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アルメルシア クロニクル  ―魔法を鍛えてみんなで生き延びます  作者: amya


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第219話:『三重隔壁の罠と、改造された番犬』

第219話:『三重隔壁の罠と、改造された番犬』


五秒ほど静かに降下したところで、VIP専用エレベーターのカゴが停止した。

乗ってきた正面の扉ではなく、背後の壁がプシュゥゥッという気圧調整の重い音と共に左右へ開く。


「……ここが、地下三十メートルの第一検問フロアね」

私はステッキを構え、警戒しながら足を踏み出した。


そこに広がっていたのは、地上階のクラシックな内装とは似ても似つかない、まるで近未来の宇宙船の内部のような無機質な空間だった。


壁も床も天井も、すべて継ぎ目のない白銀のチタン合金で覆われており、鼻を突く消毒薬と冷たい機械油の匂いが漂っている。


そして、幅四メートル、長さ百メートルほどの真っ直ぐな通路の先には、ぶ厚そうな巨大な円形の対核隔壁ゲートが、銀行の巨大金庫の扉のように行く手を塞いでいた。


「咲ちゃん、前方の透視をお願い」

「はいっ。『遠隔透視、クレアボヤンス』……!」

咲が目を閉じて通路の先へと意識を飛ばし、すぐに険しい声で報告した。


「ミラー局長の情報通りです! あの第一ゲートの向こうに、三十メートルおきに第二ゲート、第三ゲートが並んでいます! しかも、それぞれのゲートの天井裏に、大口径のマシンガン?と、何かを噴射する様なノズルが隠されています! 認証に失敗するか、扉に強い衝撃を与えたら、通路ごと密閉されてガスが噴き出す仕組みではないでしょうか!」


「チッ、胸糞悪いトラップを仕掛けやがって。さすが自分の命だけは惜しい連中だな」

悠斗が忌々しげに舌打ちをして、天井のわずかな継ぎ目を睨みつける。


「でも、やり方はさっきのエレベーターと同じよ。ジャック、マスクと指紋シールの調子はどう?」

「バッチリだぜ、リカ教官! ちょっとゴム臭くて息苦しいが、スパイの任務のためなら我慢してやるさ!」

赤いマントを翻しながら、小太りな中年副頭取の顔で親指を立てるジャック。真面目な場面なのに、どうしても視界の端に入るたびに吹き出しそうになってしまうのを、私は必死に唇を噛んで堪えた。


私たちは足音を殺して通路を進み、第一ゲートの前へと立った。

扉の脇にあるスキャナーに、私が黒いマスター・パスキーをかざし、ジャックがカメラの前に顔を突き出して指紋シールを貼った親指を押し当てる。


『第一隔壁、生体認証およびランダム音声コードを入力してください。録音データによる不正侵入を防ぐため、モニターに表示された指定文を三十秒以内に声に出して読み上げてください』


ピピッ、とスキャナーの下の液晶画面に、赤い文字で一行の英文が表示された。


「あっ、ランダム音声コードだって!? 毎回違う文章を読ませる仕組みかよ!」

マスクの下からジャックが焦った声を上げる。


「しかもまずいです、教官! カメラが顔認証と同時に『唇の動き、リップシンク』まで精密に監視しています! 僕のタブレットから合成音声を流すだけでは、マスクの口の動きと合わずに偽物だとバレてしまいます!」

ソラがタブレットの解析画面を見て緊迫した声を上げた。


「唇の動きまで!? じゃあ、マスクを被ってるジャックが実際に口を動かして喋るしかないってこと!?」

私が声を上げると、ソラは「はい!」と頷き、ポケットから丸いコイン型の薄いパッチを取り出して、ジャックのシリコンマスクの喉元へとペタリと貼り付けた。


「僕のタブレットと連動させた『リアルタイム声紋変換パッチ、ボイスチェンジャー』です! これもミラー局長にもらいました。ジャックさんが普通に喋れば、喉の振動を拾って、リアルタイムであの副頭取の声に変換して出力します! さあジャックさん、画面の文章をハッキリ読み上げてください!」


「お、オーケイ! えっと、なになに……?」

ジャックがモニターの文字に目を走らせ、途端に顔をしかめた。


「……『大衆は泥に沈み、選ばれし黄金の血統だけが明日を見る』……って、なんだこの吐き気がするほど悪趣味な文章は!? こんな悪役のセリフ、俺のヒーローポリシーに反するぜ!」


『認証制限時間、残り五秒……』


「ポリシーとか言ってる場合じゃないでしょ! ガスが出ちゃうわよ、早く読みなさい!」

「わ、分かったよ! ゴホンッ!」

私に怒鳴られたジャックは大きく咳払いをすると、カメラを睨みつけ、サラの『精密光波屈折』による網膜偽装を合わせながら、大げさな身振りで口を開いた。


『……大衆は泥に沈み、選ばれし黄金の血統だけが明日を見る!』

赤いマントのヒーローの口から、小太りな中年銀行家の渋くて傲慢そうなバリトンボイスが、完璧な唇の動きと共に響き渡った。


ジジジ……ピロリンッ!


