第215話:『摩天楼の頂上決戦と、星条旗を穿つ光』
第215話:『摩天楼の頂上決戦と、星条旗を穿つ光』
『次ノ一撃デ、完全ニ排除スル……!』
エンパイア・ステート・ビルの百二階展望台。
無機質な合成音声を響かせながら、巨大な鋼鉄のモンスター『タイラント』が、再び右腕のレールガンに紫色の電撃をチャージし始めた。バチバチと大気が放電し、焦げたオゾンの匂いが私たちの鼻腔を強く突き刺す。
残された時間は、あと三十分足らず。
こちらの攻撃は空間ごと時間を巻き戻されて無効化され、逆に敵の砲撃はサラとメイの二重防壁すら粉砕する。一見すれば、完全に詰みの絶望的な状況だった。
(……落ち着きなさい、瀬戸梨花。相手がどんなにデタラメなバグを使ってこようと、ここが現実と交差する空間である以上、物理法則から完全に逃れることはできないはずよ!)
私は吹き荒れる冷たい夜風の中で唇を強く噛みしめ、タイラントの背中のパラボラアンテナと、頭上の百三階で脈打つ『種子の核』をじっと睨みつけた。
(考えて。半径三十メートルの空間そのものを巻き戻すなんて、天文学的なエネルギーを消費するはずよ。それだけの処理を強引に行えば、必ずどこかに『エネルギーの供給ルート』と、機械としての『排熱の限界』があるはず……!)
「咲ちゃん!」
私はステッキを握り直し、後方で膝をついていた咲に向かって鋭く叫んだ。
「ボスの背中のアンテナと、尖塔の『核』の中身を今すぐ透視して! あいつらがどうやって電力をやり取りしているのか、内部の構造を見るのよ!」
私の声にハッと顔を上げた咲は、恐怖を振り払うように首を振り、両手を額に当てて意識を集中させた。
「見ます! 『遠隔透視、クレアボヤンス』……!」
数秒の緊迫した沈黙の後、咲がパッと目を見開いて叫んだ。
「見えました! ボスの背中のパラボラアンテナが、尖塔のてっぺんにある『避雷針』と魔力のパイプで直結しています! 街から吸い上げた膨大な電力を、避雷針から電波みたいにボスに無線送電しているんです! ……それに、さっき空間を巻き戻したせいで、ボスの胸の内部回路が真っ赤に焼けて、冷却水が沸騰しています!」
「無線送電と、内部回路の異常発熱……! やっぱりね!」
私はパッと顔を上げ、絶望しかけていた仲間たちに向かってステッキを高く掲げた。
「みんな、聞いて! あいつの無敵の空間リセットを破る方法はあるわ! 街からの電力供給に、さらに外から『想定外の過大電流』を流し込んで、内部の演算回路を熱暴走、オーバーヒートさせるのよ!」
「外からの過大電流って……俺の雷撃じゃ、さっきみたいに空間ごと巻き戻されちまうっすよ!?」
光輝がガントレットを構えながら叫び返す。
「光輝くん一人の魔力じゃないわ! 空を見上げてみなさい!」
私がステッキの先端で指し示したのは、尖塔の遥か上空、マンハッタンの空を覆い尽くす赤黒い雷雲だった。バグ領域が引き起こした異常気象によって、黒雲の内部では凄まじい自然の雷エネルギーがゴロゴロと渦巻いている。
「光輝くん、あなたの『電磁掌握』で、あの雷雲から本物の『自然の落雷』を尖塔の避雷針へ誘導して落とせる!?」
「なっ……本物のカミナリを!? いや、待てよ……最初から空にある自然現象の雷を避雷針に落とすだけなら、ボスの空間リセットの範囲外から送電網を直撃できるってことか!」
光輝の瞳に、再び獰猛な戦士の光が宿った。彼はニヤリと口角を吊り上げ、右手のガントレットを強く握りしめる。
「やったことはねぇけど、電気の通り道を作るだけなら俺の専門分野っすよ! 最高にシビれるミッションじゃねぇか!」
「よし! 落雷でボスの回路がショートして空間リセットが止まった瞬間に、ソラくんの『局地熱膨張』でボスの冷却機関を破壊! 颯太くんと舞さんは、背中のパラボラアンテナを切り落として核からの送電を完全に断つのよ!」
「なるほど、エネルギー供給を断ってオーバーヒートさせれば、もう二度と時間は巻き戻せなくなるってわけだな!」
悠斗が大剣星斬りを構え直し、全身から白い身体強化のオーラを噴き上がらせた。
「残りの時間はあと二十分! 日米合同チーム、これが最後の総力戦よ! いくわよ!!」
「「「おうっ!!!!」」」
私の号令と共に、十人が一斉に動き出した。
『無駄ダ……全テヲ、無ニ還ス……!』
タイラントのレールガンがチャージを完了し、紫電を纏った超音速の弾丸が再び私たちへ向かって発射された。
だが、その射線上に、傷ついたサラとメイが歯を食いしばって立ち塞がった。
「さっきは、不意を突かれただけです……! 神が創りし理と、私たちの絆は……絶対に砕けませんっ!」
「ここを通したかったら、私たちの盾をもう一度壊してみなさいっ!」
サラが祈りと共に物理演算を再構築し、メイが全身の魔力を黄金の盾へと注ぎ込む。さらに私は二人の盾のすぐ前に『局所重力壁』を展開して弾丸の速度をわずかに減衰させた。
ドゴォォォンッ!!
