第226話:『周回軌道の答えと、アイル・ビー・バック』
第226話:『周回軌道の答えと、アイル・ビー・バック』
それから程なくして、軍事偵察衛星の管制権をもぎ取ってきたミラー局長の判断により、
つかの間の休息となった。
ソラと咲、そして画面越しのレンは、無事に衛星への組み込みプログラムを完成させて、アメリカ軍の担当者と一緒に軍事偵察衛星への組み込みとテスト作業を行っている。
これは国防に係わる重要な秘密ね。私には分からないけれど、凄いことになっているわね。
ソラと咲、レンには悪いけれど、他のメンバーにとっては貴重な休息の時間となって、長い十二時間が経過した。
私たちはホテルのそれぞれの部屋で交代で仮眠を取り、ルームサービスの温かい食事でお腹を満たしながら、低軌道偵察衛星が地球を何周も回って北米大陸のデータを少しずつ埋めていくのを、祈るような気持ちで待ち続けた。
そして、現地時間の翌日、午後二時。
「……出ました! 全七大都市圏の地下スキャンおよび魔力波形の解析、すべて完了しました!」
リビングルームで端末にかじりついていたソラの声が響き、私たち全員が大型モニターの前へと集まった。
通信回線の向こうでは、日本の黒田局長やレン、佐藤博士も息を詰めて画面を見つめている。
モニターに表示された北米大陸のデジタルマップには、七つの都市の判定結果が、くっきりと色分けされて映し出されていた。
「まず、シカゴ、ヒューストン、マイアミ、シアトル、ワシントンD.C.の五つの都市圏ですが……本物の『種子』の着弾反応はゼロです!」
「ゼロ!? 本当かい、ソラくん!」
葉巻を握りしめていたミラー局長が、目を丸くして身を乗り出す。
「はい! それぞれの都市の地下シェルターに隠されていた『種子の欠片』の微弱な反応は見つかりましたが、すべて未起動の状態で厳重に封印されています。おそらく、ニューヨークのクロフォード議員たちがAIに騙されて怪物を呼び寄せ、全員逮捕されたというニュースを見て、他の都市の富裕層たちは恐怖に駆られて起動を取りやめたんでしょう」
「ハッ、自分の命が一番可愛い連中だからな。ビビって電源を抜いたってわけか!」
光輝が痛快そうに笑って拳を鳴らす。
「ですが……」と、ソラの表情が再び引き締まった。
ソラがタブレットを操作して、アメリカ西海岸のマップを拡大する。そこには、二つの小さな黄色い光点が点滅していた。
「西海岸の二箇所……ロサンゼルス近郊の砂漠地帯と、サンフランシスコ湾岸の地下深くに、本物の『種子』が着弾している反応が見つかりました」
「「「っ……!!」」」
部屋の中の全員に緊張が走る。やはり、ニューヨーク以外にも本物の種子は着弾していたのだ。
しかし、画面に表示された魔力の波形グラフを詳しく調べていた佐藤博士が、通信越しにパッと明るい声を上げた。
『いや、待ってくれみんな! この西海岸の二つの種子……波形が極めて小さくて穏やかだぞ!』
「本当だ……!」
ソラもタブレットの拡大グラフを見て、驚いたように目を見張った。
「ニューヨークの時とは全然違います! おそらく、現地の富裕層が『種子の欠片』を起動しかけてすぐに止めたせいで、空から落ちてきた本物の種子が誘導ビーコンを見失い、何もない深い岩盤の奥で『初期の休眠状態』のまま止まっているんです! このわずかなエネルギー吸収速度なら、地上に発芽して最悪のバグ領域になるまでには、まだ数ヶ月はかかります!」
「数ヶ月……! じゃあ、今すぐ街が飲み込まれるわけじゃないのね!」
私が歓喜の声を上げると、リビングの中の張り詰めていた空気が一気に緩んだ。
未起動の『種子の欠片』が五箇所と、まだ深い地下で眠っている初期状態の『種子』が二箇所。しかも、その正確な緯度、経度、深さの座標は、今回の衛星スキャンによってすべてミリ単位で特定できている。
