第222話:『命を啜る培養槽と、悪魔の番犬』
第222話:『命を啜る培養槽と、悪魔の番犬』
ブォォォォンッ!! ブォォォォンッ!!
地下三百メートルの偽りの楽園に、鼓膜をビリビリと震わせる警報サイレンが鳴り響いていた。
白い壁の巨大なゲートをくぐり抜け、銀色のパイプが這う施設の内部へと駆け込んだ私たちの鼻腔を突いたのは、先ほどまでの南国の花の甘い香りではない。ツンと鼻の奥を刺激する強い消毒液の匂いと、焦げたオゾン、そして微かな血生臭さだった。
金属製の廊下を突き進み、開け放たれた大型隔壁を抜けて施設の最深部……ドーム状の広大なホールへと飛び込んだ私は、目の前に広がるおぞましい光景に息を呑んだ。
「……っ、なによ、この場所……!」
天井の高いホールの中央には、直径五メートル、高さ十メートルを超える巨大な透明なガラスの円筒がそびえ立っていた。
その中を満たす毒々しい赤い培養液に浮かんでいたのは、人間の胴体ほどもある歪な赤黒い結晶の塊……彼らが百億ドルで買い取ったという『オリジン・シード』の母体だろう。
結晶の表面には血管のような無数の管が張り巡らされ、ドクンドクンと巨大な心臓のように醜く脈打っている。
そして、その母体シードをぐるりと取り囲むようにして、百基近い青白いガラス製のカプセルが、幾重もの円を描いて整然と並んでいた。
すべてのカプセルの中には、スラム街から違法に攫われてきたであろう十代前半から半ばの少年少女たちが、薄い検査着一枚で閉じ込められている。彼らの首筋や背中には、太いチューブが何本も突き刺さっていた。
先ほどクロフォード議員が赤いリモコンのスイッチを押したことで、百基のカプセルの照明が一斉に危険を知らせる真っ赤な色に点滅し、中の子供たちが「う、あぁぁ……っ!」と培養液の中で泡を吐きながら、苦悶の表情で激しく痙攣し始めていたのだ。
「ひどい……! カプセルの中の子たちから、無理やり魔力と生命力を吸い上げています!」
サラが悲鳴のような声を上げ、胸元の銀の十字架を白くなるほど強く握りしめた。
私たちがカプセルへ駆け寄ろうとした、その直後だった。
ドゴォォォォォンッ!!!!母体シードのすぐ前に設置されていた鋼鉄製の大型隔離ケージが、内側から凄まじい力で殴りつけられ、分厚い鉄の扉が飴細工のようにひしゃげて吹き飛んだ。
プシュゥゥゥッ……と噴き出す白い冷却蒸気の向こうから、ズシン、ズシンと金属製の床をへこませながら、巨大な影が這い出してくる。
『グルォォォォォァァァッ!!!!』
ホール全体の空気をビリビリと震わせる、低くおぞましい咆哮。
姿を現したのは、私たちが地上で戦ったサイボーグ犬や巨大ムカデといった複数のバグモンスターの肉体と、米軍の最新鋭重装パワードスーツの装甲パーツを、赤黒い人工種子の肉塊で強引に繋ぎ合わせたような、全長五メートルを超える四足歩行の怪物だった。
鋼鉄の背中からは二門の太い砲が突き出し、両肩から異様に発達して生えた四本の剛腕には、チェンソーのように高速回転しては止まる。鋭そうな爪がギュイィィンッと唸りを上げている。
「うわっ、見るからに悪趣味なフランケンシュタインじゃねぇか! だが、俺たちの敵じゃねぇぜ!」
ジャックが右手を前に突き出し、悠斗も大剣星斬りを引き抜いて、一気に怪物の懐へと飛び出そうとした、その瞬間だった。
「待ってください、二人とも! 今、あいつを攻撃しちゃダメです!!」
後方で目を閉じて『遠隔透視』を行っていた咲と、魔道具のタブレットを叩いていたソラが、同時に血相を変えて叫んだ。
「なんだと!? 攻撃しなきゃ、こっちがやられるだろ!」
ブーツの底を鳴らして急ブレーキをかけた悠斗に、ソラが震える指でタブレットの解析画面を見せた。
「床の下を見てください! あの合成魔獣と中央の『オリジン・シード』は、床下に張り巡らされた太い魔力伝導パイプを通じて、周りにある百基の培養カプセルと直結しています!」
「直結してるって……どういうことよ、ソラくん!?」
「あの合成魔獣には、人工種子の『超高速自己修復機能』が組み込まれています! もし僕たちが合成魔獣や母体シードにいきなり大ダメージを与えれば、システムは傷を瞬時に再生させるために、パイプを通じてカプセルの子供たちから『致死量の魔力と生命エネルギー』を一気に吸い上げる仕組みになっているようです!」
「なっ……!? じゃあ、俺たちがあのバケモノを斬ったら、カプセルの子供たちが代わりに死んじまうってのかよ!?」
光輝が顔を青ざめさせて叫んだ。
すると、ホールの天井近くにある防弾ガラス張りの管制室から、スピーカー越しに耳障りで下品な笑い声が響き渡った。
『ハハハハハ! その通りだよ、日本の特異点ども!』
見上げると、白衣を着た神経質そうな痩せた中年の男性が、マイクを片手に勝ち誇ったような笑みを浮かべて私たちを見下ろしていた。
『よく気づいたな! その特A級・合成魔獣は、ここにいる百人のガキどもの命そのものを予備バッテリーにしている無敵の番犬だ! お前たちが自慢の魔法や大剣でそいつを傷つければ傷つけるほど、カプセルのガキどもが干からびて死んでいくぞ! さあ、人命第一の英雄さんたち、手も足も出まい! 大人しくその場でミンチにされるがいい!』
『グルァァァァッ!!』
その号令に応じるように、合成魔獣の背中のプラズマ砲が青白く発光し、私たち十人に向かって灼熱のエネルギー弾を続けざまに乱射してきた。
「くそっ! サラ、メイ、防げ!」
「はいっ! 『絶対防壁、イージス・オブ・ゴッド』!」
「『ハニカムシールド』!」
ドガァァァンッ!! ドゴォォォンッ!!
