すぐにコリーから返事が来る。
《コリー:俺も》
少し遅れて、コンからも返事が届く。
《コン:私も大丈夫です》
《セブン:今向かってる》
「よし」
エントは南門へ向かった。
◇
リュネール南門の馬車乗り場。
街の外へ続く門の脇には、何台かの馬車が並んでいた。
そのうちの1台が、ローデン行きらしい。
コリーはすでに乗り場の近くにいた。
背にはいつもの弓。
「早いな」
「お前もな」
「矢は?」
「補充した」
少しして、コンがやってくる。
「お待たせしました」
「俺らも今来たところです」
さらにセブンも合流する。
コリーが3人を見る。
「準備できたな?」
「おう」
「はい」
「大丈夫よ」
「じゃあ乗るか」
4人はローデン行きの馬車へ乗り込んだ。
しばらくして、馬車がゆっくりと動き始める。
車輪が音を立て、南門を抜けた。
リュネールの外へ。
エントは荷台から外を眺める。
普段なら、自分の足で途中の分岐からリュグナ大森林へ向かうことが多い。
今日はそこを越えて、その先へ行く。
エントはマップを開いた。
現在地。
リュネール。
まず向かうのはローデン。
そのさらに先に、ラティス湖がある。
自分のマップでは、そこまでの大半がまだ埋まっていない。
「やっぱ遠いな」
「さっきも言ってたぞ」
向かいに座るコリーが笑う。
「地図で見るのと、実際に出発するのは違うだろ」
「まだ出たばっかだけどな」
「それでも」
エントはマップを閉じ、流れていく景色を見る。
その先に、自分の知らない場所がある。
「楽しみだな」
「ずっと楽しそうだな、お前」
「新しい場所行くんだから、そりゃそうだろ」
「まあな」
コリーが笑う。
コンも外へ目を向けている。
「私も楽しみです」
「湖ですか?」
エントが聞く。
「それもありますけど」
コンは少し考える。
「そこまでの景色も初めてなので」
「確かに」
目的地だけではない。
そこへ向かう途中も、エントにとっては知らない場所だ。
セブンはマップを確認している。
「ローデンに着いたら、そこから歩くのよね?」
「そう」
コリーが答える。
「そこからラティス湖までは徒歩。今日は進めるところまで進んで、途中で野営だな」
「分かった」
馬車は街道を進んでいく。
少しずつ、森林都市リュネールが背後へ遠ざかっていく。
今まで何度も出入りした街。
けれど、今日はいつもの森へは向かわない。
その先へ行く。
ローデン。
そして、ラティス湖。
最近見つかった《ラティス旧水路》。
まだ攻略情報も揃っていない場所。
何があるのかは分からない。
エントは馬車の外へ目を向けた。
「こういうの、いいな」
「何が?」
コリーが聞く。
「まだ行ったことない場所に行くの」
「今までも行ってただろ?」
「近場はな」
エントは流れていく景色の先を見る。
「今回は、本当に旅する感じするじゃん」
「先長いぞ」
「その方がいい」
コリーは少し笑った。
馬車はそのまま街道を進んでいく。
ラティス湖までは、まだ遠い。
4人の初めての遠出は、始まったばかりだった。




