寄り道
ログインすると、視界の端にメッセージの通知が浮かんでいた。
「ん?」
エントが開いてみる。
《ログインしたら連絡くれー》
送り主はコリーだった。
「何だろ?」
そう呟きながら、そのまま返信する。
《今入った》
ほとんど間を置かず、返事が来た。
《お、来た! 今どこ?》
《ログインしたとこ》
《じゃあ噴水前集合な》
「はいはい」
エントはメニューを閉じ、広場へ向かった。
◇
「お、来た」
噴水前へ着くと、コリーが片手を上げた。
「お待たせ」
「いや、俺も今来たとこ」
「で、何か用だった?」
「いや、特に」
「じゃあ何で連絡したんだよ」
「今日どうすっかなって思って。エント来るなら何かやろうかなって」
「ああ、そういうこと」
「昨日何してた?」
「セブンとレベル上げ」
「へえ――って、2人で?」
「そう」
「珍しいな。どこ行った?」
「アイアンボアってやつがいるとこ」
「マジ? お前あそこ行ったの?」
「知ってる?」
「知ってる。お前にはまだきつかっただろ?」
「めっちゃ吹っ飛ばされた」
「だろうな」
「ちょっと嬉しそうじゃない?」
「気のせいだって」
「で、帰った?」
「いや、残った」
「残ったのかよ」
「面白かったし」
「お前、そういうとこあるよな」
コリーは呆れたように肩をすくめた。
「それで、どこまでやった?」
「何回か吹っ飛ばされながら、最後まで付き合った」
「マジか。よくやるな」
「ちゃんと無理なら下がるつもりだったって」
「まあ、そこは分かってるけどさ」
「失礼な。ちゃんと戦力にもなったぞ」
「どれくらい?」
「時間稼ぎくらいは」
「まあ、あのレベル差なら十分じゃね?」
「だろ?」
コリーが広場へ目をやった。
「で、今日はどうする?」
「それ、俺が聞こうと思ってた」
「何かない?」
「ない」
「即答かよ」
「コリーは?」
「俺も特にないな」
「何で連絡してきたんだよ」
「エントが何か考えるかなって」
「他力本願じゃん」
「お互い様だろ」
「それはそう」
エントは何となくフレンド欄を開く。
並んだ名前の中に、見覚えのある名前があった。
「あ、コンさんいる」
「お、マジ? 誘ってみようぜ」
「そうするか」
エントはコンへメッセージを送った。
《今暇です?》
少しして返事が来る。
《はい。特に予定はないですよ》
《じゃあ何かしません? コリーもいます》
《ぜひ》
「来るって」
「じゃあ3人で考えるか」
「まだ決まってないのかよ」
「人数増えたら何か思いつくかもしれないだろ?」
「また他力本願」
「エントもな」
「それはそう」
◇
「こんにちは」
待ち合わせ場所へ現れたコンが、軽く頭を下げた。
「お誘いありがとうございます」
「おー、コンさん。そんな固くなくていいですよ」
コリーが言う。
「遊びに行くだけですし」
「そうですか?」
「そうそう」
「……では、今日はよろしくお願いします」
「そこは変わらないんだな」
「すみません」
「いや、謝ることじゃないって」
エントが2人を交互に見た。
「で、3人になったけど何する?」
コンが僅かに首を傾げた。
「まだ決めていなかったんですか?」
「誘ってから考えようかなって」
「普通は逆じゃないですか?」
「ほら、コンさんにも言われてるぞ」
「コリーも何も決めてなかっただろ」
コンに尋ねてみたものの、特に希望はないらしい。
「じゃあ、コリー決めて」
「俺?」
「さっきから人に任せてるし」
「分かったよ」
コリーは少し考えてから、街の西側を指した。
「西側に岩場あるんだよ。そんな遠くないし、行ってみる?」
「何かある?」
「特には」
「何もないのかよ」
「暇なんだからいいだろ?」
「まあ、それもそうか」
エントはコンへ問いかけた。
「コンさんは?」
「私は大丈夫ですよ」
「じゃあ決まりだな」
大した目的もないまま、3人は街を出た。
◇
リュネールを出て、しばらく歩く。
最初は開けた草原だった景色も、進むにつれて少しずつ変わってきた。
