鉄牙と鉄皮
リュネールの中央広場。
エントは噴水の近くでメニューを開き、装備画面を眺めていた。
「……そろそろ修理のこと考えた方がいいかな」
「何が?」
隣にいたコリーが覗き込んでくる。
「剣。昨日も使ったし」
「ああ」
表示されている長剣の耐久度には、まだ余裕がある。
今すぐ修理が必要なほどではないが、このまま使い続けるなら、そのうち一度直しておいた方がいいだろう。
「コリーの弓は?」
「俺の?」
「結構使ってるだろ」
「まあな。ちゃんと修理してるぞ」
「どこで?」
「作ってもらったとこ」
「……作ってもらった?」
「ん?」
エントはコリーの背中にある弓へ目をやった。
いつも使っている弓。
以前、エント自身も一度借りたことがある。
「それ、店売りじゃなかったんだ」
「ああ。素材持ち込んで作ってもらった」
「へえ。NPCに持ち込みでも作ってもらえるのか」
「できるぞ」
「なるほど」
言われてみれば、生産職もNPCの職人もいる。
素材を持ち込んで装備を作ってもらえるのも不思議ではない。
単に、自分が今まで利用していなかっただけだ。
「素材か……」
インベントリを開く。
いくつものアイテムが並ぶ中で、エントの手が止まった。
《鉄殻猪の牙》
《鉄殻猪の鉄毛》
《鉄殻猪の硬皮》
アイアンボアから手に入れた素材だ。
特に使い道を決めていなかったので、そのまま残してある。
「これ、使えるかな」
「何が?」
「アイアンボアの素材」
「あー」
コリーも画面を覗く。
「いいんじゃね? あれ結構レベル高かったし」
「武器にできそう?」
「できると思うけど、俺に聞くより職人に見せた方が早いだろ」
「確かに」
エントはメニューを閉じた。
「じゃあ、ちょっとガルドさんのところに持ってってみるわ」
「ああ、武器屋の?」
「うん」
「いいんじゃね? あそこなら作ってくれるかもな」
「聞いてみる」
「俺はこのあと素材集め行ってくるわ」
「そっか」
「いいの作れるといいな」
「まだ作れるか分かんないけどな」
「その素材なら何かは作れるだろ」
「じゃ、行ってくる」
「おう。またな」
コリーと別れ、エントはガルドの武器屋へ向かった。
◇
扉を開けると、金属と油の匂いが鼻をついた。
壁には剣や槍、斧をはじめとした様々な武器が並んでいる。
もう何度か来ている店だ。
カウンターの奥にいたガルドが顔を上げた。
「……お前か」
「どうも、ガルドさん」
「今日は何だ」
「ちょっと聞きたいんですけど」
エントはカウンターへ近づく。
「素材を持ってきたら、武器って作ってもらえます?」
「物による」
「じゃあ、見てもらっていいです?」
「出せ」
エントはインベントリを開き、素材を取り出していった。
牙。
金属のような硬さを持つ毛。
そして、分厚い皮。
ガルドの目が止まる。
「……アイアンボアか」
「分かるんですね」
「仕事だからな」
ガルドは《鉄殻猪の牙》を1本持ち上げた。
表面を指でなぞり、角度を変えながら状態を確かめていく。
「こいつはいい」
牙を置き、今度は鉄毛へ手を伸ばす。
1つずつ確かめながら、いくつかを横へ分けた。
続いて硬皮。
「牙が2本。どっちも使える」
「はい」
「鉄毛も十分あるな」
さらに選別を続ける。
「硬皮は……この4枚がいい」
「残りは?」
「悪くはない。だが、使うならこっちだ」
「なるほど」
同じ名前の素材でも、品質によって扱いが違うらしい。
エントはガルドの手元を見守った。
「今のお前には、ずいぶん上の素材だな」
「俺1人じゃないですよ。レベルの高いやつと一緒でしたし、俺は途中で吹っ飛ばされてましたから」
「なら納得だ」
「そこは納得するんですね」
「事実だろ」
「まあ、そうですけど」
ガルドは再び素材の選別に戻った。
「で、何を作る」
「長剣を作りたいんですけど」
エントは腰の剣へ手を置く。
「今使ってるのと同じくらいの大きさがいいです」
「結局、剣に戻ったんだな」
「いろいろ使ってみましたけど、やっぱりこれが一番使いやすくて」
「そうか」
ガルドは牙と鉄毛をいくつか選び出した。
「作れる」
「ほんとですか?」
「ああ」
「牙ってどう使うんです?」
「加工して鉄と合わせる。こいつの性質を使う」
「なるほど」
「鉄も要る」
「ちょっとなら持ってます」
エントは手持ちの一般素材も取り出した。
鉄インゴット。
硬木材。
なめし革。
ガルドがそれぞれを確認する。
「足りんな」
「やっぱり?」
「鉄が足りん。木と革も少しだ」
「店のを使えます?」
「ああ。その分は金を取る」
「じゃあ、それでお願いします」
ガルドが素材を選び終える。
その直後、エントの視界に表示が現れた。
《新たな製作候補が判明しました》
《鉄牙の長剣》
「鉄牙……」
「どうした」
「いや、分かりやすい名前だなって」
「分かりやすい方がいいだろ」
「まあ、そうですね」
表示された製作候補を確認する。
