27話 閑話:『夜明け前、凍える手と約束の熱』
27話 閑話:『夜明け前、凍える手と約束の熱』
作戦開始の一時間前。地下鉄のアジトは、出撃準備に追われるレジスタンスたちの熱気と緊張で満ちていた。武器を磨く音、弾薬を詰める音、そして互いの無事を祈る囁き声。
私はその喧騒を離れ、ホームの端にある古びたベンチに向かった。そこには、一人で座り込むユリオの背中があった。
「……ここにいたのね」
私が声をかけると、彼はビクリと肩を震わせ、慌てて何かを隠すような仕草をした。 近づいてみると、彼の手には『星斬り』があった。彼はただ、鞘から少しだけ抜いた刃を、じっと見つめていたのだ。
「……ああ。刃こぼれがないか、確認していただけだ」
ユリオは努めて普段通りの声を装ったけれど、私にはわかった。彼が柄を握る指先が、わずかに白くなっていることに。
私は何も言わず、彼の隣に座った。冷たいベンチの感触。吐く息が白く濁り、トンネルの闇に溶けていく。
「……怖い?」
私が聞くと、ユリオは自嘲気味に笑った。
「怖い、か。……兵器に恐怖なんて機能はないはずなんだがな」
彼は剣を鞘に納め、天井を見上げた。その視線は、遥か頭上にあるであろう、彼の生まれ故郷━━『第零区画』に向けられている。
「あそこへ行けば、俺はすべてを思い出すだろう。……自分が何のために作られ、どんな命令を埋め込まれているのか」
彼の声が震えだす。
「もし、マザーの前に立った瞬間、俺が俺じゃなくなったら……。また暴走して、今度こそお前を……」
ギュッ。
私は彼の冷たい手を、両手で強く握りしめた。
「……リリア?」
「大丈夫。私がいるよ」
私は彼の目を見て、はっきりと言った。
「もしユリオがマザーの声に操られそうになったら、私が何度でも名前を呼ぶ。……もし暴走したら、何度でも頭を冷やしてあげる。……もし世界中を敵に回しても、私だけは絶対にユリオの味方でいる」
ユリオが息を呑む。私は彼の手を自分の胸に当てた。トクトクと脈打つ、心臓の音。
「私は知ってるよ。ユリオが誰よりも優しいってこと。……地下書庫で私を庇ってくれたのも、雪原で寒くないか気遣ってくれたのも、全部『プログラム』なんかじゃない。ユリオ自身の意志でしょ?」
「俺の……意志……」
「うん。だから信じて。……兵器としての『機能』じゃなくて、あなたの『心』を」
ユリオはしばらく私の手を見つめていたが、やがてふぅーっと長く息を吐き出した。 憑き物が落ちたような、穏やかな顔だった。
「……お前は、本当に温かいな」
彼は握られた私の手を解き、逆に優しく包み返してくれた。その手は、もう震えていなかった。
「わかった。……俺も約束する」
ユリオは私を見据え、碧い瞳に強い光を宿した。
「たとえマザーがどんな命令を下そうと、俺の主はお前だけだ。……この命も、剣も、すべてはお前を守るためにある」
「……うん!」
私たちは微笑み合った。言葉以上の何かが、二人の間でカチリと噛み合った気がした。 それは恐怖を乗り越えるための、最強の「安全装置」だ。
「さあ、行こうか。……夜が明ける」
ユリオが立ち上がり、大剣を背負う。その背中には、もう迷いはない。
「リリア、ユリオ! 出発よ!」
遠くでエララが呼んでいる。ヴォルフたちの雄叫びが聞こえる。
私たちは頷き合い、並んで走り出した。戦いの歌が始まる。運命の夜明けへ向かって。




