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アルメルシア クロニクル  ―魔法を鍛えてみんなで生き延びます  作者: amya


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第217話:『岩盤下の箱庭と、十時間の猶予』

第217話:『岩盤下の箱庭と、十時間の猶予』


五番街の喧騒から数キロ離れた、マンハッタン南部の封鎖線近く。

CIAが臨時司令部として丸ごと一棟を接収している五つ星高級ホテルの、最上階スイートルームへと私たちは運び込まれていた。


毛足の長いふかふかの絨毯が敷かれた広大なリビングルームには、到着したばかりの私たちのために、ルームサービス用の銀のワゴンが何台も運び込まれていた。


ワゴンの蓋が開けられると、ジュウジュウと食欲をそそる音を立てる分厚いニューヨークステーキや、カリカリに焼かれたベーコンとふわとろのスクランブルエッグ、湯気を立てる濃厚なクラムチャウダー、そして焼きたてのクロワッサンの香ばしい匂いが部屋いっぱいに広がった。


「うわぁぁ、本場のニューヨークステーキだ! いただきまーすっ!」

「生き返る……っ! 魔力を使い果たした後の赤身肉は、血と筋肉に染み渡るぜ!」


さっきまで死んだようにぐったりしていたジャックや颯太、光輝たちが、匂いを嗅いだ途端に目をギラつかせ、まるで餓えた狼のようにナイフとフォークを動かして料理にがっつき始めた。若い彼らにとって、魔力欠乏を補う一番の薬は、やっぱり高カロリーな食事らしい。


私は三人掛けの革張りソファに深く身を沈め、悠斗がワゴンから取って手渡してくれた、たっぷりのミルクと砂糖が入ったホットコーヒーのカップを両手で包み込んだ。


ふぅ、と息を吹きかけてから、熱い液体を少しずつ喉へと流し込む。

濃厚な甘みとカフェイン、そして温かい熱が、冷え切っていた内臓と枯渇してズキズキと痛んでいた脳の神経へとじんわりと染み渡り、指先の震えが少しずつ収まっていくのが分かった。


「……なに? エンパイア・ステート・ビルの地下深くに、未登録の巨大な人工施設と『培養された種子』の反応があるだと……?」


ダイニングテーブルの向かい側で、食事を取りながらソラと咲から報告を受けたミラー局長が、指に挟んでいた火のついていない葉巻を灰皿へとポロリと取り落とした。

彼の浅黒い顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。


「はい。百二階で『種子の核』を破壊し、バグ領域の強烈なシステムノイズが消滅した直後のことです。ほんの数十秒間だけでしたが、地下の電磁シールドの隙間から、明確な魔力波形と空間構造をキャッチしました」


ソラがクロワッサンをかじりながら、タブレットの画面に記録された三次元のソナー解析図をミラー局長へと向けた。


ソラの持っているタブレットは、愛用のタブレットが魔道具化した不思議機械だ。調べたい内容を魔法なのか計算なのかで、答えを出してくれる。


「深さは地下約三百メートル。マンハッタン島の強固な花崗岩の岩盤を大規模にくり抜いて造られた、東京ドーム数個分にも及ぶ巨大な地下空間です。そこには数百人規模の人間の生体反応と、私たちが太平洋の深海プラントで見た『種子』と同質の、しかし人工的に出力を調整された魔力反応が複数存在しています」


「しかも、その地下にいる人たちの生体反応の多くは……すごく弱々しくて、まるで私たちが日本で経験した大規模治験の時のように、冷たいカプセルの中で強制的に眠らされているような感覚でした」


温かいクラムチャウダーを飲んでいた咲が、当時の恐怖を思い出したのか、銀のスプーンを持つ手を小さく震わせながら付け加えた。


「……バカな。ただの都市伝説だと思っていたが、まさか本当にあのビルの真下に実在したというのか……」

ミラー局長は額に滲み出た脂汗を白いハンカチで乱暴に拭い、呻くように呟いた。


「心当たりがあるようですね、ミラー局長」

私が空になったコーヒーカップをソーサーに置き、真っ直ぐに彼の目を見つめると、局長は苦渋に満ちた表情で重々しく頷いた。


「……『ノアの箱庭、アーク・シェルター』だ。数ヶ月前、日本の開発データが世界中に流出した直後から、ウォール街の一部の超富裕層や、巨大IT企業の創業者、さらには軍産複合体と深く癒着した一部の上院議員たちが、極秘裏にシンジケートを結成したという噂がCIAの内部でも囁かれていた」


