まだ知らないもの
その日の夜。
駿はベッドに寝転がりながら、スマートフォンを眺めていた。
風呂も済ませ、あとは寝るだけだ。
なんとなく動画でも見ようかと思っていたところで、今日のことを思い出す。
「……ウル、か」
リュグナ大森林で見た、あの奇妙な何か。
あの時は、変なモンスターがいる、くらいにしか思っていなかった。
けれど、コリーに話してみれば、返ってきたのは予想外の名前だった。
――ウル。
攻略サイトにも情報が載っている、何か特別な存在らしい。
「そういや、他にもいるんだっけ」
コリーは、ユニークモンスターについてまだ分からないことが多いと言っていた。
駿はスマートフォンを操作して、AXIS MUNDIの攻略サイトを開く。
今までも何度か見たことはある。
分からないことがあれば検索することもあったが、隅々まで読み込むような使い方はしていない。
「ユニークモンスター……」
そう呟きながら、検索欄に打ち込む。
すぐに、それらしいページが表示された。
《ユニークモンスター情報》
「……ユニークモンスター情報?」
ページを開く。
最初に表示されたのは、ユニークモンスターという呼び方についての説明だった。
「公式名称じゃないんだ」
駿は少し意外に思いながら、その先を読み進める。
きっかけとなったのは、ある古代遺跡で発見された碑文。
そこには、《オルド》という名とともに、
《唯一の存在》
という意味に解釈できる記述が残されていたらしい。
AXIS MUNDIには、装備やアイテムのレアリティとして《U――ユニーク》が存在する。
そこからプレイヤーたちが、オルドと同じような唯一個体ではないかと考えられる特殊なモンスターを《ユニークモンスター》と呼ぶようになった。
「へえ……」
駿は画面を少し上へスクロールする。
「普通にゲームの呼び方だと思ってた」
半年も遊んでいるコリーが当たり前のように使っていたので、そういう分類が最初からあるのだと思っていた。
だが、どうやら違うらしい。
そもそも、本当に世界に1体しかいないのか。
何体のユニークモンスターが存在するのか。
それすら分かっていない。
今では、通常のモンスターとは明らかに違う存在や、過去の記録からそれらしいと考えられている存在まで、まとめてそう呼ばれているらしい。
「結構ふわっとしてるな」
そのままページを下へ送る。
いくつかの名前が並んでいた。
《ナギラ》
《オルド》
《ウル》
《ガルヴァディス》
「名前が出てるのは4体か」
今までなら、どれを見ても何とも思わなかっただろう。
だが今は、その中に自分が見たかもしれない名前がある。
まずは《ウル》を押しかけて――やめた。
「これは今日見たしな」
代わりに、一番上の名前を開く。
◇
《ナギラ》
ページの最初に、大きく注意書きが表示されていた。
《名称は伝承からの推定》
「推定なんだ」
読み進める。
ナギラと思われる存在は、これまでに複数の海域で目撃されているらしい。
巨大な鯨のような姿。
遠距離からの目撃がほとんどだが、頭部に大きな一角があったという報告もある。
「でかい鯨に角……」
駿はその姿を想像する。
「海で会いたくないな」
さらに読み進めると、その名前も目撃したプレイヤーが確認したものではないらしい。
複数の港町で、NPCの船乗りや漁師たちの間に《ナギラ》という名が伝わっている。
細かな内容は地域によって違う。
《ナギラが通ったあとに島が生まれた》
《海底から大地を引き上げた》
そんな、大地の誕生に関わるような話が各地に残っているらしい。
「……昔話みたいなもんか」
そして、その伝承に登場する存在の特徴と、海上で目撃された巨大生物に共通点がある。
そのため、
《目撃されている巨大生物=伝承上のナギラ》
という説が有力になっている。
ただし、確定したわけではない。
「なるほどな」
駿は一覧のページへ戻った。
名前まで載っているから、もっとはっきり分かっているのだと思っていた。
次に開いたのは、《オルド》。
ユニークモンスターという呼び方が生まれるきっかけになった存在だ。
◇
《オルド》
《目撃記録なし》
「見つかってないんだ」
名前まで分かっているのに、誰も実物を見たことがないらしい。
ナギラやウルのように、誰かが実物を見たわけではない。
情報源は古代遺跡。
発見された壁画には、規則正しく並ぶ人々や建造物と、その中央に巨大な存在が描かれている。
