第213話:『十人の知恵と、摩天楼の垂直突破』
第213話:『十人の知恵と、摩天楼の垂直突破』
「最上階に辿り着く前に、全滅する……?」
エンパイア・ステート・ビルの三階、薄暗いオフィスフロア。
私がオウム返しに尋ねると、ソラは銀縁眼鏡の位置を直し、タブレットに算出された冷酷なシミュレーションデータを私たちに見せた。
「はい。一階からここまで、天井を二枚くり抜いて、敵を倒して、ハシゴをかけて登るのに約四分かかっています。つまり一フロアあたり二分です。これを百二階まであと百回繰り返したら、単純計算で二百……つまり三時間以上かかります」
「さ、三時間……!?」
「それだけじゃありませんよ」
颯太も額の汗を拭いながら、引き上げたばかりの軍用ハシゴを担ぎながら会話に加わった。
「一階の高さが約四メートルですから、百二階までハシゴを登り続けるってことは、四百メートルの絶壁を自分の手足でロッククライミングするのと同じです。しかも、分厚い鉄筋コンクリートの床を百枚も魔法で壊し続けたら、頂上のボスと『種子の核』に辿り着く頃には、俺たちの体力も魔力もすっからかんになっちゃいますよ」
「……うっ。言われてみれば、確かにそうね」
私は自分のステッキを見つめ、思わず唇を噛んだ。
一階と二階の天井をぶち抜けたことで一瞬ぬか喜びしてしまったけれど、百二階という超高層ビルの圧倒的なスケールを少し甘く見ていたわ。最上階で待つ強敵を前に、移動だけで全員がヘトヘトになっていたら元も子もない。
「じゃあ、どうするんだよ? やっぱり外壁をよじ登るか?」
悠斗が大剣を肩に担いだまま腕を組んで唸ると、私たちは散乱したオフィスデスクの周りに集まり、緊急の作戦会議を始めた。
「いえ、外壁は飛行型のバグモンスターがうようよしているので危険すぎます。やっぱりこのビルの中を垂直に上がるのが一番安全なんですが……もっと魔力と体力を節約して、一気に上へ抜ける工夫が必要です」
舞が槍の石突きを床に置きながら、冷静に分析する。
「一気に上へ抜ける工夫、か……。あ! だったら俺の『ジャスティス・レイ・ストライク』で、真上に向かってドカンと撃ち抜けばいいんじゃねぇか!?」
ジャックがハッとしたように、まだ微かに熱を帯びている右手の人差し指を立てた。
「さっき地下駐車場で撃った時、俺のレーザーは五十メートル先のコンクリート柱と防爆壁をまとめて貫通したぜ! 一階が四メートルなら、一発で十階分くらいまとめて穴が開くんじゃねぇか!?」
「ジャック、あなたのレーザーは直径一センチの極細でしょ! 十階分貫通しても、ネズミしか通れない小さな穴が開くだけよ!」
私がすかさずツッコミを入れると、ジャックは「あ、そうか。俺としたことがうっかりしてたぜ」と照れくさそうに頭を掻いた。
「……いえ、待ってください、教官! ジャックさんのその案、使えますよ!」
タブレットを睨んでいたソラが、銀縁眼鏡をキランと光らせて声を上げた。
「点として真っ直ぐ撃つから、一センチの穴にしかならないんです。もしジャックさんが、レーザーを照射したままぐるりと一周、円を描くように腕を回したらどうなりますか?」
「えっと……五十メートル先まで届くレーザーの刃で、真上の十階分の床を、まとめて円筒状に切り抜けるってこと!?」
私が目を見開くと、ソラは力強く頷いた。
「その通りです! 今までは僕の『局地熱膨張』と教官の『重力牽引』を毎回併用していましたが、ジャックさんの極細レーザーだけで『切り込み』を入れるなら、魔力消費は大幅に抑えられます! しかも百回やる必要はありません。十階分ずつまとめて切り抜けば、たった十回の照射で百二階まで貫通します!」
「おおおっ! すげぇぞメガネの坊主! 俺のレーザーが超巨大ホールソーになるってわけだな!」
ジャックが歓喜の声を上げ、赤いマントをバサリと揺らす。
「でも、ちょっと待って。十階分まとめて床が抜けて落ちてきたら、真下にいる私たちが何十トンものコンクリートの塊に押し潰されちゃうわよ。それに、四十メートルの吹き抜けができても、ハシゴは五メートルしか届かないじゃない」
私が現実的な懸念を口にすると、今度は咲と舞が同時に手を挙げた。
「それなら、私が『遠隔透視』で真上の構造梁と敵の位置を正確に把握します!」
咲が凛とした声で提案する。
「完全に真上ではなく、ほんの少しだけ斜め上の角度で十階分を切り抜いてもらうんです。そうすれば、崩れ落ちる床の瓦礫は斜めのトンネルを滑るようにして私たちの横へ落ちていきますし、各階の断面が少しずつズレることで『足場となる段差』を残したまま上まで穴を繋げられます!」
「そして登る時は、私の出番です!」
舞が槍をくるりと回し、力強く微笑んだ。
「斜めに開いたトンネルの下から、私の風魔法で『上昇気流』を起こします。そこに梨花教官の軽い『重力軽減』を合わせていただければ、ハシゴを各階の段差に引っ掛けて蹴り上がりながら、階段を駆け上がるくらいの軽い体力で、十階分を一気に跳び上がれます!」
咲の精密な透視と、ジャックの貫通力、舞の風、私の重力軽減、そしてハシゴを安全確保のステップとして使う複合案ね。
「……すごいわ、みんな! それなら、魔力も体力も最小限の消費で、しかも安全に百二階まで駆け上がれるわね!」
私と悠斗が二人だけで全てを背負うのではなく、十人全員がそれぞれの得意分野と知恵を持ち寄ることで、不可能に思えた壁に風穴が開く。私は教官として、そして一人の仲間として、誇らしい気持ちでみんなの顔を見渡した。
「よし、作戦のアップデートだ! 咲、まずはここから十三階までのルートを透視しろ!」
「はいっ! ……『遠隔透視、クレアボヤンス』!」
咲が目を閉じ、両手を額に当てて上層階の構造を読み取る。
「見えました! 真上、やや北東へ十五度傾けたラインなら、十三階までビルの主要な太い鉄骨はありません! モンスターの数もまばらです!」
「聞いたな、ジャック! 角度は北東へ十五度、直径二メートルの円を描いて、十階分まとめてぶち抜け! 瓦礫が落ちてくるから、サラとメイは盾でこっちをガードしろ!」
「ラジャーだぜ、ユウト教官! いくぜ、新必殺技・応用編……『ジャスティス・サークル・カッター』!!」
ピシュゥゥゥンッ……、ギュイィィィンッ!!