凄まじい轟音と衝撃波が展望台を揺らしたが、二人の少女は靴底から煙を上げながらも一歩も引かず、必殺のレールガンを正面から完全に受け止めてみせた。
「ナイスガードだ、二人とも! お返しは俺がたっぷりしてやるぜ!」
防壁の背後で、光輝が両手のガントレットを夜空へ向けて高々と突き上げた。
「来いよ、ニューヨークの雷様ァッ! 俺が最高の案内人になってやる! 『電磁誘導、ライトニング・コーリング』!!」
光輝が自らの魔力を極細の導電ワイヤーのように上空の雷雲へと撃ち上げ、尖塔のてっぺんにある避雷針との間に、強力な電位差のラインを作り出した。
ゴロゴロゴロッ……!!
展望台の空気がビリビリと震え、私たちの髪の毛が静電気で逆立つ。
次の瞬間、頭上の空が真っ白に弾けた。
ズガァァァァァンッ!!!!
鼓膜を破るような大音響と共に、天を裂く極太の自然雷が、尖塔の避雷針へと直撃した。
数億ボルトという圧倒的な自然界の電流が、種子の核を飛び越え、送電パイプを伝ってタイラントの背中のパラボラアンテナへと一気に逆流する。
『ギ、ギギギッ!? 電、電圧超過……システム、エラー……空間演算、不能……!!』
想定外の過大電流にボスの内部回路が焼き切れ、全身の装甲の隙間から激しい黒煙と青白い火花が噴き出した。
「空間リセットが起きません! 今です、ソラくん、颯太くん、舞さん!」
咲の鋭いナビゲートが飛ぶ。
「逃がしません! 沸騰している内部の冷却水を、一気に水蒸気爆発させます! 『局地熱膨張、サーマル・エクスパンション』!」
ソラがタブレットのキーを強く弾くと、落雷で赤熱していたボスの胸部装甲の内部が、内側からドォン! と膨れ上がって大きくひび割れた。
「道は開いた! いくぞ、舞!」
「ええ、一閃で断ち切るわ! 『真空刃、エア・スラッシュ』!」
舞が槍を振るって放った鋭い風の刃と、私の『重力軽減』でボスの背後へと跳躍した颯太の紅い二刀流が、空中で鮮やかな十字を描いて交差した。
ズバァァァンッ!!
タイラントの背中にそびえていた巨大なパラボラアンテナが、根元から綺麗に斬り落とされ、火花を散らしながら展望台の床へと転がり落ちた。
電力供給を完全に断たれ、熱暴走を起こしたタイラントが、赤いポリゴンのノイズを撒き散らしながら空中で完全にフリーズする。
だが、その直後だった。
ドクンッ!! と頭上の『種子の核』が最後の防衛本能を発動させ、ボスを強引に再構築しながら、周囲のすべてを吹き飛ばすための極大の赤黒いエネルギー波を膨れ上がらせたのだ。
「させないわよ! ジャック、悠斗! 私の残りの魔力を全部乗せるから、あのボスごと『種子の核』を真っ二つにぶち抜きなさい! ジャックは最大のお得意な巨大ビーム魔法を撃って!」
「オーケイ、リカ教官! 歴史に残る最高のフィナーレにしてやろうぜ!」
「ああ、一撃で粉々に叩き斬る!」
私はステッキを両手で強く握りしめ、自分の胸の奥に残っていた魔力をすべて解放した。
「まずはジャックの指先の前に、空間そのものを曲げる巨大な虫眼鏡を作るわ! 『超重力屈折レンズ、グラビティ・プリズム』!!」
ジャックが突き出した右手の人差し指の前方空間が、私の凄まじい重力操作によってグニャリと歪み、光の通り道を一点へと極限収束させる不可視の巨大レンズが形成された。
「うおおおおおっ! 俺の正義と、みんなの力を乗せろォッ! くらえ、『アルティメット・ジャスティス・ブラスト』!!」
ジャックが左手で右腕をガッチリと支え、周囲も吹き飛ばす巨大なレーザーを放った。
指先から出た巨大レーザーが、私の重力レンズを通過した瞬間、空間そのものを焼き切るほどの眩い白金の閃光へと変貌し、タイラントのひび割れた胸部へと直撃した。
ジュガァァァァァッ!!
