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アルメルシア クロニクル  ―魔法を鍛えてみんなで生き延びます  作者: amya


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第225話:『低軌道衛星の目と、霧の都の凶報』

第225話:『低軌道衛星の目と、霧の都の凶報』


ホテルのスイートルームに設置された大型モニターに砂嵐が走り、やがて日本の防衛省・市ヶ谷の地下作戦司令室の光景が鮮明に映し出された。


画面の向こうでは、徹夜続きなのか目の下に濃い隈を作ったレンと佐藤博士、そして苦虫を噛み潰したような険しい表情の黒田局長が、私たちの顔を食い入るように見つめていた。


その後ろの司令室フロアでは、数十人のオペレーターたちが悲鳴のような通信を飛び交わせながら、慌ただしく端末の間を駆け回っている。


『梨花ちゃん、悠斗くん、それにみんなも! 無事でよかった……!』

佐藤博士が心底ホッとしたように胸を撫で下ろし、少しずり落ちた眼鏡の位置を直した。


白衣のポケットに手を突っ込み、格子柄のネクタイを緩めた見慣れた姿に、張り詰めていた私たちの心も少しだけ和らぐ。


『ニューヨークのバグ領域の消滅、および地下シェルターの制圧、実に見事だったぞ。合衆国大統領からも、先ほど我が国の首相へ直接感謝の連絡が入った』

黒田局長が重々しく頷き、画面の端に立つCIAのミラー局長とも軽く会釈を交わす。


「ありがとうございます、黒田局長。……ですが、ゆっくり喜んでいる場合じゃなくなりました」

私はステッキを脇に置き、先ほどソラたちが解析した『全米七大都市への種子の欠片の流出』と、ミラー局長からの同行要請、そして私たちが考えた『軍事衛星による広域魔力スキャン』の案を、手短に市ヶ谷の三人へと説明した。


話を聞き終えたレンは、手にしていたエナジードリンクの空き缶を片手でベコッと握り潰し、画面越しにニヤリと不敵に笑った。


『なるほどね。地下で回収した母体、オリジン・シードの波形データを逆位相のフィルターにして、アメリカの軍事偵察衛星のマルチスペクトルセンサーに組み込むわけか。……悪くないアイデアだわ。こっちのスーパーコンピュータとソラの魔道具タブレットをリンクさせれば、探知プログラム自体は一時間で作れるだろうぜ』


「本当ですか、レンさん!? じゃあ、すぐにアメリカ全土をスキャンして、種子が隠れてる場所を全部見つけられるんですね!」

身を乗り出した颯太が明るい声を上げたが、ソラとレンは同時に首を横に振った。


「待ってください、颯太さん。プログラムが完成しても、ボタンを押して一瞬でアメリカ全土がスキャンできるわけじゃありません」

ソラが銀縁眼鏡を押し上げ、タブレットの画面に地球の周回軌道を回る衛星の立体シミュレーション図を表示した。


「地中深くの微弱な魔力波長まで正確に捉えるには、赤道の上空三万六千キロにある静止衛星では遠すぎて精度が足りません。高度数百キロを飛ぶ米軍の『低軌道偵察衛星』を複数使う必要があります」


『ああ、ソラの言う通りだ』

画面の向こうでレンが高速でキーボードを叩きながら補足する。


『低軌道の偵察衛星ってのは、地球を約九十分で一周しながら、地球の自転に合わせて少しずつ通り道をズラして、地表をリボン状に細長くスキャンしていく仕組みなんだ。西海岸から東海岸まで、日本の約二十五倍もある広大なアメリカ本土の七大都市圏すべての上空を正確に通過して、地下の岩盤まで精密スキャンを完了させるには……衛星が地球を何周も回らなきゃならない。データの解析も含めれば、最低でもあと十二時間はかかるぞ』


「じゅ、十二時間か……」

ジャックが自分の腕時計を見て唸る。


確かに、宇宙空間から広大な北米大陸を網の目のように調べるのだ。衛星が地球を回って目的の都市の真上に来るのを待つだけでも、それくらいの時間がかかるのは当然の予測だった。


