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アルメルシア クロニクル ―『君と紡いだ偽りの物語は、やがて世界の真実になる』  作者: amya


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第37話:『空の亀裂(スカイ・クラック)』

第37話:『空の亀裂スカイ・クラック


 不安な一夜が明け、朝が来た。私たちは逃げるように野営地を後にし、街道を先へと急いだ。


 ユリオは昨夜の発作について何も語らなかった。私も聞けなかった。彼はいつも通り先頭を歩き、周囲を警戒している。でも、剣の柄を握るその手は、以前よりも力が入りすぎているように見えた。まるで、そうしていないと剣が別の何かに変わってしまうのを恐れているかのように。


「……いい天気ね」


 私は重苦しい空気を払拭しようと、わざと明るい声を出した。空は見事な快晴だった。  澄み切った青空に、朝日のオレンジ色が溶け込んでいる。街道脇の草原が黄金色に輝き、絵画のように美しい光景が広がっていた。


「ああ、そうだな。……絶好の旅日和だ」


 ユリオが振り返り、ぎこちない笑顔を見せる。その時だった。


「……ねえ、あれ」


 最後尾を歩いていたエララが、立ち止まって空を指差した。彼女の声は、いつもの皮肉っぽい調子ではなく、心底怯えているように震えていた。


「何? 鳥でもいたの?」


 私が呑気に振り返り、彼女の指差す方角━━太陽のすぐ横の空を見上げた瞬間。私の思考は凍りついた。


「……え?」


 そこには、あってはならないものがあった。


 青空に、巨大な「黒い亀裂」が走っていたのだ。


 雲ではない。飛行機雲でもない。まるで、空という巨大なガラス窓に、見えない巨人が石を投げつけたような、ギザギザのひび割れ。それは地平線から天頂に向かって、不吉な稲妻のように伸びていた。


「嘘……空が、割れてる……?」


 ユリオが絶句する。物理的にありえない光景。だが、恐怖はそれだけではなかった。


 亀裂の隙間。黒いひび割れの向こう側に、別の景色が見えたのだ。


 そこに見えたのは、青空ではなかった。無機質で、冷たい、蛍光灯の白い光。そして、こちらを見下ろすように設置された、巨大な丸い機械━━手術灯(無影灯)のようなもの。


「……っ!?」


 それを見た瞬間、私の脳裏を強烈なフラッシュバックが襲った。


 ━━キキーッ!! という耳をつんざくブレーキ音。━━ドンッ! という激しい衝撃と、体が宙に浮く感覚。━━赤く点滅する信号機。アスファルトの冷たさ。


 そして、薄れゆく意識の中で最後に見上げた、無機質な白い天井と、眩しいライトの光。


(知ってる……。あの景色を、私は知ってる……!)


 頭が痛い。割れるように痛い。忘れ去られていた記憶の蓋が、強引にこじ開けられようとしている。


 その時。


 ゴゴゴゴゴゴゴ……!!


 空の亀裂から、地鳴りのような、雷鳴のような轟音が響き渡った。空気が振動し、地面が揺れる。


 ザザッ……ガーッ……ピィィィ……!


 激しいノイズ音。そして、そのノイズの嵐の中から、人の声が聞こえた。


 神様の声じゃない。もっと焦った、マイクを通したような、中年男性の声。


 『━━数値、不安定……! バイタルが乱れている……!』  『……おい……! 聞こえるか……!?』


 空から降ってくる声に、ユリオが剣を抜いて身構える。だが、どこへ剣を向ければいいのかわからず、混乱している。


「誰だ!? どこから話しかけている!」


 声はユリオの問いかけを無視して、さらに大きく響いた。


 『……しっかりしろ……! 戻ってこい……!』  『……梨花りか……!!』


 ドクンッ。


 その名前を耳にした瞬間、私の心臓が早鐘を打った。リリアじゃない。この世界で、一度も呼ばれたことのない名前。けれど、私の魂が、それが自分自身の「本当の名前」だと叫んでいた。


「……り、か?」


 私はふらふらと、空に向かって手を伸ばした。あの亀裂の向こう側が、私を呼んでいる。


「誰……? 誰なの……!?」


 私が叫んだ、その時だった。


 ブツンッ。


 世界から、音が消えた。風の音も、鳥の声も、ユリオの息遣いも。


 そして、世界の「解像度」が落ちた。


 鮮明だった草原の景色が、突然、粗いドット絵のように劣化し、色彩が滲み始める。  ユリオの動きが、コマ送りのようにカクカクとし始めた。


「……リ、リ、ア……?」


 彼の声が、壊れたオーディオのように途切れ途切れになる。


「マズい! 世界が『処理落ち』してる!」


 エララが悲鳴を上げた。彼女の姿もまた、ノイズにまみれて輪郭が崩れ始めていた。


「このエリア(サーバー)はもう維持できない! リリア、意識をしっかり保って! 飲み込まれるわよ!」


「えっ、なに!? どういうこと!?」


 私が状況を理解する間もなく、足元の地面が消失した。


 土も、草も、街道も。すべてが緑と茶色のデータ粒子となって崩れ去り、私たちは底なしのデジタルの奈落へと落下し始めた。


「きゃぁぁぁぁぁぁっ!!」

「リリアァァァッ!!」


 ユリオが必死に手を伸ばしてくる。けれど、その手は私の目前でノイズとなって霧散し、掴むことができなかった。


 世界が壊れる。冒険が終わる。そして、空の亀裂の向こうにある「白い地獄」が、大きな口を開けて私を飲み込もうとしていた。





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