もう少し奥まで
翌日。
リュネールの門を抜けたエントは、腰の《鉄牙》へ手を置いた。
「さて」
背中には《鉄皮》。
昨日、ガルドに作ってもらったばかりの新しい長剣と盾だ。
装備して歩いた感触は確かめた。
だが、まだ一度も実戦では使っていない。
「どれくらい変わるかな」
楽しみではある。
同時に、今日の目的はそれだけではなかった。
エントはメニューを開き、所持金を確認する。
「……やっぱ少ないな」
昨日、《鉄牙》と《鉄皮》を作るために7,500Gを支払った。
余ったアイアンボアの素材まで買い取ってもらって何とか足りたものの、残った金はわずかだ。
「ちょっと稼がないとな」
新しい装備の試運転。
それと金策。
今日は、その両方をまとめてやることにした。
行き先も決めている。
昨日、ガルドから教えてもらったロックディアの狩場だ。
「今なら角が売れる、だったよな」
狙うのは《ロックディア》。
今はそいつの角が高く売れるらしい。
ただモンスターを倒すのではなく、需要のある素材を狙う。
考えてみれば当たり前のことだが、これまでのエントはそこまで考えて狩場を選んだことがなかった。
経験値が欲しい。
素材が欲しい。
依頼がある。
あるいは、なんとなく行ったことのない場所へ行ってみる。
大体そんな理由だ。
「まあ、行ってみれば分かるか」
メニューを閉じ、エントは歩き出した。
◇
リュネールからしばらく進む。
大森林へ向かう道から途中で外れ、細い街道を歩いていく。
次第に背の低い木々が増え、その間から岩肌が覗くようになった。
「この辺か」
エントは足を止めた。
聞いていた話では、この辺りに《ロックディア》が生息している。
強さは今のエントでも十分相手にできる程度。
ただし、突進には気をつけろ。
そう言われていた。
「突進か」
エントは背中の《鉄皮》へ手を伸ばした。
「ちょうどいいな」
今回の盾がどれだけ使えるのか。
試す相手としては悪くなさそうだ。
さらに奥へ進む。
しばらくすると――
がさり。
「ん?」
前方の茂みが揺れた。
エントは《鉄牙》を抜き、《鉄皮》を左腕へ構える。
茂みの向こうから、灰褐色の四足獣が姿を現した。
鹿に似ている。
ただし、その頭に生えているのは、普通の角ではない。
岩を削り出したような、ごつごつとした角。
《ロックディア》
Lv15
「いた」
エントが構える。
ロックディアもこちらへ顔を向けた。
一瞬の静止。
直後、
「来た!」
ロックディアが地面を蹴った。
速い。
岩角をこちらへ向け、一直線に突っ込んでくる。
エントは《鉄皮》を前へ出した。
そのまま正面から受ける――のではなく、
「こうか!」
盾をわずかに傾ける。
岩角が《鉄皮》へぶつかった。
鈍い衝撃。
「っ!」
重い。
だが、衝撃のすべてが腕へ来ない。
盾の表面につけられた傾斜に沿って角が滑り、ロックディアの頭が横へ逸れた。
「おっ」
エント自身も少し体勢を崩す。
それでも、真正面から受け止めるよりずっと軽い。
ロックディアの側面が空いた。
「そこ!」
踏み込む。
《鉄牙》を振り抜いた。
刃が胴を捉える。
「……!」
手応えが違った。
今までの長剣より、明らかに深い。
ロックディアの身体が大きくよろめく。
「結構違うな」
数字では確認していたが、実際に使ってみると、その違いは思っていた以上に分かりやすかった。
ロックディアが向き直る。
前脚で地面を掻いた。
「もう1回来るか」
再び突進。
今度は少し早めに盾を構える。
角度をつけ、当たる瞬間に身体もずらす。
衝撃。
岩角が《鉄皮》の表面を滑った。
「よし」
横へ流れたロックディアへ剣を振る。
もう一撃。
ロックディアが崩れ、その身体が光の粒となって消えていった。
「……おお」
エントは《鉄皮》へ目を落とした。
「これ、いいな」
角度さえ合わせれば、思っていた以上に攻撃を流しやすい。
もちろん、雑に構えただけでは駄目だろう。
それでも、前の盾より使いやすかった。
《鉄牙》も、大きさが以前の長剣とほとんど変わらないため、振った時の感覚に大きなズレがない。
「ガルドさんに頼んで正解だったな」
エントは満足しながら、ドロップした素材を確かめた。
《岩角鹿の角》
《岩角鹿の毛皮》
「これか」
目当ては《岩角鹿の角》。
今なら高く売れると聞いていた素材だ。
「じゃあ、もうちょっと狩るか」
◇
それからしばらく。
エントは岩場と疎林の間を歩きながら、ロックディアを探していった。
1体。
また1体。
時には2体。
1体目の突進を《鉄皮》で逸らす。
その横から、もう1体が迫ってきた。
「っと!」
今度は受けずに横へ跳ぶ。
岩角が目の前を通り過ぎた。
着地して振り返る。
「2体だとちょっと面倒だな」
正面から両方を相手にするのはまずい。
片方を盾で流す。
もう片方の進路から外れる。
位置をずらし、1体ずつ攻撃できる状況を作る。
再びロックディアが突っ込んでくる。
岩角を《鉄皮》で流し、体勢を崩したところへ《鉄牙》を振る。
1体が光となって消えた。