二人の少女が瞬時に展開した二重の盾がプラズマ弾を正面から弾き返すが、ホールの中が激しい爆風と肌を焼くような熱気に包まれる。さらに合成魔獣は、その巨体に似合わぬ猛スピードで地を蹴り、四本の回転する爪を振りかざして突っ込んできた。
「チッ、殴り返せねぇってのは、最高にストレスが溜まるぜ!」
ガギィィィィンッ!!悠斗が前に躍り出て、刃ではなく大剣星斬りの平らな腹の部分を使い、合成魔獣の巨大な爪を真っ向から受け止めた。バチバチッと目が眩むような火花が散り、悠斗のブーツが金属の床を削りながら数メートル後方へと押し込まれる。
「悠斗教官、援護します!」
舞が横合いから槍の柄で怪物の腕を突き飛ばし、颯太も短剣の峰で牽制するが、傷をつけないように手加減しながらでは、怪物の圧倒的な質量とパワーを押し返すことはできない。攻撃すれば人質の子供たちが命を奪われ、防御に徹していれば、いずれこちらの防壁と体力が削り切られる。
自分たちの保身のためなら他人の命などなんとも思わない悪辣な人間たちが作り上げた、最悪のジレンマだった。
『ギャハハハ! どうした、逃げ回ることしかできないのか! もっと出力を上げろ、一気に踏み潰せ!』
白衣の男性がコンソールを叩くと、カプセルの赤い光がさらに強く明滅し、子供たちの心拍モニターがピピピピッ! と危険なアラートを鳴らし始めた。
このまま防戦一方を続けていても、合成魔獣がエネルギーを消費するだけで、結局は子供たちの命が削られていく。残された時間は、もう数分もない。
(……いいえ、絶対に諦めないわ。相手が機械とパイプで繋がっているシステムなら、必ず物理的に切り離す方法があるはずよ!)私は飛び交う火花と爆風の中で唇を強く噛みしめ、ホールの床下と、壁際にある大型のメインコンソールを交互に睨みつけた。
「ソラくん、咲ちゃん! カプセルの子供たちを一人も殺さずに、あのバケモノと母体シードへのエネルギー供給だけを完全に断ち切るには、どうすればいい!?」
私の鋭い問いかけに、ソラが銀縁眼鏡を押し上げ、猛スピードで魔道具のタブレットの画面を走らせた。
「……方法は一つだけあります! ただし、単純に床下のパイプを斬るだけではダメです! パイプの破損をシステムが感知すると、安全装置が働いてカプセルの生命維持装置まで緊急停止してしまいます! だからまず、あの壁際にある中央制御コンソールを僕と光輝先輩でハッキングし、カプセルの電源を『独立維持モード』へと強制的に切り替えます!」
「そして、その切り替えが成功した瞬間に、床下にある八本の『主魔力パイプ』を、同時に断ち切るんです!」
咲が両手を額に当てたまま、床の中央部分を指差して続けた。
「私の透視で見えます! 母体シードの五メートル手前の床下に、百基のカプセルからのパイプが八本に束ねられて合流している『分岐バルブ』があります! そこを同時に斬り落とせば、子供たちに一切の負荷をかけずに、バケモノへの魔力供給だけを完全に遮断できます!」
ハッキングによる電源の独立と、床下の八本のパイプの同時切断。
「……見えたわね、勝利への道筋が!」
私はステッキを高く掲げ、荒い息を吐く仲間たちに向かって反撃の号令を飛ばした。
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