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見るだけ

足跡は、木々の奥へ続いていた。

先頭を歩くコリーが時折立ち止まり、足元や草木に残った痕跡を確かめる。

エントたちは声を抑え、その後を追っていた。

森はいつの間にか、かなり暗くなっている。

木々の隙間から差し込んでいた光も弱くなり、少し離れた場所は見通しづらい。

「まだ続いてる?」

エントが声を抑えて聞く。

「ああ。たぶん、こっち」

コリーが小さな足跡を指す。

「新しいから追いやすい。古かったらもっときついけど」

「俺だったら、とっくに見失ってるわ」

「だろうな。エントにはまだ早い」

「言うじゃん」

コリーが楽しそうに口元を緩める。

「悔しかったら見つけてみろよ」

「無茶言うなって」

「静かに」

後ろからセブンに言われた。

「……はい」

「返事も小さく」

「厳しいな」

「逃げられたくないんでしょ?」

「それはそう」

エントも声を落とす。

コンはほとんど話さず、コリーが追う痕跡をじっと見ていた。

狐耳が時折、小さく動いている。

しばらく進んだところで、

がさり、と前方の茂みが揺れた。

「――いた?」

エントが足を止める。

コンも茂みを見る。

コリーは弓には触れず、その場で様子を窺った。

がさ。

もう一度、葉が動く。

小さな影が飛び出した。

「……あ」

エントたちの前を横切り、そのまま反対側の茂みへ飛び込んでいく。

「違うな」

コリーが言った。

「違いますね」

コンも頷く。

「……惜しい」

「そう簡単には見つからねえか」

コリーがもう一度、足元へ目を向ける。

「でも、まだ近くにいるかもしれない。行こうぜ」

    ◇

だが、それから間もなく。

「……ないな」

コリーがしゃがみ込んだ。

「見失った?」

「たぶん。この辺、地面硬いから足跡残りにくい」

確かに、先ほどまでの柔らかな土とは違う。

木の根が張り出し、その間を落ち葉が覆っている。

「どうする?」

セブンが周囲を見回す。

「手分けする?」

「いや」

コリーが首を振った。

「離れない方がいい。見つけても、近づいたら逃げるかもしれないし」

「じゃあ、この辺をゆっくり探すか」

「それがいいと思います」

コンも頷く。

「まあ、ここまで追えたんだ。近く探してみようぜ」

コリーが立ち上がる。

4人は距離を空けすぎないようにしながら、周囲を探し始めた。

日がさらに落ちていく。

森の中に、夜が近づいていた。

「……いないな」

エントが呟く。

新しい痕跡を見つけてから、かなり歩いた。

近くにいるかもしれないと思っていたが、姿は見えない。

「警戒心が強いんだっけ?」

セブンが聞く。

「はい」

コンが答える。

「人の気配を感じたら、先に離れてしまうことも多いみたいです」

「もう逃げられてたりして」

「その可能性はありますね」

コンの声が少しだけ沈む。

「でも、まだいるかもしれないですよ」

エントが言う。

「せっかくここまで来たんだし、もう少し探しましょう」

「……はい」

コンが頷く。

「ありがとうございます」

「俺も見たいんで」

エントは周囲へ目を向けた。

「コリーは?」

「俺も探す。ここまで来たら見つけたいだろ」

「セブン」

「探すわよ。ここまで来たんだし」

「了解」

その時だった。

「待って」

コリーが小さく言った。

3人が止まる。

「どうした?」

「今、何かいた」

「どこ?」

「あっち」

コリーが木々の間を見る。

エントも目を凝らした。

暗い。

何も見えない。

「見えないけど」

「俺も一瞬だけ」

「ルミナフェネック?」

「分からん。でも何かいた」

コンが思わず前へ出ようとする。

「コンさん」

「あ……」

呼ばれて足を止めた。

「すみません」

「いや」

エントはもう一度、コリーが見ている方向へ目を向ける。

何も動かない。

風に揺れる葉。

暗くなっていく森。

それだけだ。

「……気のせい?」

「いや」

コリーが首を振る。

「何かいた。もうちょい待ってみようぜ」

そのまま、しばらく待つ。

誰も動かなかった。

誰も話さない。

数秒。

十数秒。

そして――

「あ……」

コンが小さく声を漏らした。

「何?」

「……あそこです」

指差した先。

木と木の間。

エントは目を凝らす。

「どこ?」

「もう少し右です」

「右……」

何も見えない。

そう思った時。

暗がりの中で、何かが淡く光った。

「……え?」

最初に見えたのは、姿ではなかった。

薄暗くなった木々の間。

淡い青白い光が、ゆっくりと揺れている。

その光が動くたび、暗がりに隠れていた輪郭が少しずつ浮かび上がった。

大きな耳。

細い身体。

ふさりと広がった、大きな尾。

耳の先。

身体を走る紋様。

そして尾の一部が、夜の森に溶けるような青白い光を帯びている。