「以前、市ヶ谷の会議でレンさんが言っていた、金持ちたちの違法シェルターのことね」


「ああ。奴らは天文学的な私財を投じて、政府や軍の監視網すら札束と政治圧力で買収し、自分たち特権階級だけが世界の終末から生き延びるための『箱庭』をマンハッタンの岩盤下に造り上げたんだ。しかも、ただ隠れるだけじゃない。裏ルートで手に入れた日本の『異能育成システム』のコピーと、スラム街などから違法に買い集めた身寄りのない若者たちを使って、自分たちを守るための『絶対服従の異能の私兵』や、脳の活性化技術を応用した『不老不死の治療』を研究しているという情報もあった」


ガシャンッ!!

ステーキを食べていたジャックの手からフォークが落ち、皿の上で激しい金属音を立てた。


「なっ……なんだと!? そりゃどういうことだ!?」

ジャックがバンッ! と両手でテーブルを叩き、椅子を蹴倒さんばかりの勢いで立ち上がった。


「外で一般市民や俺の仲間の兵士たちが、血を流して命懸けでバケモノと戦ってたってのに……あのビルの真下で、腐った金持ちどもがスラムの子供たちを実験体にして、自分たちだけ安全な場所でワインでも飲んでたってのかよ!? そんなの、絶対に許せねぇ! 今すぐ地下へ乗り込んで、俺のレーザーでそいつらの扉ごとぶち抜いてやるぜ!」


顔を真っ赤にして怒りを爆発させるジャック。彼の純粋すぎる正義感からすれば、到底許せない外道の所業だろう。


「落ち着いてください、ジャックさん。……ですが、局長のお話で、もう一つの恐ろしい謎が解けました」

ソラが銀縁眼鏡の位置を人差し指で押し上げ、氷のように冷静な声で言った。


「なぜ、太平洋の深海から放たれた本物の『種子』が、広大なアメリカ合衆国のどこでもなく、あのエンパイア・ステート・ビルにピンポイントで着弾したのか。……おそらく、偶然ではありません」


「偶然じゃないって……どういうことだ、メガネの坊主?」


「地下のシェルターで、彼らが裏ルートで手に入れた『種子の欠片』を違法に培養し、システムを起動させたせいです。その微弱な魔力波長が、巨大なビーコン、つまり誘導灯の役割を果たしてしまい、空から降ってきた本物の種子を、八百万人が暮らすマンハッタンのど真ん中へと呼び寄せてしまったんですよ」


ソラの淡々とした分析に、スイートルームの空気がピシリと凍りついた。


ニューヨークを壊滅寸前に追い込み、多くの兵士たちの命を奪ったあのサイバーパンクの悪夢は、単なるAIの無差別攻撃ではなく、自分たちの命と欲望だけを優先した特権階級の強欲さが引き寄せた「人災」でもあったというのだ。


「……自分たちが生き残るために作ったシェルターのせいで、街全体にバケモノの親玉を呼び寄せたってわけか。どこまで腐ってやがるんだ、そいつらは」

私の隣のソファで、ステーキを平らげてブラックコーヒーを飲んでいた悠斗が、吐き捨てるように低く呟いた。その焦げ茶色の瞳の奥には、静かだが底知れない怒りの炎が揺らめいている。


「ミラー局長。日本の技術が流出して悪用され、罪のない若者たちが地下で実験体にされているなら、私たちも絶対に見過ごすわけにはいきません。それに、地下の培養種子を放置すれば、せっかく解除したバグ領域がいつ再発するか分からないわ」


私がステッキを握り直して立ち上がろうとすると、ジャックとサラ、光輝たちも「俺たちも行きます!」と一斉に腰を浮かせた。

しかし、ミラー局長は険しい顔で片手を挙げ、私たちを強く制した。


「君たちの正義感溢れる気持ちは分かるし、私もアメリカ国民として奴らを絶対に許すつもりはない。……だが、今すぐ突入するのは物理的にも政治的にも不可能だ」


「どうしてですか!? 時間が経てば、奴らが証拠隠滅のために実験体の子供たちを処分しちまうかもしれないんだぞ!」

噛みつくようなジャックの言葉に、ミラー局長は首を横に振った。


「第一に、その『ノアの箱庭』は対核攻撃用の厚さ数メートルの特殊合金隔壁と、軍用レベルの独立型セキュリティで幾重にも守られている。エンパイア・ステート・ビルの地下にある隠しエレベーターの特定と、防衛システムのハッキング準備にどうしても時間がかかる。第二に、相手には合衆国の有力な上院議員や、世界経済を動かす大企業のトップが含まれているんだ」


