第28話:『灼熱の回廊』
第28話:『灼熱の回廊』
ズドォォォォォォォンッ!!
地響きと共に、第零区画の正門方向から巨大な火柱が上がった。ヴォルフ率いるレジスタンス、野良犬ストレイ・ドッグスの総攻撃が始まったのだ。警報が鳴り響き、サーチライトの光が雪原を狂ったように走り回る。
「……始まったわね」
私たちは塔の裏側、雪に埋もれた排熱ダクトの前に潜んでいた。直径三メートルほどの巨大なパイプ。その排気口からは、周囲の雪を一瞬で蒸発させるほどの猛烈な熱風が吹き出している。
「ここが入り口かよ。……地獄の窯の蓋みたいだな」
ユリオが顔をしかめる。近づくだけで肌がヒリヒリと焼けるようだ。エララが携帯端末で温度を計測し、顔を青ざめさせた。
「排気温度、摂氏五二〇度。……生身で飛び込めば数秒で炭化、私の耐熱コートでも一分持たないわ」
五二〇度。鉛が溶ける温度だ。人間が生存できる環境じゃない。だからこそ警備は無くて、侵入が出来る唯一の道だと思う。
「リリア。……いけるか?」
ユリオが私を見る。その目に疑いはない。ただ純粋な信頼だけがある。私は杖を強く握りしめ、深く息を吸った。
「任せて。……私の能力と魔力が続く限り、みんなの周りだけは春の陽気にしてあげる」
私は排気口の前に立ち、杖を掲げた。イメージするのは壁。熱エネルギーという名の、暴れる空気分子を、私たちの周囲から弾き飛ばす、見えない強固な断熱材だ。
「展開! 『熱遮断領域、サーマル・インシュレーション』!!」
ブォンッ!!
杖を中心に、半透明の青いドームが展開された。猛烈な熱風がドームに当たり、左右へと受け流されていく。
「……すごい。熱くない」
エララが恐る恐る手を伸ばし、ドームの内側の空気を確認する。
「室温二四度、湿度五〇%。……完璧ね。これならいけるわ!」
「待て! これはどのくらいの時間、維持できるんだ?」
ユリオから的確な質問がきた。
私は少し考えてから、十分くらいは維持してみせると答えて、エララに目を合わせた。
「そうね、距離的には三百メートルくらい、ここから地下に百メートルくらい進んで、そこから先は横道だから、五分くらいでダクトの出口に着くわ」
「分かったわ。じゃあーみんな行くよ! 私から離れないで!」
私たちは熱風の暴風雨の中へと飛び込んだ。重力を軽減する魔法も同時に掛けているので、ゆっくりと降下している。
ダクトの内部は、赤く脈打つような不気味な光に満ちていた。壁面は高熱で赤熱し、空気そのものが陽炎のように揺らいでいる。
ゴォォォォォォォ……!!
下方から吹き付ける熱風の圧力は凄まじい。まるで巨人の手で押し戻されているようだ。私は全神経を集中させて、結界を維持し続けた。
(集中して……! 一箇所でもほころびたら、全員死ぬ!)
私の額から汗が滴り落ちる。熱さのせいじゃない。魔力消費による疲労だ。常に襲い来る五〇〇度のエネルギーを、相殺し偏向させ続ける。脳が焼き切れそうだ。
「リリア、顔色が悪いぞ。……肩を貸そうか?」
「平気……! まだ、大丈夫……!」
強がりを言いつつ、少しバランスを崩してしまう。その時、ユリオが黙って私の背中に手を添え、グイッと押してくれた。それだけで、少しだけ楽になる。
「……あと少しよ! この降下を抜ければ、マザーの近くに繋がる区画に出るわ!」
エララが叫んだ、その時だった。
ブブブブブッ!!