その画面を見て、誰よりも早く一歩前へと踏み出したのは、真新しい真っ赤なマントを揺らしたジャックだった。
「……なら、決まりだな、リカ教官、ユウト教官!」
ジャックは自分の分厚い胸板をドンッ! と拳で強く叩き、太陽のような快活な笑顔で私たちを振り返った。
「まだ眠ってる赤ん坊みたいな種子なら、正確な場所さえ分かれば、俺とサラ、それにミラーのおっさんのCIA部隊で周囲を完全に封鎖して、事態の推移をしっかり監視しといてやるぜ! 未起動の五箇所の欠片だって、大統領令状を持った軍の特殊部隊と俺たちで行けば、数日中に全部回収できるさ!」
「はいっ!」
サラもジャックの隣に並び、胸元の銀の十字架に手を当てて凛とした笑顔を見せた。
「今の私たちには、教官たちに教えていただいた『物理の理』と、傷ついた仲間を癒やす力があります。数ヶ月の猶予があるのなら、それまでにアメリカ全土の他の覚醒者たちにも私たちが戦い方を伝え、しっかりと状況を見守ります。……だからみなさんは、今この瞬間も苦しんでいるイギリスの人たちを、先に助けに行ってあげてください!」
昨日までは自信を失い、私たちに頼りきりだった二人が、今は広大なアメリカの平和を自分たちの双肩で背負う覚悟を決め、私たちの背中を力強く押してくれている。
その見違えるほど頼もしい教え子の姿に、私の目頭がじんわりと熱くなった。
「ジャック、サラちゃん……ありがとう。二人とも、本当に立派になったわね」
「……いいのか、ジャック。せっかく俺たちが残って、美味しいところを全部持っていってやろうかと思ってたのによ」
悠斗がニヤリと悪戯っぽく笑い、ジャックの前へと歩み寄って右の拳を突き出した。
「フン、いつまでも師匠にお守りをしてもらってたら、ニューヨークのスーパーヒーローの名が廃るからな!」
ジャックも不敵に笑い返し、自分の大きな拳を悠斗の拳へとガツンッ! と力強くぶつけ合わせた。
「ただし、ユウト教官! 西海岸の種子は岩盤の奥深くにあって、俺たちだけじゃうかつに手を出して刺激するわけにはいかねぇ。……その種子が目を覚ます前に、イギリスの気取った騎士野郎のピンチをちゃっちゃと片付けて、絶対にアメリカへ戻ってこいよ! 最後はまたこの日米合同チーム全員で、そいつを木っ端微塵にぶっ壊すんだからな!」
ジャックの熱い言葉に、悠斗は拳を合わせたまま親指をグッと立て、昔の映画の一幕のように低く渋い声で決めてみせた。
「ああ、約束だ。ロンドンの霧を晴らしたら、すぐにそっちへ合流する。……『アイル・ビー・バック』、必ず戻ってくるぜ、相棒」
「オーイェー! 『アイル・ビー・バック』!! 最高にクールな決め台詞だぜ、ユウト教官!」
ジャックが大喜びで叫び、光輝や颯太、ソラたちとも次々に熱いハイタッチと抱擁を交わした。
私もサラの小さな身体をぎゅっと抱きしめ、「必ず戻ってくるから、それまでジャックと一緒にアメリカをよろしくね」と耳元で囁くと、サラは「はいっ、いつまでもお待ちしています、リカ教官!」と目尻の涙を拭って力強く頷いてくれた。
『よし、方針は決まったな! 特異点小隊、これより諸君らに日本政府からの正式命令を下す!』
モニター越しの黒田局長が、司令室全体に響く力強い声で号令を発した。
『ミラー局長が手配してくれた米軍の超音速輸送機で、ただちに大西洋を横断し、イギリス・ロンドンへ飛べ! ユーロポールのアーサー・ペンドルトン捜査官と合流し、霧の都を蝕む種子を破壊して、大英帝国に日本の底力を見せつけてこい!』
「「「了解ッ!!!!」」」
一時間後。
ニューヨーク郊外の軍用空港の滑走路で、ジャックとサラ、そしてミラー局長たちが大きく手を振るのを窓から見下ろしながら、私たち八人を乗せた超音速輸送機は、轟音と共に冬の空へと飛び立った。
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