圧倒的な熱量と貫通力を持った光の奔流が、ボスの分厚い装甲と紫色のコアを正面から一気に融解・貫通し、その巨大な胴体のど真ん中にぽっかりと大きな風穴を穿つ。
そして、その光の軌道のすぐ横を、私の『超重力牽引』によって音速を超える速度まで加速された悠斗が、白銀の彗星となって疾走していた。
「これで終わりだァァァァァッ!!!!」
悠斗の魂を揺さぶる咆哮と共に、白く輝く大剣星斬りが、ジャックが穿ったボスの風穴をすり抜け、その背後の尖塔にそびえる『種子の核』のど真ん中へと、真っ向から叩き込まれた。
パキィィィィィンッ……、カアァァァァァッ!!!!
摩天楼の夜空に、硬質なガラスが砕け散るような澄み切った音が響き渡った。
星斬りの一撃を受けた巨大な赤黒いクリスタルに無数の光の亀裂が走り、次の瞬間、眩い光の粒子となって大爆発を起こした。
同時に、核とコアの両方を失ったタイラントも、声にならない断末魔のノイズを上げながら、風に吹かれる砂のようにサラサラと霧散していく。
ゴォォォォッ……と吹き荒れていた異常な強風がピタリと止み、マンハッタンの空を覆っていたおぞましい赤黒い雲が、まるで劇場の幕が上がるようにスッと晴れていった。
雲の切れ間から現れたのは、消えゆく星々が瞬く美しいニューヨークの空と、東の水平線から昇り始めたばかりの、黄金色の夜明けの光だった。
展望台の縁から街を見下ろせば、ビル群に絡みついていた鋼鉄のツタも、毒々しいサイバーパンクのネオンもすべて消え去り、いつもの誇り高き摩天楼の姿が戻っている。遠くの地上から、避難していた人々や米軍兵士たちの歓声が、風に乗って微かに聞こえてきた。
「……やった……。俺たち、本当にやったのか……!?」
ジャックが膝から崩れ落ちそうになりながら、朝日に染まる自分の街を見下ろして呟いた。
「はい……! 核は完全に消滅しました! ニューヨークが、元の姿に戻りましたよ!」
サラが胸の十字架を両手で握りしめ、碧い瞳からポロポロと大粒の涙をこぼしながら微笑む。
「やったーっ!! 大勝利ですっ!」
メイが両手を挙げて飛び跳ね、光輝や颯太、舞たちと笑顔でハイタッチを交わす。
「ふぅ……。本当にギリギリ間に合ったわね」
私が安堵で全身の力が抜け、その場にへたり込みそうになると、隣に降り立った悠斗が、いつものように逞しい腕で私の肩をぐっと抱き寄せて支えてくれた。
「お疲れさん、梨花。……お前のあの重力レンズ、最高だったぜ」
「ふふっ、悠斗の最後の一撃も、バッチリ決まってたわよ」
高層の冷たい朝の空気の中で、防刃スーツ越しに伝わる悠斗の体温だけがじんわりと温かくて、私は少しだけ甘えるように彼の肩に頭を預けた。
しかし、私たちが勝利の余韻に浸っていた、まさにその時だった。
「……え? なに、これ……」
タブレットの画面を確認していたソラと、周囲の残存魔力を警戒していた咲が、同時に息を呑んで足元の床、エンパイア・ステート・ビルの真下を見つめた。
「どうしたの、二人とも? まだバグモンスターの生き残りがいるの?」
私が悠斗の肩から顔を上げて尋ねると、ソラは震える指でタブレットの波形を示し、険しい顔で首を横に振った。
「いいえ、バグ領域の反応は完全に消えました。……でも、その巨大なノイズが消えたせいで、今まで隠蔽されていた『別の反応』が浮かび上がってきたんです」
「別の反応……?」
「はい」
咲が青ざめた顔で、ビルの中心を貫くエレベーターシャフトの遥か下、地中深くを指差した。
「このエンパイア・ステート・ビルの地下……元の設計図には存在しない、すごく深い岩盤の下に、巨大な人工施設があります。そしてそこに……たくさんの人間の生体反応と、私たちが深海で見たのに近い『人工的に培養された種子』の魔力反応が、うごめいています……!」
夜明けの光が差し込む百二階の展望台に、氷のような沈黙が落ちた。
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