ジャックが人差し指から放たれた極細の光線を、咲の指示通りの角度でぐるりと円形に走らせた。
超高熱の光の刃が三階の天井をバターのように滑らかに切り裂き、さらにその上の四階、五階、六階……と、十階層分のコンクリートの床を、一気に貫通して円筒状に切り抜いていく。
直後、ゴゴゴゴゴッ……ドゴォォォンッ!! というビル全体が揺れるような凄まじい轟音と共に、十階分の円盤状のコンクリート塊が、斜めの穴を滑り落ちるようにして私たちのすぐ脇へと雪崩れ落ちてきた。
「『絶対防壁、イージス・オブ・ゴッド』!」
「『ハニカムシールド』!」
サラの多面体プリズムとメイの黄金の盾が、猛烈な粉塵と飛び散るコンクリートの破片を完璧に弾き返す。
数秒後、白煙と粉塵が晴れた先を見上げると、そこには十三階まで真っ直ぐ斜めに続く、巨大な光のトンネルが開通していた。各階の切り口が階段の段差のように綺麗に並んでいる。
「す、すげぇ……! 本当に十階分まとめて道ができたぞ!」
光輝が穴を見上げて感嘆の声を上げる。
「道が開いてるうちに一気に上がるわよ! 『広域重力軽減、フェザー・ウェイト』!」
「風よ、吹き上がれ! 『上昇気流、アップドラフト』!」
私がステッキを振って十人全員の体重を三分の一ほどに軽くし、舞が槍を振るって縦穴の下から心地よい突風を巻き起こす。
「よし、俺と颯太で先行してハシゴを引っ掛ける! ついてこい!」
悠斗と颯太が軍用ハシゴを抱えて風と軽い重力に乗り、まるで無重力空間を跳び回る宇宙飛行士のように、一階層四メートルの高さを軽々とジャンプした。段差にハシゴをガシャンと引っ掛け、それを足場にしてさらに上の階へと跳び上がっていく。
私たちもその後ろに続き、ハシゴのステップをトン、トン、と軽く蹴りながら、吹き上げる風に乗って空中を舞うように上昇していった。
五階、八階、十一階……!
穴の周囲から驚いて顔を覗かせたバグモンスターたちも、すれ違いざまに放たれる光輝の電撃と悠斗の斬撃によって、近づくことすらできずに弾き飛ばされていく。
先ほどまで一フロアに二分かかっていたのが嘘のように、わずか数十秒で十階分を通過し、私たちは十三階のフロアへと軽やかに着地した。
「ははっ、これなら全然疲れないっすね! むしろアトラクションみたいで楽しいくらいだ!」
光輝が笑顔でガントレットを鳴らし、サラやメイたちも息一つ切らさずに頷いている。
「よし、この調子でどんどん穴を開けていくぞ! ジャック、次の十階分だ!」
「おうっ、任せとけ! 俺の指先はまだまだ絶好調だぜ!」
私たちは同じ手順を繰り返し、二十三階、三十三階、四十三階……と、エンパイア・ステート・ビルの内部を驚異的なスピードで垂直に駆け上がっていった。
このビルはニューヨークでの観光地のひとつなので、いろいろと展示がされているが、穴を開ける際に結構壊している。……でも構わない!。今回はアメリカ軍の指揮官の許可も得ている。多少心は痛むがニューヨークを破壊しているのは、断じて私たちではない、バグモンスターが悪いのだ。
五十階を超え、七十階を超えたあたりから、ビルの外壁の窓から差し込む光が、外の赤黒い雲のせいでより一層不気味な深紅へと変わっていく。
そして、九回目の照射を終えて九十三階へと到達した時だった。
ドクンッ……!!
頭上のすぐ近くから、心臓を直接鷲掴みにされるような、重く巨大な魔力の脈動が響いてきた。
「……っ! みんな、止まって!」
私はステッキを構え、九十三階の天井を睨みつけた。
空気の重さが、下の階層とはまるで違う。肌にビリビリと刺さるような高濃度のシステムノイズと、圧倒的な殺気。
「あと十階分上がれば、百二階の展望台だ。……どうやら、この上の『種子の核』を守ってる親玉が、俺たちの接近に気づいてお出迎えの準備をしてるらしいな」
悠斗が大剣星斬りの切っ先を天井に向け、静かに、しかし獰猛に目を細めた。
十人の知恵と力で辿り着いた、摩天楼の頂上直前。
私たちはついに、ニューヨークを蝕む悪夢の心臓部へと突入する。
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