第82話:『背中合わせの熱』
第82話:『背中合わせの熱』
ガギィィィンッ!!
凍てつく空気の中で、鉄と鉄が噛み合う火花が散った。
ヴォルフが振り下ろした二振りの剣を、悠斗が大剣の腹で受け止める。
衝撃で足元の氷床が蜘蛛の巣状に砕け、二人の身体が沈み込む。
「重いだろうが、えぇ!? 俺の愛はよォ!!」
ヴォルフが吠え、さらに剣に体重を乗せる。
彼のしなやかな筋肉が獣のように躍動し、双剣が悠斗の防御をこじ開けようと軋みを上げる。
『……障害物……排除……』
悠斗は表情一つ変えない。
ただ機械的に、最適解として手首を返し、ヴォルフの連撃を無造作に弾き飛ばす。
その瞳には、ヴォルフという「個人」は映っていない。ただの処理すべきデータとしてしか認識されていない。
それが、ヴォルフには何よりも許せなかった。
「無視してんじゃねぇッ!!」
ドゴォォッ!
ヴォルフは弾かれた反動を利用して回転し、がら空きになった悠斗の懐へと飛び込んだ。
剣ではない。強引な頭突き(ヘッドバッド)だ。
ガコンッ!!
金属音が響き、悠斗がよろめく。
兜のバイザーが砕け散り、その下の素顔が露わになった。
うつろな瞳。血の気のない肌。
「俺を見ろ! テメェが『鋼鉄の街』で、命がけで守ったガキだぞ! 忘れたとは言わせねぇ!」
ヴォルフが拳を振り上げる。
その時だった。
ウゥゥゥゥゥン……ピカァッ!!
頭上が白色に染まった。
天井の大穴から侵入していた「消去装置」の群れが融合し、一つの巨大な砲台のような形態に変形していたのだ。
その砲口に、圧縮された消滅の光が収束していく。
『Target: All area.(全域)』
『Format action: Start.(初期化開始)』
「……チッ、野郎共! 伏せろォォッ!!」
ヴォルフが叫ぶ。
だが、遅い。
放たれようとしているのは、この「箱庭」ごとデータを消し飛ばす広範囲殲滅波だ。
逃げ場はない。レジスタンスたちも、私も、そしてヴォルフたちも。
(……終わり?)
視界が白く塗り潰されそうになった、その刹那。
ザッ。
誰かが、私の前に立った。
ボロボロの黒いマントを翻し、ヴォルフを突き飛ばして、光の前に立ちはだかった影。
『……下がレ』
悠斗だった。
彼は私とヴォルフ、そして背後のレジスタンスたちを背に庇うように大剣を構えた。
その構えは、ただの防御ではない。
かつて、幾多の絶望的な攻撃を受け止めてきた、絶対的な守護の型。
『雑魚ガ……死ヌゾ……』
ズドォォォォォォォォォンッ!!!!
極大の消滅波が、悠斗に直撃した。
光の奔流が彼を飲み込み、その背後の地面をも削り取っていく。
ガガガガガガッ……!!
悠斗の鎧が悲鳴を上げ、データが剥離していく。
『絶対防御』のエフェクトがガラスのようにひび割れる。
それでも、彼は一歩も退かなかった。
膝が震え、口から赤いノイズ(血)を吐きながらも、背後の私たちに指一本触れさせない。
その姿を見た瞬間、ヴォルフの目が見開かれた。
重なる記憶。
かつて、あの薄暗い地下工場で、巨大な管理官のハンマーから自分を庇ってくれた背中。
「……ハッ、相変わらずかっこつけやがって」
ヴォルフが動いた。
彼は逃げるのではなく、光の奔流の中へ飛び込み、悠斗の背中に自分の背中を預けた。
「一人で背負い込んでんじゃねぇよ、バカ兄貴!!」
ヒュンッ、カァァァン!!
ヴォルフが双剣を交差させ、自身のHPを魔力に変換して展開した。
悠斗の防御の隙間を埋めるように、銀色の光が障壁となる。
二重の盾。
悠斗の負担が軽くなり、砕けかけていた防御壁が修復される。
背中合わせの二人。
その背中が触れ合った瞬間、悠斗の瞳に光が戻った。
『……ヴォルフ……?』
「遅ぇよ、寝坊助。……あの工場での借りは、これでチャラだぜ」
二人の間に、熱い風が吹いた。
私の視界が滲み、過去の記憶が重なる。
━━そこは、冷たい鉄と油の匂いがする『第4再教育センター』だった。
絶体絶命のピンチ。振り下ろされる死の鉄槌。
震える少年の前に立ちふさがり、全てを受け止めた剣士。
━━『死に急ぐな、クソガキ』
━━『余所者……! なんで……!』
━━『言ったはずだ。……仲間を助けに来たんだと』
あの時、少年だったヴォルフは、その背中に「本物の強さ」を見たのだ。
そして今、成長した彼は、憧れの背中を守るために並び立った。
カッ!!
記憶が弾ける。
現実の氷原で、二人の息が完全に同調した。
『……行くぞ』
「おうよ!!」
光の奔流が途切れた一瞬の隙。
二人は同時に飛び出した。
『剣技:流星』ッ!!
「双剣技:疾風迅雷」ッ!!
悠斗の紫電を纏った重厚な一撃と、ヴォルフの目にも止まらぬ銀色の連撃が交差する。
剛と柔。静と動。
二つの対照的な刃が、X字を描いて白い巨人のコアを直撃した。
ズバギャァァァァァァァンッ!!!!
世界が割れるような轟音。
巨人は断末魔を上げる暇もなく粉砕され、無数のポリゴン片となって爆散した。
ヒュォォォ……。
吹雪が止んだ。
静寂が戻った氷原に、二人の男が立っていた。
肩で息をするヴォルフと、大剣を静かに鞘に収める悠斗。
巨人が消えた場所には、ピンク色に輝く結晶━━『記憶の欠片』が落ちていた。
ヴォルフはそれを拾い上げると、無造作に悠斗に投げ渡した。
「……受け取れ。お前の忘れ物だ」
悠斗は片手でそれを受け止め、じっと見つめた後、小さく頷いた。
『……借りだな』
その声は、もう機械音声ではなかった。
低く、落ち着いた、私の知っている彼の声。
「貸しにしとくさ。……次会う時は、一発殴らせろよ」
ヴォルフは背を向け、手をひらひらと振った。
悠斗もまた、何も言わずに背を向けた。
けれど、去り際に一度だけ、二人は拳をコツンと合わせる仕草をした。
触れてはいない。
けれど、その拳の間には、確かにあの地下工場で結ばれた「絆」があった。
『……梨花』
悠斗が私を見た。
その瞳は澄んでいた。狂気は消え、戦士としての静かな決意だけが宿っている。
『道は開いた。……来れるか?』
「ええ。どこまでも」
私が答えると、彼は微かに口元を緩め、再び北の闇へと姿を消した。
その後ろ姿は、もう「孤独な殺戮者」ではなかった。
確かな目的と、仲間たちの想いを背負った「英雄」の背中だった。
「……行けよ、梨花」
戻ってきたヴォルフが、私の背中をドンと叩いた。
「あいつの隣を歩けるのは、俺じゃねぇ。……お前だけだ」
「……ありがとう、ヴォルフ」
私は彼と、レジスタンスのみんなに深く頭を下げた。
そして、悠斗が切り開いた雪道を、力強く駆け出した。
北の空には、オーロラが揺らめいている。
その向こうにある「最後の決戦の地」へ。
私たちの旅は、いよいよクライマックスへと向かう。




