第220話:『呪いの種子と、生命を紡ぐ祈り』
第220話:『呪いの種子と、生命を紡ぐ祈り』
『グルルルルァァァッ!!』
地下三十メートルの広大な岩盤空洞に、人間とも獣ともつかない咆哮が反響した。
コンテナを蹴り破って飛び出してきた四人の改造私兵が、白い冷気の霧を巻き上げながら、驚異的な脚力で一斉に床を蹴った。
彼らの右腕はサイボーグ犬の鋭い金属の爪に、左腕や脚部はウネウネと蠢く鋼鉄の触手に変貌しており、首筋には赤黒く脈打つ『人工種子の結晶』が半分以上めり込むようにして癒着している。
「来るぞ! メイ、サラ、正面を受け止めろ!」
「はいっ! 『ハニカムシールド』!」
「『絶対防壁、イージス・オブ・ゴッド』!」
ガギィィィンッ!! ズガァァァンッ!!
先頭の二人が振り下ろした金属の爪と触手の連撃が、メイの黄金の盾とサラの多面体プリズムに激突し、耳をつんざく金属音と共に激しい火花を散らした。
「くっ……! 重いっ、人間離れした筋力です!」
メイが歯を食いしばって踏ん張る。
「みんな、絶対に殺しちゃダメよ!」
私はステッキを構えながら、後方で目を凝らしている咲へと叫んだ。
「咲ちゃん、彼らの首筋の種子を透視して! どうなってるの!?」
「見ます! 『遠隔透視、クレアボヤンス』……!」
咲が両手を額に当て、苦しそうに眉をひそめた。
「ひどい……! あの赤い人工種子から、細い針金みたいな無数の根っこが伸びて、彼らの頸動脈と脳の神経に深く絡みついています! 本人の意識は奥底で眠らされていて、種子のプログラムに肉体を無理やり操られているだけです!」
「やっぱり、スラムから攫われてきた被害者たちってわけか……! 胸糞悪い真似をしやがるぜ!」
ジャックが怒りに顔を歪めながらも、レーザーを撃つ指先をグッと引っ込めた。いつもの貫通レーザーを撃てば、彼ら自身の命まで奪いかねない。
「なら、まずは無力化して拘束するぞ! 舞、光輝!」
「ええ、足元を掬うわ! 『旋風脚、ウインド・スイープ』!」
「痺れて大人しくしてろ! 『スタン・ショック』!」
舞が槍を振るって局地的な突風を巻き起こし、盾に阻まれて体勢を崩した四人の足をまとめて払った。さらに光輝が床の金属パネルに微弱な電撃を流し込み、彼らの筋肉を一時的に硬直させる。
「今よ! 『局所超重力、ヘビー・バインド』!!」
私がステッキを強く振り下ろすと、倒れ込んだ四人の私兵の背中に、数トンもの見えない重力の重しがズシンッ! と圧しかかっただろう。
『グ、ガァァァッ……!?』
四人はコンクリートの床に手足を縫い留められたようにうつ伏せで張り付き、ピクリとも動けなくなった。
「よし、拘束完了だ! 今のうちにあの首筋の胸糞悪い種子を引っぺがすぞ!」
颯太が紅い短剣を逆手に持ち、一番手前で唸っている黒人青年の私兵へと駆け寄った。私がその青年の首元だけ重力を弱めると、颯太は膝をついて青年の頭を押さえ、首筋に突き刺さっているゴルフボール大の赤黒い結晶と皮膚の隙間に、短剣の鋭い刃先を滑り込ませた。
「いいか、ちょっと我慢しろよ……せぇのっ!」ガキィィィンッ!!颯太がテコの原理で結晶を剥がそうと力を込めた瞬間、短剣の刃が火花を散らして弾かれた。それどころか、わずかに動いた結晶に引っ張られて、青年の首の皮膚がビリッと裂け、どす黒い血が滲み出たのだ。
『グギャアアアアッ!!』
青年が苦悶の叫びを上げて激しく痙攣する。
「うわっ、ダメだこれ! ナイフじゃ硬すぎて刃が立たねぇし、肉と血管にガッチリくっついてて、無理に抉ったら首の肉ごと千切れちまうぞ!」
颯太が慌てて短剣を引き抜き、冷や汗を拭った。
「待ってください、颯太さん!」
ソラが魔道具化したタブレットを青年の首筋にかざし、画面に表示された構造図を険しい目で見つめた。