「……いた」

エントが呟く。

「おお……マジでいたな」

コリーの声も、自然と小さくなる。

隣から、息を呑む音が聞こえた。

「……いました」

コンだった。

声は小さいが、

「いました……!」

今まで聞いた中で、一番嬉しそうな声だった。

「本物?」

セブンが小声で聞く。

「はい。間違いないです」

コンはルミナフェネックから目を離さない。

「……本当に、大きいんですね」

「何が?」

「耳です。画像で見るよりずっと……尻尾も、思っていたより大きいです」

エントは思わずコンを見る。

普段より明らかに表情が明るい。

「コンさん」

「はい?」

「めちゃくちゃ嬉しそうですね」

「……はい」

否定しなかった。

「ずっと見てみたかったので」

コンは再びルミナフェネックを見る。

エントもそちらへ視線を戻した。

「確かに、綺麗だな」

「……ですよね」

返事が早かった。

エントはコンを見る。

「返事早っ」

「……何ですか?」

「いや、なんでもないです」

コンは不思議そうにしたものの、すぐにルミナフェネックへ視線を戻した。

「これは探した甲斐あったな」

コリーも楽しそうに眺めている。

    ◇

4人は、その場から動かなかった。

ルミナフェネックも、まだこちらには気づいていないらしい。

地面へ鼻先を近づける。

何かを探しているのか、ゆっくりと草の間を歩いていく。

大きな耳が左右へ動く。

少し進んでは止まり、

また歩く。

「何してるんだ?」

エントが囁く。

「食べ物を探しているんだと思います」

コンも小声で答える。

「木の実とか?」

「はい。木の実や小さな虫を食べるみたいで……」

コンはそのまま何か言いかけて、口を閉じた。

「……すみません」

「何が?」

「つい、話しすぎてしまいました」

「別にいいですよ。好きなんですね」

「……はい」

コンは少しだけ恥ずかしそうに答えた。

「エント」

セブンに小声で呼ばれる。

「何?」

「静かに」

「あ」

「逃げるわよ」

「すみません」

エントは口を閉じる。

その横で、コリーが笑いを堪えていた。

声を出さず、4人は再びルミナフェネックを眺める。

その尾が揺れるたび、淡い光も一緒に揺れた。

戦うわけでもない。

何かを手に入れられるわけでもない。

ただ見ている。

それだけなのに、不思議と退屈ではなかった。

    ◇

ルミナフェネックが、ふいに顔を上げた。

「……」

大きな耳が動く。

こちらを向いた。

「気づかれた?」

エントが呟く。

「たぶん」

コリーの声も小さい。

ルミナフェネックは動かない。

じっとこちらを見ている。

その瞬間、セブンが反射的に身構え、ガントレットを装着した手を上げかけた。

「待ってください」

コンの声に、セブンが動きを止める。

「まだ何もしてきていません」

「……分かってる」

セブンは相手の様子を窺いながら、ゆっくり手を下ろした。

コリーも弓には触れない。

エントも剣を抜かず、その場で様子を見る。

コンは何もしない。

ただ、ルミナフェネックを見ている。

「…………」

ルミナフェネックも、こちらを見る。

長い。

ほんの数秒なのかもしれない。

それでも、妙に長く感じた。

やがて、

ルミナフェネックの大きな耳が、一度動いた。

身体の向きを変える。

「あ……」

コンが声を漏らす。

青白く光る尾が揺れた。

ルミナフェネックは数歩進む。

そして一度だけ、こちらを振り返った。

次の瞬間、

地面を蹴る。

青白い光が木々の間を駆け抜けた。

「速っ」

エントが思わず声を上げる。

光は一瞬で遠ざかる。

木々の奥。

さらに奥。

最後に尾の光が一度だけ見えて――消えた。

「……行ったな」

コリーが緊張を解くように息を吐いた。

「いやー、速かったな。あれに走って追いつくのは無理だわ」

「ですね」

コンが答える。

その声は、残念そうではなかった。

「追わなくていいんですか?」

エントが聞く。

「はい」

コンは迷わず頷いた。

「もう十分です」

「十分?」

「見られましたから」

コンがルミナフェネックの消えた方向を見る。

「ずっと見てみたかったので」

それから、静かに息を吐いた。

「……来てよかったです」

エントはその横顔を見る。

本当に、それだけで満足らしい。

「そっか」

「はい」

「じゃあ、目的達成?」

「そうですね」

エントはルミナフェネックが消えた森の奥を見る。

「……ほんとに見るだけだったな」

「最初からそう言ったじゃないですか」

「そうだった」

エントは納得したように口元を緩めた。

    ◇

「いやー、結構面白かったな!」

帰り道。

コリーが満足そうに言った。

「何が?」

「さっきの。モンスター探して、見つけて、それで終わりってやつ」

「俺も。思ったより楽しかった」

