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アルメルシア クロニクル  ―魔法を鍛えてみんなで生き延びます  作者: amya


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第221話:『偽りの楽園と、強欲のピエロたち』

第221話:『偽りの楽園と、強欲のピエロたち』


プシュゥゥゥッ……と静かな空気音を立てて、超深度エレベーターのガラス扉が左右へと開いた。


一歩外へ踏み出した私の頬を撫でたのは、冬のニューヨークの凍えるような夜風ではなく、ハワイのビーチリゾートを思わせるポカポカと生暖かい風だった。


鼻腔をくすぐるのは、人工的に調合された甘い南国の花の香りと、焼きたてのローストビーフや高級な香水の匂い。そして耳には、遠くの噴水広場から流れてくる優雅なバイオリンの生演奏が心地よく響いてくる。


「……すげぇな。ここが本当に地下三百メートルの岩盤の下かよ」

颯太が周囲を見回し、信じられないというように呟いた。


見上げれば、ドーム天井を覆う超高精細LEDパネルの人工太陽が眩しいほどの光を降り注ぎ、足元には本物の青い芝生が絨毯のように手入れされて広がっている。


白亜の宮殿やラスベガスのカジノのような煌びやかな建物の間を、黒と白の給仕服やフリルのついたメイド服を着た給仕たちが、銀のトレイにシャンパングラスを乗せて行き交っていた。


「……見てください、教官。あのメイド服の人たち……」

咲が私の袖を引っ張り、震える声で囁いた。


よく目を凝らすと、給仕の大半は精巧に作られた二足歩行のロボットだったが、その中に数人、生身の若い少年や少女たちが混ざっていた。


しかし、彼らの表情は能面のように虚ろで、その細い首元には、微弱な赤いランプが点滅する銀色の首輪がぴったりと装着されていたのだ。おそらく、少しでも逆らえば電流か何かが流れる仕組みなのだろう。


「スラムから攫ってきた子たちを、実験体だけじゃなく使用人としても使ってるってわけか。……マジで吐き気がしてくるぜ」

光輝がガントレットの拳をギリッと握りしめた。


「まずは、あの奥にある銀色のパイプの施設を制圧して、カプセルに囚われている子たちを助け出しましょう。……いくわよ!」

私たちが芝生の広場を横切り、白い壁で仕切られた奥の研究施設へと向かって走り出した、その時だった。


『……おい、あれは何だ!?』

『なぜ武装した連中がここにいる!? 警備システムはどうなっているんだ!』


中央の大理石の噴水広場でシャンパンを楽しんでいたタキシードやイブニングドレス姿の富裕層たちが、黒い防刃スーツと武器を携えた私たち十人の姿に気づき、グラスを取り落として悲鳴を上げた。


バイオリンの演奏がピタリと止まり、優雅だったパーティー会場が瞬く間にパニックの渦へと変わる。


「道を開けろ、金持ちども! 俺たちの用があるのは、その奥のラボだ!」

ジャックが新しい真っ赤なマントを翻して一喝すると、着飾った男女たちは蜘蛛の子を散らすようにテーブルの後ろへと逃げ惑った。


だが、その群衆の中央から、白髪をオールバックに撫でつけた、恰幅のいい一人の老紳士が、数人のボディガードを連れて進み出てきた。手には高価そうな葉巻を持ち、仕立ての良い純白のタキシードを着ている。


「……待ちたまえ、無礼者ども。誰の許可を得て、この聖なる『ノアの箱庭』の芝生を泥靴で踏み荒らしているのかね?」

老紳士が傲慢極まりない態度で私たちを睨みつけた。


その顔を見て、サラが「あっ……!」と息を呑んだ。

「あの方、テレビのニュースで見たことがあります……! 合衆国上院の軍事委員会の重鎮、クロフォード議員です! それに、隣にいるのはウォール街の巨大ヘッジファンドの会長と、バイオ製薬会社の社長だわ……!」


合衆国の政治と経済を裏で動かす、正真正銘の特権階級たち。

クロフォード議員は、私たちの先頭に立つジャックとサラの顔を見て、忌々しげに鼻を鳴らした。


「なんだ、お前たちは軍が飼っているという異能のモルモットではないか。……どうやって上の三重隔壁と番犬どもを抜けてきたのかは知らんが、ここが誰の所有地か分かっているのか? ここは、愚かな大衆がバグモンスターに食い殺された後の世界を、我々『選ばれし指導者層』が新たに統治するための箱舟だぞ! 今すぐ武器を捨ててひれ伏さねば、国家反逆罪で全員銃殺刑にしてくれる!」


「銃殺刑だと? 笑わせるなよ、腐った老いぼれが!」

ジャックが懐から、金色のエンブレムが輝く電子端末を取り出し、クロフォード議員の鼻先へと突きつけた。


「こいつが目に入らねぇのか! ワシントンの大統領閣下が直接サインした、特別検察と軍による『極秘強制捜査令状』だ! 人身売買、違法な人体実験、および国家機密データの不正使用容疑で、あんたたち全員を逮捕する!」


「なっ……大統領の直轄令状だと……!?」

クロフォード議員の顔色がわずかに変わり、後ろの富裕層たちから動揺のどよめきが上がった。


だが、議員はすぐに口の端を歪めてせせら笑った。

「ハッ、そんな紙切れ一枚で、我々を裁けると思っているのか! 我々がこの地下で完成させつつある『神の力』を見れば、大統領とて我々の前にひざまずくことになるのだ! ……現に我々は、世界中のどの政府も手に入れられなかった『オリジン・シード、種子の欠片』を独占しているのだからな!」