「この人工種子、ナイフで切り離そうとすると防衛反応で根っこが余計に血管を締め付ける仕組みになっています! 引き剥がすには、まず外側から強い圧力で結晶そのものを『ペンチで挟み潰す』ようにミシミシと押し潰して機能を停止させ、根っこの力が緩んだ瞬間に一気に引き抜くしかありません!」
「ペンチみたいに潰してから引き抜くだと……? そんな器用な真似、どうやってやるんだよ?」
悠斗が眉をひそめる。
「私の重力と、メイちゃんの盾を使えばきっとできるわ!」
私はすぐさま青年の隣にしゃがみ込み、メイを手招きした。
「メイちゃん、あなたの一番小さな六角形の盾を、二枚の板みたいに種子の両脇にぴったり当てて!」
「は、はいっ! こうですか!?」
メイが掌サイズの小さな黄金のシールドを二枚出現させ、青年の首筋から飛び出している赤黒い結晶を、左右から挟み込むように配置した。
「そのまま固定してて! 私が両側から重力をかけて、万力みたいに挟み潰すわ! ……『両面重力圧縮、グラビティ・バイス』!!」
私はステッキの先端を結晶へと向け、二枚の小さな盾を内側へと押し合わせる猛烈な重力を発生させた。
ギリギリギリッ……ミシミシッ!!目に見えない魔法のペンチによって、ダイヤモンドのように硬かった人工種子の結晶が、両側から凄まじい力で挟み潰されていく。
「よし、ヒビが入ったぞ! 最後は俺が引っこ抜く!」
隣で構えていた悠斗が、白く身体強化のオーラを纏った右手の指先で、ひび割れた結晶を本物のペンチのようにガッチリと摘まみ上げた。パキパキッ……バキィッ!!悠斗の圧倒的な握力が加わり、結晶が完全に砕けて赤黒い光がフッと消える。
「ぬぅぅぅっ……おらァッ!!」
悠斗がそのまま腕の筋肉を膨張させ、砕けた結晶を首筋から一気に引き抜いた。ズチュッ、と生々しい音を立てて、結晶と一緒に十センチほどの黒い毛細血管のような根っこがずるりと抜け落ちる。
すると、青年の右腕を覆っていた金属の爪や鋼鉄の触手が、まるで憑き物が落ちたようにサラサラと光の粒子になって消滅し、本来の人間の腕へと戻ったのだ。
「やった! バグモンスターの部位が消えたぞ!」ジャックが歓声を上げた、その直後だった。ドクッ……ブシュゥゥゥッ!!結晶が抜けてぽっかりと穴が開いた青年の首筋から、真っ赤な鮮血がまるで噴水のように勢いよく噴き出したのだ。
「えっ……!? ち、血が!!」
「まずい! 根っこが太い頸動脈の壁まで食い破ってたんだ! 悠斗、早く押さえて!」
私は悲鳴を上げ、悠斗が慌てて自分の分厚い掌で青年の首筋の傷口を強く圧迫した。しかし、動脈に近い傷口からの出血はすさまじく、悠斗の指の隙間から真っ赤な血が次々と溢れ出し、冷たい床を赤く染めていく。
青年の顔からみるみるうちに血の気が引き、呼吸が浅く、痙攣し始めた。
「くそっ、圧迫だけじゃ血が止まんねぇぞ! このままじゃ数分で失血死しちまう!」
悠斗が焦燥の声を上げる。
「そんな……! 助けようとして種子を抜いたのに、このままじゃ死んじゃうなんて……! 残りの三人も、このままじゃ抜けないわ!」
私は自分の手が震えるのを感じた。私の重力魔法で無理やり傷口を押さえつければ、首の血管ごと潰して窒息させてしまう。光輝の雷やソラの熱で傷口を焼けば、首の神経まで焼き切って取り返しのつかないことになる。
傷ついた血管と肉を、綺麗に繋ぎ止めて癒やす力、……『治癒の魔法』がなければ、この命は救えない。
「……わ、私が……っ!」
その時、震える声と共に前へと飛び出してきたのは、サラだった。彼女は真っ青な顔で床の血だまりに膝をつき、悠斗の手が押さえている青年の首筋へと、自分の両手を震えながら伸ばした。
「サラちゃん!? あなた、傷を治す魔法なんて使えるの!?」
私が驚いて尋ねると、サラは涙が浮かんだ碧い瞳で私を見返し、必死に首を振った。
「つ、使ったことはありません……! 私はシスターなのに、今まで一度も、傷ついた人を祈りで癒やすことなんてできませんでした……! ただ『神様、治してください』って祈るだけじゃ、すり傷ひとつ塞がらなかったんです……!」