赤いスキャナーの光が緑色へと変わり、重さ数十トンはありそうな第一ゲートの歯車がゴゴゴゴゴッ……と回転して、分厚い扉が左右へと重々しく開いていった。


「ふぅーっ、開いたぜ! ……だが、今のセリフで口の中が腐りそうだ」

ジャックがベェッと舌を出すのを見て、私たちは思わず安堵の苦笑いを漏らした。


「すごいわ、ソラくんのボイスチェンジャーのおかげね! このまま第二ゲートへ進むわよ!」

私たちは開いた第一ゲートを抜け、三十メートル先の第二ゲートへと駆け寄った。


同じように私がパスキーをかざし、ジャックが前に出た瞬間、スキャナーの横にあるサーモグラフィーカメラが赤く点滅した。


『第二隔壁。生体認証および、顔面の表面温度・毛細血管の脈動を計測します』


「やべぇ! 分厚いシリコンマスクの上からじゃ、俺の顔の体温が伝わらねぇぞ!」

ジャックが冷や汗をかくのと同時に、ソラがすぐさまタブレットをかざした。


「大丈夫です! 『微細局地熱膨張、マイクロ・サーマル』!」

ソラが繊細な熱操作を発動し、ジャックが被っているシリコンマスクの表面温度を、瞬時に人間の肌と同じくらいに温め、さらにこめかみ部分の空気を微細に振動させて自然な脈動まで偽装してみせた。


ピロリンッ! という軽快な音と共に、第二ゲートも無事にロックが解除される。


そして、いよいよ最後の関門となる第三ゲートの前。


「これを抜ければ、地下三百メートルへ繋がる隠しエレベーターのエリアよ。みんな、気を引き締めて!」

私がパスキーをかざすと、第三ゲートのスキャナーがこれまでとは違う鋭い警告音を鳴らし、液晶画面に数字の入力を求めるテンキーが表示された。


『最終隔壁。ワンタイム・セキュリティコードの入力を求めます。現在時刻より三十秒以内に、VIP専用端末に送信された八桁の乱数を入力してください。……二十九、二十八、二十七……』


「なっ……ワンタイム・パスワードですって!?」

私の背中に氷のような冷や汗が走る。


副頭取の専用スマートフォンは、地上の一階ロビーで待機しているミラー局長が証拠品として保管しており、ここには持ってきていない。しかも、分厚い花崗岩の岩盤とチタン合金で電波が完全に遮断されたこの地下三十メートルでは、インカムで地上のミラー局長に通信して番号を聞くことすら不可能だった。


『二十四、二十三……』


天井のパネルがカシャン! と音を立てて開き、ガスの噴射ノズルと大口径マシンガンの銃口が、ギリギリとモーター音を鳴らして私たち十人の頭へと照準を合わせた。


「くそっ、電波が通じねぇなら番号なんて分かるわけねぇだろ! サラ、メイ、盾の準備をしろ!」

悠斗が大剣を抜こうとした、その瞬間だった。


「待ってください! 盾で防いでも、警報が鳴ったら下の施設が完全閉鎖されて、実験体の子供たちの命が危なくなります!」

ソラが必死に叫ぶ。


電波が通じない。地上と連絡が取れない。

私が唇を噛みしめたその時、脳裏にふと、一階ロビーで私たちを見送ってくれたミラー局長の真剣な眼差しがよぎった。


「……いいえ、電波が通じなくても、私たちには地上を見る『目』があるわ! 咲ちゃん!!」


「えっ……!?」

「今、この第三ゲートが要求を出したなら、地上の通信網を通じて、ミラー局長が持っている副頭取のスマホにワンタイム・パスワードが送られているはずよ! あの百戦錬磨の局長なら、私たちがこのトラップに直面していることに気づいて、きっとスマホの画面を見せてくれているはずだわ! 咲ちゃん、真上の地上一階ロビーを『遠隔透視』して!」


「ち、地上の一階をですか!?」

咲がハッと息を呑み、すぐさま目を閉じて両手を額に当てた。


『十九、十八、十七……』


しかし、咲の眉間が苦しそうに歪み、額から玉のような汗が噴き出す。

「くっ……! ダメです、ここは地下三十メートルで、間には分厚い岩盤とチタン合金の壁が何重にもあって……しかも地下施設の電磁シールドが邪魔をして、視界が砂嵐みたいにブレてしまいます……っ!」


距離と遮蔽物、そして強烈な電磁ノイズの壁が、咲の透視能力を阻んでいた。


『十四、十三……』


その時、光輝が一歩踏み出し、震える咲の肩に左手をポンと置いた。そして右手のガントレットを、天井へと繋がるチタン合金の壁へと直接押し当てる。


「落ち着け、咲。お前の『目』は、俺たちの誰よりも遠くまで届くはずだ」

光輝のガントレットからバチッ! と火花が散り、周囲の空間に漂っていた妨害用の電磁ノイズが、彼の身体へと強制的に吸い寄せられてアースされていく。


「邪魔なノイズは、俺が全部吸い取ってやる! だからお前は、地上のミラーのおっさんの手元だけに集中しろ!」


「……光輝くん……! はいっ、やってみます!!」

光輝の温かい手と力強い声に背中を押され、咲が大きく息を吸い込んだ。


『十、九……』


「届いて……『遠隔透視、クレアボヤンス』ーーっ!!」


咲の意識が、光輝が切り開いたノイズの隙間を抜け、分厚いチタン合金の天井を突き抜ける。さらに三十メートルの暗い岩盤を一気に遡り、地上一階のVIPエレベーター前のロビーへと到達した。