壁画の一部は欠けていて、その姿までははっきり分からない。
その近くに残された碑文から、《オルド》という名前が判明した。
さらに、
《唯一の存在》
《乱れを正す》
《定められた形》
そう解釈できる文章の断片が残されている。
「これだけ?」
さらに下へ送ってみる。
それ以上の情報はほとんどなかった。
どこにいるのか。
どんな姿なのか。
そもそも今も存在しているのか。
何も分かっていない。
それどころか、オルドが本当にモンスターなのかさえ分かっていないらしい。
「見つかってないのに、こいつが始まりなんだな」
少し不思議だった。
実物を誰も見ていない存在についての記録から、《ユニークモンスター》という呼び方だけが先に生まれている。
駿は一覧のページへ戻った。
次に目に入ったのは、《ガルヴァディス》。
「こっちは……」
開く。
◇
《ガルヴァディス》
《目撃記録なし》
「またか」
ただし、オルドとは情報の出どころが違った。
ガルヴァディスという名前は、複数の古い戦争史や年代記に残されている。
そこには、
《戦いが最も激しくなったころ、ガルヴァディスが現れた》
という趣旨の記述がある。
別の史料には、
《ガルヴァディスを見た兵たちは――》
さらに別のものには、
《争いの中にガルヴァディスあり》
といった記述があるらしい。
「……何なんだ、こいつ」
読み進めても、答えはなかった。
人の名前なのか。
モンスターなのか。
部隊の名前なのか。
武器か何かなのか。
それすら分からない。
それでも、複数の戦争記録に同じ名前が残っていることから、攻略サイトでは未確認のユニークモンスター候補として扱われているらしい。
「候補っていうか……モンスターかどうかも分かってないじゃん」
駿は苦笑する。
けれど、少し面白くなってきた。
攻略サイトといえば、モンスターの出現場所やドロップアイテム、クエストの進め方なんかが載っている場所だと思っていた。
調べれば、大体の答えが出てくる。
少なくとも、今まではそういう使い方しかしてこなかった。
だが、このページは違う。
どこを見ても、
《不明》
《未確認》
《推定》
《可能性あり》
そんな言葉ばかりだった。
「……思ったより、全然分かってないんだな」
サービス開始から半年。
これだけ多くのプレイヤーが遊んでいるのに、それでも答えが出ていないものがある。
ページの下には、《その他の未確認目撃情報》という項目まであった。
「まだあるのか」
開いてみる。
そこに固有名はない。
既存のモンスターに該当しない正体不明の存在を見た、という報告がいくつかまとめられている。
場所も違う。
特徴もはっきりしない。
同じものを見たのかどうかさえ分からない。
ユニークモンスターと関係があるかも不明。
「これじゃ、何でもありだな」
そう言いながらも、駿はしばらく画面に並ぶ情報を眺めていた。
まだ誰にも見つかっていないもの。
見つかっていても、誰も答えを知らないもの。
そういうものが、このゲームにはまだ残っている。
「……自分で見つけたら、ちょっと面白そうだな」
口にしてから、少しだけ考える。
「まあ、探して見つかるなら、とっくに誰か見つけてるか」
これだけ多くのプレイヤーがいるのだ。
自分が本気で探し始めたところで、そう簡単に見つかるとは思えない。
そもそも、ユニーク探しをするためにゲームを始めたわけでもない。
駿は一覧のページへ戻った。
最後に、もう一度だけ《ウル》を開く。
《ウル》
今日、コリーと一緒に見た情報が表示される。
以前プレイヤーによって発見された古文書。
そこに残されていた《ウル》という名前。
定まった姿を持たないかのような記述。
そして、それと似た特徴を持つ正体不明の存在についての目撃報告。
今までなら、ただの攻略情報だった。
けれど今は違う。
その正体不明の存在を、自分も見たかもしれない。
「……あれ、本当にウルだったのかな」
答えは出ない。
それでも、あの時もう少しよく見ておけばよかったとは思う。
駿はしばらくそのページを眺めてから、スマートフォンを閉じた。
「次に見かけたら、もうちょっとちゃんと見とくか」
そう呟き、枕元へスマートフォンを置く。
部屋の明かりを消す。
暗くなった部屋の中で、リュグナ大森林で見た奇妙な姿が一瞬だけ頭に浮かんだ。
その姿も、やがて眠気の中へ薄れていく。
駿はそのまま目を閉じた。