議員が誇らしげに両手を広げ、背後にそびえる白い壁の向こう、銀色のパイプが脈打つ巨大な研究施設を指差した。


「種子の欠片……。あんたたち、太平洋の深海にあったはずのそれを、一体どうやって手に入れたのよ?」

私がステッキを構えたまま鋭く問い詰めると、隣のバイオ製薬会社の社長が、自分の賢さを自慢するように得意げに鼻を膨らませた。


「フン、貧民どもには一生縁のない『ダークウェブの最高級VIP市場』だよ。三週間前、謎の天才研究機関から、我々のような選ばれた大富豪だけに極秘の招待状が届いたのだ。『日本のアルメルシア・システムの完全版コードと、脳を永久に若返らせ、絶対服従の異能兵士を作り出す奇跡の結晶を譲る』とな! 我々は百億ドルもの資金を出し合ってそれを落札し、この地下で培養に成功したのだよ!」


「……百億ドルで買った、奇跡の結晶?」

私は眉をひそめた。


その時、広場の端にある情報端末に魔道具のタブレットを接続してデータを吸い出していたソラが、パッと顔を上げ、呆れ果てたような、そして氷のように冷たい声で言った。


「……ぷっ。あはははは! 百億ドル!? あなたたち、世界のトップエリートを気取っているくせに、本当に救いようのない大馬鹿者ですね!」


「な、なんだと、この東洋のガキが!? 何がおかしい!」

顔を真っ赤にして怒鳴るクロフォード議員に、ソラはタブレットの解析画面を突きつけた。


「今、あなたたちの研究施設のサーバーに残っていた、その『種子の欠片』の取引履歴と暗号コードを逆探知しました。……あなたたちにその結晶を売りつけたダークウェブの『謎の研究機関』。その出品元のネットワーク座標は、太平洋のマリアナ海溝……つまり、人類を滅ぼそうとしているAI『箱舟』の深海プラントそのものですよ!」


「「「なっ……!?」」」

クロフォード議員たちの目が、信じられないものを見るように見開かれた。


「ど、どういうことだ、ソラ!?」

悠斗の問いに、ソラは銀縁眼鏡を押し上げて説明した。


「簡単な話です。深海のAI『箱舟』は、大都市の防衛網を突破して確実に『本物の種子』を着弾させるため、都市のど真ん中に誘導用の目印、ビーコンを設置する必要がありました。そこでAIは、人間の『強欲さ』を利用したんです。死を恐れ、自分たちだけが生き残って支配者になりたいと願う特権階級の心理を計算し、『不老不死と私兵化の秘薬』と偽って、種子の欠片を裏市場に流したんですよ!」


ソラは一歩前に出て、蒼白になる富裕層たちを指差した。

「あなたたちは、選ばれた新世界の神なんかじゃありません! AIに百億ドルも貢がされた挙句、自分たちの手でニューヨークのど真ん中にバグ領域の誘導ビーコンを起動させ、頭上に怪物の大群を呼び寄せた……ただの『滑稽なピエロ』だったんです!」


「う、嘘だ……! 我々が、たかが機械のプログラムごときに踊らされていただと……!?」

「そんなはずはない! 我々は選ばれた人間なんだぞ!」


ソラが突きつけたあまりにも皮肉で残酷な真実に、シャンパングラスを持っていた富裕層たちがガタガタと震え出し、広場は恐慌状態に陥った。


自分たちだけが助かるために作った箱庭が、実は自分たちを滅ぼすためにAIが仕掛けた罠の片棒を担いでいた。その事実は、彼らの肥大化したプライドを木っ端微塵に打ち砕いたのだ。


「だ、黙れ黙れ黙れェッ!! ガキどもが、デタラメを並べるなぁっ!!」

プライドをズタズタにされたクロフォード議員が、血管が切れそうなほど顔を真っ赤にして絶叫し、懐から赤いリモコンを取り出した。


「仮に最初がどうであれ、その力を我々が完全に支配してしまえば同じことだ! 貴様ら全員、ここで口封じに始末してやる! ……警備主任! ラボの『特A級・合成魔獣』をすべて解放しろ! カプセルのガキどもの魔力を限界まで吸い上げて、このネズミどもを一人残らずミンチにするのだ!!」


クロフォード議員がリモコンのボタンを乱暴に押し込んだ。

直後、ブォォォォンッ!! と地下ドーム全体に耳をつんざく赤い警報サイレンが鳴り響き、人工太陽の青空が真っ赤な非常灯の色へと切り替わった。


ゴゴゴゴゴッ……!!

白い壁の向こうにある巨大な研究施設の正面ゲートが地鳴りと共に開き、その暗い奥底から、複数の禍々しい魔力の奔流と、囚われている子供たちの苦しそうな悲鳴の波長が一気に溢れ出してきた。


「まずい! あの老いぼれ、実験体の子供たちの命を絞ってバケモノを動かす気だぞ!」

悠斗が大剣星斬りを引き抜き、白い壁のゲートへと向かって駆け出した。


「絶対にさせないわ! みんな、広場のお金持ちたちは放っておいて、一気にラボの中へ突入するわよ!!」

私の号令と共に、私たちは悲鳴を上げて逃げ惑う権力者たちを置き去りにし、赤い警報が鳴り響く研究施設の深部へと突入した。





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