下方から、異質な駆動音が響いてきた。熱風の向こうに、巨大な回転体が見える。 排気孔を塞ぐように設置された、直径五メートルの巨大排気ファンだ。高速回転する鋼鉄の羽根が、私たちを切り刻もうと待ち構えている。
「あんなの通れないよ!?」
「止めるしかないわね! でも、爆破したら破片がこっちに飛んでくる!」
どうする? ファンを止めるには、動力を断つか、物理的に破壊するか。 でも、私の魔力は結界の維持と重力軽減で手一杯だ。攻撃魔法に回す余裕なんて……。
(いや、ある。……この状況だからこそ使える魔法が!)
私は閃いた。ここは灼熱地獄。エネルギーは過剰なほどにある。なら、それを逆手に取ればいい。
「ユリオ! あのファンの中心……回転軸が見える?」
「ああ、見えるぞ!」
「あそこを一瞬だけ狙って! 私が脆くするから!」
「脆くする……? わかった、合わせる!」
ユリオが大剣の星斬りを構える。私は結界の形状を変形させ、一部をファンの回転軸へと伸ばした。
熱膨張した金属。そこに、急激な冷却を与えればどうなるか?
「食らいなさい! 『極冷点、アブソリュート・ゼロ』!!」
キンッ!!
私はファンの回転を支えている軸受け部分に、ピンポイントで冷気を叩き込んだ。摂氏五〇〇度から、マイナス一〇〇度への急激な温度変化だ。金属の分子結合が悲鳴を上げ、微細なクラックが走る。
ギギギッ……!!
巨大な回転体であるファンは、異常があってもすぐに止まることは出来ない。回転軸受けが変形してもファンは回り続けて、すぐに軸受けが焼き付き、ファンの回転が一瞬だけ鈍った。その隙を、ユリオは見逃さない。
「いくぞ!! 砕けろォォォッ!!」
ズバァァァンッ!!
投擲された大剣が、脆くなった回転軸を正確に貫いた。ガガガガガッ!! ドゴォォォン!!
軸を失った巨大ファンが遠心力でバラバラに砕け散り、ダクトの奥へと落下していく。やがて地面と激突する轟音と共に、道が開かれた。
「やった……!」
私はガクリと膝をつきかけたが、ユリオが抱きとめてくれた。
「ナイスだ、リリア。……最高のコンビネーションだった」
私はユリオに支えながらも、熱風を防ぐ『熱遮断領域、サーマル・インシュレーション』と、重力を軽減する魔法の同時掛けを続けて、ゆっくりと降下している。
「ええ、ありがとう。このまま地面に着くまで支えてくれる?」
この際だから、私は全力でユリオに甘えることにした。ガッシリとした体幹で支えられて安心感がある。
私たちは抱き合ったまま、地面に着いた。もう少しこのままでいたいという思いもあるが、魔法を維持出来そうな時間も限られている。見つめ合っていられる時間は少しだけだった。
「うおっほん!! この先の横道の突き当りにハッチがあるわ。……そこを抜ければ、マザーの近くに到着よ」
エララはこれ見よがしに咳払いをして、先を促してきていた。
……私たちは砕けたファンの残骸を乗り越え、ユリオは剣を拾い、奥にあるエアロックに辿り着き、ハッチを開いた。
プシューッ……。
気圧調整の音がして、重い扉が開く。そこから流れ込んできたのは、熱風ではなく、ひんやりと冷たく、そして清潔な空気だった。
「……着いた」
私は『熱遮断領域、サーマル・インシュレーション』の魔法も解除した。
目の前に広がるのは白一色で統一された、未来的な回廊。塵一つなく静謐で、美しい世界で、外の雪原や、熱風のダクトとは別次元の空間だった。
ここが第零区画の内部。人類を管理する神、マザー・ブレインの玉座へと続く道だ。
「行くぞ。……マザー・ブレインのもとに!!」
私たちは汚れたコートを脱ぎ捨て、白亜の魔城へと足を踏み入れた。
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