サラの言葉に、私はハッとした。そうか。アメリカでシスターとして覚醒した彼女は、本当は誰よりも「人を癒やす奇跡」を望んでいたのだ。けれど、以前の『神の盾』と同じで、具体的な物理・生体のプロセスを伴わないただの「お願い」では、現実の肉体を書き換える治癒魔法は発動しなかったのだ。
「でも……っ! リカ教官が教えてくれました! 神様が創ったこの世界の『理』を理解して、私の祈りでそれを組み立てれば、奇跡は起こせるって……!」
サラが悲痛な覚悟を決めた目で、ソラの方を振り返った。
「ソラくん、教えてください! 人間の身体が傷を治して、血を止める時……身体の中では、どんな『神様のルール』が働いているんですか!?」
サラの魂の問いかけに、ソラはハッと息を呑み、すぐさま魔道具のタブレットを操作して人体の生理学データを呼び出した。
「……止血と組織再生のプロセスですね! いいですか、サラさん、僕が言う通りにイメージしてください!」
ソラが早口で、しかし一言一句をサラの脳裏に刻み込むように叫んだ。
「まず第一段階は『血管の収縮と血液凝固』です! 破れた血管の端に血液中の『血小板』を集めて栓をし、網目状の繊維、フィブリンを織り上げて赤い血球を絡め取り、かさぶたの壁を作ります! そして第二段階は『細胞分裂の超加速』! あなたの魔力を温かい熱と栄養のエネルギーに変換して周囲の細胞に注ぎ込み、タンパク質を合成させて、裂けた血管と皮膚をジッパーを閉じるように端から縫い合わせるんです!」
「血小板の栓と、繊維の網……そして、細胞を紡ぐ温かいエネルギー……!」サラは目を閉じ、胸元の銀の十字架を一度強く握りしめてから、悠斗の手の上にかざした両手に、清らかで膨大な魔力を集中させた。
「悠斗教官、手をどけてください!」
「……頼んだぞ、サラ!」
悠斗が血まみれの掌をパッと離す。再びドクッ! と血が噴き出そうとしたその傷口へ、サラは迷うことなく自らの小さな両手をピタリと重ね合わせた。
「主が創りたもうた、生命の尊き理よ……! 流れ出ずる血の川に網を張り、傷つきし肉と器を、再び一つに紡ぎたまえ……!」
サラの口から紡がれるのは、無力な神頼みではなく、生命のメカニズムを正確に指定し、自らの魔力で強制実行する『構造化された祈り』だった。
「『聖なる細胞再生、ディヴァイン・リジェネレーション』ーーっ!!」
カアァァァッ……!!
サラの両手から、まるで春の陽だまりのような、温かくて優しいエメラルドグリーンの光が溢れ出した。光の粒子が青年の首筋の傷口へと吸い込まれていく。すると、信じられない光景が私たちの目の前で起きた。
ドクドクと噴き出していた鮮血が、まるで目に見えない細かい網で塞き止められたかのようにピタリと止まり、裂けていた太い血管と皮膚の断面が、シュルシュルと音を立てるように内側から盛り上がって、みるみるうちに綺麗に塞がっていったのだ。
わずか十秒ほどで、サラが手を離した青年の首筋には、うっすらとしたピンク色の新しい皮膚が張っており、傷跡すら残っていなかった。
『……う……ん……』
青年の荒く苦しそうだった呼吸が、スースーという穏やかで規則正しい寝息へと変わり、蒼白だった頬に確かな生きた人間の血色が戻ってくる。
「……と、止まった……! 傷が完全に塞がってるぞ!」
颯太が目を丸くして青年の首筋を覗き込む。
「はぁ、はぁ……っ。で、できました……! 私、本当に人の傷を癒やすことができました……っ!」
サラは自分の両手を見つめ、感激でポロポロと涙をこぼした。
「すごいわ、サラちゃん! 盾だけじゃなく、本物の『癒やしの聖女』になっちゃったわね!」
私が彼女の肩を抱いて称賛すると、ジャックも「オーマイガー! サラ、お前は世界最高のヒーラーだぜ!」と大喜びで親指を立てた。
「よし、やり方が分かればこっちのもんだ! 残りの三人も、同じ手順で一気に救い出すぞ! サラさん大丈夫か?」
「はい! 大丈夫です」