ミラー局長は悔しそうに拳を握りしめた。


「確たる証拠や法的な手続きもなしに、私の一存で軍や他国の部隊である君たちを突入させれば、連中はメディアと司法を総動員して、君たちを『不法侵入のテロリスト』に仕立て上げるだろう。……だから、今から私が直接ワシントンの大統領に極秘回線で掛け合い、連中の息がかかっていない特別検察と軍の『大統領直轄・強制捜査令状』を取り付ける。ハッキングの準備と合わせて、それに最低でも十時間はかかる」


「じゅ、十時間……!?」

ジャックが悔しそうに歯噛みし、拳を震わせる。


だが、その時、悠斗が立ち上がってジャックの肩をポンと強く叩いた。

「ちょうどいいじゃねぇか、ジャック。……自分の身体と、周りの仲間たちの顔をよく見てみろ」


悠斗に言われて、私たちはハッとして周囲を見渡した。


いつの間にか、お腹がいっぱいになったメイは、ダイニングテーブルに突っ伏してスースーと可愛い寝息を立てており、サラもソファの隅で十字架を握ったまま、こっくりこっくりと限界の舟を漕いでいた。


今すぐ行くと言っていた光輝や颯太、舞たちも、温かい食事を摂ったことで緊張が緩み、目がトロンとして今にも意識が飛びそうになっている。


そして何より、ジャック自身の肩の傷口からは再び血が滲んでおり、私の足もまだ鉛のように重かった。


「今のボロボロの状態で敵の本拠地に突っ込んでも、警備システムや罠にかかって返り討ちに遭うだけだ。……ミラー局長、十時間だな? その間に、俺たちは泥のように眠って、体力と魔力を百パーセントまで完全に回復させる。十時間後には、どんな分厚い核シェルターの扉だろうが、正面からぶち破れるように準備しとけよ」


「ああ、私の首に懸けて約束する。十時間後、今夜二十時に強制突入作戦を開始する。それまで、諸君は別室のベッドでゆっくりと休んでくれ」

ミラー局長の力強い言葉に、ジャックもようやく納得したように頷き、私たちは張り詰めていた肩の力を抜いた。


その後、私たちはスイートルーム内のそれぞれの個室へと分かれ、順番に熱いシャワーを浴びて、全身にこびりついていたコンクリートの粉塵と汗、そして戦場の匂いを綺麗に洗い流した。


用意されていた清潔な白いコットンシャツと柔らかいスウェットに着替え、ふかふかのキングサイズのベッドに潜り込むと、まるで底なしの綿雲に沈み込むような心地よい疲労感が全身を包み込んだ。


コンコン、と控えめなノックの音がして、隣の部屋から同じようにシャワーを浴びた悠斗が顔を出した。


「……まだ起きてたか、梨花。魔力の戻りはどうだ?」

「うん、美味しいご飯を食べてお風呂に入ったら、だいぶ落ち着いたわ。……でも、悠斗の顔を見たら、安心したのか急に眠気が来ちゃった」


私がシーツを顎まで引き上げてふにゃりと微笑むと、悠斗は苦笑いしながらベッドの端に静かに腰を下ろし、まだ少し湿っている私の髪を、大きな手で優しく撫でてくれた。


ホテルのシャンプーの爽やかな香りと、彼の手のひらから伝わる確かな温もり。外の世界がどんなに狂っていても、この瞬間だけは、私をただの十八歳の女の子へと戻してくれる。


「よく頑張ったな、教官殿。……十時間後には、また胸糞悪い金持ちどもの掃除が待ってる。今は余計なことを考えずに、ゆっくり寝ろ」

「……うん。悠斗も、ちゃんと休んでね。おやすみなさい……」


悠斗の「おやすみ」という低い返事を聞く前に、私の意識は深くて温かい眠りの海へと落ちていった。


遮光カーテンの向こう側、平和を取り戻したニューヨークの街には、生還を祝う教会の鐘の音が遠く響いている。





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