「だが、我々が地上から手探りで調査すれば数ヶ月はかかるところを、たった半日で特定できるのだ。これ以上ない速さだよ。必ず許可を貰うから少し時間をくれないか、そのあいだは各自休息を取ったりしていてください」

ミラー局長が即座に決断し、部下に命じて国防総省、ペンタゴンの最高機密である軍事偵察衛星の管制権を、ソラとレンへと渡すべく、どこかに連絡を取り始めた。



「よし、咲ちゃん、あなたの『遠隔透視』の波長パターンも少し貸して! 衛星のセンサー感度を極限まで引き上げるわよ!」

「はいっ、喜んで!」

ソラと咲、そして画面越しのレンが、衛星へのプログラム組み込み作業の準備を開始した。


すると、その様子を見守っていた黒田局長が、低く厳粛な声で口を開いた。


『瀬戸教官、風間教官。衛星が地球を周回してスキャンを終えるまでの十二時間、君たちはしっかり身体を休めておいてくれ。……そして、その間に伝えておかねばならない、我が国からの「特命」がある』


「特命……ですか?」

私が振り返ると、黒田局長はメインモニターのサブ画面に、一本のライブ映像を映し出した。


そこに映っていたのは、おぞましい赤黒い濃霧に包まれた、ヨーロッパの歴史ある石造りの街並みだった。


テムズ川に架かるタワーブリッジには無数の茨のような黒い鉄骨が絡みつき、巨大な時計塔ビッグ・ベンは、槍を構えた中世の甲冑騎士のような異形の怪物へと変異している。


その濃い霧の中で、青いロングコートを着た金髪の青年……かつて私たちがヨーロッパで共に戦ったユーロポールの若きエリート捜査官、アーサー・ペンドルトンが、額から血を流しながらレイピア型の魔導具を振るい、部下たちと共に必死の防衛戦を繰り広げていた。


「あっ……! アーサーさん!? もしかして魔法使える様になったのかな?」


「イギリス、ロンドンのバグ領域か!」

私と悠斗が同時に声を上げた。画面の中のアーサーたちは、次々と霧の中から現れる甲冑型のバグモンスターの群れに押され、石畳の広場へと追い詰められている。


『そうだ。ロンドンに着弾した種子は、ヨーロッパ特有の古い魔術伝承や騎士道の集合無意識を吸収し、異常な速度で街を侵食している。アーサー捜査官たちの部隊がなんとか封じ込めているが、見ての通り、防衛線の崩壊は時間の問題だ』


黒田局長はそこで一度言葉を区切り、政治家や官僚と渡り合ってきた人間特有の、冷徹で現実的な眼差しを私たちに向けた。


『……綺麗事抜きで話そう。現在、イギリス政府および欧州連合の首脳陣から、我が国に対して泣きつくような公式の救援要請が来ている。これまで我が国の異能技術を危険視し、国際的な管理下に置こうと圧力をかけてきていたヨーロッパ諸国に対し、ここで彼らの首都を救って貸しを作ることは、日本の今後の国際的立場を決定的に有利にする。……つまり、日本政府としては、ここでイギリスに最大の「恩を売る」必要があるのだ』


「イギリスに、恩を売る……」

私はゴクリと唾を飲み込んだ。


人命救助という純粋な目的の裏にある、国家間の冷酷なパワーゲーム。けれど、私たちが日本で誰にも邪魔されずに平穏に暮らすためにも、世界の強国に「日本には逆らえない、日本に助けられた」と思わせておくことが最大の盾になるというのは、痛いほど理解できた。


『もちろん、すべてはアメリカの衛星スキャンの結果を見てからだ。もしアメリカ国内に今すぐ爆発しそうな種子があれば別だが……結果次第では、日本政府の要請を最優先し、そのまま大西洋を越えてイギリスへ飛んでもらうことになる。そうなれば半日と掛からずにイギリスで救援活動になる。心の準備をしておいてくれ』


「……分かりました」

私と悠斗は顔を見合わせ、静かに頷いた。


宇宙空間を飛ぶ衛星が、地球を何周も回って北米大陸の真実を暴き出すまで、あと十二時間。


私たちは再出撃に備えてホテルのベッドへと身を横たえながら、海の向こうで戦うアーサーたちの無事を祈り、長いスキャンの終わりを待ち続けた。


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