ところどころに低い木が増え、地面から顔を出す岩も多くなっている。
「こっち来るの初めてだな」
「エント、東側ばっか行ってたからな」
「森あるし」
「分かりやすいな」
少し後ろを歩いていたコンが、道端で足を止めた。
「あれ?」
「どうした?」
「見たことがないものがあったので」
コンの視線の先には、岩の陰に、細長い葉を何枚も伸ばした草が生えている。
コンが近づいて確認する。
「《薄葉草》……というみたいです」
「何に使うの?」
「そこまでは分からないですね。初めて見ましたから」
「俺も知らん」
「エントはちょっと調べろよ」
「何で俺だけ?」
「攻略情報全然見ないじゃん」
「必要になったら調べる」
「絶対後回しにするやつだろ」
「失礼な」
「コンさんは採るの?」
「せっかくなので、少し採ってみます」
コンが《薄葉草》を採集する。
「2個採れました」
「用途は?」
「あとで調べてみます」
「ほら、エント。これが普通だぞ」
「俺だって必要なら調べるって」
「今必要じゃない?」
「俺は持ってないし」
「……まあ、それもそうか」
「納得するんだ」
「持ってないならな」
コリーが先に歩き出し、エントとコンもその後を追った。
◇
岩場へ近づくにつれて、道らしい道が曖昧になってきた。
大きな岩の間を抜けていくと、少し先で道が2手に分かれている。
右側はそのまま岩場の奥へ。
左側は、岩の隙間を縫うように細い道が続いていた。
「あっち行けそうじゃない?」
エントが左を指す。
コリーもそちらを見る。
「行けそうだけど、岩場は右だぞ」
「ちょっと見るだけ」
「出た」
「何が?」
「エントの『ちょっと見るだけ』」
「何だよそれ」
「大体ちょっとで終わらないだろ」
「昨日も似たようなこと言われた気がする」
「誰に?」
「セブン」
「ほら、俺だけじゃないじゃん」
コンも細い道の先を確かめる。
「急いでいるわけではありませんし、少しくらいならいいんじゃないですか?」
「ほら」
「コンさんが言うなら行ってみるか」
「俺が言った時と反応違わない?」
「日頃の行いだろ」
「ひどくない?」
結局、3人で細い道へ入った。
岩と岩の間を抜け、緩やかな坂を登っていく。
思っていたより長い。
「なあ、エント」
「何?」
「まだ?」
「もうちょいじゃない?」
「根拠は?」
「勘」
「怪しいな」
コンが少し先を示した。
「でも、向こうが明るくなっていますね」
「ほら」
「今のはコンさんの情報だろ」
「俺も見えてた」
「後出しじゃん」
「うるさいな」
さらに進む。
そして岩の間を抜けた瞬間、視界が開けた。
「おお」
エントが足を止める。
「お、結構いいじゃん」
そこは周囲より少し高くなった場所だった。
切り立った崖というほどではない。
ただ、遮るものが少なく、遠くまで見渡せる。
リュネールの街並み。
その周囲に広がる草原。
さらに向こうには、これまで歩いてきた森の一部も見えた。
「こんなとこあったんだな」
「コリーも知らなかったの?」
「ここは初めてだな。普通に岩場行くだけなら通らないし」
「じゃあ俺の寄り道のおかげじゃん」
「まあ、それは認める」
「素直じゃん」
「実際見つけたのはエントだしな」
「何か調子狂うな」
「褒めたらそれかよ」
「綺麗ですね」
コンが景色を眺める。
「こうして見ると、結構遠くまで来たんですね」
「歩いてるとあんまり感じなかったな」
「だな」
少しの間、3人で景色を眺める。
「寄り道してよかったです」
コンが言った。
「だろ?」
「お前が作った場所じゃないけどな」
「そこ言う?」
「一応な」
「何の一応だよ」
◇
元の道へ戻り、岩場の奥へ進む。
しばらくして、先頭を歩いていたコリーが手を上げた。
「ストップ」
エントとコンが足を止める。
「いるぞ」
コリーが前方を指した。
岩陰から、灰色の小さな影が姿を現す。
四足。
尖った耳。
細い身体。
続けて、もう1体。
さらに奥から1体。