まだ完成していないため、詳しい性能までは表示されていない。
アイアンボアの素材から作る、自分用の長剣。
それだけで少し興味が湧いた。
「これでお願いします」
「ああ」
話がまとまりかけたところで、エントはカウンターに残った硬皮に気づいた。
「……そういえば、ガルドさん」
「何だ」
「盾も作れます?」
「作れる」
「盾もやってるんですね」
「武器だけじゃない。盾も扱う」
「知らなかった」
「聞かれなかったからな」
「前の盾、別の店で買っちゃいましたよ」
「そうか」
「そこは何もないんですね」
「何を言えってんだ」
「いや、別に」
ガルドが硬皮を手に取る。
「盾も作るのか」
「作れるならお願いしたいです」
「どんなのがいい」
エントは少し考えた。
「今使ってるのと同じくらいの中型がいいです。大きすぎると動きにくいんで、重すぎないやつで」
「他には」
エントは、アイアンボアの突進を盾で流した時のことを思い出した。
「……攻撃を受け止めるだけじゃなくて、流しやすくすることってできます?」
「できる」
ガルドは短く答えた。
「なら、表面に少し傾斜をつける」
「傾斜?」
「角度を合わせれば、まともに受けるより流しやすい」
「あ、それがいいです」
「持ってるだけじゃ流れんぞ」
「それは分かってます」
「ならいい」
ガルドは硬皮を4枚選ぶ。
さらに鉄毛を分け、必要な素材を確認していった。
しばらくして、再び表示が現れる。
《新たな製作候補が判明しました》
《鉄皮の盾》
「鉄牙と鉄皮」
2つの名前を並べてみる。
「なんかセットっぽいですね」
「同じ素材だからな」
「じゃあ、両方お願いします」
「分かった」
◇
ガルドが必要な素材を改めて確認する。
牙。
鉄毛。
硬皮。
さらに、エントが持っていた鉄インゴット、硬木材、なめし革。
「足りない分は店のを使う」
「はい」
「加工費込みで……これだ」
表示された金額を見る。
「7,500G……」
思わず所持金を確認した。
「あ」
「足りんのか」
「ちょっとだけ」
今まで受けた依頼の報酬。
戦闘で手に入れた素材を売った金。
そこから武器や防具を買い、修理もしてきた。
それでも、それなりには残していたつもりだった。
だが、7,500Gにはわずかに届かない。
「どうしようかな……」
エントは所持金と製作費を見比べる。
ふと、カウンターの端へ分けられていた素材が目に入った。
「……そういえば、使わない分って売れます?」
「売れる」
「ここでも買い取ってもらえます?」
「ああ」
「じゃあ、お願いします」
ガルドが余った素材を手に取り、状態を確認していく。
「これなら買い取れる」
買取額が表示された。
エントはその金額と所持金を足し、もう一度7,500Gと比べる。
「……これなら足りる」
「どうする」
少しだけ迷う。
装備を2つ作れば、手元に残る金はほとんどない。けれど、せっかく手に入れたアイアンボアの素材だ。
長剣も盾も、今の自分に合うように作ってもらえる。
「お願いします」
余った素材を売却する。
続けて、製作を決定した。
《7,500Gを支払いました》
所持金を見る。
「……ほとんど残ってないな」
「嫌なら今からでもやめるか」
「いや、大丈夫です」
エントの口元が少し緩んだ。
「せっかくですし、作ってみたいんで」
「そうか」
「どれくらいでできます?」
「数時間だ」
「すぐできるわけじゃないんですね」
「そんなわけあるか」
「ゲームだから、もしかしたらって」
「待て」
「はい」
あまりにも短い返事に、エントは思わず口元を緩めた。
「じゃあ、後で来ます」
「ああ」
店を出る。
◇
数時間と言われても、特に予定を決めていたわけではない。
「どうしよ」
中央広場を歩きながら考える。
まずは、持ち歩いている物を少し整理することにした。
すぐには使わない素材もいくつかある。
「倉庫行っとくか」
エントは中央広場から少し歩き、冒険者向けの倉庫へ向かった。
建物の中へ入り、受付で自分の倉庫を呼び出す。
表示された保管欄を確認しながら、当面使う予定のない素材をインベントリから移していく。
「こんなもんかな」
預け終えて、倉庫を出る。
ついでに減っていた消耗品も補充しようかと思ったが、所持金を思い出す。
「……これは今度でいいか」
さすがに今は、あまり無駄遣いしたくない。
まだ時間は余っている。
露店を覗いてみる。
「これ何ですか?」
「料理用の香草だよ」
「へえ」
買いはしなかった。
少し先へ進むと、今度はアクセサリーを並べた露店があった。
立ち止まって眺め、また歩く。
気になった店へ入っては出る。
そんなことをしているうちに、それなりに時間が経っていた。
「……そろそろかな」
エントはガルドの武器屋へ戻った。
◇
「できてます?」
「ああ」
ガルドは短く答え、カウンターの奥へ向かった。
やがて、2つの装備を持って戻ってくる。
