第210話:『翻訳された魔法と、集光レンズの理』
第210話:『翻訳された魔法と、集光レンズの理』
エンパイア・ステート・ビルへの突入に失敗し、前線対策室へと命からがら撤退した私たち。
地下駐車場の冷たいコンクリートの床には、疲労困憊のジャックとサラがへたり込んでいた。
私はステッキを軽く回し、ジャックの目の前に立った。
「さて。ジャスティス・ディフェンダーズのリーダーさん。自分の『必殺ビーム』がバグモンスターに全く通用しなかった気分はどう?」
「うぅ……」
肩の治療を終えたジャックは、赤いマントを握りしめて悔しそうに唸った。
「あいつら、俺のエネルギーブラストを食らった直後に、五秒前に巻き戻って復活しやがった。どんな悪党でも、あんな卑怯なマネはしねぇぜ……」
「そうね。だから私は、何度も『物理法則をプロセスに組み込め』って言ったのよ」
私がため息を吐くと、ジャックはムキになって顔を上げた。
「リカ教官! 俺だって、昔アンタに教わった『集光レンズ』のイメージはちゃんとやってるんだぜ! おかげで昔みたいにビルを丸ごと吹き飛ばすような無駄撃ちは減ったんだ! なのに……、なんであいつらには効かないんだよ!」
ジャックの言う通りだった。彼のビームは確かに細く、威力を集中していた。
だが、今の箱庭の『システム』のバグは、その単純な破壊力すらも「なかったこと」にしてしまうのだ。
「ジャック、いい? 敵が『五秒前』に巻き戻るなら、私たちに必要なのは、敵が復活するその数秒の隙、ラグを狙い撃つことよ。でも、あなたのビームは射程が短くて、まだ大振りすぎる。……もっと射程を伸ばして、復活した瞬間にコアを正確に撃ち抜く『速射性』と『貫通力』が必要なのよ」
「速射性と貫通力……。でも、これ以上ビームを細く絞ったら、カッコよくないぜ?」
「カッコよさの問題じゃないわよ!」
私はステッキでジャックの頭をポカリと叩いた。
「……教官。こいつの脳みそは筋肉とコミックで出来てるんです。難しい理屈を言っても、またオーバーヒートしますよ」
見かねた光輝が、呆れたように口を挟む。
「そうだな。……梨花、昔みたいに『翻訳』してやれよ。こいつの好きなアメコミのルールでな」
悠斗が壁に寄りかかり、ニヤリと笑った。
アメコミのルールで、物理学を翻訳する。
私は少し考えてから、ポンと手を叩いた。
「分かったわ。……ジャック、ヒーローが強敵に出会った時、一番盛り上がる展開って何だと思う?」
「え? そりゃあもちろん、ピンチからの『新兵器のお披露目』か、『能力の覚醒』だろ!」
ジャックの瞳がパッと輝く。
「その通りよ。今のあなたは、初期装備のまま隠しボスに挑んでいる状態なの。……だから今から、私があなたのその能力に『アップデート・パッチ』を当ててあげる」
「おおっ! なんだかよく分かんねぇけど、超クールな響きだぜ!」
私は彼を立たせ、地下駐車場の奥にある分厚いコンクリートの柱を指差した。
「あそこまで約五十メートル。……ジャック、右手を銃の形にして構えなさい」
「こうか?」
「ええ。あなたは今まで、両手からビームを出してたでしょ? それを片手、しかも『人差し指の指先だけ』に限定するのよ」
私はステッキの先端を、ジャックの指先に合わせた。
「あなたは魔力エネルギーを指先から打ち出す様にイメージして、私がそれを魔法で強制的に『圧縮』するわ」
「えっ? な、なんだって!?」
「さあいくわよ。『重力圧縮、グラビティプレス』!」
私がステッキから魔力を放つと、ジャックの人差し指の先端に集まった光のエネルギーが、強烈な重力場によってミクロの単位までギリギリと圧縮されていく。
「うおぉぉっ!? ゆ、指先が熱い! なんだこれ、エネルギーが暴れ回って……!」
「耐えなさい! ヒーローならこの程度の負荷、根性で抑え込めるでしょ!」
「お、おおおぉぉぉッ!」
ジャックが歯を食いしばり、顔を真っ赤にして魔力の暴発を抑え込む。
彼自身の莫大な魔力と、私の『重力操作』による物理的な圧縮。二つの力が指先で極限まで凝縮され、まるで小さな太陽のような超高熱のプラズマ球が形成された。
「よし、そのまま撃ちなさい! 新必殺技、『ジャスティス・レイ・ストライク』よ!」
「ジャスティス・レイ……ストライクゥゥゥッ!!」
ジャックが叫ぶと同時に、人差し指から極細の光線が放たれた。
ピシュゥゥゥンッ……!!
ド派手な爆発音はなかった。
だが、放たれた光線は、音速を超え、光の速さで五十メートル先のコンクリート柱に着弾した。
ジュワッ……。
柱に近づいてみると、中心を直径わずか一センチほどの穴が、綺麗に貫通していた。
さらに光線はその後ろの防爆壁すらも貫き、地下駐車場の外の地面まで到達している。
「……な、なんだこれ……! 爆発しねぇのに、とんでもねぇ貫通力だ!」
ジャックが自分の指先から立ち上る白煙を見て、信じられないというように目を見開いた。
「俺のビームが……レーザー光線みたいになっちまった……!」
「それが、物理法則を応用した『超高圧の指向性エネルギー』よ」
私は得意げにステッキをクルリと回し、ウインクをした。
「ビームの太さを捨てる代わりに、威力を一点に集中させ、速度と射程を極限まで引き上げたの。これなら、魔力の消費量は今までよりも激減するはずよ。……しかも、敵が巻き戻ったその数秒のラグの間に、遠距離からコアを正確に撃ち抜けるわ」
「オーマイガー……リカ教官、アンタ天才かよ!」
ジャックが興奮のあまり、私を抱き上げようとするのを、悠斗が大剣の腹で器用に制止する。
「す、すごいですっ、教官! ジャックさんの大雑把な魔力を、重力魔法で強制的にレンズのように絞り込んで、新しい魔法として完成させちゃうなんて!」
メイが目をキラキラさせて拍手をする。
「……なるほど。これが『翻訳』ですか。さすが教官だ」
ソラもタブレットで今の魔法の出力データを計測し、感嘆の息を漏らした。
「フフッ。脳筋ヒーローには、理屈よりニューギアを与えた方が早いでしょ?」
私が得意げに笑うと、ジャックは「最高だぜ!」と叫んで、新しい必殺技のポーズの練習を始めた。
「ジャック! あなたは、それを一人でサっとできる様に練習しておいて」
「オッケー! リカ教官」
「……さて。バカの一人はなんとかなったが」
悠斗が視線を向けた先。
円卓の隅で、未だに膝を抱えてガタガタと震えているサラの姿があった。
「問題は、幻覚を見せられて、神頼みの盾をへし折られた『迷える子羊』の方だな」
ジャックの力は完成への目処がついた。
だが、エンパイア・ステート・ビルの最上階を目指すには、サラの『絶対防壁』が不可欠だわ。
物理学でもアメコミでもない、宗教という最も強固な概念の壁を、私たちはどう翻訳すればいいのだろうか。
地下駐車場の冷たい空気の中、私は静かにステッキを握り直した。
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