「次!」
残った1体へ向き直る。
最初は新しい装備の感覚を確かめながら慎重に戦っていた。
だが、徐々に扱いにも慣れてきた。
《鉄牙》は振りやすい。
《鉄皮》も重すぎない。
攻撃を盾で流し、位置を変え、できた隙へ剣を入れる。
今のエントの戦い方によく合っていた。
やがて、インベントリに《岩角鹿の角》と《岩角鹿の毛皮》が溜まっていく。
「こんなもんかな」
今日は試運転も兼ねている。
無理に長居する必要はない。
一度リュネールへ戻ることにした。
◇
教えてもらった素材屋へ《岩角鹿の角》を持ち込む。
買取額が表示されると、エントは思わず画面を確かめ直した。
「……え?」
見間違いではない。
「こんなに?」
「ああ。今は角を欲しがってる奴が多いからな」
店主が答える。
「へえ……」
エントは並べた《岩角鹿の角》に目をやった。
「これ、知らなかったら普通にその辺で狩ってたな……」
売却を決定する。
所持金が増えた。
昨日の出費を全部取り戻せたわけではない。
それでも、普段なんとなくモンスターを倒して素材を売っていた時と比べれば、明らかに効率がいい。
「結構違うんだな」
狩っていた時間は、そこまで長くない。
倒した数も、とんでもなく多いわけではなかった。
今、需要のある素材を狙った。
それだけだ。
店を出て、エントは所持金をもう一度確認する。
「……やっぱり情報もある程度大事だよな」
知っているかどうか。
それだけで、同じ時間を使っても結果が変わる。
攻略情報を全部調べて、その通りに動きたいわけじゃない。
知らない場所を自分で歩くのも、このゲームの楽しさだと思う。
でも、何もかも知らないままでいる必要もない。
「使えるもんは使えばいいか」
エントはメニューを閉じた。
少し考える。
まだ時間はある。
新しい装備の感覚も、もう少し確かめたい。
何より――
「このくらい稼げるなら、もう少し狩っとくか」
今度は、さっきより少し奥まで。
エントは再び街の外へ向かった。
◇
同じ狩場へ戻り、さらに奥へ進む。
先ほどまでより木々が増えていた。
岩の間にも苔が目立つ。
道らしい道も細くなっている。
「この辺にもいるかな」
足元に注意しながら進む。
しばらく歩いたところで、ロックディアを1体見つけた。
突進を流す。
剣を入れる。
もう一度攻撃を避け、仕留める。
ロックディアが光となって消えた。
《岩角鹿の角》
「よし」
素材を拾い、さらに奥へ進む。
「もう1体くらい――」
そこで、エントは足を止めた。
エントは足を止めた。
「……ん?」
少し先の木々の隙間に、何かがいた。
木々の隙間に、何かがいた。
「ロックディア?」
四足獣。
大きさも近い。
灰褐色の体も、遠目にはよく似ている。
だが――
「……違うな」
エントは目を細めた。
頭には角がある。
片方は、ロックディアと同じような岩質の角。
けれど、もう片方は――
「木……?」
片方だけ、岩角ではない。
頭から木の枝が伸びているように見えた。
「なんだあれ」
体もおかしい。
灰褐色の毛に覆われている部分。
その途中から、樹皮のようなものへ変わっている。
背中には苔のようなものまで生えていた。
「ロックディアの……亜種?」
そんなモンスターがいるのか。
エントは相手へ視線を合わせ、情報を確認しようとする。
情報を確認しようとする。
だが――
「……名前出ない?」
何も表示されない。
名前も、
Lvも。
「なんで?」
距離が遠すぎるのか。
一歩進む。
もう一歩。
その時だった。
「あれ……」
四足獣が少し身体を横へ向けた。
脇腹が見える。
そこに、白いものがあった。
「模様?」
毛とも傷とも違う。
白い何かが描かれている――ようにも見えない。
むしろ、そこだけ何もない。
体の一部がぽっかりと抜け落ちているように見えた。
「変なの」
エントはもう少し近づこうとする。
四足獣がこちらを向いた。
目が合う。
「……」
襲ってくる様子はない。
ただ、こちらを見ている。
数秒、エントも動かなかった。
エントも動かなかった。
「……何なんだ、お前」
当然、答えは返ってこない。
やがて四足獣はゆっくりと顔を逸らし、そのまま木々の奥へ歩いていった。
「あ」
エントも後を追う。
間に木が入り、姿が見えなくなる。
少し急いで回り込んだ。
「……いない」
さっきまでいたはずの場所にも、その先にも、
どこにも姿がない。
「早くない?」
周囲を見回す。
木。
岩。
苔。
薄く漂う霧。
それだけだった。
「……まあ、いいか」
名前もLvも出なかった。
ロックディアに似ていた。
でも、片方の角は木みたいだった。
体には樹皮や苔みたいなものが混じっていて、白い変な模様もあった。
「なんか変なモンスターいたな」
気にはなる。
けれど、今すぐどうにかしなければならない理由もない。
「まだロックディアいるかな」
結局、エントがその奇妙なモンスターについて考えたのは、ほんの数分だけだった。
すぐに頭を切り替え、再びロックディアを探して歩き出した。