最初に置かれたのは長剣だった。
「おお……」
正統派の長剣。
派手な装飾はない。
だが、今まで使っていた長剣よりも刀身の色がわずかに暗く、光が当たると表面に細かな筋が浮かんで見える。
「これが鉄牙ですか?」
「ああ」
エントは手に取った。
「……いいな」
適度な重さが手へ伝わってくる。
重すぎるわけではない。
柄を握った感触も悪くなかった。
少し構えようとすると、
「振るなよ」
先に止められた。
「まだ振ってないですよ」
「振ろうとしただろ」
「ちょっとだけ」
「外でやれ」
「はい」
長剣を置く。
続いてガルドが出したのは盾だった。
「こっちが鉄皮だ」
「おお……」
エントは盾を手に取る。
頼んだ通り、今まで使っていた盾と大きさはそれほど変わらない。
中型。
金属だけで作られているわけではなく、硬木を芯にして複数の素材が組み合わされている。
そして、表面には中央から外側へ向かって緩やかな傾斜がついていた。
「ここで流すんですね」
「角度を合わせればな」
「試してみたいな」
「店の中ではやるな」
「やりませんよ」
「さっき剣を振ろうとしただろ」
「それとこれとは別です」
「同じだ」
「……はい」
エントは装備情報を開いた。
《鉄牙の長剣》
ランク:C
レアリティ:R
品質:高品質
属性:無
攻撃力:72
要求STR:28
要求DEX:24
要求TEC:24
特殊効果:STR+5
「高品質……STRも+5か」
今まで使っていた長剣にはなかった効果だ。
続けて盾を確認する。
《鉄皮の盾》
ランク:C
レアリティ:R
品質:高品質
属性:無
防御力:76
要求STR:26
要求VIT:30
特殊効果:VIT+5
「こっちはVIT+5。こっちも高品質なんですね」
「牙と硬皮の状態がよかった。鉄毛も使えるものを選んだ」
「結構いい素材だったんだな」
「ああ」
「ガルドさんの腕も?」
ガルドは少しだけ目を細めた。
「……悪い仕事はしてない」
「なるほど」
エントは満足げに、もう一度2つの装備を見比べた。
どちらも今まで使っていた装備より明らかに上だ。
「そういえば、ガルドさん」
「何だ」
「これって、あとから強くしたりもできます?」
「できる。合う素材を持ってこい」
「じゃあ、これから素材を手に入れたら、また持ってくればいいんですね」
「使えるものならな」
「結構長く使えるかもしれないんだ」
「使えるところまで使えばいい」
「それ、いいですね」
少し嬉しくなる。
単に性能のいい装備を手に入れたから、というだけではない。
自分たちで倒したアイアンボアの素材から作った長剣と盾。
さらに素材を手に入れれば、それを育てていくこともできる。
そう考えると、店で買った装備とは少し違って見えた。
「前の剣と盾はどうする」
ガルドが聞く。
「残しておきます」
「そうか」
「こっちが壊れた時の予備にします。修理中にも使えますし」
「それでいい」
ガルドはそれだけ言った。
「じゃあ、これ装備していきます」
「ああ」
「ありがとうございます、ガルドさん」
「金はもらってる」
「そういう問題なんですか?」
「そういう問題だ」
エントは口元を緩めた。
そこで、ふと所持金が目に入る。
「……そうだ」
「何だ」
「ガルドさん、この辺で金稼ぐなら、どこがいいです?」
「金?」
「はい。さっきのでだいぶ減ったんで」
「そうだろうな」
「できれば、この剣と盾も試せるところがいいんですけど」
ガルドは少し間を置いた。
「ただ狩るだけなら好きなところへ行け」
「はい」
「稼ぎたいなら、今売れる素材を狙え」
「今売れる素材?」
「素材にも需要がある。いつでも同じ値段じゃない」
「なるほど……」
武器や防具を作るのに素材が必要なら、その時々で欲しがられるものが変わるのも当然だ。
ガルドは、いくつか候補を教えてくれた。
モンスター。
取れる素材。
それを欲しがっている職人。
普段なら、何も考えずにその辺を歩いて、出会ったモンスターを倒していた。
こういう情報を聞いてから狩りに行くのは初めてだ。
「ありがとうございます」
「無理はするな」
「はい」
◇
店を出ると、腰には《鉄牙の長剣》、背には《鉄皮の盾》。
歩いているだけでは、まだ今までとの違いはよく分からない。
エントはもう一度装備画面を開いた。
《STR+5》
《VIT+5》
「……どんな感じなんだろ」
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腰の《鉄牙》へ手を添えた。
所持金はかなり減った。
新しい装備も試したい。
せっかく金策の場所も聞いた。
「明日、行ってみるか」
新しい剣と盾を試しながら、少し金も稼ぐ。
いつものように気の向くまま歩くのとは少し違う。
それはそれで、面白そうだった。
エントは新しい装備を身につけたまま、リュネールの街を歩いていった。