エントは現れた3体を確認する。
《ロックジャッカル Lv19》
《ロックジャッカル Lv18》
《ロックジャッカル Lv20》
「3体か」
「いけそう?」
「昨日より全然マシ」
「まだ言ってんのかよ」
「これくらいなら大丈夫」
エントが長剣を抜き、盾を構える。
コリーも武器を構えた。
少し後ろで、コンが杖と小盾を構える。
「コンさん、後ろお願い」
「はい」
ロックジャッカルの1体が地面を蹴った。
「来た!」
エントが前へ出る。
噛みつこうとする頭を盾で受ける。
衝撃はある。
だが、押し負けるほどではない。
「そうそう、これくらい!」
「何と比べてんだよ」
盾を押し返し、そのまま長剣を振る。
刃が胴を捉え、ロックジャッカルがよろめいた。
横から2体目が飛び込んでくる。
「エント、右!」
「見えてる!」
身体を引く。
牙が目の前を通り過ぎる。
その横をコリーが駆け抜けた。
「そっちは任せろ!」
コリーの攻撃がロックジャッカルへ入る。
残った1体が回り込んだ。
「コンさん!」
「はい!」
コンが後ろへ下がる。
エントが間へ入り、盾で爪を受けた。
HPが少し減る。
「《ヒール》!」
柔らかな光がエントを包む。
減ったHPが戻っていく。
「おお、回復飛んでくるの楽だな」
「戦闘中ですよ」
「分かってる!」
すぐに前へ意識を戻す。
ロックジャッカルの爪を盾で逸らし、長剣を振る。
ロックジャッカルが崩れ、その身体が光の粒子へ変わった。
「1体!」
「こっちももうちょい!」
コリーの相手も動きが鈍っている。
だが、その横から3体目が飛びかかった。
「っと!」
コリーのHPが削れる。
ほぼ同時に、エントも攻撃を盾で受けた。
2人のHPが減る。
コンの視線が一瞬、2人の間を動いた。
「俺はまだ平気! コリー先!」
「はい!」
「《ヒール》!」
光がコリーを包む。
「助かる!」
「エント、そっち行くぞ!」
「おう!」
コリーが1体を引きつける。
エントは目の前の1体へ踏み込んだ。
盾で爪を逸らす。
長剣を振る。
もう1度。
ロックジャッカルが崩れ、その身体が光の粒子へ変わった。
「こっち終わり!」
「じゃあラスト!」
残った1体へ2人で向かう。
コンの回復を受けながら攻撃を重ね、ほどなく最後のロックジャッカルも光の粒子へ変わった。
◇
「ふう」
エントが長剣を収める。
「やっぱこれくらいがちょうどいい」
「昨日どんだけだったんだよ」
「結構」
「ちょっと見たかったな、それ」
「見世物じゃないぞ」
コリーも武器を収める。
少し離れたところで、コンが杖を下ろした。
「……途中、少し迷ってしまいました」
「回復?」
「はい。お2人ともHPが減っていたので」
「でもすぐ動けてましたよ」
コリーが答える。
「最初から全部分かる方が無理ですって」
「そういうものですか?」
「慣れればもっと見えるようになりますよ」
「俺はまだ余裕ありましたし。ああいう時は言いますよ」
「ありがとうございます」
「でも俺が死にそうな時はお願いしますね?」
「それはもちろんです」
「そこは即答なんだ」
「死んでしまいますから」
「そりゃそうだ」
コリーがエントへ顔を向ける。
「そういや、この前もコンさんに『無理はしないでくださいね』って言われた時、普通に『はい』って返してたよな」
「そう?」
「言い方が優しいから」
「俺だって優しいだろ」
「コリーはうるさい」
「それ、優しさと関係なくない?」
「まあな」
「認めるのかよ」
コンは2人のやり取りを静かに聞いていた。
◇
岩場の奥まで行ったところで、3人は休憩することにした。
平らな岩を見つけ、それぞれ腰を下ろす。
「結局、何もなかったな」
コリーが言う。
「最初から何もないって言ってたじゃん」
「でも何かあるかもって思うだろ?」
「さっきまで俺の寄り道に文句言ってたの誰だよ」
「寄り道と目的地は別」
「何だその理屈」
「でも、高いところは見つかりましたね」
コンが言う。
