第211話:『神の理(ルール)と、絶対防壁』
第211話:『神の理と、絶対防壁』
ジャックが「ジャスティス・レイ・ストライク」のポーズ練習に夢中になっている横で、サラは未だに地下駐車場の隅で膝を抱えていた。
胸元の銀の十字架を握りしめる彼女の指先は、白く鬱血するほど力がこもっており、その肩は小刻みに震えている。
「……ダメだわ。サラは完全に自分の殻に閉じこもっちゃってる」
私がため息を吐くと、悠斗が大剣星斬りを担ぎ直し、サラの前へと無造作に歩み寄った。
「おい、シスターもどき」
「ひっ……!」
「お前のその『祈りの盾』が破られたのは、神様がお前を見捨てたからでも、信仰心が足りねぇからでもない。ただ単に、お前の盾が『豆腐みたいに脆い構造』だったからだ」
「ト、トウフ……」
あまりに身も蓋もない悠斗の言い草に、サラは涙目で反論しようとするが、言葉が出ない。
「いいか。どんなに立派な祈りを込めても、物理的な構造を持たねぇ盾は、ちょっとした想定外のバグや精神攻撃で簡単にへし折れる」
悠斗はドンッ、と大剣を床に突き立てた。
「俺のこの剣を見ろ。これはただの鉄の塊だ。だが、俺はこいつに魔力を通し、質量と遠心力を計算して振り回すことで、どんな魔法攻撃も弾き返す『物理の盾』にしてる。……神に祈る前に、まずは自分が立っているこの世界のルール、物理法則を使え」
「でも……っ、神の奇跡に、人間の作った計算や理屈を混ぜるなんて……」
サラが頑なに首を横に振った、その時だった。
「サラちゃんさぁ。……それって、ただ『自分が傷つくのが怖い』だけなんじゃないの?」
光輝が、右手のガントレットをカチャカチャと鳴らしながら、サラの隣にしゃがみ込んだ。
「光輝くん……?」
「俺もさ、昔はトラウマでビビりまくってたんだ。自分のせいで誰かが傷つくのが怖くて、電気を放つのが恐ろしくて……いつも逃げてばっかりだった」
光輝は少しだけ自嘲気味に笑い、ガントレットを握りしめた。
「でも、教官たちに教わったんだ。魔法は、自分の心、イメージと世界のルール、物理法則を繋ぐ力だって。……怖いなら怖いなりに、守りたい奴がいるなら、絶対に破られない構造を自分で作ればいいんだよ」
光輝の言葉は、かつて彼自身が新宿のバグ領域でトラウマを乗り越えた経験から来る、重みのあるものだった。
「……絶対に破られない、構造」
サラがぽつりと呟く。
「そうよ、サラちゃん」
私はサラの前にしゃがみ込み、彼女の目線に合わせて微笑んだ。
「物理法則はね、神様への冒涜なんかじゃないわ。……考えてみて。この宇宙の重力も、光の屈折も、空気の層も、全部最初からこの世界に存在していたものよ。だとしたら、それを作ったのは誰?」
「それは……神様、です」
「でしょ? 物理学っていうのは、神様がこの世界を創った『奇跡のルール』を、人間が少しだけ解き明かした言葉に過ぎないのよ」
私の『翻訳』に、サラの目が少しだけ大きく見開かれた。
「あなたが今まで作っていたのは、中身が空っぽの『お願いの盾』。でも、これからあなたが作るのは、神様が創った完璧なルール、物理法則を何重にも組み合わせた『奇跡の盾』よ。……空気の壁で衝撃を吸収し、光の屈折でレーザーを逸らし、重力の反発で敵の動きを止める。それを『神への祈り』というトリガーで一つに束ねるのよ」
「神様が創った、奇跡のルール……」
サラは十字架を握りしめ、ゆっくりと立ち上がった。
彼女の目に宿っていた恐怖と迷いが、少しずつ確かな理解へと変わっていく。
「私……やってみます」
サラが深呼吸をし、両手を胸の前で組んだ。
「……『空間圧縮』……『重力反発』……『光波屈折』……」
彼女の口から紡がれるのは、漠然とした祈りの言葉ではなく、明確な物理現象を指定する、構造化された祈りだった。
彼女自身の膨大な魔力と、信仰という名の強固なイメージが、物理法則という完璧な設計図を得て、空間に実体化していく。
カアァァァッ……!!
サラの周囲に、何層にも重なり合った、美しく輝くプリズムのような多面体の障壁が展開された。
それは以前の金色の膜のような頼りない盾とは全く違う、圧倒的な質量と法則の塊だった。
「これが、私の……『絶対防壁』……!」
サラが感動に打ち震えながら、自らの作り出した盾を見上げる。
「よぉし! じゃあ試しに俺の『ジャスティス・レイ・ストライク』を撃ち込んでやるぜ!」
「ちょっとジャック、バカ! やめなさい!!」
私が止める間もなく、調子に乗ったジャックが指先から超高圧のレーザーを放った。
ピシュゥゥゥンッ!!
光速のレーザーがサラの盾に直撃する。
だが、レーザーは第一層の『光波屈折』で軌道を逸らされ、第二層の『空気圧縮』で威力を減衰され、最後の『重力反発』によって完全に霧散し、天井のコンクリートを少し焦がしただけで消滅した。
「オーマイガー……! 俺のニューギアが、かすりもしねぇ!」
ジャックが頭を抱えて驚愕する。
「……ふん。悪くねぇ盾じゃねぇか」
悠斗が満足げに鼻を鳴らし、大剣を肩に担ぎ直した。
「やりましたね、サラさんっ!」
メイや颯太たちも、サラの成長を自分のことのように喜んでいる。
「……はい。教官のおかげです。私、もう迷いません」
サラの顔には、もう先ほどの幻覚による恐怖は微塵も残っていなかった。彼女は自らの手で、信仰と物理法則を融合させた「絶対の安心」を作り上げたのだ。
「これで、おバカな生徒二人の『駆け込み集中冬季講習』は終了ね」
私はステッキをクルリと回し、防爆扉の方へと向き直った。
「ジャックの『貫通力(矛)』と、サラの『絶対防壁(盾)』。そして私たち特異点小隊の連携。……これなら、エンパイア・ステート・ビルの最上階まで、一気に辿り着けるわ」
自由の国のアメコミヒーローと、信仰のシスター。
彼らが真の覚醒者として完成すれば、私たちを阻むものは何もないだろう。
さあ、反撃の時間の始まりだ。
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