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アルメルシア クロニクル ―『君と紡いだ偽りの物語は、やがて世界の真実になる』  作者: amya


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第79話:『バグたちの箱庭』

第79話:『バグたちの箱庭』


パチパチ……。


 乾いた薪が爆ぜる音と、温かいオレンジ色の光。

意識の底から浮上した私が最初に感じたのは、凍りついた身体を芯から溶かすような「熱」だった。


「……ん」


 重い瞼を開けると、そこは荒削りな岩肌が剥き出しになった洞窟の中だった。私は分厚い毛皮の敷物の上に寝かされていた。すぐそばで焚き火が燃えていて、その上で吊るされた鍋からは、何かを煮込むいい匂いが漂っている。


「目が覚めたか、お寝坊さん」


 低く、落ち着いた声に振り返ると、私を助けてくれたあの銀髪の青年━━ヴォルフが、岩に腰掛けて二振りの剣を手入れしていた。焚き火の光が、彼の整った横顔と、頬に走る古い傷跡を赤く照らし出している。

 その姿は、かつての記憶にある「生意気な少年」の面影を残しつつも、頼りがいのある戦士のものへと変貌を遂げていた。


「ここは……?」


 私が上体を起こそうとすると、彼は布で剣を拭いながら、顎で奥をしゃくった。


「見ろよ。ここが俺たちの『箱庭サンクチュアリ』だ」


 私は彼の視線を追って、息を呑んだ。

そこは、ただの洞窟ではなかった。氷河の底に広がるとてつもなく巨大な空洞。その空間を埋め尽くすように、無数の「建物」が乱雑に積み上げられていたのだ。


 王都の石造りの家、砂漠の民のテント、エルフの樹上家屋、そしてドワーフの鉄工場。

時代も、文化も、建築様式もバラバラな建物が、まるで子供がおもちゃ箱をひっくり返して無理やり繋ぎ合わせたかのように融合し、一つの奇妙な街を形成している。


 そして、そこを行き交う住人たちもまた、異様だった。


『いらっしゃい、いらっしゃい! ……ガガッ、今日は安いよ!』


 首から下がワイヤーフレームだけになった商人が、虚空に商品を並べている。その隣では、腕が巨大なハサミにバグってしまった農夫が、器用に野菜を切っている。さらに驚くべきことに、本来ならプレイヤーを襲うはずのゴブリンやオークたちが、人間の兵士と肩を組んで酒を飲んでいた。


「……信じられない」


 私は呆然と呟いた。敵味方の設定フラグも、種族の壁も、ここでは意味をなしていない。ただ、「壊れている」という一点だけで繋がった、混沌とした共同体。


『……驚いたか、梨花』


 レンの声が脳内に響く。


『ここは「ガベージ・コレクション(ゴミ捨て場)」のエアポケットだ。……システムから「不要」と判断されて削除されたはずのデータが、完全に消去されずに残留思念のように吹き溜まっている場所だ』


「ゴミ捨て場……」


「俺たちはそう呼んでるぜ、『箱庭』とな」


 ヴォルフが剣を鞘に納め、立ち上がった。彼は私の前に歩み寄り、ニヤリと笑った。その笑顔は、かつて旅の中で見せた無邪気なものではなく、過酷な時間を生き抜いてきた知性と哀愁に満ちていた。


「俺やお前が知ってる『世界』はもう終わっちまった。……俺も、いつの間にかこんな姿になっちまったしな」


 彼は自分の獣耳を指先で軽く弾いた。


「昔はただ強くなりたくて、お前らの背中を追いかけてたガキだったのにな。……ある日気づいたんだ。『なんで俺は、決められたセリフしか喋れないんだ?』って」


 ヴォルフは焚き火を見つめ、目を細めた。


「世界がバグり始めた時、俺の中で『命令スクリプト』が壊れた。……そしたら、不思議なもんでな。恐怖も、怒りも、腹が減る感覚も、全部がリアルに感じられるようになったんだ」


 自我の覚醒。システムの崩壊が引き起こした奇跡的なエラー。彼らはバグによって、プログラムの枠を超えた本物の「命」を得たのだ。


「俺たちは、消されたくない。……ただそれだけで、ここに集まって抵抗を続けてる」


 ヴォルフが広場の中心を指差した。そこには、ガラクタで作られた巨大なアンテナのような装置があり、数人の魔術師NPCが魔力を注ぎ続けていた。


「あれで、システム(マザーブレイン)の監視の目を誤魔化してる。……ここは地図にはない場所だ」


 私は震える手で杖を握りしめた。彼らは知っているのだ。自分たちが「作られた存在」であり、今まさに「削除」されようとしていることを。それでも、焚き火を囲み、笑い合い、今日という日を生き延びようとしている。その姿は、現実世界のどんな人間よりも人間らしく見えた。


「……助けてくれて、ありがとう。ヴォルフ。また会えて、本当に嬉しい」


 私が頭を下げると、彼は昔のように照れくさそうに鼻を鳴らして視線を逸らした。


「礼には及ばねぇよ。……それに、リリア、え~とっ、梨花。お前を助けたのは、ただの懐かしさだけじゃねぇ」


 ヴォルフの声色が、不意に鋭くなった。

彼は懐から一枚の羊皮紙を取り出し、私に見せた。それは手書きの地図だったが、ある一点に赤い×印が付けられていた。


「俺たちには、どうしても倒さなきゃならねぇ『敵』がいる。……お前、あいつの知り合いなんだろ?」


 彼が指差した場所。そこには、乱暴な筆跡でこう書かれていた。


『Target: Black Knight(黒騎士)』


「……ッ!」


 心臓が跳ねた。その名前に、嫌な予感が走る。


「あいつは今、北の関所をたった一人で封鎖してやがる。……見境なく暴れ回る、殺戮マシーンになり果ててな」


 ヴォルフの声が低く沈む。そこには、かつての仲間を語るような躊躇いはなく、明確な敵意が混じっていた。


「あいつを止めねぇと、俺たちの『箱庭』もいつか見つかる。……だから、俺たちはあいつを殺すことに決めた」


 突きつけられた残酷な宣告。

私を助けてくれた恩人であり、かつての友である彼らが、私の最愛の人を殺そうとしている。


「違う! 彼は……悠斗は、そんなつもりじゃないの!」


 私は叫んだ。けれど、ヴォルフは悲しげに首を振っただけだった。


「なら、自分の目で確かめてみろ。……今のあいつが、かつての英雄に見えるか、それともただの『バグ』に見えるかをな」


 彼は背を向け、洞窟の奥にある監視モニターの方へと歩き出した。

その背中は、かつて私たちが守っていた少年のものではなく、仲間を守るために非情な決断を下すリーダーの背中だった。





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