「だろ? あんだけ探した後だから余計にな」

「それはあるな」

「最初の方なんて外ればっかだったし」

「俺、何回外したっけ?」

「2回は覚えてるわよ」

セブンが答える。

「まだ覚えてんの?」

「エントが自分で数えてたでしょ」

「そうだけどさ」

「ははっ、次は自力で見つけろよ」

コリーがからかうように言った。

「狩人に言われるとハードル高いんだよ」

「頑張れ頑張れ」

「軽いなあ」

コンは少し考えてから言う。

「私も、いつも観察ばかりしているわけではないですよ」

「そうなの?」

「普通にレベル上げもしますし、素材も集めます」

「そりゃそうか」

「ただ、珍しいものがいたら見てみたくなるだけです」

「それ、十分好きなんじゃない?」

セブンが言う。

「……そうかもしれません」

コンの表情がわずかに和らいだ。

「セブンはどうだった?」

エントが聞く。

「何が?」

「ルミナフェネック」

「綺麗だったわよ」

「お」

「何?」

「素直じゃん」

「感想聞いたのそっちでしょ」

「そうだけど」

「青晶苔も採れたし。来て損はなかったわ」

「やっぱそこなんだ」

「大事だから」

「はいはい」

「その返事やめて」

「まだやってんのか、お前ら」

前を歩くコリーが振り返る。

「さっきからずっとそれやってんな」

「セブンが絡んでくるから」

「そっちでしょ」

「ほら、また」

「ははっ」

「まだ続けるのか」とでも言いたげに、コリーが肩を揺らす。

エントもつられて口元を緩めた。

戦って、

倒して、

レベルを上げる。

それも楽しい。けれど、

何時間も森を歩き回って、ようやく見つけたモンスターを、ただ見る。

それだけでも楽しめるらしい。

「ほんと色々できるな、このゲーム」

「急にどうした?」

コリーが振り返る。

「いや、なんとなく」

「なんだそれ。まあ、分かるけどな」

「だろ?」

「俺も今日みたいなの、またやってもいいし」

「結構気に入ってんじゃん」

「楽しかったからな!」

コリーはあっさり認めた。

    ◇

リュネールへ戻る頃には、すっかり夜になっていた。

「今日はありがとうございました」

コンが3人へ頭を下げる。

「そんな改まらなくていいですよ」

エントが言う。

「俺らも楽しんだんで」

「そうそう。俺らも普通に楽しんでましたし」

コリーも同意するように続ける。

「俺なんか何ももらってないですけど、十分楽しかったですよ」

「お前はそういうやつだよな」

「エントもだろ」

「まあな」

「私は青晶苔も採れたし」

セブンが言う。

「そこはぶれないな」

「だから何?」

「褒めてる」

「絶対違うでしょ」

コンは3人のやり取りを、穏やかな表情で見守っていた。

それから、エントへ視線を戻した。

「あの」

「はい?」

「もし、今度何か探しに行くことがあったら……」

少し間を置く。

「私も呼んでください」

「いいんですか?」

「はい」

コンが穏やかに頷く。

「今日は付き合っていただきましたし。私でも力になれそうでしたら、お手伝いします」

「助かります」

「回復もできますから」

「それはめちゃくちゃ助かる」

「エントは特にね」

セブンが横から言う。

「なんで?」

「今日も回復してもらってたでしょ」

「前衛だから仕方ないじゃん」

「だからって、前に出すぎなのよ」

「またそれ?」

「事実でしょ」

「ははっ、そこは俺もセブンに一票」

コリーが楽しそうに口を挟む。

「お前はこっち側だろ!」

「何側だよ!」

コンの表情が、また少し和らいだ。

「じゃあ、フレンド登録しておきます?」

エントが聞く。

「あ……」

コンが一瞬目を見開く。

「そうですね。お願いします」

エントはメニューを開く。

《コンへフレンド申請を送信しました》

すぐに表示が変わった。

《コンとフレンドになりました》

「これで呼べますね」

「はい」

「じゃあ、次なんかあったら」

「はい。声をかけてください」

「了解です」

「では、また」

「また」

「じゃあな! 今日は楽しかった!」

「またね」

コンが歩いていく。

その背中を見送ってから、エントはフレンド欄を開いた。

コリー。

セブン。

そして、

新しく増えた、コンの名前。

森へ行って、

珍しいモンスターを探して、

結局、倒さずに帰ってきた。

手に入れたものといえば、少し変わった経験と――新しいフレンドが1人。

「まあ、悪くないか」

「何一人で笑ってんだ?」

コリーが振り返る。

「別に」

「なんだよ、気になるだろ」

「なんでもないって」

「帰るわよ」

少し先からセブンの声が飛んでくる。

「ほら、行こうぜ」

「はいはい」

エントはメニューを閉じる。

そして、コリーと並んでセブンの後を追った。

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