第26話:『マザーへの道標』
第26話:『マザーへの道標』
地下鉄のアジトに戻った私たちは、泥のように眠り、そして目覚めた。工場の内部は崩壊しているから、このどさくさに紛れて、野良犬ストレイ・ドッグスの仲間たちが食料缶詰を奪取してきていた。たくましい生き様だと感心する。それを温めてみんなで食事をとっている今、生きている実感が湧くのを感じる。隣には、無事に意識を取り戻したカレンが、ヴォルフに支えられてスープを啜っている姿があった。
「……ありがとう。あなたたちが来てくれなかったら、今頃私は……」
カレンは震える声で礼を言った。ショートカットの茶髪に、そばかすのある大人しそうな少女だ。それに、その瞳の奥にはエララと同じ種類の理知的な光が宿っている。
「礼を言うのはこっちだ。……お前が無事でよかった」
ヴォルフがぶっきらぼうに言いながら、カレンの肩に毛布をかけ直す。いい雰囲気だ。
「さて、感動の再会も束の間だけど……」
エララが空気も読まずに自作のノートパソコンの様なものを広げた。
「カレン。あなたが再教育センターで掴んだ情報、教えてもらえる? マザーの懐に入るには、どうすればいいの?」
カレンは頷き、懐から小さなメモリーチップを取り出した。それをエララのパソコンの様なものに接続すると、空中に複雑なホログラム地図が投影された。
「これが、北の中枢『第零区画、ゾーン・ゼロ』……」
地図の中心に聳え立つのは、巨大な黒い塔だった。周囲には何重もの防壁と、無数の砲台。そして空を覆うドーム状のエネルギーフィールド。
「この塔の地下最深部に、マザー・ブレインの本体があるわ。……でも、正面突破は不可能よ」
カレンが説明を始める。
「都市全体を覆う電磁シールドは、大規模な攻撃にも耐える強度がある。それに、地上ルートは数万体のマキナソルジャーが埋め尽くしてる。……ネズミ一匹、通れないわ」
「数万体……」
私が絶句すると、ユリオも腕を組んで唸った。いくら彼が強くても、数万の軍勢相手ではスタミナ切れで押し潰される。
「でも、抜け道はあるんでしょ?」
エララが不敵に笑う。カレンもまた、小さく微笑み返した。
「ええ。……マザーには、たった一つだけ弱点があるの」
カレンが地図の一部を拡大した。それは、塔の裏側にある、巨大な排気口のような設備だった。
「排熱ダクトよ」
「排熱?」
「そう。マザー・ブレインは超高度な演算を行うために、莫大な熱を発するの。その熱を強制的に排出しないと、彼女自身が熱暴走して自壊してしまう」
私はハッとした。熱。それは私の得意の分野だ。
「このダクトはシールドの外に繋がってる。……ここからなら、内部に侵入できるわ」
「待てよ」
ヴォルフが口を挟む。
「そこは俺たちも調べたことがある。……だが、排出される熱風は摂氏五〇〇度を超えるんだぞ? 近づくだけで黒焦げだ。生身の人間が通れるわけがねぇ」
「普通ならね」
エララが私の肩に手を置いた。
「でも、私たちには熱のスペシャリストがいるわ」
全員の視線が私に集まる。私は杖を握りしめ、頷いた。
「……できるよ。私の魔法で熱遮断フィールドを作れば、そのダクトの中を通れる。……五〇〇度だろうと、千度だろうと、私が全部コントロールしてみせる!!」
ヴォルフが目を見開く。
「マジかよ……。びっくり超人かよ、お前」
「びっくり超人って言わないで!」
「とにかく、ルートは決まったわ。問題は、どうやってそのダクトまで辿り着くかよ。ダクト周辺も警備は厳重なはずよ。私たちがコソコソ近づいても、すぐに見つかってハチの巣にされるわ」とエララは疑問を投げ掛ける。
「そこで、俺たちの出番ってわけだな」
ヴォルフが立ち上がり、拳をバチンと鳴らした。
「俺たち野良犬ストレイ・ドッグスの全戦力を投入して、正面ゲートに総攻撃をかける。……ド派手な花火を上げて、敵の注意を全部こっちに引きつける」
「それは……囮になるってこと?」私は心配のあまりに確認を口にした。
「ああ。危険な賭けだが、それしかねぇ。……その隙に、お前ら精鋭チームが裏へ回り、ダクトから侵入してマザーの首を取る。……どうだ?」
シンプルで命がけの作戦だった。彼らが命を張って作った時間を、私たちが無駄にすれば、全員が死ぬかもしれない。私はすぐに決断することが出来ないでいた。
「……わかった。その命、預かる」
ユリオが真っ直ぐにヴォルフを見た。
「必ずマザーを倒す。……そして、このクソみたいな支配を終わらせてやる」
「頼んだぜ、兄ちゃん。……俺たちの未来、あんたの剣に懸けるよ」
二人は拳と拳を突き合わせた。男同士の命を懸けた約束だった。
作戦決行は明朝と決まった。最後の準備として、エララとカレンは徹夜でハッキングプログラムを組み上げると息巻いている。私は魔力を温存するために早めに就寝した。
夜明け前。地下鉄の出口に、武装した子供たちが集結していた。彼らの顔には、もう恐怖はない。あるのは、自由を勝ち取るための決意だけだ。
「行くぞ!! オペレーション・ラグナロク……開始だァァァッ!!」
ヴォルフの号令と共に、子供たちが雪原へと飛び出していく。遠くで爆発音が響き、警報サイレンが鳴り始める。敵の軍勢が、正面ゲートへと移動していくのが見えた。
「……私たちも行くわよ」
エララがゴーグルを装着する。カレンはアジトに残り、遠隔でナビゲートをしてくれる。
「リリア、準備はいいか?」
ユリオが私を見る。黒いコートに雪が舞い、その背中にある大剣、星斬りが冷たく輝いている。
「うん、いつでも!」
私は杖を掲げた。目指すは黒き塔の地下最深部。そこに待つマザー・ブレインと、宿敵ガルドス。
すべての因縁に決着をつけるため、私たちは最後の戦場となる第零区画へと向かって走り出した。
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