名前のある謎
翌日。
リュネールの中央広場へ向かうと、噴水の近くにコリーがいた。
「おー、エント」
「おはよう」
エントが近づくと、コリーの視線が腰へ向いた。
「お、できたんだ」
「ああ、これ?」
エントは腰の《鉄牙》へ手を置く。
「昨日受け取った」
「盾も?」
「うん」
背中の《鉄皮》を軽く示す。
「どうだった?」
「結構いい。盾もちゃんと流せたし、剣も使いやすかった」
「いいじゃん」
「ガルドさんに頼んで正解だった」
コリーが満足そうに頷いた。
「あと、金もなかったから、教えてもらったロックディアのとこ行ってきた」
「稼げた?」
「思ってたより。ああいう情報って結構大事なんだな」
「だろ? 欲しがってる素材とか知ってると結構違うぞ」
「やっぱ情報もある程度見た方がいいのかもな」
「お前、攻略サイトほとんど見ないもんな」
「見ないっていうか、必要になったら見るって」
「じゃあ最近いつ見た?」
「……覚えてない」
「ほら」
「必要になったら見るんだって」
コリーが面白そうに返す。
エントも軽く返してから、ふと思い出した。
「あ、そういえばさ」
「ん?」
「昨日、変なモンスターいたんだよな」
「変なモンスター?」
「うん。名前とか出なかったけど」
「……名前?」
コリーの表情が少し変わった。
「どんなやつ?」
「ロックディアに似てた」
「ロックディア?」
「大きさとか、見た感じは。でもなんか違った」
「何が?」
「角」
エントは昨日見た姿を思い出す。
「片方はロックディアみたいな岩の角だったんだけど、もう片方が木みたいになってた」
「木?」
「枝みたいな感じ」
「……へえ」
「あと、体も変だったな」
「どんな?」
「普通に毛が生えてるところもあったけど、途中から樹皮みたいになってて。背中には苔みたいなのも生えてた」
コリーが黙った。
「何?」
「……他になんかなかった?」
「変なところしかなかったけど」
「そうじゃなくて。模様とか、そういうの」
「うーん……」
昨日の光景を思い返す。
「ああ、脇腹に白いのがあった」
「白いの?」
「模様……なのかな」
「どんな?」
「白いっていうか……そこだけ何もないみたいな感じ」
「何もない?」
「うん。ぽっかり抜けてるみたいな」
コリーの顔から、さっきまでの軽い雰囲気が消えた。
「……そいつ、名前出なかったんだよな?」
「出なかった」
「Lvは?」
「それも出なかった」
「……マジか」
「うん」
「それで、どうした?」
「ちょっと近づいたら、向こうもこっち見てきて」
「戦った?」
「いや。何もしてこなかった」
「その後は?」
「どっか行ったから追いかけたけど、すぐいなくなった」
「……」
「何?」
コリーがエントを見る。
「えっ!? それ、もしかしたらウルじゃね!?」
「……ウル?」
「知らない?」
「知らない」
「マジか」
「そんな有名なの?」
「有名っていうか……ちょっと待って」
コリーがメニューを開いた。
いくつか操作し、ゲーム内からブラウザを起動する。
普段使われている攻略サイトを開き、《ウル》と検索した。
「あった。ほら、これ」
表示されたウィンドウをエントにも見える位置へ動かす。
「攻略サイト?」
「そう。ウルのページ」
ページの上部には、これまでプレイヤーたちが集めて整理した情報が並んでいた。
《ウル》
出現地域:不明
出現条件:不明
討伐記録:なし
「……全然分かってないじゃん」
「だから珍しいんだって」
「こんなに何も分かってないのに、有名なの?」
「下見ろって」
コリーがページをスクロールする。
そこには、これまでに寄せられた目撃情報がまとめられていた。
姿は一定していない。
目撃された場所も違う。
獣のような姿だったという報告。
植物が混ざったような姿だったという報告。
周囲の生物に似た特徴を持っていたという報告もある。
「……ほんとにバラバラだな」
「だろ?」
「これ、全部同じモンスターなの?」
「それも確定じゃなかったはず」
「じゃあ、なんで全部ウルになってるんだ?」
「前に、プレイヤーが古文書見つけたらしいんだよ」
「古文書?」
「ああ。どっかの遺跡だったかな」
コリーがページを少し動かす。
「それにウルって名前と、特徴みたいなのが書いてあったらしい」
「へえ」
「で、前からあった目撃情報と似てたんだって。それで、あれがウルなんじゃないかって」
「なるほど」
エントはもう一度ページへ目を向ける。
確定情報と書かれているものは、ほとんどない。
目撃情報。
推測。
未検証。
そんな文字が目立つ。
「名前は分かってるけど、正体は分かってないってことか」
「そんな感じ」
「それでも、分かってないことの方が多いんだな」
「そもそも見つけるのが難しいみたいだからな」
さらにページを読み進める。
「名前もLvも表示されなかったって報告もあるのか」
「それ」
「目撃したあと、すぐ見失ったってのもある」
