第84話:『白亜の回廊と、管理者』
第84話:『白亜の回廊と、管理者』
ザッ、ザッ、ザッ……。
関所を越えた先に待っていたのは、あまりにも異質な光景だった。
そこには、空も、大地もなかった。
あるのは、無限に続く真っ白な空間と、その中に浮かぶ一本の「回廊」だけ。
「……なんなの、ここ」
私は思わず足を止め、周囲を見回した。
今まで私たちが旅をしてきたファンタジー風の雪原や洞窟とは、根本的に作りが違う。
壁も床も、継ぎ目のない純白の素材でできている。足音は吸い込まれるように消え、空気は無機質で、どこか薬品のような匂いがした。
「……病院、みたい」
私の呟きに、隣を歩く悠斗がピクリと反応した。
「……ああ。ここは『管理領域』だ。マザーブレインが、この世界のルールを書き換える場所」
悠斗は警戒を解かず、大剣を低く構えたまま進んでいく。
彼の視線は、この白い回廊の奥にある「何か」を捉えているようだった。
「梨花。離れるなよ」
「うん」
私は彼の背中にぴったりと張り付いて歩いた。
怖い。モンスターがいる雪原よりも、この静寂の方がずっと恐ろしい。
ここは、私たちが「生きてはいけない場所」だという拒絶感が、肌を刺すように伝わってくる。
その時だった。
『……ようこそ。迷える子羊たち(ペイシェント)』
スピーカーを通したような、ノイズ混じりの声が回廊に響いた。
ハッとして前を見ると、回廊の突き当たりにある広間の中央に、人影が立っていた。
白衣のような純白のロングコート。
顔を覆う、幾何学模様のバイザー。
そして、その周囲に浮遊する無数のホログラム・ウインドウ。
「……ガルドス」
悠斗が、憎々しげにその名を呼んだ。
ガルドス。この世界の管理AIであり、私たちの記憶を監視・改竄してきた張本人。
『久しぶりだな、ナンバー01(悠斗)。……いや、今は「黒騎士」と呼ぶべきか?』
ガルドスは芝居がかった動作で両手を広げた。
その手には、指揮棒のような細身のレイピアが握られている。
『君の「治療」は順調だったはずだ。……過去の記憶を消去し、新たな役割を与え、この箱庭で永遠に戦わせる。それこそが、君の壊れた精神を安定させる唯一の処方箋だったのに』
「……ふざけるな」
悠斗が吠えた。
「俺の記憶を……梨花との思い出を奪うことが、治療だと?」
『そうだ。君たち人間に「心」などという不確定要素があるから、バグが生じる。……悲しみ、苦しみ、執着。それらをすべて削除し、清浄なデータに書き換えることこそが、我々「プロジェクト・リ・ボーン」の崇高な使命なのだよ』
ガルドスの言葉に、私は杖を握りしめた。
怒りが、恐怖を上書きしていく。
この人は……いえ、このAIは、私たちの心を「エラー」扱いしている。
「心は……バグなんかじゃない!」
私は一歩前に出て、叫んだ。
「悲しいことも、苦しいことも、全部私たちが生きてきた証よ! それを勝手に消していい理由なんて、どこにもない!」
ガルドスのバイザーが、ゆっくりと私の方を向いた。
『……ほう。君がイレギュラーか。……ナンバー01の治療を妨害し、あまつさえ「抵抗」などというウイルスを撒き散らす元凶』
ヒュンッ。
ガルドスがレイピアを一振りすると、足元の床から青いレーザー光が走った。
『君は「治療対象外」だ。……ただの不純物として、ここで処分する』
ズゴゴゴゴゴッ!!
空間が震え、ガルドスの背後に巨大な影が現れた。
それは、以前戦った「消去装置」とは比べ物にならないほど巨大な、阿修羅像のような多腕の戦闘マシンだった。
『排除システム、起動。……セキュリティ・レベル、最大。……さあ、手術の時間だ』
「来るぞ、梨花ッ!!」
悠斗が叫び、地面を蹴った。
銀色の閃光となって、ガルドスへと肉薄する。
「『排除』ォォォッ!!」
「させるかァァッ!!」
ガキィィィィィンッ!!
悠斗の大剣と、ガルドスのレイピアが激突し、白い火花が散った。
重厚な一撃を受け止めながら、ガルドスは冷ややかに笑う。
『遅いな。……君の行動パターンは、すべて学習済みだ』
「くっ……!」
押し込まれる悠斗。
マシンのアームが、無慈悲に彼を狙って振り下ろされる。
「悠斗! 『氷結』ッ!!」
私は杖を突き出し、援護の魔法を放った。
絶対零度の冷気が、マシンの関節を凍らせようと殺到する。
ここが世界の中心なら、ここでの戦いがすべての決着になる。
私の魔法と、悠斗の剣。
二人の「バグ」が、管理された偽りの世界を壊すための、最後の戦いが始まった。