「それはよかったな」
「急にまともになった」
「何だよ、急にって」
「さっきまで功績とか言い出しそうだったから」
「言わねえよ」
「本当に?」
「たぶん」
「怪しいな」
少し休んだところで、コリーがコンへ話を振った。
「コンさん、こういう人数で戦うのってまだ慣れないですか?」
「そうですね。1人の時とは見るところが違うので、まだ少し難しいです」
「まあ、人数増えると変わるよな」
「でも、さっき普通に助かったし」
エントが言う。
「俺らも危なかったら言いますし」
「はい。助かります」
「まあ、エントはアクシスの知識ないけど、ゲーム自体は上手いからな」
「何で1回下げた?」
「事実じゃん」
「否定できないのが腹立つ」
「知らないもの多いですもんね」
「コンさんまで」
「初見の方が面白いんだって」
「まあ、それは分かるけど」
「だろ?」
「分かんなくなったら俺に聞いてくるけどな」
「知ってる人に聞いた方が早いじゃん」
「はいはい」
コンは2人のやり取りを受けて言った。
「お2人は、本当に仲がいいですね」
「長いからな」
コリーが答える。
「こいつとは昔から色々ゲームやってるし」
「まあな」
「なるほど」
「コンさんもそのうち慣れますって」
「そうだな。分かんないことあったらコリーに聞けばいいよ」
「お前も答えろよ」
「俺が分かることなら」
「ならいいけど」
◇
街へ戻った頃には、空の色が少し変わり始めていた。
「結構遊んだな」
「ノープランだった割には」
「楽しかったです」
「ならよかったです」
広場へ入ったところで、エントが見覚えのある姿を見つけた。
「あれ、セブン」
魔導書を抱えたセブンがこちらに気づいた。
「あんたたち、何してたの?」
「3人で西の岩場行ってた」
「岩場?」
「適当に探索」
コリーが答える。
「何かあった?」
「高いとこ見つけた」
「それだけ?」
「ロックジャッカルとも戦った」
「普通ね」
「普通だったな」
「何よ、その会話」
エントの口元が緩む。
「昨日が濃かったから」
「それはエントが無理して残ったからでしょ」
「ちゃんと帰れる範囲だったって」
「何回吹っ飛ばされたか忘れたの?」
「覚えてるよ」
「ならいいけど」
コリーが2人の会話に入る。
「昨日もそんな感じだったの?」
「まあ、大体」
「誰のせいよ」
「エントじゃね?」
「何でコリーが答えるんだよ」
「だってエントだし」
「便利な理由にするな」
エントはセブンへ声をかけた。
「セブンも来ればよかったのに」
「誘われてないんだけど」
「あ」
「あ、じゃないわよ」
「いや、コンさん誘った時はログインしてなかった気がする」
「後から誘えないわけじゃないでしょ」
「それもそうだな」
「今気づいたの?」
「次から気をつけます」
「本当かしら」
エントは隣のコリーへ話を振った。
「じゃあ次、セブンも誘う?」
「いいじゃん。4人でどっか行こうぜ」
「ちょっと。勝手に決めないでくれる?」
「嫌?」
エントが聞く。
「……別に嫌とは言ってないわよ」
「じゃあ予定合う時な」
コリーが言う。
「それならいいわ」
エントはコンを見る。
「コンさんもいいです?」
「はい。私は大丈夫ですよ」
「じゃ、次は4人か」
コリーが3人へ問いかけた。
「で、どこ行く?」
「もう決めるの?」
「決めといた方がいいだろ」
「じゃあコリー、何かある?」
「俺?」
「言い出したじゃん」
「……何かあったかな」
「ないのかよ」
「待てって。今考えてるから」
「またノープランじゃない」
セブンが呆れた声を出す。
「じゃあセブンは?」
「何で私に振るのよ」
「コンさんはどうです?」
「私も、すぐには思いつかないですね」
「全滅じゃん」
「エントはどうなのよ」
「俺?」
3人の視線が一斉に集まった。
エントは少し間を置いた。
「……適当に歩いて、面白そうなとこ見つける?」
「今日と同じじゃねえか!」
真っ先にコリーの声が飛んできた。