そこには……。


突然鳴り響いた副頭取のスマホの『第三隔壁・ワンタイムコード通知』を見てすべてを察し、エレベーターの扉の前で片膝をついて、スマホの液晶画面を「床の真下」へと向けて必死に突き出しているミラー局長の姿があった。


彼の口元が、『日本の透視能力者よ、これを見ろ!』と祈るように動いているのが、咲の目にハッキリと映し出された。


『七、六……』


「見えました!! ミラー局長が、地下の私たちに向かってスマホの画面を見せてくれています!」

咲がパッと目を見開いて叫んだ。


「数字は……4、9、0、2……7、1、8、5ですっ!!」


『四、三……』


「よし、俺が叩き込むぜ!」

スキャナーの前に立っていたジャックが、言われた通りの八桁の数字を、目にも留まらぬ速さでタッチパネルへと打ち込んだ。


『二、一……』


ピピピピッ……ピロリンッ!!

『……コード確認。最終隔壁、ロックを解除します』


カウントダウンが『ゼロ』になる寸前で停止し、天井のマシンガンとノズルがウィーンと音を立てて収納されていく。


同時に、最後の分厚い第三ゲートがゴゴゴゴッ……と地鳴りを上げて左右へと開いた。


「はぁ、はぁ……っ! あ、危なかったぁ……!」

極限の集中力を使い果たしてその場にへたり込みそうになる咲を、光輝が「ナイス透視だったぜ、咲!」と笑顔を向けて片腕で支え起こした。


ジャックも「ふぅーっ、生きた心地がしなかったぜ! ミラーのおっさんにも感謝だな!」と、ようやく暑苦しいおじさんマスクと喉元のパッチを剥がし、大きく息を吸い込んだ。


「咲ちゃん、光輝くん、そしてミラー局長との通信なしの連携……本当に最高の仕事だったわ!」

私は心臓の激しい早鐘を落ち着かせながら、開かれた第三ゲートの向こう側へと視線を向けた。


ゲートを抜けた先は、それまでの狭い通路とは打って変わって、自然の岩盤が剥き出しになった、高さ二十メートルほどの広大な地下空洞になっていた。


そして、その空洞の中央。

天井から床を貫く太い四本のガイドレールに支えられて、直径十メートルはある巨大な円筒形のエレベーターが、黒々とした威容を誇って鎮座していた。


これこそが、地下三百メートルの違法シェルター『ノアの箱庭』へと降りる、唯一無二の入り口だ。


「やっと見つけたぜ。あれで一番下まで降りれば、腐った金持ちどものお出ましってわけだな」

悠斗が大剣を肩に担ぎ、エレベーターへと続く金属製の連絡橋に向かって歩き出した、その時だった。


パシュゥゥゥッ……!!


エレベーターの待機ホールの左右に並んでいた、大型の冷凍コンテナのような四つの黒い箱から、白い冷却ガスが一斉に噴き出した。

重厚な電磁ロックが外れ、コンテナの分厚い扉が内側からドォン! と凄まじい力で蹴り破られる。


「……っ、止まれ! 誰か出てくるぞ!」

悠斗が即座に足を止めて大剣を構え、私たちも一斉に武器を構えて戦闘態勢を取った。

白い冷気の霧の中から、ズルリ、と姿を現した四つの影。


それは、黒いタクティカルスーツに身を包んだ屈強な男たちだった。しかし、その姿は尋常ではなかった。彼らの右腕や脚部は、私たちが地上で戦ったバグモンスターの部品であるサイボーグ犬の金属の爪や、鋼鉄の触手とグロテスクに融合しており、首筋には赤黒く発光する『人工種子の結晶』が皮膚を突き破って直接埋め込まれていたのだ。


大きく見開かれた彼らの瞳には人間らしい理性の光はなく、口元からは獣のような荒い息と白い蒸気が漏れている。


「な、なんだこいつら……!? 人間とバグモンスターが、合体してやがるぞ!?」

ジャックが驚愕に目を見開いて叫んだ。


「まさか……これが、シンジケートが日本のデータと種子の欠片を悪用して作ったっていう、『異能の私兵』……!?」

私はこみ上げてくる吐き気と怒りで、ステッキを握る手が震えるのを抑えられなかった。


生体認証の次は、生きた人間を改造した番犬のお出迎えというわけね。


地下三十メートルの冷たい空洞で、強欲な権力者たちが作り出した歪な怪物たちが、赤い目をギラつかせて私たちへと襲いかかってきた。





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