サラを両手を胸の前で組んで、桃のように紅潮しながら、上に向かって祈っている。
悠斗の号令で、私たちは残りの三人の改造私兵へと取りかかった。
メイの小さな盾と私の『両面重力圧縮』で首筋の人工種子をペンチのように挟み潰し、悠斗が引き抜いた瞬間に、サラが『聖なる細胞再生』の光を注ぎ込んで大出血を即座に塞いでいく。
一分後には、四人全員から呪われた人工種子が完全に摘出され、人間の姿を取り戻した彼らは、空洞の安全な壁際で静かに眠りについていた。
「ふぅ……。全員、命に別状はないわね。あとでミラー局長たちに回収してもらいましょう」
私は額の汗を拭い、ハンカチで悠斗の手についた血を綺麗に拭き取ってあげた。
「サンキュ、梨花。……しかし、これでハッキリしたな」
悠斗は床に転がる、砕けた四つの赤黒い結晶をブーツの踵で踏み砕きながら、冷たい目で目の前の巨大な円筒形エレベーターを見上げた。
「この下の『ノアの箱庭』にいる金持ちどもは、本当に人間の命を部品としか思ってねぇ。……一秒たりとも、これ以上好き勝手にはさせられねぇな」
「ええ。行きましょう、地下三百メートルの最深部へ!」
私の言葉に、十人全員が力強く頷いた。
私たちは金属製の連絡橋を渡り、直径十メートルもの巨大な超深度エレベーターの内部へと乗り込んだ。
ソラが操作パネルをハッキングしてロックを解除すると、重厚な扉が閉まり、ゴォォォォッ……という低い風切り音と共に、カゴが猛スピードで地中深くへと降下を開始した。
デジタル表示の深度計が、マイナス五十、マイナス百、マイナス二百……と、凄まじい速さで数字を刻んでいく。そして、深度マイナス三百メートルに達した瞬間。カゴがゆっくりと減速し、全面ガラス張りになったエレベーターの下半分が、分厚い花崗岩の岩盤の層を抜けて、巨大な地下ドーム空間の天井部分へと突き出した。
「……なによ、これ……。ここが本当に、地下三百メートルなの……!?」
ガラスの壁の向こうに広がった光景を見て、私は言葉を失った。そこには、暗い地下壕などではなく、見渡す限りの『眩しい青空』と『輝く太陽』があったのだ。もちろん本物の空ではない。東京ドーム数個分という途方もない広さのドーム天井の全面に、超高精細なLEDパネルが張り巡らされ、ハワイや地中海のリゾートのような完璧な青空と人工太陽の光を再現していたのだ。
地上には青々とした芝生のゴルフコースや、エメラルドグリーンの人工ビーチ、そして白亜の宮殿のような大豪邸やラスベガスのカジノのような外観の建物が立ち並んでいる。
さらには、中央の噴水広場のテラスには、タキシードや煌びやかなイブニングドレスに身を包んだ数百人の富裕層や権力者たちが集まり、クラシック音楽の生演奏の中で、黄金色のシャンパンのグラスを傾けて優雅に談笑しているのが見えた。
給仕している人たちはロボットが多いが、アンドロイド型か人間に見える人も混ざっている。服装は給仕服かメイド服で統一されているようで、遠目からでも見分けやすい。
そして、その華やかなリゾート街のすぐ奥、……高い白い壁で仕切られた一角には、不気味な銀色のパイプが張り巡らされた巨大な施設がそびえ立っており、そこからあの人工種子の魔力反応が脈打つように溢れ出していたのだ。
地上のニューヨーク市民がバグモンスターの恐怖に震え、兵士たちが血を流して戦っていたその真下で、彼らだけは安全な人工の楽園に引きこもり、スラムの子供たちを実験体にしながら乾杯していた。
「……ふざけやがって……」
ガラスの壁に拳を押し当てたジャックの全身から、怒りでバチバチと金色の魔力の火花が散った。
「ああ。……パーティーの時間は終わりだ。俺たちで、最高の現実を叩きつけてやろうぜ」
悠斗が大剣星斬りの柄を強く握りしめ、エレベーターはついに、偽りの楽園の地上……最下層ターミナルへと到着した。
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