「それも」
「周りの生き物とか植物が混ざったみたいな姿……」
「お前が見たやつ、結構当てはまってるだろ?」
「確かに」
エントはウィンドウから顔を上げた。
「じゃあ、俺が見たのがこれ?」
「たぶんな」
「確定じゃない?」
「そりゃ俺も見てないし。そもそもウル自体、分かってないことだらけだからな」
「ふーん」
「ふーんって」
「いや、そんな珍しいやつだと思ってなかったから」
「お前なあ……」
コリーが呆れたように返す。
「俺だって見たことないぞ」
「コリーも見たことないんだ」
「ないない。結構やってるけど、一度もない」
「それなら、結構珍しいんだな」
「だからそう言ってんだろ」
「で、どこにいた?」
「昨日のロックディアの狩場」
「どの辺?」
「結構奥。金策でもうちょっと狩ろうと思って戻った時に見つけた」
「行こうぜ」
「今から?」
「今から」
「見つかるかな」
「行かなきゃ分かんないだろ」
「まあ、いいけど」
コリーがブラウザを閉じる。
◇
「この辺」
「ここ?」
「うん。もうちょっと先だったと思う」
昨日と同じ狩場。
エントとコリーは、ロックディアが生息する岩場を越え、その奥へ進んでいた。
木々が増える。
岩には苔が張りつき、少し先には薄い霧が漂っている。
「あの辺だったかな」
エントが前方を指す。
コリーが先に進んだ。
「どこ?」
「たぶん、あの木の近く」
「たぶん?」
「その時は目印まで気にしてなかったからな」
「こういう時は覚えとけよ」
「その時はウルなんて知らなかったんだから仕方ないだろ」
「スクショは?」
「撮ってない」
「なんで!?」
「だから知らなかったんだって」
「あー……もったいねえ」
コリーが頭を抱える。
「そんなに?」
「目撃情報増やせたかもしれないだろ」
「その時はそんなこと考えなかったって」
「次見たら絶対撮っとけ」
「覚えてたら」
「覚えとけ」
「はいはい」
2人で周囲を探す。
昨日、四足獣がいた辺り。
その先の木々。
姿を消した方向。
しかし、それらしいものはどこにも見当たらない。
「いないな」
「昨日もすぐいなくなったからな」
「どっち行った?」
「向こう」
エントが木々の奥を指す。
「追いかけた?」
「追いかけたけど、木の陰に入ったと思ったらいなくなってた」
「マジか……」
コリーが辺りを探る。
地面。
木の幹。
岩の隙間。
エントも一緒に見て回ったが、変わったものは何も見つからなかった。
しばらくして、コリーが立ち上がる。
「……やっぱないか」
「そんな簡単に見つかるなら、もっと見つかってるんじゃない?」
「まあ、そうなんだけどさ」
コリーは残念そうに周囲を見渡した。
「見たかったなー」
「そんなに見たい?」
「見たいだろ。ウルかもしれないんだぞ?」
「俺は昨日見たけど、そこまでとは思わなかったな」
「それが羨ましいって言ってんの」
「なるほど」
「しかも知らずに見て、そのまま帰ってるし」
「仕方ないだろ」
「もったいねえなあ」
「じゃあ、次いたら呼ぶよ」
「絶対な」
「ログインしてたら」
「ログインしてなくても連絡しろ」
「そこまで?」
「そこまで」
エントはその勢いに押されるように返した。
◇
結局、ウルらしき姿は見つからなかった。
2人でリュネールへ戻る。
歩きながら、エントはさっき見た攻略サイトを思い返していた。
「ウルか……」
「ん?」
「いや」
昨日まで、ただの変なモンスターだと思っていた。
名前も出ない。
Lvも分からない。
変な姿をしていて、いつの間にかいなくなった。
それだけだった。
だが、どうやら以前から探しているプレイヤーがいるほど珍しい存在だったらしい。
「他にもいるの?」
「ウルみたいなユニーク?」
「うん」
「いるぞ」
「攻略サイトに載ってる?」
「載ってるやつはな」
「載ってないのもいるの?」
「そりゃ、誰も見つけてないなら載せようがないだろ」
「ああ、確かに」
「名前だけ分かってるやつとか、逆に見つかってるけど名前が分かってないやつもあったはず」
「へえ」
エントは少しだけ思いを巡らせた。
古文書に残っている名前。
誰かが見た正体不明のモンスター。
それをプレイヤーたちが調べて、少しずつ情報をつなげている。
そういう遊び方もあるらしい。
「攻略サイト、たまには見てみるかな」
「お、珍しい」
「たまにはって言っただろ」
「絶対すぐ見なくなるぞ」
「必要になったら見るよ」
「それ今までと同じじゃん」
「あれ?」
コリーが面白そうに返す。
エントもつられて口元を緩めた。
それから、昨日見た四足獣の姿を思い出す。
片方だけ木の枝のようになった角。
樹皮と苔の混ざった身体。
そして、脇腹にあった白い空白。
「……まあ、次見つけたら、もうちょっとちゃんと見とくか」
「スクショもな」
「分かったって」
昨日まで名前すら知らなかった存在。
その名前だけは、もう忘れそうになかった。




